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彼方からの招待状  作者: 東 吉乃
本章

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26.相応の制裁か、オーバーキルか


 ふんふん。

 ふすふす。

 ふんすふんす。


 短く愛らしい桃色の鼻先を、地面に寄せてふんふんと嗅ぐうり坊。

 少しずつ歩きながら匂いを辿ろうと試みているが、いかんせん広大な森の中である。中々男性陣の足取りは掴めず、すぐに合流とはならなかった。

 霧の中で陽の光は感じづらい。

 が、時計を見ると既に逸れてから六時間が経過しており、じきに日が傾いてくる。そうこうする内、またしても稜が現れた。

「あ、稜さんお疲れ様です。それで首尾はどうですか?」

 相手が話し出す前に、さっさと真澄が話しかける。

 此度の稜も、これまでの稜と変わらず優し気な表情で頬を緩めた。

「ええ、こちらは大丈夫です。真澄さんたちは怪我はありませんか」

「――残念。偽者」

 端から期待してなかったけど、と言いつつ真澄が肩を竦める。

「御意」

 最短の返事の後、アリアが地を蹴った。

 ざく、と根菜を切るような音が続く。大根だ。首を落とされた稜は、力なくその場にくずおれる。今度の偽者は腰から蔦が生えていた。

「いい加減、普通に話しかけてきたら偽者認定でもいいかもね」

 あまりにも前段飛ばして当たり前に返してきすぎでしょ、と呆れ顔の真澄だ。

「もう四十三? 四だっけ? こっちも面倒くさくなってきたから雑に話しかけてるけどさあ、それにしたって逆に順応しすぎっていうか」

「リョウさんに関してはもうそれで良いかもしれませんが……いえ、でも駄目です。万が一ご本人だったら取り返しがつきません」

「まあそれは確かにそうなんだけどね。いい加減アリアも疲れてこない?」

「私はそんなには。反撃などされないですし、ただの的を訓練で斬り捨てているようなものですから」

「そっか」

 しゃがみつつ、真澄がうり坊の頭を撫でる。

 撫でられている間は大人しくしていたが、その手が止まるとうり坊はまたすぐに地面に鼻をつけた。小さいのになんとも真面目である。

「んー、そろそろアークが痺れ切らさないかな。一発焼き払ってくれたら分かりやすいのに」

 面倒くさくなってきたという言葉どおり、とうとう真澄が豪気なことを口走る。

 それを聞いた幸は引き攣るしかなかったが、アリアなどは「目印になるのは良いのでしょうけど」と思案顔だ。

「どれだけ距離が開いているか分かりませんが、大規模にやると魔王軍の警戒網にかかってしまいます。まだ第二防衛線ですから、もう少し隠密行動したいところかと」

 と、どこまでも真面目である。

 真澄はがっくり項垂れながら「あーそうよね」と頭を抱えた。

「それ同じことアークも考えてそう」

「このまま一両日経過など、緊急性が高まった場合はまた話は変わりますが……今はまだ早いでしょうね」

「魔術ってさ、私も使えるわけじゃないんだけど、色々なことできるみたいでね。戦うだけじゃなくて、例えば怪我を治したりとか伝令飛ばしたり、遭難者探索とかもできるの」

「それはすごいですね」

「すごいんだけど、アークって不器用だから細かい魔術使えなくて。基本戦う一辺倒だから、こういう場面には本当に弱いわけ」

「はあ……ご苦労されているのですね」

「アークがねえ……第一騎士団並みに探索魔術が得意だったら、多分この逸れた状態も一瞬で解決できたんだろうけど」

 ないものねだりはできないので、地道に頑張るしかない。

 真澄がそう結び、三人で再び歩き出そうかとした時、不意にうり坊が鳴いた。

『ぷ!』

 たたた、と短い足を必死に動かし幸の元へと駆け寄ってくる。

『ぷー! ぷき!』

 それからうり坊は、ぴょんぴょん飛び跳ねながら幸のふくらはぎや太ももを押してきた。

「こっちに行けってこと?」

『ぷ!』

「もしかして誰かの匂い、見つけた!?」

『ぷぷ!』

「えっぷーちゃんすごい!」

 思わず幸はうり坊を抱き上げ、高い高いした。

 ぷぷぷー、と大変得意げにうり坊が鳴く。それを見た真澄とアリアからも歓声が上がった。

「案内できる!?」

『ぷ!』

 任せとけ、と言わんばかりに駆け出すうり坊。

 ようやく見えた光に、幸たちは疲れも忘れて後を追った。


*     *     *     *


「えーっと、……これどういう状況なんでしょうか」

 肩で息をしながら幸は呆然と呟いた。

 紛うことなく幸自身が今、強く思っていることが口からこぼれ出た格好である。


 確かに男性陣と合流したかった。

 合流できるならとにかく誰でも良かった。戦闘能力が高いアークかハルヴァリなら本当に安心できるし、蔦に絡めとられた稜であったとしても、無事を確かめられるならそれで良かったのだ。


