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きみを愛するつもりはないと旦那様は言いましたけど、思っていたのと違いました。

作者: 藤谷 要

 我が国トレニングには、五本の宝剣があると言われています。

 国を守護する剣の一つであるマスル侯爵家。その令息ブラウン様が、私アイラ・ミュスクルの婚約者です。


 彼は幼き頃より剣を握り、努力されてきたそうです。そのおかげで、彼は若くして騎士団の一つを任されております。彼が剣を振るえば空気が震え、剣を振り下ろせば大地が割れる。彼が剣を下ろしたあとには、伏した敵のみ。そう称賛されるほど優れた腕前をお持ちです。


 彼の鍛えられ引き締まった肉体は、強固な鋼のよう。天から加護を授かるのは百人に一人と言われますが、その不思議な力――「鉄の鎧」という加護のおかげで、弓矢くらいの攻撃では彼を傷つけることは不可能だそうです。


 彼が城の夜会に現れれば、その端正な顔立ちで多くの令嬢を虜にするほど。

 夜でも光放つような美しい金色の髪。紫の瞳は宝石のように煌びやかに輝いています。

 彼の美丈夫さは、国中の貴族に知れ渡るほどでした。だからこそ、ほとんど社交の場に出ない私でも彼のことはよく存じておりました。


 一方で、私といえば、家柄だけは古くからある中立派の伯爵家令嬢。良くも悪くも、婚姻によって勢力が変わる心配がないだけの家でした。

 私にも珍しい加護がございましたが、彼のように活躍できるものでもなく、国に貢献するような大層なものではありませんでした。

 つまり、外れの加護だったのです。そのせいで昔から主に笑いの話題にされて、居心地の思いをしてきたため、目立つことは非常に苦手でした。


 そんな私たちが婚約したのは、陛下よりお言葉があったからです。王命だったので、逆らえるわけがございません。

 彼も不本意だったと思いますが、本音を言えば私もご遠慮したかったです。

 彼のような立派な方との婚姻など、とても恐れ多く、全く釣り合いが取れません。他の年頃の令嬢たちの妬みと注目の的になるだけです。


 それに――彼自身、私と一緒にいても笑み一つ浮かべません。きっと好かれていないのでしょう。もしかしたら彼には既に愛する人がいたのかもしれません。


 華々しい結婚式を迎えても、私の心は緊張と不安でいっぱいでした。

 でも、せっかくご縁があって夫婦になったんです。彼——いいえ、もう旦那様とお呼びした方がよいですね。旦那様とよい関係を築きたいと願っていました。


 だから、私は旦那様のために行動を始めたのです。

 旦那様はお屋敷にいるときでも早朝から鍛錬を欠かさず行っております。そのあとの朝食には、身体によい食事をとられていると聞きました。

 一緒に身体を鍛えることは難しいですが、旦那様の食事のご用意を私も微力ながらお手伝いさせていただいたのです。家人たちも私の申し出を快く了承してくださいました。


 でも、食堂に来て着席された旦那様は私にこう言ったのです。


「きみを愛するつもりはない」と――。

 とても申し訳なさそうに。


 私は給仕しようとしたカップを落としそうになりました。

 旦那様のために身体に良いとされる材料で作った飲み物でした。でも旦那様は私の手元を見るだけで口にもせずに、あんな冷たい言葉を私に投げつけたのです。


 私の心はあっけなく砕けそうになりました。

 なぜなら、旦那様と毎晩ベッドを共にしておりますが、言葉少ない上に、用が済んだあとに寝室からいなくなるような後継ぎを作るだけの義務的な行為だったからです。


 ひどいと言って旦那様を責めることもできるでしょう。でも、まだ諦めてはダメだと僅かばかりの理性が私を支えてくれました。

 なにしろお互いに夫婦になったばかりです。何か認識の違いがあり、旦那様に何か誤解されたのかもしれません。そうであって欲しかったです。


「……なぜなのか、教えていただけますか? 私はただ旦那様の好物を用意したつもりでした」


 質問しただけなのに涙が出そうになりました。

 旦那様は長い金糸の睫毛を伏せて、テーブルに視線を落とします。


「以前君に伝えたと思うが、私は卵がとても好きだ。こよなく愛している。でも、黄身きみは違うんだ。私が愛しているのは、卵でも白身だけを使った食べ物なんだ。鑑定の加護を持っている者が言っていたんだ。白身のほうが筋肉に適した食材だと」

