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彼方からの招待状  作者: 東 吉乃
本章

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28.やばいの極み


 得体の知れない穴に落ちるのも二度目なら、順応するのも全員が早かった。

「ハルヴァリ、リョウを守れ! アリアはサチだ!」

 空中でアークが指示を出す。

 その合間にも彼は真澄を右手で捕まえつつ、風圧の凄さに幸の腕からすっぽ抜けていったうり坊を左手で華麗にキャッチしていた。

 できすぎる総司令官だ。

 幸は二度目とはいえやはり為す術なく落ちていくばかりだったが、二の腕に温かさを感じて注意を向ける。目が合ったのはアリアだった。

 吹き上げてくる冷たい風に、銀髪が千々に乱れている。

 けれども彼女はにこりと笑って頷いてきた。

 整っている口元が動く。暴れる風の音にかき消されたが、アリアは「大丈夫」と言ってくれていた。勇気付けられた幸は、意を決して着地点となる下方を見据えた。

 周囲は黒いが、底の方は薄らぼんやりと光っている。

 白とも青ともつかない色だ。冷たさだけが伝わってくる。

「着くぞ! 抜かるなよ!」

 アークが叫ぶ。

 見れば彼は既に真澄を横抱きにし、更に真澄がうり坊をしっかりと抱いていた。

 着陸態勢が万全すぎる。

 しかし驚いたのも束の間、幸もアリアから同じように横抱きにされる。そういえばと思いハルヴァリと稜を捜すと、さすがに横抱きにはなっていなかった。しかしがっちりとハルヴァリが稜の腕を掴んでおり、こちらも耐衝撃準備はしっかり整っている。

 そのまま薄暗い光の中に着地する直前、足元でアークの極光が広がった。


「アリアさん、すごい……」

 呆然と幸は呟く。

 たたらの一つも踏むことなく、アリアは見事に着地していた。「総司令官のお陰です」とアリアは頬を緩めるが、衝撃緩和されたところで幸ならば間違いなくすっ転んでいる。

「三回目ともなればまあ、こんなもんだろ」

 多少乱れた襟元を直しつつアークが小さく息を吐いた。

 真澄がするりとアークの腕から降りつつ問う。

「ねえ、魔力は? 空っぽにはなってないんでしょ?」

「おう」

「さすが三回目ねー。これ、もう少し練習したら良い感じの戦術みたいなの作れるんじゃない?」

「悪くないかもな。器用な神聖騎士ならいけそうだ。真騎士はどうだろうな、ギリ行けるか? 今は単なる防御壁の応用で、純粋に魔力量勝負だからな……正騎士に応用するならさすがに術式組まんと無理だ、多分」

「テオに頼んでみれば?」

「手っ取り早いのは確かだがこれは雑用が過ぎるだろ。兄貴は良くてもイアンが面倒くせえ。土産話ついでにスヴェント大魔術士が良さそうだ」

「あーあの人なら確かに喜んでやってくれそう」

「もののついでに呪いもつけときましたとか言われそうだけどな」

「七代前まで遡って一族郎党一網打尽にするやつとかでしょ、すっごいありそう!」

 あはははは、と真澄が腹を抱えて笑う。

 交わされる会話の一つ一つが特殊すぎて、どこから掘り下げて良いのか幸にはまったく分からなかった。気になりすぎる情報ばかりだったが、全てを根掘り葉掘り聞いている時間はない。

 よって、一番最初かつ最も気になる部分を幸は訊いてみることにした。

「あのー、三回目って……?」

 恐る恐る、となったのは致し方ない。

 この世界に来て落ちたのは初っ端とさっきと合計二回。基本的には一度たりとも遭遇したくない状況と体験なのだが、この世界は魔王退治というちょっと――いや、かなり特殊な前提があるので、落とされることもまああるかもしれないと諦めもつく。RPGの定番といえば定番だからだ。