 今、目の前には一人どころか三人が揃っている。

 喜ぶべき状況だ。

 うり坊の鼻はとても信頼できる精度であったし、最高に良い仕事をしたことは間違いない。


 が。


「やめろ、その方には手を出すな!」

 叫ぶハルヴァリ。

 左手は蔦がぎっちりと絡み、今にも宙づりにされそうだ。現に、彼の周囲には何本もの蔦が機を窺うように垂れ下がっている。

 それぞれの蔦は何度もハルヴァリに襲いかかろうとする。

 しかしある点まで近づくと、怯えたようにひゅ、と後ろに下がる。まるで人が火に触れて、慌てて手を引っ込めるようだ。

 蔦が嫌っているのは黒いもやだった。

 それはハルヴァリの右手からゆらりと立ち昇っている。その出所はなんと彼の握る魔剣からだった。


 意を決したように一本の蔦がハルヴァリに襲いかかる。


 ハルヴァリは掴まれている左手に意識を集中していて、気付いていない。右手が巻き取られそうになるが、


 ――黒の斬撃が飛んだ。


 魔剣がハルヴァリの手を操ったようにも見えた。

 ハルヴァリはまったく違う方向に顔を向けながらにして、死角から迫ってきていた敵を斬り捨てたのだ。しかも、斬られた蔦は一本だけに留まらなかった。その背後に控えていた三本も、飛んだ斬撃に為す術なく斬り落とされた。

 さすが魔剣、なのだろうか。

 剣が自ら敵を定め相対するとは。一見すると便利なようにも思えるが、冷静に考えると危険極まりない。

 しかしこちらはこちらでさすがなのか、ハルヴァリ自身は魔剣の動きそのものには微塵も焦る様子がなかった。むしろ想定の範囲内とでも言いたげな余裕だ。

 そんなハルヴァリがむしろ慌てているのは、その視線の先に広がる光景だった。

「やるなら俺をやれ! やめろ!!」

 必死の形相で再びハルヴァリが叫ぶ。

 その先には、蔦に絡めとられて宙づりになっている稜がいた。その背後には、この森で一番大きいのではと思しき大樹がそびえている。幸たちの立っている付近、その頭上は全てその樹から張り伸ばされた梢だ。

 そのせいなのか、あちらこちらから自在に紫色の蔦が降りてくる。

「これ以上来るなハルヴァリ! 俺のことはいいから、一旦退け!」

「駄目です! あなたを置いて下がれるわけがない!」

 再び黒の斬撃が飛ぶ。

 ハルヴァリに対して群がりかけていた何本もの蔦が、どさどさと地に落ちた。


 場面は大変に緊迫している。


 しかし妙に幸が冷静になって眺めてしまうのは、ロマンス溢れるやり取りが目の前で繰り広げられているからに他ならない。

 こんなの物語でしか見たことがない。どこの攫われた姫と助けに来た騎士だろうか。

 危険がそれなりに差し迫っていることをとりあえず横に置くとして、素敵すぎるシチュエーションである。あんな風に格好良い騎士に助けに来てもらえたらなあ、などとつい幸は羨ましくなってしまう。

 そしてその羨む立場にいるのが大好きな稜だ。

 捕まっている稜を心配する気持ちと、立場的になんとも羨ましい気持ちと、この素敵な場面を男同士でもできてしまっている、というか男同士なのになぜここまで完璧な流れになっているのだろうかという果てしなく大きな疑問と。

 それらが複雑に混ざりあい、幸の感情が大事故を起こしている。


 もう一つ、幸が慌てていない理由がある。

 いつもの幸ならば焦りすぎてどうしようもなくなっているはずなのだが、そうならずに居られる大きな要因は、

「――いい加減にしろよてめえ」

 地獄の底から響くような、簡潔だが最高に迫力あるその言葉。

 発したのはもちろんこの人と決まっている。

「たかが植物の魔獣ごときが越えていい一線じゃねえぞ、ああ?」

 第四騎士団総司令官の全身は青い極光に包まれ、周囲にはもはや蔦の一本もない。

 額には遠目からでも分かるほど、はっきりくっきり青筋が浮かび上がっている。どう考えても、どこからどう見ても、相当におかんむりである。


 漏れ出る闘気の圧が凄い。


 幸たちがここに辿り着くまでに、何かこう、相当に面倒なことが起こったと推察される。

 見ればアークの右手には蔦が一本掴まれている。その先を辿ると、怯えながら逃げようとする偽者真澄がいた。それを助けようとする蔦が何本かアークに近寄ろうと試みるも、黒曜石の一睨みで震えあがって退散する始末だ。

