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彼方からの招待状  作者: 東 吉乃
一方その頃
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02-6.休暇申請、ただし一戦付き

こちらは「ドロップアウトからの再就職先は、完全無欠のブラックでした」視点です。特に読まなくても差し支えはございません。


時系列としては 序章 02.当選のお知らせ と平行ですので、サブタイトルのナンバリングを02-5から続きの02-6としています。


 まだまだ扱いに慣れない手綱を必死に繰り、真澄はどうにか中央棟まで馬で辿り着いた。

 どっこいせ、とまたがっていた鞍からゆっくり降りる。

 乗り降りに人の助けを借りずに済むようになったのはかなりの進歩といっていいだろう。夏前の陽気と緊張で滲んだ汗を拭いつつ、真澄は中央棟の入口横にある馬寄せに愛馬を繋いだ。


 よく落ち着いた牝馬だ。


 仔を何頭か産んでおり、そこまで若くはない。が、慣れない真澄のために何十頭といる中から選ばれた、気性の優しい穏やかな鹿毛である。四肢の先、蹄のあたりが白く、まるで靴下を履いているように見えるのがかわいい。

 彼女の首筋を撫でると、ぶるる、と鼻を鳴らして応えてくれた。

「待っててね」

 声をかけながら、中央棟の正面にある階段を登る。

 そのまま真澄とアークはおよそ半年ぶりに訪れた中央棟内をずんずんと歩いた。えんじ色の絨毯は相変わらず丁寧に掃除されていて、ごみ一つ落ちていない。

 そのまま中央棟一階の最奥に行くと、扉が開け放たれていた。

 廊下の窓も同じで、風が吹き抜けていく。真澄の首に巻いていた碧空のスカーフが、そよ、と揺れた。

「失礼します」

 ノックと同時、アークが宮廷騎士団長の執務室へと入る。半歩遅れて真澄も続く。

 中では、イアンセルバートが分厚い書物を読んでいたらしい。

 が、挑戦的な大きさのノック音に、否応なくすみれ色の瞳が入口に向けられる。

「……雁首揃えて何ごとだ」

 真澄とアークの姿を確認し、開口一番イアンセルバートが眉を寄せた。

 言い方が相変わらずである。

「事前伺いもなしに余程の急ぎか」

 そして二言目から小言が飛んでくる。

 別に宮廷騎士団長に面会するために絶対にアポが必要なわけではない。

 確かにヒンティ騎士長を通しておけば話が早いが、それをしたところでじゃあ嫌味や小言が飛んでこないかというとそれもないのだ。


 この時点で隣に立つアークの体温が二度ほど上がったような気がする。


 だから来たくなかったんだよな、と内心で真澄は思いつつも、円満に休みを取るためには致し方ない。

「急ぎです。来月──初夏の月、帝都を留守にします。星祭りまでには戻ります。不在の期間はカスミレアズに全権委任していきますのでご承知おきください」

 必要最低限の情報だけを、立て板に水のごとくアークが言った。

 もうこれだけで会話を切り上げたい意思が力いっぱい伝わってくる。ここに到着して一分も経っていないが、今にもアークは踵を返しそうだ。

 しかし当たり前だがそうは問屋が卸さなかった。

「留守にする? 第四騎士団総司令官と首席楽士が共にか? 来月と言うが実質明日からではないか。公的任務ではないな、そういった情報は今日の今まで入っていない。丸ひと月とはどうにも長いが名目はなんだ。まさか遊びではあるまいな。己の立場を考える頭くらいはあったと思っているがまさか私の見当違いか?」

 敵もさるもの引っ掻くもの。

 まったく動じずに倍の長さで嫌味が返ってきた。

 まあ確かに、来月からといいつつ暦の月は今日が春の終わりだ。直前になってようやく、どう見ても嫌々ながら足を運んだと思われているのは間違いないだろう。実態としてはさらにその上の「思いついたのがついさっきだったから」なのであるが、この本音は口が裂けても言えない。


 ともあれ、初手から火花がバチバチに散っている。


 この執務室が大破したら宮廷と第四、どちらの予算で修理するのだろうかなどと真澄が考えていると、苛つき混じりのため息が隣から聞こえた。

 ちらりと視線を向けてみる。

 アークの指先からはゆらりと青い闘気が滲んでいた。

「第四騎士団管轄の国境守備視察です。ご存知でしょうがこれは第四騎士団の人事なので他団の動向に影響は与えません。第四騎士団に裁量のある立派な公的任務です。エルストラス遠征後、地方分団の編成替えをしてもう二ヶ月になります。これより早くても遅くても視察の意味がない。それくらい分からんとは言わせねえぞ留守番役とはいえ曲がりなりにも騎士団長やってんなら」

