08.からの、装備ならびに戦力確認
アリアは女性としてみると声はあまり高くない。
しかし中性的で柔らかな印象を与える、とても聴き良い声だった。その造形の美しさとも相まって、幸はつい見とれてしまう。
そんな彼女は知ってか知らずか、眉間にわずか力を込めて「それにしても」と唸った。
「その魔王とやらがどれほどの戦力を従えているか分かりませんが、雑兵相手ならば私でもどうにか戦えるかと思います。騎士団での序列は膂力に劣ってはいましたが五位でして、少なくとも夫──当時のライヴァ中央騎士団長付きも務めた経験がありますので」
綺麗な顔からいきなり臨戦態勢の台詞が出た。
おまけに内容が果てしなく真面目だ。
やる気──
というか、殺る気満々である。
民間人組──幸、稜、真澄の日本人組ともいう──が度胆を抜かれる。
これはもはや自己紹介というか、決意表明ではなかろうか。
その横で、異世界軍人組はさっさと話を進めだす。
「とりあえず現状確認とするか。装備は?」
アークが問うと、ハルヴァリが自身の腰に佩いている長剣を指した。
「私もアリアも長剣はあります。短剣ももちろん忍ばせていますが、あとは軽鎧だけですね。盾も大鎧も置いてきました。我らもその、旅行中だったもので……必要最低限しか持ち合わせておりません」
それは必要最低限なのだろうか。
日本で考えると物騒すぎる、というか確実に銃刀法違反間違いなしの装備なのだが、異世界の軍人にとってはそうではないらしい。
そんな幸の内心をよそに話はさくさくと進んでいく。
「ハルヴァリは騎士団出身だと言ったな? ライヴァ公国に魔術はあるか」
「は……? 魔術、とは?」
「魔力を使って相手に干渉できるか、と訊いている。たとえばこんな風に」
言うが早いか、アークが右手を奥の空間に向かってかざした。
途端、青く輝く壁が現れる。
その光景に驚いていないのは真澄姐さんだけで、幸と稜はもちろんのこと、ハルヴァリとアリアも驚愕を露わにした。
「それは……我らはそういった技能は持ち合わせておりません。あくまでも剣技と体術が基本です。あとはせいぜい馬術程度しか」
地球でもなくアルバリーク帝国でもなく、どうやら三つ目の世界らしいライヴァ公国には魔術というものはないらしい。
良かった、まだ普通だ。
ハルヴァリが素直に驚いているのを見て、ある意味で幸も安心した。その一方でアークが「ふむ」と考え込む。
「作戦時の騎馬率はどれくらいだ」
「相手の編成にもよりますが、基本的には進軍に使います。我らが戦うのは同じ人間ですから。その、魔獣とやらは存在していませんし、魔王など最早見当もつかないというのが本音で」
「なるほど。ってことは二人とも近接戦闘が専門という理解でいいか?」
「はい」
「ところでハルヴァリは片目で戦えるのか」
まったく遠慮することなくアークがハルヴァリの左目を指差した。
その指摘はもっともだ。
片目だと遠近感が狂う。幸ならば真っ直ぐ歩くだけでも自信がないところだが、受けたハルヴァリは傷を撫でながらそこで初めて不敵に笑った。
「ええ、多分。アリア、どう思う?」
水を向けられたアリアはなぜか顔をしかめつつ、アークに説明を加えた。
「私が保証します。この状態でも一人で四人相手に徒手で戦った実績があります。ちなみに手加減の上で全員半殺しでした」
「そりゃ頼もしいな。俺よりよほど強いと見える」
あっさり言い放ちアークもまたからりと笑った。
出された評に、ハルヴァリは「とはいえ」と注釈を付けた。
「あくまでも近接戦闘に限った話です。間合いは短いので、捌ける数は限界がありますよ」
「射程はまあ大丈夫だろう。遠隔攻撃は俺ができる」
ものすごく具体的な現状確認である。幸の目にはもはや作戦会議にしか見えない。
どうやら彼らは本気で魔王を獲る気でいるらしい。
順応性がありすぎだ。
神隠しに遭った挙げ句に突然魔王退治を頼まれて、当たり前のように対応しにかかるなど普通の神経ではできない。
むしろこの場合の現状確認というのはもう少しこう、ここはどこなのか疑問に思うとか本当に帰れるのか心配するとか、そういうのではないのだろうか。
展開の早さにちょっと、いやかなり理解が追いつかない。
呆然と成り行きを見守る幸の向かい、アークが思案顔で腕を組んだ。
「とりあえず最低限の戦闘能力はありそうだが、参ったな……総じて補給が弱い」
「ああ、それは……そのとおりですね。非戦闘員が同数なら尚更だ」
ハルヴァリが日本人三人を見て同意する。
見られた幸と稜、そして真澄は顔を見合わせるが、誰も語られていることの真意は汲み取れない。三者三様に首を捻ると、それに気付いたらしいアリアが噛み砕いてくれた。
「補給というのはつまり継戦能力のことを指します。継戦能力は装備の維持もそうですが、人間も維持しなければなりません。食料が最も分かりやすいと思いますが、他に衛生も大きな要素です。傷病──怪我や病気の時に備えて進軍にあたっては必ず軍医や衛生兵が帯同しますが、私たちにはその術がない、と言っているのです。食料や予備の武器は現地調達などでどうとでもなりますが、衛生は専門知識が要るので簡単には対策できません」