「なんか……なんとなくですけど、あの偽者真澄さん割と良い線いったんでしょうかね」

 情報量の多い目の前の光景を見つつ、幸は隣に立っている真澄に話しかける。

 同じく棒立ちで成り行きを見守っていた真澄がはて、と首を傾げた。

「え、なにそれどういうこと?」

「なんていうか、アークさんもんのすごい怒ってますよね? あの偽者に騙されかけたんじゃないかなって思って。普通に戦う分にはあそこまで熱くならないような」

 単純に稜が捕まって、それを取り返すだけならアークはもっと冷静に対応するような気がするのだ。アークの怒髪天は、稜が危ないというよりは敵が地雷を踏んだ結果なのでは、と。

 気は短いが、誰彼構わず薙ぎ払うような乱暴な人ではない。

 短い付き合いながら幸はそう信じている。

「あーそう言われてみればそうかもね」

 アークの右手に集まる青い光を見つめながら、真澄が頷いた。

「本物の私かどうか確認する特殊能力、アークは持ってないし。そうなると、一人ずつ真面目に確認しなきゃいけないだろうから、相当面倒だったでしょうねえ。だからってあんなにキレるのもどうかと思うけど」

「どうでしょう。結構際どい手段使われてたっぽいですよ」

 先ほどから視界の端に見えているものを、幸は恐る恐る指差した。

 つられて真澄とアリアがその方向を見る。

 視線の先にあるのは、どう見ても全裸の真澄とアリアの蔦だった。あるものは地面にうつ伏せに倒れ、あるものは樹の幹に寄りかかっている。いずれも斬り捨てられているようで、動きはない。

「……は!?」

 真澄が驚愕の声を上げる。

「なんですか、あれ……!」

 ぎり、と奥歯を噛み締めるアリア。

 既に稜が捕まっているせいなのか、幸の偽者は周囲にはいない。アークとハルヴァリを陥落しようと使われたらしい真澄とアリアの数十体にも及ぶ偽者が、よく見ればこの付近のあちらこちらに倒れている。


 そのいずれも服を着ていない。


 事態を理解したらしい真澄が「信じらんない……!」と目を吊り上げた。

「ちょっとアーク! そいつら全部消して! 本人に断りなく脱ぐとかありえないサイテー!」

 緊迫した場面そっちのけで真澄が腹の底から叫んだ。幸としては突っ込みどころがそこなのだろうかという激しい疑問に苛まれるが、さりとて口を差し挟める空気ではない。

 その大きな声に、それまで真っ直ぐ前しか見ていなかったアークが肩を揺らし、そして振り向いた。

「……あ!? マスミ!?」

「そうよ私よ、本物の真澄! あんたまさかこの偽者信じてないでしょうね!? こんな森の中で全裸になるほど私は相手に困ってないしそもそもあんた相手に色仕掛けとか色々と雑過ぎるでしょうがこいつ! 一瞬でも騙されかけたんならあんた総司令官辞めなさいよ!?」

「俺だってこんな森の中で女襲うほど相手に困ってねえよ! そもそもこの間柄で相手に困る困らんって話の前提がおかしいだろうが! つーかお前、訊くまでもなく本物っぽいな!?」

 こういう場面でさえちゃんと返すあたり、これが総司令官というものなのだろうか。

 妙なところで幸は感心しきりとなる。

 気迫のやりとりを見せる真澄とアークに、敵も戸惑っているのか蔦の動きが止まっている。その瞬間を見逃さなかったハルヴァリが、隙を突いて左手に絡みついていた蔦を魔剣で斬り落とした。

 侃々諤々のやり取りが耳に入っていたのだろう。

 ハルヴァリがちらと幸たちの方を振り返る。が、その瞬間、今度はアリアが「来なくていいです!」と先に声を上げた。

「リョウさんを!」

 白い指がハルヴァリの奥を指す。

 その瞬間、彼はふと笑ってから「待ってたぞ、アリア!」と応えた。


 ハルヴァリが駆け出す。

 一瞬遅れて周囲の蔦が追いすがるが、魔剣の一振りでそれらは全て払われた。


 森の最奥、巨大な樹から下がる何本もの蔦に拘束される稜。

 ハルヴァリは走りながら魔剣を振り抜く。黒の斬撃が飛び、稜の左半身側に密集していた蔦がざっくりと斬られた。立て続けに二つ目が飛ぶ。それは右半身側の蔦を薙ぎ払い、宙吊りだった稜がようやく解放された。

 落ちてくる稜。

 それをハルヴァリが下で蔦の残骸と共に受け止めた。

「退避だ、ハルヴァリ!」

 アークの指示が飛ぶ。

 すぐにハルヴァリと稜が走り出し、巨木から距離を取る。その時点で、アークの全身は強い輝きに包まれていた。

 その光に怯えるように、周囲の梢からぶら下がる何本もの蔦が縮むような素振りを見せる。逃げようとしているようにも思えるが、地に根を張る彼らにそれはできない。

「今更許されると思うなよ、消し炭一択だ!」

 アークの右手が大きく動く。

 残像を残して青白い火球が宙を裂く。それは巨大な樹の幹に吸い込まれるようにぶつかり、数舜の後、眩い光と共に爆ぜた。


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