02-7.家族というもの
こちらは「ドロップアウトからの再就職先は、完全無欠のブラックでした」視点です。特に読まなくても差し支えはございません。
時系列としては 序章 02.当選のお知らせ と平行ですので、サブタイトルのナンバリングを02-5から続きの02-7としています。
中央棟から出てすぐ、真澄とアークはその足で魔術研究機関へ向かうことにした。
イアンセルバートがハイリに話を通すとは言ったが、行きたい時に急に押しかけても相手が不在の可能性もある。まして試験運用段階のものを使うわけで、手続き云々など渋られると面倒だからだ。
まああの大魔術士に限ってそんなことを気にするとは思えないが。
エルストラス遠征で目の当たりにした彼の自由さ。あれはちょっと他に類を見ない。あの時収集していた呪いの藁人形はそういえばどうなったのだろうか。
懐かしい話題を上げつつ、真澄とアークは帝都内を騎馬でぽくぽく進んだ。
ちなみに馬車を使わなかったのはひとえに真澄の訓練のためである。それと知らない帝都民からは、道中沢山の声掛けをもらい、同時に手を振られた。
ありがたい話だ。
近年稀にみる盛大さだったらしい真澄とアークの成婚の儀のおかげで、こうして第四騎士団が広く認知された。真澄としては、碧空楽士団の募集をかける際に「なにそれ?」とならなさそうで嬉しい限りである。
さて、魔術研究機関は帝都の東端にある。
途中には東の恩賜庭園も通り過ぎる。
季節が進んだ今、庭園の外側を囲む樹々は緑の葉を勢いよく伸ばしており、その影で涼み憩う民たちの姿が見えた。散歩途中の老夫婦や、母親と思しき女性陣などがそこかしこにいる。
広く取られた芝生は陽の光を返して輝いている。
その上を走り回る子供たちの声が聞こえた。
「元気ねー」
眩しさに目を細めながら真澄は呟く。
「恩賜庭園って色々あるのね。ここっていっつもこんな感じなのかな」
「子供の遊び場って意味ならまあ、東が一番適してるだろうな。なんせだだっ広い」
「やっぱり。芝生のために作りましたって感じだもんね」
競技場が何面分だろうか。
真澄たちの成婚の儀で、ここに祭壇が設営されたのも頷ける広さだ。
北の恩賜庭園は澄んだ水の池とそのほとりに佇む離宮がメインで、優雅な水鳥や樹々の立ち並ぶ小道など、いうなれば恋人向けの場所だった。一方で南はデーア神殿が目を引くも、それを取り巻く巨大な花壇と温室が壮麗だった。あれは女性が訪れて楽しいスポットだろう。
西は行ったことがないのでそのうち、と思うが。
「ここなら何をして遊ぼうと説教はされんわな」
帝都は大きいため、大通りなどは人だけでなく馬車なども多い。
結果、道路で遊ぶと事故に繋がりやすく、どうしても子供の遊びを制限せねばならない区画が出てくる、とアークが言った。
「そういえばアークって子供の頃はなにして遊んでたの。曲がりなりにも王族でしょ、さすがにこの辺で適当に遊んでたとは思えないけど」
「一言余計だぞ。俺はまあ、宮廷内が遊び場だったよな」
外に出るとなれば、護衛から侍従から何人も付いてくる。そうなると遊ぶどころではなく、それはただの王族による帝都視察にしかなり得ない。
だから成人するまでは数えるほどしか市中には出たことがなかった、とアークは回顧の様子を見せた。
「宮廷内っつっても一人遊びばっかりだ。兄姉はいたが母親が違うから、王族居住区内でも住んでる部屋が遠い。気軽に行くには距離があったし、結局市中に出る時と同じで護衛が必ずつくわけだ」
「あー……そういうこと」
「言うほど自由な時間があったわけでもねえしな。曲がりなりにも王族だったからな、剣術馬術魔術の指南を受けて、内政に関する勉強時間も毎日あった。その他に教養だなんだを日替わりで詰め込まれるから、その合間にちょっと庭園で虫捕まえるとかせいぜいそんなところだ」
「うーん、そう言われると実は住む世界が違う人間だったってのを思い出すわねー」
「思い出すだけであって、だからどうとは思わねえんだろ?」
「え、はい」
「正直か」
「今となってはだけどねー」
のんびり会話をしながら庭園を通り過ぎていく。
歓声が聞こえてくる近場の子供たちは、どうやら鬼ごっこをしているらしい。捕まえた、捕まってない、と威勢よく言い争っている。
「マスミだって似たようなもんだろうが」
「えっ、いやさすがにそんなことは」
真澄が否定しかけるも、アークがす、と指差してきた。
「あると思うぞ。どうせ朝から晩まで弾きどおしだったんだろう」
今でもそうだしな、と訳知り顔で言ってくる。
事実だ。
反論の余地なく言い当てられて、真澄はぐ、と黙り込んだ。王族ではないが、外遊びをあまりしなかったというのは間違っていない。
ただしそれは真澄自身が選んだことだ。
外遊びも楽しくないわけではなかったが、それ以上にヴァイオリンを弾くのが楽しかった。結果としてヴァイオリンにかけた時間が飛び抜けて多くなったというだけである。
「確かにあんまり遊びの種類って知らないのよね。こんなんで親になった時に子どもに教えてあげられるのか、正直自信ない」
真澄の視線の先では、若い母親が先ほどの喧嘩の仲裁に入っている。それから彼女はなにかを言って聞かせ、子供たちは目を輝かせながらぱっと四方八方に駆けていった。
母親が数を数える。
十までいってから駆けだした母親に、捕まるまいと子供たちがきゃあきゃあ騒いで逃げ惑う。実に楽しそうだ。
「マスミでもそんなこと考えるのか」
