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彼方からの招待状  作者: 東 吉乃
一方その頃
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02-13.集合か召集か・後

こちらは「ドロップアウトからの再就職先は、完全無欠のブラックでした」視点です。特に読まなくても差し支えはございません。


時系列としては 序章 02.当選のお知らせ と平行ですので、サブタイトルのナンバリングを02-5から続きの02-13としています。


 丘を下りきって少しいくと、大きな道に出た。

 既にアルゼタの端に入っているらしく、行き交う人の格好は軽い。街道を行く時のような旅装の者はあまりおらず、薄手の短袖で砂浜で談笑しているグループや、露店で飲み物や食事を買い求めている組などが沢山いた。

 海風にタルコの葉と花が揺れる。

 梢が重なる音が耳に涼やかだ。

「みんな身軽ねー」

 制服や厳然たる旅装ではないものの、真澄たちは立場があるゆえそれなりの服装で出てきた。

 しかしそのかっちり感は、この景勝地では浮いている。

 というかかなり目立っているといっていいだろう。真澄たちが街道を歩き始めてからというもの、周囲の観光客からなぜかやたらと注目を集めているのだ。

 アークに肩章はついていない。

 真澄もスカーフは巻いていない。

 にもかかわらず飛んでくる好奇の視線に真澄が首を傾げていると、アークからは「多分そいつのせいだ」とヴァイオリンケースを指差された。

「エルストラス遠征で宮廷外にも一躍有名になったらしいぞ。ジズの群れをその聴力にものを言わせて倒した第四騎士団の首席楽士は、人とは違う角のヴィラードケースをいつも持ち歩いているってな」