実に分かりやすい説明である。
へえなるほどと頷きつつ、そういうことならと幸は稜を窺った。
目が合う。
どうやら稜も同じ事を考えたようで、アークとハルヴァリの中に入った。
「それなら少しは力になれると思うが」
剣は振るえないが、多少の怪我なら治せる。
そんな稜の申し出にアークが目をしばたいた。
「……マスミと同じ国の出身だろう? 魔術はないと聞いているが」
「確かに魔術はないが、まあ、そうだな。ちょっとした特技とでも言えばいいだろうか。自分だけでもある程度は賄えるし、植物の力を借りればほぼ無尽蔵の力だ」
「稜さん、多分実際に見てもらった方が早いと思いますよ」
完全に疑問符を浮かべている軍人三人に、今度は幸が補足説明をする。
とりあえずアークを捕まえて、「ちょっと痛いですけどすぐ治るので我慢してくださいね」と前置く。彼の大きくてごつい手を取った幸は、その手の甲を渾身の力で叩いた。
「っ……!」
「おい大丈夫か」
「だ、大丈夫です……いたた……ていうかアークさんはまさか痛み感じないとかですか」
アークの手はやたらと固く、叩いた幸が悶絶する羽目になった。一方で彼は平然としている。
完全に無駄足だったか。
軽く幸が絶望しかけるも、アークは首を横に振ってくれた。
「騒ぐほどじゃないだけで痛みは感じてるぞ」
「そうですか、良かった……稜さん、お願いします」
横にどけながら幸は促す。稜は一つ頷いて、アークの前に立った。
手を差し出す。
アークは首を傾げながらも応え、二人は握手を交わす。しばしそのまま。やがてアークの眉がぴくりと動いた。
それを合図に結ばれていた手が離れる。
稜は何事もなかったように居住まいを正したが、アークは差し出したままの彼の手を凝視していた。
ややあって、アークが稜を見る。
「痛みが消えた。どういうことだ」
「俺にも分からない。ただそういう一族に生まれついたとしか。原理はともかくおおよその怪我や病気は治せると理解してくれたらいい。力を借りる植物が近くにあれば、制限もない。少しは役に立てそうか?」
「役に立つもなにも」
制限なしとはもはや反則の域に達しているだろう。
ある意味投げっぱなしな評をアークは出した。
「それにしても助かった。治癒は苦手で効率が悪くてな。下手すりゃマスミが過労死するとこだった」
これで心置きなく戦える、とアークの顔は晴れ晴れとしているが、彼の言葉を受けて今度は真澄姐さんに注目が集まった。
「えっなに?」
目をしばたく姐さん。
穏やかでない単語に思わず幸は訊いてしまった。
「えーと過労死って聞いて結構びっくりしてるんですけど、えっと、看護士師さんとかなんですか?」
「あーそこね」
納得しつつも「違う違う」と真澄姐さんが手を振った。
「そういうことじゃなくて、アークの魔力ってヴァイオリンの音じゃなきゃ回復できないのよねー」
「へ?」
さらりと明かされた内容が意味不明すぎた。
思わず幸は首を捻る。
すると真澄姐さんも苦笑しつつ小首を傾げた。そして、
「あーうん、私も未だに意味不明なんだけどアルバリークだとそういうものらしくて。うん、私も最初は色々疑問に思ったんだけど地球の常識っていうか物理法則ってアルバリークには当てはまらないらしくて。うん、だから細かいこと考えるのやめたの。で、あの人って見てのとおり攻めるの得意でも他は駄目でね、苦手なものを頑張ると燃費悪くてかなり魔力食っちゃうわけ。だから回復までやるとなると私がずっとヴァイオリン弾く羽目になるから、過労死するんじゃないかって話。まあ飲まず食わずの三日間とか言われたら厳しいけど、そうなったらなったでどうにかするつもりだからまあきっと大丈夫よ」
と、これである。
「えっ……と、とりあえず真澄さんもすごいことは良く分かりました」
もうどこを掘り下げれば良いのか分からず、幸は出てもいない額の汗を拭った。
大変だ。
ここにいる全員、紛うことなく選ばれし勇者たちだ。
いわゆる前衛と後衛の役割分担がしっかり割り振られている。この中で何の特技も持っていない幸だけが明らかに場違いである。
あまりにも居たたまれなくて、幸は思わず俯いた。
「すみません、私はできることが本当になくて、皆さんの足を引っ張るだけになりそうです……」
言いながら幸の鼻の奥がつんと痛んだ。
どうして自分は「これができます」と胸を張れないのだろう。
自分の不甲斐なさに言葉を無くす。
すると「そんなこと」と真澄姐さんが幸の両肩に手を添えた。
「気にすることなんてないわ。私だってヴァイオリンはたまたま」
「マスミ、下がれ!」
鋭い怒声、そして衝撃。
気付けば真澄姐さんはアークの背中に押しやられ、ずらりと身構える軍人組がいた。
ハルヴァリは長剣を抜き、切っ先をぴたりと一点に向けて制止させている。
隣のアリアは剣を抜いてはいないものの油断なく柄に手をかけていつでも戦える体勢だ。
アークに至っては右手に青白い光があふれていて、その強い煌めきは見た目の綺麗さとは裏腹にとても危険な気配がする。
彼らの注意が集まる先、それはなぜか幸だった。




