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彼方からの招待状  作者: 東 吉乃
一方その頃
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02-8.彼の人求めて三千里

こちらは「ドロップアウトからの再就職先は、完全無欠のブラックでした」視点です。特に読まなくても差し支えはございません。


時系列としては 序章 02.当選のお知らせ と平行ですので、サブタイトルのナンバリングを02-5から続きの02-8としています。


「乗り合い馬車よりは早かったな。上出来だ」

 魔術研究機関に到着してすぐ、アークが褒めてきた。

 真澄としては手綱を握りしめていた手は汗だく、足腰も痺れているような感覚でとても上出来とは思えない。が、鞍から一人で降りて、足が疲れたなと思いつつもどうにか立って歩けているので及第点ではあるだろう。


 最初の頃は酷かった。


 そもそもインドア派で運動は苦手だった。

 運動神経がないわけではない。やればそれなりにできるのだが、いかんせん腕以外の筋肉に乏しくすぐに身体が悲鳴を上げる状態だった。


 それを、ただのランニングならまだしも、馬術。

 しかも競技ではなく戦闘訓練だ。


 やらねばならぬとはいえ、ハードルが高すぎる感は否めなかった。

 事実、最初の一週間など歩くどころか起き上がる所からままならなかった。毎朝筋肉痛でうなる真澄。リリーが必死に助け起こし、悪戦苦闘の末に身支度を手伝うという有様である。

 歩く速度はごくゆっくり、足が震える様は生まれたての仔馬。

 あまりにも尋常ではないその姿に、碧空の楽士が不治の病に侵されたなどというあらぬ噂が宮廷内を席捲し、弁明が大変に面倒だったというのは余談である。

 ともあれ、そこからひと月は経っている。

 まだまだ初心者であるし、馬に対する真澄の指示は通らないことの方が多いが、少なくとも他の馬と共に歩くことは四苦八苦ながらできるようになった。

 馬は利口だ。

 乗り手の真澄がしょぼくても、隣にいるしっかりした人馬──主にアークと青毛、もしくはカスミレアズと栗毛、あるいは指南役たちとその愛馬──がこちら側に気を配っていると、割りに空気を読んで動いてくれるからありがたい。

 真澄の身体も少しは鍛えられた。

 まったく平気とまではいかないが、馬の背から降りてすぐ膝から崩れ落ちて立ち上がれない、という姿を晒す失態はなくなった。

「私がっていうより、この子が賢いからねー」

 ありがとうの意を込めて、真澄は牝馬の首筋を軽く叩いてやった。


*     *     *     *


 およそ一年ぶりに訪れた魔術研究機関に懐かしさを感じながら、真澄は正面玄関をくぐった。


 シェリルとの初見演奏対決で来たんだったよな、と思い出す。


 楽士棟での縄張り争いから始まった彼女との関係。ただの喧嘩で終わるかと思いきや、まさか今に至るまで交流が続くだなんて、誰も、真澄自身さえ予想していなかった。

 もっと言えば、あの日「うだつの上がらなさそうなおっさんだな」と思った人物が、このアルバリーク帝国の至宝と呼ばれる大魔術士だったというのもまさかだったが。

 一階にある受付に入ると、ちょうど空いた窓口があった。

 他に待っている人間がいないことを確認してから、真澄とアークはそこに赴き「ハイリ=スヴェント大魔術士に面会希望で」と伝えた。

 すると、窓口の職員が目をぱちくりと瞬かせる。

「あれ? 三階にいなかったですか?」

「三階ですか? いえ、まだ上がってませんが」

 受付はここじゃないのか、とアークが首を捻る。

 その様子を見た職員が、少し考えてから「ああ」と手を叩いた。その視線はアークの肩口に固定されている。

「騎士団長ですもんね。魔術士団長じゃないからそりゃ知らないですよね」

「なんの話」

「三階全部がスヴェントさんの部屋なんです。事務室とか実験室とか。だからスヴェントさんに用事のある方は直接三階に上がるんですけど、知らなきゃこっちの受付にきますよね」

 実に気安い口調で受付職員が事情を教えてくれる。

 肩章を見てアークが騎士団総司令官だと解るあたりは仕官組らしいが、上下関係に頓着しなさそうであるのはどうにも自由な研究者気質だ。

 まあ傍から見ている真澄の偏見かもしれないが。

「受付の入口に『スヴェントさんは三階です』って案内書いておいた方がいいかなー。とりあえず三階に上がってみてください。階段目の前にある部屋が受付兼事務室なんで。そこにいなかったら、卓上の呼び鈴鳴らしてください。三階のどこかにいるならそのうち出てきますんで」