「ちょっと待って、おかしいおかしい。後半はいいけど前半が明らかにおかしい」

「面白えよな。お前がジズの群れを葬り去ったことになってるんだぜ。人外扱いを超えたな。ここまでくるともう神話だろ」

「いやおかしいでしょ、一介の楽士がなんであんな怪物相手に戦えるってのよ」

「まあアルバリークの人間は前線を知らんしな。そこはともかく、マスミなら戦えそうだと思われたんだろ」

「まずその認識を修正したいんですけど!」

「無理だな、今さらすぎる」

 さらりと否定したアークは、「死ぬまでに碧空伝説で本一冊いくんじゃねえか」などと勝手極まりない予想を立てる始末だ。

 真澄は憤慨したが、だからといってどうにかなるものでもない。

 最終的には諦めて黙るより他なかったのだが、アークが「まあなんにせよ」と続けた。

「合わせて俺たちの風貌も有名になったからな。黒髪同士の組み合わせがそもそも珍しいところにヴィラードケースだ。まあ分かりやすいわな」

 ましてこんな服装では、と裾をつまむ。つまり目立つ要素しかないということだ。

 それを見た真澄は肩を竦めるしかなかった。

「宿に入れば人目もない。さっさと行くか」

 とアークが少し先を指差す。

 道沿いに、露店とは違う木でできた小屋がある。周囲は柵がめぐらされていて、その中に放牧されている馬が見えた。

 ハイリの言っていた馬屋だ。

「そうね」

 頷いた真澄はアークを追うために歩く速度を上げようとしたが、しかしそれは「もし」という声掛けに阻まれた。

「足をお探しですか?」

 真澄が歩みを止めて振り返ると、そこには一人の男性が立っていた。

 当たり前だが見知らぬ顔だ。

 真澄は小首を傾げつつ、問われたことに頷いた。

「え……っと、はい」

「良い馬、お安くしますよ」

「え、いいんですか?」

 路銀に困っているわけではないのだが、安いと聞くとつい反応してしまう。

 かつかつの貧乏暮らしをしていた名残だ。

 真澄は数歩先に進んでいたアークに声を掛けて、呼び戻した。

「ねえ、この人が馬を安く紹介してくれるって」

「安く? どういうことだ」

 突然言われたアークは怪訝さを隠さない。

 が、その男性は柔和な笑みを浮かべて説明した。

「新しく宿を開いたばかりでしてね。その記念で、自前の馬を安く貸し出ししているんです」

「あ、それってもしかして新しい湯脈の近くにできたっていうお宿ですか?」

「おや、ご存じでしたか。もし湯治先がお決まりでなければご案内致しますよ。今日は人が少ないので、お代も少しばかりお勉強させて頂きます」

「行きます!」

「おい、マスミ」

 即決した真澄に対し、アークが困惑を隠さない。

 しかし元より目指していたのはその新しい宿なのだ。改めて探さずとも、彼が宿まで案内してくれるというのなら願ったり叶ったりである。

 真澄がそう言うと、アークは「それはそのとおりだが」と不承不承ながらも頷いた。


 決定である。


 そうして真澄とアークの話がまとまったのを見て、宿の男性が「ではこちらに」と先に立って歩き出した。

 目指そうとしていた小屋を通り過ぎてすぐ、三頭の馬が道沿いの馬寄せで待っていた。その手綱を解いて真澄とアークに渡しつつ、男性は「宿はアルゼタの端なので、少し遠乗りになります」と言ってきた。

 遠乗りと聞いて、一瞬真澄には不安がよぎる。

 が、隣にいたアークが「街乗りなら距離が延びても大丈夫だ」と太鼓判を押してくれたので、真澄は緊張を解いて馬の背にまたがった。

 海沿いの道をゆっくりぽくぽく歩く。

 男性が先導しているが、真澄とアークは馬を並べ、景色を見ながらあれこれ雑談に興じた。

 その道中、ふとアークが呟いた。

「しばらく来ないうちにここも大分変わったな」

 アルラタウに近いとあってか、やはりアークもアルゼタに馴染みは深いらしい。

「思い出の景色と違う?」

「多少はな。昔はこんなに露店は多くなかった」

 本当にだだっ広い海岸がどこまでも続き、白い砂浜と青い海しかなかった。

 商売っ気など無いに等しい状態だったらしいが、再開発されたと見える。宿の数も随分増えた、とアークは目を細めた。

「アルゼタの区長が代替わりしたんだろう。以前は馬もアルゼタ全域で統一価格だった」

「あー、それでさっき微妙な顔してたんだ?」

「まあな。自治区とはいえ、そこの規定を逸脱しているなら是正勧告を出さねばならん」

「そういうところが割と真面目よね。あれ、でも……」

 宮廷騎士団長にあれだけ啖呵を切ってもぎ取った休暇だというのに、立場も仕事も完全に忘れてはいない。

 こういう意外さを見せるアークは珍しい。

 からかい半分の真澄だったが、しかしそこで引っかかりを覚えて笑みを引っ込めた。

「さっきハイリさんも、安く統一されてるとか言ってたような」

「だから余計気になったんだ」

 馬上で二人、どちらからともなく視線を交わす。

 少し先を往く宿の男性は振り返らない。

 真澄たちの声は聞こえているはずだ。先ほどから不躾にならない程度、話の合間に相槌など寄越してきていた。

 しかし彼は今、何の反応も示さない。

 例えば「そうです区長が変わったんです」とか、「金額設定は昨年から自由になりました」とか、いくらでも説明できそうなことはあるにもかかわらず、だ。


 不可解である。

 しかし馬を止めて問い詰める程かというと、決してそうではない。


「でも、まあ……ハイリさんも最近は来てないのかもしれないし」

「まあな」

 結局、真澄たちはアルゼタに居を構えているわけではない外部の人間である。情報が遅くなるのは自明の理だ。釈然としないままであるが、是が非でもこだわるものでもない。

 そういうわけで、どちらからともなく二人はその話を切り上げた。


*     *     *     *


 男性が言ったとおり、確かに宿はアルゼタの端で遠かった。

 少し遠乗り、とはよく言ったものだ。

 真澄が早駆けできず歩いたとはいえ、二時間近くかかった。真澄の感覚では「かなり」の遠乗りである。しかし頑張って辿り着いたご褒美のように、案内された新しい宿は大きくそして綺麗だった。

