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彼方からの招待状  作者: 東 吉乃
一方その頃
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02-9.ブレざること山の如し・前

こちらは「ドロップアウトからの再就職先は、完全無欠のブラックでした」視点です。特に読まなくても差し支えはございません。


時系列としては 序章 02.当選のお知らせ と平行ですので、サブタイトルのナンバリングを02-5から続きの02-9としています。


「いた……ハイリさーん」

 呼びかけた直後、真澄は激しく咳き込んだ。乾いた喉が貼り付いたからだ。

 アークが背中をさすってくる。

 そうこうするうち、こちらに気付いたらしいハイリが「あーどうもどうも!」と手を振りながら近づいてきた。



「お二人がこちらにいらっしゃるなんて珍しいですね。どうされたんです?」

 こぴ、とハイリが首を傾げた。

 愛くるしい仕草、その両手には沢山の花が抱かれている。花束さながらだ。赤、オレンジ、黄。濃淡様々なそれらは見ているだけで元気が出てくる。

 返す返すも、見た目は丸っこいおっさんだが。

「試験運用段階にある地方分団への指定転移を使わせてもらいたい。イアンから報告を上げるよう言われたので」

「おや、指定転移を? お二人が確認してくださるんですか?」

 アークの申し出に対し、ハイリが丸眼鏡の向こうで丸い瞳をぱちくりさせた。

 真澄たちは中央棟からすぐその足で来たので、さすがに彼にはまだ連絡が届いていなかったらしい。

「後でイアンから正式に連絡が来ます。自分たちは急いでいたので先に」

「そうですか。しかしお急ぎとは? 何か困りごとでも?」

「ああ、いや。成婚休暇ついでの国境視察というだけです。長く休みたければ視察をさっさと片付けろと言われたもんで」

「ははあなるほど。うーん、イアンったらまた誤解を招くような言い方して困ったものですねー。素直にいってらっしゃいと言えばいいのに」

 さすが同い年のいとこ、忌憚のない真っ直ぐな評だ。思わず真澄とアークはうむ、と二人同時に頷いた。

「そういうわけで早めにお願いしたいんですけど、できます?」

 真澄が尋ねると、にっこり笑顔とサムズアップが即座に返ってきた。

「ええ、ええ、できますよ! それじゃあまずは研究室に戻りましょうか」

「花壇はいいんですか? 水やりをしてたんじゃ」

 ハイリのフットワークの軽さに、真澄は慌てて花壇を指差す。

 そこにはじょうろが置かれており、付近の土は濡れている。気分転換なのか当番か、分からないがハイリが面倒を見ていたと見受けられる。

 急いでいるのは確かだが、さすがにそれを中断させるほどではない。

 それを真澄が伝えると「まったく問題ありません」と返事がきた。

「水やりはもののついでだったので」

「ついで?」

「ええ。メインの目的は収穫でして、そっちはもう終わっていますから」

 ひょ、とハイリが背後を指差す。その先には一抱えほどの蓋のない木箱があった。


 中身が収まりきらずにはみ出ている。

 毒々しいほどに真っ赤に色づいた小さな実が、枝ごと。明らかに笑っている人面のついた、かぼちゃらしき深緑のなにか。それはこぶし大からもう少し大きなものまで幾つかあって、全ての表情が違う。中にはめそめそと泣いているのもあった。

 人型の根菜らしきものも見える。

 色は人参。大きさは大根ほど。それらの真澄が知る根菜も、育ち方によっては手足が生えたようになることはあるが、木箱から見えているのは別格だった。

 なんというか、動いているのだ。

 頭から元気よく葉を生やした彼らは、必死に木箱をよじ登ろうとするもの、そいつに踏みつけられて怒っているもの、隣にある赤い実をつまみ食いしているもの、そして俺はもう諦めたといわんばかり木箱の縁にぐったりもたれかかっているものと、およそ根菜らしくないものばかりだ。

 ちなみにぐったりしているやつは、頭の葉もくたりと萎れている。


 家庭菜園というにはちょっと、いや大分、憚られる。

 冷静に考えればここは魔術研究機関という公的な場所なので家庭菜園はそぐわないのだが、それにしても、だ。


 真澄がそっと窺うと、隣に立っているアークも微妙に顔をひきつらせていたので、どうやら目の前の光景はアルバリーク帝国の常識ではないらしい。

 それを確信して、ほんの少しだけ真澄は安心した。

「あの、あれってなんですか? 野菜というにはちょっと活きが良すぎっていうか、私の常識だと野菜には顔はついてないし動きもしないんですけど」

 気になりすぎたので真澄は訊ねてみた。

 すると、その木箱を取りに歩き始めていたハイリが「ああ、これはですねえ」と笑った。そのままどっこいせ、と木箱を持ち上げる。その瞬間、人参色大根大の人型野菜たちが、一気に叫び声を上げた。