「まぁ、そうだったんですね! 誤解して卵全部を使って飲み物を作ってしまいましたわ」


 旦那様のお言葉だけではなく、並々ならぬ卵への愛を誤解しておりましたわ。

 旦那様は婚約しているときから常々おっしゃっていました。健全な肉体には健全な精神が宿ると。その理想な肉体を維持するために卵は素晴らしい食材だと絶賛されていたのです。


 旦那様は元々口数の少ない方ですが、身体の維持――特に筋肉へのこだわりは、私の想像を超えるものがあり、その話題に関してだけはとても饒舌になられるのです。一瞬の油断が命取りになる騎士でいらっしゃいますから、常々口にするものに気を配られるのは優秀な証でもあり、旦那様にとっては当然のことです。


 私が持つカップには黄色の飲み物が入っていました。恐らく、それで黄身を使っているとすぐに分かったのでしょう。

 その観察力は、鷹の目のようです。さすが旦那様ですわ。


「言葉足らずで申し訳なかった」

「いいえ、私こそ申し訳ございません。この飲み物は、私が責任をもっていただきますわ」

「いや、今日はいただこう。君がせっかく作ってくれたものだから」


 旦那様は無表情のまま、そうおっしゃいました。その優しい心遣いが嬉しくてたまりませんが、この表情は大問題です。恐らく無理をされているのでしょう。好きではないと聞いた以上、このままお言葉に甘えるわけにはいきません。


「いいえ、すぐに白身だけを使った料理をお出ししますわ。先に他のものを召し上がってお待ちくださいませ」

「ありがとう。楽しみにしている」


 この言葉を笑顔でいただけたら、もっと嬉しかったでしょう。でも、やはり表情は変わらないままです。

 私は平静を努めながらカップを持って台所に向かいました。私の加護は、料理関係なのです。その名も「まかない料理」という、ありあわせで何か料理を作ることができる能力です。近くにある材料で作れるものと、その調理方法が、不思議と思い浮かぶのです。

 ですので、普段料理しなくても、加護のお陰で料理ができました。


 ありあわせの料理をしなければならないほど、ミュスクル家は貧しいのか。そう揶揄されることもありました。

 まして、貴族の令嬢が、使用人のように屋敷で料理をすることなど、あり得ません。

 その加護を得てしまった私は、勢力争いの激しい他人を出し抜いて生きるような貴族社会では嘲笑の対象でした。


 でも、この加護が旦那様に歩み寄るきっかけになりました。

 旦那様もこの屋敷の家人たちも、私が料理することを受け入れてくれました。

 今から作る料理で、少しでも旦那様が喜んでくれて、夫婦仲が少しでも深まることを願い、私は急いで食事を用意しました。


 旦那様は卵をとても愛されていますが、ゆで卵と卵焼き以外の料理がないと、以前少し不満をこぼされていました。それを覚えていたので、是非とも違う料理を試してみたかったのです。


「旦那様、お待たせしました。どうぞお召し上がりくださいませ」


 私は皿をテーブルに置きました。


「うむ、感謝する」


 旦那様は私がそばで見守る中、すぐに召し上がってくださいました。


「うむ、これはうまい。口の中で溶けるようになくなった。本当に同じ卵でできているのか?」


 驚いているのでしょう。珍しく目を大きく見開いていました。


「はい。卵の白身を泡立てると、このように膨らむのです。その状態で焼くと、ふわふわな食感の食べ物になるんです」


 高評価なのが嬉しくて、つい得意げに説明しました。特注の泡立て器は、実家から持参していたんです。


「そうか。君の料理は実に興味深いな。陛下にわがままを言って本当に良かった」

「え?」


 旦那様が驚くべきことをおっしゃったので、貴婦人らしくなく取り乱してしまいました。

 旦那様も私の反応に驚いたのか、視線を少し泳がせています。


「旦那様、先ほどのお言葉ですが、もしかして私との結婚は、旦那様のご希望だったのでしょうか?」

「……伝えてなかっただろうか」

「はい、初耳です」

「それはすまない」


 そう答える旦那様の表情はピクリとも動きません。ですが、なんということでしょう。恥ずかしそうに視線を私から逸らし、顔を赤らめているではないですか。耳まで赤く染まっています。


