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彼方からの招待状  作者: 東 吉乃
一方その頃
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02-11.旅の備えとは

こちらは「ドロップアウトからの再就職先は、完全無欠のブラックでした」視点です。特に読まなくても差し支えはございません。


時系列としては 序章 02.当選のお知らせ と平行ですので、サブタイトルのナンバリングを02-5から続きの02-11としています。


 ハイリとの話がまとまった後、真澄とアークは一度宮廷へと戻った。

 旅行の身支度をするためである。

 ありがたいことに、時間のなさを理由にハイリが辺境の首府アルラタウまで自由転移で送ってくれることになったのだ。

 最初は申し訳なさに辞退した。しかし大魔術士は公然と「研究のための練習を兼ねておりますから!」と言い放ち、むしろやる気満々だった。結果、そういうことならと厚意に甘えることにしたのだ。

 そして善は急げ、すぐ出発だと相成ったのである。

 成婚休暇は当然ながら仕事ではないので、真澄とアークが今着ている制服は要らない。

 その着替え含む休暇用荷物の準備を一時間でするつもりだったのだが、ものの三十分とかからず真澄の準備は終わってしまった。

 幹部用宿舎棟の中、自室でテーブルの上に置いた荷物を眺める。


 ヴァイオリンケース。

 楽譜がいくつか。

 下着含む着替え一式。

 あと、小分けにした化粧品少し。


 驚くほど少ない。

 が、辺境からの帰りもハイリが指定転移法円を準備してくれるというので、本当に、旅路への備えという意味でのかさばる荷物が必要ない。一瞬で現地に到着するため、携行食料がまずいらない。それに季節も良く、防寒着の心配もない。

 ある意味、着替えや化粧品でさえ現地調達できるんじゃなかろうか。

 かつて訪れた首府は沢山の露店が立ち並んでいた。祭りのそれではなく、日常用品の、だ。

 そんなことを考えて、真澄はその二つを横に除けようと手を伸ばす。が、それは横にいたリリーに止められた。

「マスミ様、いくらなんでもさすがにそれはおとこらしすぎます。総司令官が二人いてどうするんですか。なにかあった時のことを考えてください」

「そう? 遭難するにしても、とりあえずヴァイオリンさえあればなんとかなるかなと思うんだけど」

 昨年の夏、ヴィスカス湖で遭難した時の記憶をたぐり寄せる。


 あの時万事休すになった理由は、アークの魔力が尽きてしまったからだ。

 あれは魔力を回復するためのヴァイオリンを真澄が持っていなかったという、痛恨の失態でもあった。


 それを鑑みると、万が一への備えという意味ではヴァイオリン以上のものはないのである。

 経験とは貴重な教訓だ。

 真澄の演奏を以ってアークの魔力を回復できさえすれば、魔獣と戦うのも伝令を飛ばすのも何でもござれ。直接的にできないのは腹を満たすくらいか。しかしそれもアークさえ万全の状態でいれば、食料調達程度は難なくこなせてしまう。ウォルヴズの縄張りにあって尚、冬になるまでは山暮らしもいけると豪語した男である。

 そういう意味でアークは大変に便利な夫だといえよう。

 しかしそんな真澄の発言は、リリーから「それでいいんですか……?」と大層残念な目を向けられてしまった。

「せっかくの成婚休暇ですよ? もっとこう、素敵な夜着とか持っていきましょう!」

 ほらほらほら、とリリーが抱えていた極少布の服、というか下着たちをベッドの上に並べていく。

「本当はもっと早くお召しになって頂きたかったんですけど、ご成婚なされるまではって、ずっと我慢してたんです! ご覧くださいこれ、この夏のマスミ様用に誂えられた布地です! ちょうど今朝がたに、ようやくできたんですよ!」

「えっ、ちょっ、私用ってどういうこと!? や、その前に布! 布面積少なすぎない!?」

 思わず真澄は目の前に広げられているうちの一枚を手に取った。


 確かに色味はとても綺麗だ。

 いつも身に着けるスカーフより少しだけ明るい碧空。ごく薄い布は手の上をするりと滑る。その時に変わる陰影が、まるで時刻によって空の濃淡が変わるかのように見える。

 布地と、さらにレースや紐、リボンなど全てが統一されている。

 何組もある夜着は同じ碧空の色を使いながらも、ごくシンプルなものから甘さを押し出した優しい布合わせであったり、あるいは大胆に切り込みの入った際どいものであったりと、デザインが全て異なっていた。

