第4話 下山開始
楽しんで頂ければ幸いです。それと、仕事の関係で現在執筆に割り当てられる時間が激減しています。なにとぞご容赦いただきたくお願い申し上げます。
冒険者であるホルグさんの仲間を助けるため、俺は装備を手にホルグさんと山の中を駆け回った。道中、ゴブリン数匹との初めての殺し合いをしたり、その結果、嘔吐いて吐いたり色々な事があったが、無事、洞窟に身を潜めていたホルグさんの仲間であるゴルドさん達と合流する事が出来た。
ゴルドさん達3人と合流後、まずはホルグさんが傷付いた仲間の二人を魔法で治療していた。ただ、魔法にも限界があるらしく、今のホルグさんでは骨折ほどの大きな怪我は治療出来ないそうだ。となると、骨折していると言うマックスさんは早々動く事は出来ないだろう。最悪、動ける誰かがマックスさんを背負うしかないが……。
まぁ、どのみち怪我をしていた二人は今も眠ったままだ。二人が目覚めるまでは動けそうにない。
その間、俺を含めた五人は洞窟の奥で休んだりしている。ホルグさんはゴルドさん達と空間の奥にいて、傍には俺が用意していたランタンが置かれている。今はそのランタンだけが洞窟内部の明かりだ。
俺はホルグさん達から離れ、入り口で歩哨のような事をしていた。ここは洞窟の奥。ここから更に奥に逃げ道など無く、敵が入ってくれば戦う以外の選択肢は無い。少しでも早く、敵の接近に気づけるように、と言う事で俺が入り口近くになっていると言う事だ。
そして小一時間ほど、外を警戒していた時だった。
「マコト君、ちょっと良いかな?」
ホルグさんが俺に声をかけてきた。
「はい、何ですか?」
「ちょっと僕らのリーダー、ゴルドさんがマコト君と話しをしたいみたいでさ。僕が代わりに警戒してるから」
「はぁ、わかりました」
なぜ俺に話を?と内心疑問符を覚えながら、俺はから返事を返す。
俺はホルグさんと場所を代わり、奥にいるゴルドさんの傍へと行く。
「ゴルドさん」
「あぁ、マコト君か。すまないな急に話をしたいなどと言って」
ゴルドさんが荷物を確認しているところに声をかけると、彼は俺のほうへと向き直った。
「いえ、それは別に構いませんが、俺に何か?」
「あぁ。改めて君に礼を言っておきたかったのと、今後について話し合いたくてな。構わないか?」
「はい」
「では、改めて君に礼を言いたい。ホルグからここに来るまでの経緯は聞いた。君の決断、君の持つ道具、君の持つ武器がなければ、あいつも俺たちを見つけられたどうか。本当にありがとう」
ゴルドさんはそう言って俺に頭を下げた。
「い、いえ。お気になさらず」
年上の男性に頭を下げられ、少し驚いた俺はそんな形式的な返事を返してしまう。
「そ、それより今後について話って?」
突然のことで驚いていた俺は、半ば話題を逸らすようにそう言って別の話題を振った。
「そうだな。とりあえずそちらについて話すとしよう。今の俺とホルグの意見としては、今日はこの洞窟で夜を明かすつもりだ。見ての通り仲間二人は今も眠ったままだ。一人は打撲程度なので動くことはできるが、もう一人、マックスは足の骨を折っていてまともに動けない。誰かが肩を貸してやらないとならない状況だ」
そう言ってゴルドさんは眠っているマックスさんへと目を向け、俺も視線をそちらに向ける。
今のところは穏やかな表情で眠っているが、骨を折っているのなら移動速度もかなり落ちるだろう。となると……。
「今日中に山を下りるのは、無理ですね。もう昼過ぎですし」
「あぁ。それも理由の一つだ。今のマックスを、仮に俺かホルグが背負うなり肩を貸すにしろ、今からでは日暮れ前に山を下りるのは到底無理だ。なので、今日はここで休息も兼ねて夜明けを待つ。夜が明けたころに、ここを出てマコト君、君の村を目指す。と、これが俺とホルグの提案なんだが、どう思う?」
「……」
ゴルドさんの言葉を聞き、改めて俺は考えこんだ。今から山を下りるのは危険だ。最低でも数時間は掛かる。となると、日暮れ前までに山を下りる事が出来るかどうか。正直、それは無理そうだろう。この辺りに来るのだって走って数時間はかかった。それを殆ど歩けないマックスさんを連れて戻るとなると、日が暮れる6時頃までに山を下りられるわけがない。となれば、俺の答えは決まっている。
「俺もホルグさんやゴルドさんの意見に賛成です。おそらく今からでは、二人を連れて日暮れ前までに山を下りるのは不可能だと思います。ならばむしろ、ここで休んで体力の回復に努めた方が良いと思います」
「同感だな。食料などが殆どないのが痛手だが、やむを得ないだろう」
背に腹は代えられない、と言わんばかりに神妙な表情で俯くゴルドさん。そっか、きっと物資の大半は川に落ちた時に流されたんだな。けど。
「あの、食料などは俺が念のために持ってきたものがありますっ。それを皆さんで食べてくださいっ」
俺は背中から背嚢を下すと、中に入っていた乾パンの入った袋を取り出す。これも俺のスキル、≪たった一人から始まる軍隊≫で1年ほど前に購入していたものだ。もちろん家を出る前に念のため味見をしていたが問題なかった。
