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05.満を持して一堂に会します

序章「04.出会いのロビー」からの続きです。


 ふわり。

 身体が浮き上がる感覚があった。


 が、それはほんの一瞬だった。


 次いで胃がせり上がる。吐き気にも似たそれは、なびく前髪と共に身体が落下中であることを幸に知らせてきた。

「えええぇええぇ!?」

 絶叫。

 しかし声は虚しく響くばかりで、むしろ乱れる髪の勢いに落下速度が上がったと気付く。

 というか、風圧に髪留めのシュシュがふっ飛んでいった。

 優しい花柄に縁取りのレースが可愛くて、一目惚れして買ったやつだ。そこそこ高かったのにと悔しい思いで見上げるも、周囲は黒やら茶色やらが混ざりあったようなおどろおどろしい空間で、シュシュどころの騒ぎじゃない。


 人間とは予想外の展開にさらされると、妙に冷静になるらしい。


 引き続き落下しながら、幸は周囲を見渡した。

 とりあえずまとめていた髪が乱れに乱れてえらいことになっている。それをなんとか手で押さえると、少し離れたところに同じく絶讚落下中の稜が見えた。

「稜さああぁぁーん!」

 必死に声を張り上げ手を振ると、目が合った。

 稜の顔はひきつっている。

 如実に焦りが浮かぶその表情、いつも冷静沈着な彼にしたら非常に珍しい。そこまで考えて、幸は自身に意外と余裕があることに気付いた。

「これ、なんなんですかねえぇえぇええ!?」

 余裕ついでに叫んでみる。

 すると、稜が信じられないものを見る目で幸を見てきた。

「……俺が聞きたいわ!」

 一瞬の溜め、のち、絶叫というか、説教。

「ですよねーーー!」

 あああああ。

 もはや叫ぶくらいしかできることはなく、幸と稜は果てしなく長いジェットコースターさながら落ちていった。


*     *     *     *


 どすん。

 鈍い音と同時、身体に衝撃が走った。

「いたた……」

 お尻をさすりながら幸は上半身を起こした。手をついた地面はひやりとしていて固い岩肌だ。かなり長い時間落下していたように思うが、奇跡的に助かったらしい。

 横を見ると、頭を抱えながら起き上がる稜がいた。

 打ち所が悪かったのだろうか。慌てて幸は立ち上がり、夫の傍に駆け寄った。

「稜さん! 頭、打ったんですか!?」

「っつ……少し、な」

「大変! 動かないでください!」

「いや、大したことない。大丈夫だ」

 しかめっ面ながらもしっかりと稜の目が開く。それを見て一安心した幸は周囲を窺って、腰を抜かしそうになった。

 にわかに信じがたい光景が広がっている。

 先ほどまでいたラウンジは嘘のように消えていて、ここはどこかの洞窟のようだ。南国の風どころか冷気が溜まっている。不思議なことに周囲の岩そのものが薄らぼんやりと輝いており、視界は確保されている。


 そして何より驚くべきは、ラウンジにいた他の二組もここにいるということだった。


 黒髪組は男性が女性を膝抱きにしている。空中というか落下中に掴まえて体勢を立て直し、そのまま着地したらしい。

 見事だ。

 為す術なく落ちてきた幸たちとはどうやら根本的に違うらしい。

 もう一方のハリウッド組も似たようなもので、彼らはそれぞれが地に膝をついているものの油断なく辺りに警戒の眼差しを向けていて、かつその手は腰にある剣に置かれていた。

 隙が無さすぎる。

 役柄がそうさせるのか、どう見ても堅気には見えない。返す返すもただただ呆然としている幸たちとは一味も二味も違うようだ。

 そんな中で稜が立ち上がると、他の二組から注目が集まった。


 互いの視線が交錯して一瞬の間。


 そして、

「グルルルル」

 最初の発声はまさかの四組目からだった。

「!?」

 何事かと背後を振り返る。どうやら奥に繋がる道があったらしく、唸り声の主はそこにいた。

 沢山。

 それはもう、ご一行様と呼んで差し支えない集団で。

「野犬……!?」

 恐怖のあまり、幸は稜の腕にとりすがった。

 黒光りしている彼らはドーベルマンほどの体格でずらりと勢揃いしている。が、首輪などしておらず、滴るよだれがこの後の展開を如実に予言していた。

 大型犬の一頭と戦うだけでも大怪我必至。

 なのにこれだけの数を相手にするなど無理難題すぎる。おまけに稜の背中を守る用心棒たちは、まことに残念ながらこちらの世界の存在には無双できないときている。

 万事休す。

 幸の背中に嫌な汗が流れた時、怒声が洞窟内に轟いた。

「なんなのよこれ、まだレモネード飲んでないのに!」

 あのフロントクラーク騙したわね、と。

 鬼の形相で叫びながら続けて盛大な舌打ちを鳴らしたのは、黒髪の女性だった。

 その気迫に居並ぶ野犬が一瞬ビクつく。

 すごい。

 優雅で優しそうな佇まいからは想像もつかない気合いもさることながら、叫んでいるのが「今ここでそれか」と突っ込みたくなるような今この場で最もどうでもいい内容である。

「ちょっと一発殴ってくる!」

「おい暴れるなって!」

 焦っているのは彼女を抱える男性だ。

 ところがその声に我に返ったか、野犬の一頭が地を蹴って飛び掛かってきた。

 狙われているのは黒髪組だ。

 男性は女性を守るように一歩下がったが、明らかに初動が遅れている。今度は彼が忌々しそうに舌打ちするが、野犬の牙はすぐ傍に迫っていた。

「……っ!」

 幸の息が止まる。

 が、次いで出た悲鳴は男性のものではなく、野犬が上げていた。

 長剣の刀身がきらめく。

 野犬を斬り倒したのはハリウッド組の男性だった。彼は無言かつ無表情のまま野犬の群れに突っ込んでいく。途端に幾つもの唸り声が洞窟内を満たしたが、彼の動きには一切の迷いがなかった。