 うおーさらわれるー、と。


 それを上から覗きこむハイリは「うふふふ」といつもの笑顔だ。それを見上げる人型野菜たちはさらに「うおー」と叫びながらびびっている。

 絵面がすごい。

 あまりの衝撃に真澄とアークは言葉を発することができなかった。しかしそんな真澄たちにお構いなし、ハイリは解説を続けてくれた。

「薬草なんですよ」

「はあ、薬草ですか。え、この騒いでるのもですか?」

 こんなのを飲むのも塗るのもご免被りたい。

 真澄の正直な心境はしっかり顔に出ていたらしく、「ですよねえ」とハイリは笑う。

「これ『恋なすび』っていうんですけどね」

「見た目と名前が最高に合ってませんね」

「ですよねえ。実は由来は見た目じゃなくて、その効能から来てるんです」

 そして大魔術士の口から語られたのは、この騒ぐ人型野菜──恋なすびの誇る、絶大なる毒性についてだった。


 強い幻覚作用を筆頭に、高い確率で幻聴をも引き起こし、さらにほぼ例外なく嘔吐も伴う。

 当然ながら摂取量次第で死に至る、劇薬扱いである。

 アルバリーク帝国でもその栽培並びに所持は許可制になっており、余程の理由と公的肩書きという職務上の必然性がなければ許可そのものが下りない。野生に自生するものも稀にあるが、それを所持しているだけで罰せられる代物だ。


「昔はこれを煎じて飲めば、恋い慕う相手と結ばれると信じられてましてね。だから恋なすびと名付けられたんです」

「へえ、そうなんだ……って、それって」

「そうです、ただの幻覚です。性質の悪いことに幻聴作用もあるもんですから、より一層幻覚が真実味を帯びてしまうんですね。それゆえ願いが叶ったように見えてしまうのが難点です。そしてこれを食した人間はかなりの率で死亡してしまうので、幻覚が幻覚だったと気付けないわけでして、結果眉唾な言い伝えだけがまことしやかに広がったという寸法です」

「うわあ……」

「こんなのが民間療法で使われると大変に良くないので、規制されておるんです」

「なるほど良く分かりました」

 ハイリの抱えている箱を覗きこみながら、真澄は頷く。

 試しにさっきから箱の縁でぐったりしているやつをそっと指でつついてみる。するとそれは、は、と顔を上げた後で真澄に気付き、「うおー」と叫んで箱の中に引っ込んでしまった。

「それにしても、これを何に使うんですか」

 ハイリほどの大魔術士だからこそ、この劇薬──あまりに活きが良すぎてそう呼ぶのも憚られるが──の、取扱いが許可されているのだろう。

 しかしその用途がまるで想像できない。

 そんな真澄の疑問に、ハイリは「これはですねえ」と答えてくれた。

「研究の一環なんですよ」

「ああ、魔術の」

「いえ、呪いの」

「は?」

「呪いの形代といいますか、エルストラスからもらってきた壺の中にちょっと面白い呪いがあったんです。呪いそのものは解呪してましてね、ただ結構……いえ、かなり執念深くて陰湿で嫌らしい秀逸な呪いだったので、これを尋問魔術に応用したら宮廷騎士団が捗りそうだなと思った次第で」

 最高に眩しい笑顔と共に、またしてもぶっ飛んだ発言が出てきたからたまらない。

 その後、大魔術士は立て板に水のごとくあれこれと語った。

 それは専門用語の連発でさながら外国語の講義を受けるかのようだった。何を言っているか、一割も理解ができなかった。一つだけ確かだったのは、大魔術士の呪いに対する思い入れが並々ならぬものである、というただその一点である。

「ブレねえな……」

 ぼそりと呟いたのはアークである。

 エルストラスでの日々が脳裏に浮かんでいるのは間違いない。大魔術士はひとしきり語った後で、「それじゃあ戻りましょうか」と真澄たちを手招きした。

 しかしそれは機関の建屋とは逆の方向だった。

「どこに行くんですか?」

 不思議に思った真澄が問うと、ハイリは「私の近くに来て下さい」と言う。

「自由転移で戻りますから。荷物も重いですし」

「えっ。でき……る、んですか?」

 確かそれは、レイテア魔術士団長であるレイビアス=ヴィレンの専売特許ではなかったか。

 真澄が驚くと、ハイリはむん、と胸を張った。

「できるというか、できるようになったんですよー、うふふふ褒めてください。ヴィレン団長にコツを教えて貰っちゃいました。あの方はすごいですね、座標を捉える感覚が常人のそれではありません。紛うことなき天才ですよ。私なんか行ったことのある場所しかまだ行けませんから、修行が足りませんねえ。ですがそれでこそ研究のし甲斐があるというものです」

 と、そこで抱えていた木箱から、ハイリが枝を取り出した。

 毒々しい赤い実が鈴なりになっているやつである。

 彼はその枝で、足元の土にがりがりと円を描いた。そしてその中に入るよう、真澄とアークに指示する。

「一人じゃないので簡易法円使いますね」

 さらりと天才は言うが、簡易法円はどこからどう見てもただの丸である。

 しかも綺麗な真円ではなく、ところどころ歪んでいて適当極まりない。おそらくアナスタシアあたりに言わせたら「普通は簡易といっても言葉の紋様を使います」くらいの評になるはずだ。

「才能の無駄遣いだろこれ」

 微妙な顔で呟きつつアークが円の中に足を踏み入れる。

 真澄も一歩遅れて倣うと、それから地面に描いたただの円が琥珀色に光り輝いた。


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