 このすっとこどっこい。

 ──とまではさすがにアークは言わなかったが、真澄には空耳でそこまでしっかり聞こえた。


 それにしても、さすが半血とはいえ兄弟。

 話の詰め方がうまいというか、相手の思考をよく読んでいる。


 やりとりを見守りながら真澄は内心で感心した。

 任務の話でさえこの有り様では、単に休暇だけを申請しても四の五の言われて絶対に許可は降りなかっただろう。

「国境視察ならば一週間が妥当だ。それ以上は認めん」

 と、いきなり真正面から駄目出しが来る。

 しかしその嫌がらせはあまりにもあからさますぎて、さしものアークも怪訝な顔を浮かべた。

「……どうした、頭大丈夫か? 帝国領土は変わってないぞ?」

 そして力いっぱい暴言を吐く。いっそ清々しいほどだ。


 もはやオブラートもなにもあったもんじゃない。


 そんな直截なアークの言葉に、イアンセルバートが苦虫を噛み潰した。しかしそれには構わず、尚もアークは続ける。

「いくらなんでも距離と日数の計算ができねえのはさすがにやばいだろ」

「心配の態を装って悪口を言えるようになったか。成長したな。これはこれで中々感慨深いものだ」

「感心するのは勝手だけどよ。そっちも休んだらどうだ?」

「も? ということはやはり遊びに行くつもりだったか、けしからん」

「人が珍しく心配してやってんのにその言い草かよ本当に可愛くねえよな。遊びじゃねえよ、成婚休暇だ。自分の時だって取っただろうが」

 自分は良くて弟は駄目とかケツの穴の小さいことを言うのか、と。

 アークがまくしたてると、イアンセルバートは不思議そうにすみれ色の目を瞬いた。

「成婚休暇だと?」

「そう。むしろそれだけのために留守にするんじゃなくて、国境視察の仕事も合わせて片付けるっつってんだからどう考えても認められてしかるべきだろ」

「ならば最初からそう言え。適当に人を煙に巻こうとするからこうして疑われるのだ、いい加減そこを理解したらどうだ」

「最初から全部説明しても嫌味が飛んでこないって保証があるなら考えてやってもいい。一生に一度くらい俺の言ったことに『分かった』だけ返してみろよ。そもそも休暇は国軍法で認められてる権利じゃねえか。入りたての従騎士でもあるまいし、日頃真面目にやってる以上、理由の如何は問われないはずだ」

「……減らん口だ。本当に可愛げのない」

 そこでイアンセルバートが目をこすり、椅子の背もたれに身体を預けた。


 珍しい所作だ。

 どうやら疲れが溜まっているのは本当らしい。


 互いが互いを「可愛くない」と罵りあう泥仕合だったが、向こうから舌戦を切り上げたことも相まって、真澄とアークは思わず顔を見合わせた。

 真澄は首を傾げる。アークは分からん、と言いたげに肩を竦めた。

「視察と休暇は理解した。許可する。ただし第二訓練場の建設はこれ以上の遅れは認められない。特例措置で予算の年度跨ぎをしているのだ、もう一年の延期はないぞ。それを肝に銘じておくように」

「分かってます。遠征がなけりゃ夏にも完成するんでご心配なく」

「不在期間は半月として各団に通達しておく」

「いやだからその計算は」

「視察には転移を使え。ちょうど各地方分団への道が仮通しされたところだ」

 いきなり明後日の方向に話題が飛んだ。

 急なことにそれまで淀みなかったアークの口ごたえが一瞬止まる。虚を突かれたのは真澄も同じだ。イアンセルバートはそのまま淡々と続けた。


 曰く、魔術研究機関にいる大魔術士──ハイリ=スヴェントが、その術式を構築したそうだ。


 エルストラス遠征終了後、レイテア士団長のレイビアス=ヴィレンを引っ張り込んで、指定転移の研究に着手したのだという。

 アルバリーク帝国としての一大事業だ。

 最終的な構想としては、帝国領土外の遠方それこそエルストラスなどにも道を用意することらしいが、手始めとしてまず国内の国境要衝にそれぞれ道を通すことになった。それが完成したのがここ数日のことらしい。

 常に往来するには、転移法円の起動魔力をどう賄うかという課題が残っている。

 が、単発であれば魔術機関の人間がその都度対応できるということで、試験運用の段階まできているのだとか。

「実験台を探していたところだ。ちょうどよかろう。ハイリには私から伝えておく」

「……最初っからそのつもりだったな」

「半月の内訳は問わない。頑張れば休暇は長く取れるだろう。楽しんでくるといい」

「チッ……土産は絶対に買ってこねえぞ」

「話だけで充分だ。各分団への指定転移、上手く機能しているか報告書を上げるように」

「言っとくが不具合あったら期日どおりの帰任は無理だからな」

 これだけは譲れない、とアークが釘を刺す。

 が、イアンセルバートは涼しい顔でそれを受け流した。

「そうなればやむを得ない。警備計画の変更などはこちらで対応する。他の団への埋め合わせは星祭りの警備で相殺するとしよう。そういう意味でも出発前に他団との調整を済ませておけ」

「足元見やがって」

 うっとうしそうにアークが言う。

 似たような流れを去年もやったような気がするが、まあそこはそれ。ここでようやく話が決着した。

 ともかく、とイアンセルバートが畳みにかかる。

「道はハイリだけではなくレイビアスも監修している。滅多なことはないはずだ、安心して使え」

「蓋然性が低いってだけであって可能性がゼロなわけじゃねえぞ」

 万が一なにかあったら、その場合は必ず落とし前をつけてもらう。

 最後までぎっちりアークが詰め寄って、休暇の許可はようやく取り付けられたのだった。


 会議室、というか執務室は大破しなかった。

 ここは去年と違う。


 今は亡き第一騎士団長が、そらで安堵しているような気がした。


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