 もしかして、旦那様は表情が変わらないだけで、私を嫌っているわけではなかったのでしょうか。


 そう気づいたら、なんだか嬉しくてたまりません。それどころか、照れている旦那様が可愛くて仕方がなくなりました。

 自然と笑みが浮かんできます。


「良かったですわ」

「何がだ?」

「きみを愛するつもりはないとおっしゃるから、てっきり私を愛するつもりはないとおっしゃったのかと誤解してしまったものですから」


 旦那様は再び驚いたように大きく目を見開き、息を呑まれました。


「そんなことはない。決して」


 その必死な言葉を聞いて、ますます安心することができました。


「孤児院で楽しそうに子どもたちと料理していた君なら、私の食へのこだわりを理解してくれると期待していたんだ。予想以上で嬉しかった」


 旦那様は恥ずかしすぎたのか、茹でられたように真っ赤になった顔を手で押さえてました。


 このとき、胸がときめき、激しく高鳴りました。

 たしかに私は孤児院で奉仕活動を行なっていました。貴族の令嬢らしからぬ行いですが、天から与えられた加護を使わずにはいられなかったのです。


 それも貴族社会では眉を顰められる振る舞いなので、社交界から遠ざかる一因となっておりました。でも、旦那様はそんな私を見初めてくださったようです。


 旦那様から望まれた。その事実を聞いて、喜びに震えると共に、旦那様の容姿や評価など表面的な部分しか見ていなかったことを恥ずかしく思いました。


「旦那様のことをこれからもたくさん教えてくださいませ。私、旦那様ともっと仲良くなりたいです」


 そう素直に気持ちを伝えると、旦那様は急に立ち上がり、いなくなってしまいました。

 何かまずかったのでしょうか。不安になる私に昔から仕える老執事が近づいてきました。


 どうやら執事の話によると、旦那様は外で素振りをしているそうです。

 窓から庭の様子を確認すると、たしかに木刀を持って歩いている旦那様を目撃しました。


 なんと旦那様が鉄仮面のように無表情なのは加護のせいなのか昔からで、しかも意外にも恥ずかしがり屋だそうです。精神の統一をするためにいつも素振りを行い、特に私と結婚してからは頻度が激増して、夜中にもかかわらず毎日素振りをしているそうです。


 もしかして、夜の営みのあとに部屋を出ていったのは、ただ単に照れくさかったからでしょうか。

 今日のように赤面されていても、部屋が暗くて分かりませんでした。


 そう気づくと、ますます旦那様のことが愛おしくなって仕方がありませんでした。




<完>

お読みくださり、ありがとうございました!

昨日、ご飯を食べていたら思いつきました。


ちなみに作中の名称ですが、筋肉に関するものから参照しました。


「トレニング国」→トレーニング

「マスル侯爵家」→マッスル(筋肉の英語)

「ミュスクル伯爵家」→筋肉(フランス語)

「ブラウン」→筋肉、腕力(英語)

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題名に忠実なベタなオチがむしろ、完全に予想外で吹き出します。 質問の直前の深刻な様子でアイラの境遇に同情心が湧き始めたためブラウンの回答に一層落差が際立ったと同時に驚愕の即座な納得と緊張感の氷解に突っ…
[一言] 別に愛さなくてもいいから黄身は食べよう。 単純に白身と黄身を比べたら栄養価が高いのは 圧倒的に黄身の方だぞ~。
[良い点] とうやら望まれてのことのようで良かったですね。 [一言] きみ 君 黄身 張り切って書き込みに来たけれども一等賞ではなかったです… 奥様の加護羨まし過ぎです。 カケラで十分ですので分けて…
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