「はあ」

「間違っても受付以外の部屋に入らないでくださいね。命の保障ができないんで」

「は?」

「特級研究があちこちにありますから。どんな術が起動するかそれとも呪いが発動するか誰も分からないんですよ。っていうかスヴェントさん本人もたまに放置して忘れてた呪いに引っかかったりしてるくらいなんで。まあスヴェントさんはすぐに解呪できるから大事には至ってないですけどね」

「いいのかそれで」

「スヴェントさんは楽しそうなんで、いいんじゃないでしょうか」

「それでいいのか……まあそうならそうで構わんが」

 辟易した様子でアークがぶん投げた。


 魔術士と一口にいっても、こと研究者寄りの彼らは本当に色々と自由だ。

 同時に総じてのんびりしている。


 騎士団と楽士の取り合いをするのは主に前線組の魔術士で、気の強い彼らとはアークも丁々発止のやり取りになるが、研究者組はなんとも穏やかで調子が狂うらしい。

「もし三階にいなかったら、多分外の花壇あたりにいるんで」

「そうか。ありがとう、邪魔したな」

「いいえ、お役に立てず恐縮です。またのお越しを」

 ぺこりと職員が頭を下げる。

 そう、丁寧は丁寧なのだ。研究畑の彼らは頓着する部分が他の大勢とは違うというだけであって、相手への敬意がないかといえばそうでもない。

 素朴なその仕草に苦笑しつつ、アークと真澄は受付を出て廊下の端へと向かった。

「そういえば、前に来た時は確かに直接三階に上がったわ」

 階段を登りながら真澄は話す。

 靴音が響く中、アークからは「そうか」と相槌が返ってきた。

「前にってあれか、回復勝負した時か」

「そうそう」

「容赦なく次席を叩きのめしてきたんだよな、お前ってやつは。そして俺もカスミレアズも度胆を抜かれたわけだ。碧空の楽士伝説の始まりの地かここは」

「ちょっ、手加減しなかったのは事実だけどその言い方やめてよね。人を人でなしみたいに」

「感心してるんだ。俺ならそういう相手とは絶交して終わりだ」

「そこは否定できないわねー。アークももうちょっと叔父さん……第一騎士団長を見習ったら? あんまりぶつかってばっかりなのも考えもんよ?」

「まあな。とはいえ舐められてると分かると中々そうもいかん」

「あんたは瞬発力ありすぎなのよ」

「お前には負ける」

「ちょっとそれどういう意味?」

 ああだこうだ話しながら上へ上へと歩を進める。

 それでも真澄がこうして喋りながら息切れしなくなったのは、馬術訓練の賜物といえた。

「でもなんでカスミちゃんは三階だって知ってたんだろ」

「ヒンティと一緒だっただろう。だからじゃねえか」

 宮廷内部の事情には、宮廷騎士団が最も精通している。

 その近衛騎士長となれば知らないことなどほとんどない。そして近衛騎士長同士の付き合いもあるわけで、まったく不思議なことではないとアークが断じた。

 なるほど道理だ。

 真澄が感心しているうちに、三階へと着いた。

 一階で案内されたとおり、すぐ目の前に「受付」と書かれたプレートがかかる扉があった。ノックをして入るも、しかし中には誰もいなかった。

 迷うことなく受付カウンターの上にある呼び鈴をアークが押す。


 チリーン。


 想像以上に高く可憐な音が響く。

 まるで可愛らしい魔女の家を訪ねたかのようだ。実際にはその真逆だが。

「……いないのかな」

 少し待ってみても、物音一つ聞こえない。動くものの気配も皆無だ。

 受付の部屋以外は入らない方が良いと念押しされていたので、そこで時間をかけることはせず、真澄とアークは外の花壇を探すことにした。

 魔術研究機関の正面玄関を出て、敷地内を歩く。

 すぐに見つかるだろうと高を括っていたのだが、これが間違いだった。

 確かに花壇はすぐに発見した。外に出てものの三分ほど、機関の裏側にそれはあった。が、絶望的に広い。


 歩けど歩けど花壇花壇。

 進めど進めど花壇花壇花壇。


 最初こそ花々の咲き乱れる様を楽しんでいた真澄とアークだったが、途中からはもう食傷を超えて辟易していた。可憐な花だけならまだしも、途中からやたらと巨大な花や見るからに食虫花など、存在感が圧倒的なものばかりだ。


 自分たちは一体なにをしにここに来たのか。

 もはや何がなんだか分からなくなってくる。


 なにより昼近くになって暑い。

 そして喉も乾いてきた。しかしここはアルバリーク、日本のように飲み物の自販機などあろうはずもない。


 このまま行き倒れるのでは。


 そんな不安に苛まれつつ真澄の意識がもうろうとしてきた頃、ようやく花壇の中に目的の人物が見えた。


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