 しかし彼らは事も無げに三回目と言った。

 追加の一回は、明らかにここに来る前の経験だろう。追加というか、彼らにとっては初回なのだろうがそこはそれ。

「アークさんたちの世界って、もしかしてこういうの標準な世界なんですか」

 高所から落ちても生還してナンボの世界なのか。

 幸が疑問の赴くままに尋ねると、真澄がぱたぱたと手を横に振った。

「違う違う、それは誤解。アルバリーク人も基本的にはほとんど私たちと一緒。あれはアークだからできる大技っていうか……私たちねえ、ちょっと滝から落ちたことがあって。その時にこれ死ぬわやばいってなって、もうヤケクソで魔力全放出したの」

「……滝から落ちた?」

「うん」

「……それはアークさんたちの世界では標準」

「違う違う、それは誤解。あの時はねえ、ちょっと神話の魔獣と戦う羽目になっちゃって。その時にこれ死ぬわやばいってなって、もうヤケクソで飛び降りたの」

「……神話の魔獣と戦った?」

「うん」

「……それはアークさんたちの世界ではひょ」

「違う違う、それは誤解! たまたま出くわしたの! たまたま! 本当にたまたま! 私が禁域とか知らなかったせいで、まったくもって偶然の産物!」

「なるほど。分かりました、お二人の引きが強いってことですね!」

「おい俺を一緒にすんな!」

 自分は巻き込まれただけであって、引きが強いのはあくまでも真澄である、とアークが力説する。

 それまで大人しく聞いていただけなのに、その点だけは譲れないらしい。そういう特殊な才能には恵まれてない、という注釈付きだ。これはこれでよく分からないが、それはさておきまずはこの場を切り抜けなければならないわけである。

 雑談を切り上げて、アークが一つ息を吐いた。

「さてと。単純に落とされたとは思えねえな」

 と、上を見ながら言う。

 皆がつられて視線を上げる。そこには落ちる瞬間に見えていた空はなく、薄青く光る洞窟の天井があった。

 周囲を見渡しても横穴などない。ここは本当に洞窟のどん詰まりらしく、目の前には凸凹の道が一本、奥へと続いていた。

 先は暗い。

 どんな道なのか、何が潜んでいるかも分からない。

「察するに強制転移か何かなんだろうな。感知できなかったのがすげえ癪だ」

「んー、多分物理法則とか違うんだろうから、しょうがないんじゃないの? 後で会ったらきっちり返礼すれば?」

 憤慨するアークに対し、真澄が大変に理解力のある、というか大雑把な言葉をかけている。

 それもそうだな、とアークが頷いた。


 すごい。

 この得体の知れない洞窟さえも、絶対に抜ける前提で話が進んでいる。

 むしろ、その先のお礼参りまで予定されている。


 どこへ行っても、どんな場面でも変わらない二人を見て、幸は色々なことに驚きつつ安心した。

「見る限り一本道だ。まずは進むか」

 アークが大きな掌から、青白く輝く光球を浮かべた。

 それらはふわりと宙に浮かび、幸たちの周囲と少し先を照らし出す。足元は整備されてはいなかったが、お陰で不案内になることはなかった。

 少し進んだところで少し広めの場所に出た。

 向かう先にはまだ道が続いており、ちょっとした退避所や休憩所といった風情だ。

 しかし当たり前だが東屋やベンチなどといったものはない。代わりに、ぽつんと置かれている箱が一つあった。

「あれ、宝箱……ですかね?」

 幸が首を捻ると、アークが「行ってみるか」と進行方向を変えた。

 何かしらの罠や落とし穴などあるかもと警戒したが、実際には特に何も起こらなかった。六人全員で宝箱を取り囲む。

「蓋開いてるけど、中身持ってかれちゃったってこと?」

 遠目から恐る恐る覗き込みつつ真澄が言う。

「本当に何も入っていませんね。隠し底のようなものもなさそうです」

 古びた木造りの箱、ところどころに金属枠がついた部分をアリアが手で検める。

 箱は横に長く、いわゆる長方形だ。高さは五十センチメートルほどで、そこまで大掛かりなものは入れられなさそうである。

 ああでもないこうでもないと言いつつ検分する軍人三人組を見つつ、幸は頭の中で「RPGだったら中身が入っている本物宝箱だし、開けると大抵敵が出てくるやつだなー」などと考えていた。