 同じ色でありながら、布の重ね合わせや切り具合で微妙に濃淡が違う。

 その優雅さは女性としては本当に心躍る美しさだった。


 真澄がつい見惚れていると、リリーが「私の一押しはこちらです」と、最も布面積が少なく際どいデザインの組をつまみあげた。

「宮廷には専門の布職人がいるんです。後方支援方になるんですけど、私たちのように広く一般から募集されるのではなくて、徒弟制度をとっています。各団にそれぞれ職人がついていて、その色に関する全てを担います。肩章や袖章、スカーフも、碧空の色が使われている全てが第四騎士団担当の職人の手で一つ一つ作られます」

 そうして代々、染料の配合から染め、そして織の技術までを伝えられていくのだという。それゆえ、時代が変わり各団の総司令官が変わったとしても、それぞれの団がまとう色は変わらずにきた。

 なぜそこまでするのか。


 それは色に込められた意味があるからだ。


 紋章学の中には紋様や紋章、意匠、動物、形の他に、各色にも様々な解釈が当てられている。

 その創設以来、第四騎士団の碧空は「信頼と誠実」であり、誓約するその色は不変であることが求められた。それは総司令官が代替わりし、時代時代でその魔力の色が変わったとしても、だ。

「なので、公的なものは必ず同じ色なんですけど。こういうちょっとした衣装なんかは、職人さんたちが遊び心を入れてくれるんです」

 いつもいつも頑なに変わらぬ色を守り続ける彼ら。

 けれど時折こうして息抜きをするらしい。

「──そうなんだ。全然知らなかった」

 自分が楽士として働くために、それを支える人間が無数にいる。

 改めて認識すると背筋が伸びる思いがした。手にしているのは、その、極少そして極薄の布であるが。

「ちなみにデザインと縫製はまた別の部署でやってるんですよ。当たり前ですけど、下着関係の担当は女性だけです」

「さすが宮廷。分業が進んでるんだ」

「仕事量が多いですから。下着の部署はすごく人気があって、たまーに人員募集が出たら志願者の行列ができるんですって。私も憧れてたんですけど、倍率は高いしお裁縫は苦手だしで諦めました」

 てへ、とリリーが舌を出す。

 そんな可愛い彼女を見て、真澄は小さく笑った。

「縫い物が苦手? でも他が完璧だもの、こっちが天職じゃない?」

「えっ、他が完璧なんてそんな」

「完璧完璧。だって私がそう思うんだから」

 こうやって色気のない真澄に代わって隅々まで気を配ってくれるのだ。

 言いながら、真澄は並べられた夜着のうち、三組を手に取った。

「ありがとう、リリー。折角だし持っていかせてもらうわ。ちょっと……や、かなり恥ずかしいけど」

「大丈夫ですマスミ様なら絶対に似合います! 嬉しいです!」

「使うかどうかは分かんないけどね」

 最低限の予防線だけ張るも、ぴょんぴょん跳ねて喜んでいるリリーの耳にはおそらく届いていない。

 苦笑しつつ真澄は選んだものを畳み、見えないように柔らかな布袋に入れて荷物の中へと加えた。ベッド上に残されたものをリリーが手早く片付ける。

 そして。

「どれが一番アーク様が喜ばれたか教えてくださいね。秋の製作分に反映しますから!」

 真っ直ぐな瞳、曇りなき笑顔。

 そんなリリーを見て、真澄はどう答えたものか、五秒ほど考え込んだ。

「えーと、それはアークが公開処刑じゃない?」

「……どうしてですか?」

 きょとん。

 己の職務に忠実なうら若き乙女が、小首を傾げる。純粋に解っていない風情だ。

 ここで事細かに説明するとさらに裏目に出るような気がしたので、真澄は「大丈夫よ、なんでもない」と穏便に話を切り上げた。

 ちょうどそこでノックが響く。

 噂をすればなんとやら、扉からは旅支度を終えたアークが顔を覗かせた。


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