 連なる壁は白い。

 窓という窓が開け放たれていて、開放感にあふれていた。

「馬はそのまま放っておいて結構です。どうぞ中へお入りください」

「馬寄せは? 繋がなくていいのか」

「敷地内からは出ていきませんので大丈夫です。さあ」

「……いいならいいが」

 ここでもアークが眉をひそめた。

 怪我しても知らねえぞ、と一人ごちる。その呟きを拾った真澄が視線を向けると、アークは肩を竦めた。

「馬が何に驚くかは分からん。急に走り出すこともあるし、どちらかといえば人間に対する安全策なんだがな」

 客が少ないゆえ、大丈夫だと高を括っているのか。

 ともあれ何かあって責任を取るのはアークでも真澄でもない。これもまた気にはなるがあまり強く言うのも憚られる状態で、結局はそのままにせざるを得なかった。

 宿の男性は既に入口に立っている。

 お早く、と手招きしながら、人当たりの良い笑顔を浮かべている。

「新しいから、まだそういうことに慣れてないとか?」

 なんとなく考えた可能性を真澄は投げかけてみる。

 しかしアークは腑に落ちない様子のままだった。

「手際うんぬんの話じゃねえぞ。安全上の問題だ。新しい宿なら尚のこと、人手が足りんわけでもあるまいに」

「それもそうねえ。んー、じゃあチェックインして、その時にまだほったらかしだったら教えてあげたら?」

 案内してくれた男性以外の従業員が、馬の面倒を見る可能性もある。

 そう真澄が持ち掛けると、アークは「そうする」と渋い顔で頷いたのだった。



「ようこそいらっしゃいませ」

 真澄たちが中に入ると、宿まで案内してくれた男性が正面の受付カウンターにいそいそと入って頭を下げた。

「え、あなたが受付だったんですか?」

「ああ、いえ、私は副担当でして。ちょっと担当が席を外しておりまして、お待たせするわけにもいきませんので」

 言いながら、フロントクラークとなった彼は手元に何かを走り書きしてから、顔を上げた。

「お手続きは後ほど、担当が戻り次第させて頂きます。待つ間、あちらでご休憩されてください。冷たい飲み物をお持ちします」

「あ、それは嬉しい」

 思わず真澄は顔を綻ばせた。

 炎天下に長時間いたので喉がからからだったのだ。フロントクラークが指し示す先には広めに取られたテラスがあり、そこには二組の先客が見えた。

 今日の宿泊客が少ない、というのは本当らしい。

 新しい宿であるのに先行きが心配になるほど、用意されている座席に対して人が少なかった。

「お荷物お預かり致します」

「……いや、いい」

 あれ、と思って真澄はテラス観察を止めて視線をフロントに戻した。

 アークの声が少し硬い。

 様子を窺うと、何かを量るようにアークがフロントクラークを真っ直ぐに見据えていた。

「どの客にもそう申し出ているのか?」

「といいますと?」

「やめておいた方がいい。特に帝国内であれば」

 この意味分かるか、とアークが問う。かなり鋭利な空気だ。

 しかし問われた側は答えが分からないらしく、小首を傾げるばかりだった。その様子を見て「アルバリーク人ではなさそうだな」とアークがため息まじりに漏らす。

「騎士や魔術士はもちろんのこと、軍属も多い国だ。そういう人間はたとえ任務外でも他人に荷を預けない。そういう申し出をすると警戒されて風評が広がる。客足が遠のくぞ」

 客の素性などそう簡単に判るものではない。

 ゆえに不用意な発言はしない方がいい、そうアークが諭すと、フロントクラークは柔和な微笑みを浮かべたまま大人しく引き下がった。

「左様でございますか。ご指導ありがとうございます」

 一つ礼をして、話が終わる。

 それから彼に「お好きな席にどうぞ」と勧められ、真澄とアークはテラスへと向かった。

「いきなり上から目線で何者かと思われてそうねえ」

 歩きながら真澄は苦笑する。

 しかしアークはどこか不満気に鼻を鳴らした。

「さっきから色々と気に食わねえ。詳細は後で調べる。違法営業なら宮廷の然るべき部署に連絡して摘発するだけだ」

「そういうところが意外と真面目よね、ほんと」

 せっかく休みに来たのだから、まずは飲み物を飲んで落ち着こう。

 真澄は隣を歩く夫をなだめつつ、何を飲もうかと考える。テラスは壁が取り払われていて、遠く広がる海が一望できた。


 夏が、休暇が、始まる。


 浮き立つ心は空を飛べそうだった。


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