 結局、仰々しく置かれていた割りに、宝箱からの収穫はゼロだった。

 寄り道を切り上げ、一行は再び歩き出す。

「それにしても、どこなんでしょうねここ」

 抱いた疑問を幸が口に出すと、声が洞窟内に少しだけ反響した。

 先頭を歩くアークが考え込む風情で周囲を見渡す。

「魔王城の地下あたりか、精々が近辺くらいだと思うぞ。多分」

「えっ、アークさん分かるんですか?」

「確証はないけどな。単純に考えて転移ってのは遠くに飛ばすほど、飛ばす物量が大きいほど、その為の力が要る。これを俺たちは魔力を使ってやってるわけで、魔王軍が何を元にやってるのかは知らんし物理法則の違いがどこまでかも知らんが、そんな大掛かりな罠が現時点で完成してるとは考えづらいってのが一つだな」

「へえー」

「もう一つは、やみくもに転移させられるかどうかっつー問題もある。基本的には座標を定めてその定点に移動させるのが転移だ。これを定めずにどこか適当な場所に放逐するってのも手ではあるが、これはコストがかかる割に危険すぎる。飛ばした先が魔王城だったら目も当てられねえ」

「そういう場合って、条件付けて『魔王城には飛ばさないように』とかできないんですかね?」

「できるんじゃねえか、多分。少なくとも俺たちの使う魔術ならできる。ただそういう制約を細かくかけていくと、結局かける魔力が比例してでかくなっていくわけだ。しかもどこに行くか分からんから、結果として同じ敵がまた後から攻めてくる恐れもある」