と、アークから驚きの声が飛んでくる。
でもとはなんだ、失敬な。
真澄は方眉を上げて応戦した。
「子どもはできる限り不自由なく育ててあげたいって思うでしょ? それっていわゆる衣食住が基本だけど、こういう遊びとか一緒になにかやる時間とか……なんていうか、心に残る思い出みたいなのも同じくらい大事だと思うわけ」
そう強く思うのは、真澄の心の中に母が今でもいるからだろうか。特に幼い頃の記憶にそれは顕著だ。
真澄がアークを窺うと、なぜか彼は「それはいいんだが、そうじゃなくて……」と微妙に歯切れが悪かった。
珍しいこともある。
思いがけない反応に真澄が目を瞬いていると、アークがふいとそっぽを向いた。急にどうしたというのだろう。それを真澄が問うと、アークからは遠慮がちな視線が返ってきた。
「子供……欲しいと思ってるのか」
「は?」
この男はここまできて何を言いだすのか。
意味が分からなすぎて、真澄は力いっぱい怪訝な顔になった。
「ねえ。散々やることやっておいて子どもはいりませんって最高に矛盾してない?」
「いやそれはそうなんだけどよ……」
「あなたとの子どもが欲しくないならそもそも結婚してないし。もう一つ言うならその選択肢が許される立場でもないと思うんだけど。結果として恵まれなかったのなら、それは仕方のない話ってだけであって」
「お、おう。現実的で頼もしい限りだな」
「逆になんであんたはそんな乙女みたいな反応してんのよ?」
出会ったその日に人を襲うような手の早い男がなにを今さら。
そう真澄が付け加えると、これに関しては言い訳できないアークは目を瞑り、ぐ、となにかを噛み締めた。
「──色気は重要だと思うぞ。出会った時にも言ったが」
「あれは超絶失礼だった。しかもそんなこと言いながら結局手え出してきたくせに」
「そう言われると弱えな」
「この件に関しては一生言われると思っておいて間違いないからね。まあそこはともかく、私は楽しみよ。さっき言ったみたいに不安は色々あるけど」
順当にいけば息子ならアークに、娘なら真澄に似るのだろう。
が、遺伝子の奇跡は割と簡単に起こる。
見た目がアークでしかしヴァイオリンの才能ありか、真澄そっくりなのにやたらと腕っぷしが強いのか。ありとあらゆる可能性があって、否定できない。
さて、どちらにどう似るものやら。
想像するだけでその瞬間が待ち遠しいような、真澄はそんな気がした。
そのまま横を見る。
アークの瞳は恩賜庭園を駆けまわる小さな姿に向けられている。ぽつりと「子供……家族か」と呟きが零れた。
「そうよ。何人家族がいい?」
雑談の続きのように真澄は尋ねる。
そこでアークが目を瞬いた。
「何人がいいか?」
「一人だと可愛さが突き抜けて良いけど、きょうだいがいれば賑やかでそれもきっと楽しいから」
「可愛さが突き抜けるってお前」
「だって私のお母さんがそうだったもの」
真澄は一人っ子だった。
そんな真澄の記憶にあるのは、母がいつも愛してくれたことだ。それは笑顔だけではない。叱られたことも、ヴァイオリンで厳しく指導されたことも全てが残っている。
あれを愛と呼ばずして何というのか。
過ごした時間の長短は関係ない。早くに亡くなってしまったことが、愛の足りなさに繋がるわけではないのだ。
そういう風に信じられる、理解できる程度には、真澄は年を重ねてきた。
「アークのお母さんもそうだったはずよ」
「そう思うか?」
「うん」
「即答だな」
「これに関しては自信ある。だから大丈夫」
真澄が言い切ると、アークが苦笑を漏らした。
届いただろうか。
いつもどおりの会話を重ねながら、そっと真澄は思案した。
アークは特殊な環境で生まれ育った。王族であるということ、その一点だけでもかなり特別であるのに、これに加えて色々ある。
母親との死別は七歳の時、真澄よりもよほど早かった。それゆえ同じ王族の中でも、完全に同じ血を分けたきょうだいがいない。そしてその母が辺境部族の出身であったがために、血縁は遠く離れていた。
一方の父親はというと、このアルバリーク帝国を統べる皇帝という立場にあり、およそ親子とはいえないほどの距離感だ。むしろ一定の線を超えないよう振る舞っていることもあって、ある意味で他人よりまだ遠いとさえいえるだろう。
多分、アークには「家族」というもののイメージがない。
知識としては間違いなく理解しているだろう。それは伝わってくる。だが先ほどの会話で見せた戸惑いの中に、真澄はその可能性を見た。
仕事の未来図はいくらでも描けるのに、己のそれにはまったく疎い。
そういうところが不器用なのだ、この夫は。
だから真澄が描いてみせる。真澄自身も、いうほど器用ではないけれども。
「私は二人か三人がいいな。友だちに三姉妹の子がいてね、楽しそうで憧れだった」
「女騎士か。となると必然、第四じゃなくて宮廷になるな。あー駄目だ、気に食わねえ」
「いやちょっと待って、なんで全員騎士になる前提なの」
「俺の娘だろ。多分、いや絶対強い」
「いやそれはそうだろうけど待ちなさいよ、私の娘でもあるんだから」
「じゃあお前、三人程度じゃ全然足りねえぞ」
「ちょっ、ええ!?」
「待てよ。その時に備えて帝国典範改正に持ち込むか? 第一から第四にも女騎士配属を認めるように」
「ねえ違う、そういう話じゃないでしょ」
子どもの数の話がどうしてアルバリーク帝国典範改正に繋がるのか。
相変わらずの噛み合わなさではあったが、これはこれでいいかと真澄は笑った。