 幸はその場に棒立ちだった。

 突然のことに思考がついていかない。呼吸さえ忘れそうになる中で目の前の光景に釘付けになっていると、土を蹴散らす雑然とした音が近くで聞こえた。

 野犬が三頭、迫っていた。

「え」

 身体がすくむ。

 目をつぶることもできず呆然とするしかなかった。

「アリア!」

 と、鋭い声が呼ばわる。

 返事はなかったが、代わりに野犬がまた悲鳴を上げた。

「ご安心を。一匹たりとも近づけさせません」

 幸たちを振り返りながら言ったのは、同じくハリウッド組の女性だった。

 綺麗な銀の髪が揺れる。

 まるでダンスを踊るような優雅な動きに、この非常事態に不謹慎ながらも幸は見とれていた。


*     *     *     *


 ハリウッド組の鬼のような活躍により、あっという間に野犬の群れは退治された。

 再び洞窟内に静けさが戻る。

 となると必然、目が合うわけである。三者三様の表情を浮かべながら。


 互いの様子を窺いつつ、さあ誰が口を開くか。


 そして、

「結構。実に申し分ない実力だ」

 仕切り直しの最初の発声は、もう一度まさかの五組目ときた。

 今度はなんだ。

 呆気にとられて声の方を向く。野犬とは反対側、洞窟の行き止まりにそのおっさんはいた。

「さすが私の見込んだ勇者たち。歓迎しよう」

 初対面のくせにそのおっさんはやたらと上から目線だった。

 合わせて態度も特大なのだが、しかしおっさんは子供と見紛うほど背が低くついでにまんまるのビール腹で、台詞とは裏腹に威厳は一ミリも感じられない。


 なんなんだろう、この人。


 それが幸の抱いたまことに正直な感想である。

 胡散臭さしか感じないのだが、そんな不審者を見る目を向けられているとは微塵も感じていなさそうな顔で、おっさんは続けた。

「ここは全ての出発点、始まりの場所であり、終着駅でもある。あらゆるものが交錯し、相見(あいまみ)え、そしてまた別れ往くところ。全てが正常に、平穏無事にあらねばならぬ世界で、」

「御託はいいから結論を先に言いなさいよまだるっこしいわね」

 ばっさり。

 腕組みをしながらその台詞を放ったのはやはりというかなんというか、あの黒髪の女性だ。

 始まったばかりの自己紹介──と呼んでいいのかどうかはさておき、ぶったぎられたそれ──を飲み込み、おっさんは驚愕に目を見開いた。

「おお……! なんたること、この世界の統治者である私に向かって、」

「だからそういう前置きはいいから、なんでこんなことになってんのか説明して。私たち休むのに忙しいのよ」

 自分たち二人が合わせて一週間の休暇を取るのに、あの宮廷騎士団長ときたら嫌味も小言も寄越してきて腹が立つったら。それでまた他の人にあれこれ融通してもらってどれだけ調整してきたと思っているのか。ただでさえ申し訳ないっていうのに、これのせいで休みが短くなったら癪だしその分絶対に延長するからあんたがあの男に頭下げに行きなさいよ!

 黒髪の女性がまくし立てる。

 なにかこう、並々ならぬ気迫とひとかたならぬ因縁が感じられる文句だ。その勢いに押されたのかどうか分からないが、小さいおっさんは「うおっほん」と大層仰々しく咳払いをした。

「わかったわかった、手短に言おう。あー、えー、そうだな、うん。えーと、この近所でな、ちょっと……いや大分はっちゃけた魔王が暴れてて大層困ってるので退治してほしい。おぬしらはその為に私が召喚した。ちなみにここでは私の言うことをきかない限り、休暇どころか元の世界に帰れないので宜しく」

 いきなり軽い口調でものすごく重い内容を言われた。


 まさか、いやそんな。


 びっくりしすぎて疑問はおろか相槌さえ出てこない。

 幸は困惑の視線を隣に立つ稜に送った。

「これ、もしかしてなんですけど、さっき話してた神隠しですかね?」

 明らかに訳の分からないことを口走る相手。直接「お命頂戴」は言われていないが、魔王退治をやれということは間接的に同義ではないだろうか。

 受けた稜は、眉間を寄せながら首を傾げている。

 まだ判断材料が乏しいようだ。

 ハリウッド組を窺ってみると、二人とも虚を突かれた顔で小さいおっさんを凝視している。実に親近感の湧く反応だ。

 次いで黒髪組はどうかと目を向けると、今の今までいたはずの場所に彼らはいなかった。


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