 そういうことを勘案すると、できる限り小さい労力で、かつ相手の生死が確実に分かる場所に強制転移させるはずだ、とアークが結んだ。

「生死が確実に分かるって、わざわざ確認しに来るんですか?」

「それも相手によるってのが実のところだ。雑魚なら放っとくだろうが、危険だと認識していれば確認必須だな。ただし、――」

 言いかけた言葉を区切り、アークが左手を横に伸ばした。

「止まれ」の合図だ。

 全員が足を止める。アークの意を汲んだかのように、一つの光球がすい、と前方へ飛んで行った。

 光が動く。


 二秒後。

 そこに異形はいた。


 幸は無意識に、隣にいた稜の腕にしがみついた。

 背中で抜刀の音が二つ続く。アークの腕に極光が宿った。

「――ただし、確認に来るのが本人とは限らない。生死確認と兼ねて、刺客を送るのがまあ常套手段であり、手っ取り早いわな」

 少し先に立つ、薄らぼんやりとした白い影を注視したままアークが言う。

 影は人の形だ。西洋の鎧をまとい、兜をかぶり、大きな斧を携えている。歩く度に、ガシャン、ガシャンと金属が鳴る。

 存在は確かにそこに感じる。

 が、その戦士の身体は全て透けていて、向こうの景色が見えている。姿形はあれども、生の気配はまるでなかった。

「小手調べは私が」

 言いながらアリアが先頭へと歩み出る。

 右手には既に抜かれた長剣が握られていた。間合いを測ったアリアがゆっくりと剣を構える。

 すると、白い戦士も斧を上げた。


 先に地を蹴ったのは、アリアだった。

 速い。

 身軽さの為せる技か、あっという間に白い戦士の懐へと切り込む。


 喉元、僅かに覗く金属の隙間を真っ直ぐに突く。


 白い戦士が振り上げた斧もそのままに、ゆっくりと後ろへ仰け反る。

 力が抜けかけたと見えた腕がしかし、次の瞬間にぐんと動いた。斧が振り降ろされる。が、間一髪、長剣を捨てたアリアは身を翻し、迫る刃から距離を取った。

 ゆら、と長剣が傾ぐ。

 白い戦士の喉元は薄雲が乱れたようになっているが、それだけだった。血や体液のようなものは一切見えない。ただの形ある雲のようだ。

 支えを失った長剣は、そのまま地面へと落ちた。


 ガシャン。


 耳障りな音が響く。

 白い戦士の姿は元通りになっていて、なんの痛手も被っていなさそうだった。

「攻撃が効かない――!?」

「下がれアリア!」

 武器を失ったアリアに代わり、ハルヴァリが前へ出る。既に魔剣は抜かれていたが、何かに反応しているのか、魔剣の周囲からゆらりと黒いもやが上がっていた。

 それを見た白い戦士が歩みを止める。

 兜の目庇の奥が、妖しく光った。血のような赤だ。どう考えても人ではなかった。

「オ……オ……」

 言葉にならないうめき声が漏れてくる。

 底冷えするようなその音に、体感温度が五度ほど下がったような気がした。

 再び斧が振りかざされる。


 ガァン!


 重い金属音が鳴る。

 斧の一振りをハルヴァリが魔剣で受けた。見事な動きだ。衝撃が大きかったか、白い戦士の手から斧が落ちた。

 絶好の好機だ。

 全員がそう思ったはず、だった。

「ぐっ……!」

 崩れ落ちるようにハルヴァリが地に膝をついた。

「ハルヴァリさん!」

「なんだ、これは……!?」

 苦しそうにハルヴァリが胸をかきむしる。

「力が、抜け――!」

 ハルヴァリの顔色が急速に悪くなっていく。青や白を越えて、もはや土気色に近い。

 この一瞬に一体何が。

 浮足立つ幸たちを他所に、白い戦士が軋むような動きで取り落とした斧を拾う。見ると、白い斧が魔剣から出るもやを吸い取っているようだった。

「アークさんあれ! 斧と魔剣、最高に相性悪そうです!」

 慌てすぎて説明が覚束ない。

 しかしそんな幸の言葉であっても、総司令官たるアークの動きは速かった。

「チッ!」

 舌打ちと同時、足元に転がっていた大きめの石を拾いぶん投げる。

 白い戦士が一瞬歩みを止めた。

「剣を捨てろハルヴァリ!」

「それが、できなくて……!」

「んだと!?」

「手が離れ、ないんです!」

「こんなとこで魔剣の本領発揮か!」

 二度目の舌打ちと共に、アークが長剣を抜いた。

 白い戦士に真っ向向かう。横なぎ一閃、ハルヴァリに迫っていた斧が弾き飛ばされた。

 黒いもやが、ふ、と行先を見失ったように宙に舞う。

「アリア!」

 名前だけの指示で、アリアがハルヴァリの手から魔剣をもぎ取る。そのまま魔剣を鞘に収めると、もやはすうと消えてなくなった。

 稜がハルヴァリに駆け寄る。

 肩で息をしながら冷や汗を流すハルヴァリが、そこで地面に昏倒した。浅く速い呼吸、額に滲む冷や汗。全身が小刻みに震えている。

 相当消耗している。

「やべえな――!」

 その様子を横目で見ながら、アークが長剣を袈裟切りに振るう。

 白い戦士は肩口からざっくり斬られたが、切り口は霧か霞のようにぼやけ、すぐにその身体と鎧は元通りになった。

「物理的な攻撃は通らねえってか!? これならどうだ!」

 小さな青い火球が飛ぶ。

 強い光を放ち爆ぜたそれは、一瞬洞窟内を白く塗り潰した。

「……っ!」

 数秒後、恐る恐る目を開けた幸の視界には、信じられない光景が広がっていた。

「うそ……」

 宙に四散する薄雲。

 それらはゆっくりと漂いながら、一つ所に集まりだす。そしてそれは再び白い戦士を形作った。

 飛ばしたはずの斧さえも、その手に戻っている。


 普通の長剣を使ったアリアの攻撃が通らない。ハルヴァリは魔剣のせいで戦うと逆に危険。頼みの綱であるアークの魔術も効かない。

 前衛三人の手が封じられてしまった。

 これでは魔王城を目指すどころか、ここから生還することがまず危ぶまれる。


「――やべえな」

 アークが呟く。

 その横顔。不敵な笑みは浮かんだままだったが、僅かに頬は歪んでいた。


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