「これは?」
「これは乾パン。えっと、非常時などに食べる携帯食。干し肉みたいな物です。量もあるので、よかったら食べてください」
「いいのか?こちらとしては大変ありがたいが……」
「もともと皆さんのために、それと万が一山で夜を越す事を想定して持ってきたんです。それに、お二人は負傷しています。少しでも傷を癒すために、何か食べないと。治る物も治りませんから」
「同感だな。……すまない、この礼は必ず」
そう言ってゴルドさんはまた俺に頭を下げた。
「き、気にしないでくださいっ!元々皆さんのために持ってきたんですからっ!」
何度も頭を下げられ、こんな事に慣れていない俺はまたしても狼狽してしまう。なんていうか、義理堅い人なんだなぁゴルドさんって。などと考えつつ、俺はゴルドさんとさらに詳しく、今後の事について話し合いを行った。
幸い、水と食料(俺の持ち込んだ乾パン)があったのでそちらは困らなかった。そして、日が暮れる前には眠っていた二人も目を覚まし、俺の自己紹介と今の状況、今後の予定などを話した。
「……と、これが今後の予定だ。二人とも、何か意見はあるか?」
「「いえっ」」
「わかった。ならばとにかく。明日に向けて少しでも休んでおけ。明日は山を下りる事になるからな」
「「はいっ!」」
俺は少し離れたところから、ゴルドさんたちの話を見守っていた。
二人とも、ゴルドさんから話を聞いていた時、明確な反対意見や愚痴など一つも漏らさなかった。それほど慕われているのだろうか。話し終わっても意見具申などせず、ゴルドさんの意見に素直に従っている。……もしかしてゴルドさんって、すごい人なのだろうか?と俺は考えつつ、彼らの事を静かに見守っていたのだった。
その後、乾パンという味気ない夕食を終えた俺たちは、動ける俺とゴルドさん、ホルグさんの3人で、ローテーションで見張りをする事にして、すぐさま休むようにゴルドさんに言われた。まぁ、明日の事を考えておけば少しでも英気をしなうのは当然だ。
ただ……。
『ね、眠れんっ!』
今日一日、緊張の連続だったせいか、目はさえわたり、洞窟の隅で鉄棒を目深にかぶったまま、壁に背中を預けて早一時間。疲れているのに目は冴えわたり、全然眠れなかった。
『はぁ、仕方ない。ちょっと階級の確認でもするか』
やむを得ず、俺は密かに≪たった一人から始まる軍隊≫の確認ディスプレイを展開した。
俺の持つこのスキルは、頭の中で念じると俺にしか見えないディスプレイが空中に浮かぶようになっている。そしてまず最初にディスプレイに浮かぶのが二つのタブだ。
一つは銃火器をはじめとした道具を取り扱う、ショップのタブ。
そしてもう一つが『スキルツリー』のタブだ。
このスキルツリーってのはゲームにある物と大差ない。
俺のスキルの場合は、階級が上がると『スキルポイント』という物が与えられる。この与えられたスキルポイントを消費して、スキルツリー内部にある解放されているスキルを獲得する事が出来る。
このスキル、というのは多種多様な物がある。例えば射撃技術に関するスキルや、格闘術、サバイバル技術、応急処置のスキルなど。戦闘やそれ以外でも役立つスキルがいくつも存在している。そしてスキル一つを取っても、更にレベルがある。射撃スキルレベル1の上にはレベル2、レベル3と続いているが、レベル2以降にはロックが掛かっていて、ポイント数が足りていても習得はできない。なぜならレベル2以降には習得の条件として『前のレベルのスキルを習得している事』、とあるからだ。
無数のスキルが木の枝のようにラインを引いて伸び、ディスプレイの上を走っている様はツリーの名にふさわしい光景だ。
そして、そんな今の俺が習得しているスキルが一つだけある。それは『応急処置スキル』だ。
以前、階級が上がった時に手に入れていたスキルポイントを使って取得したスキルだ。最初は射撃技術スキルや格闘スキルを手に入れようか迷ったが、何かあった時、『これがあれば自分や誰かを助けられるだろう』と判断し、最終的には応急処置スキルを獲得した。
スキルを獲得すると、直後に様々な『知識が』脳内にインストールされる。これ、初めて体験したときは頭の中に情報が流れ込んでくる感覚に慣れず、苦悶の声を漏らす程だった。
そして、さらに言えばインストールされるのは『知識』であって『経験』ではない。なので、以前試しに自分の腕が骨折したという体で応急治療の練習をしてみたのだが、『ここをこうすればいい』、というのは分かるのだが思うように手が動かない事もあった。
スキルに関しても、覚えたらそれで終わり、とはならない。あくまでも知識を与えられるだけだ。『あとは自分で練習して体に覚えこませろ』、って事なのだろうなぁ。
などと考えつつ、俺はスキルツリーのタブを開き、そこへ目を向ける。俺が習得しているスキル、応急処置スキルのアイコンだけは色がついている。しかし、習得していないスキルのアイコンはグレーに染まり、更に習得条件を満たしていない物はグレーの上にロックのアイコンが重なっている。
そして、タブの脇に表示されている現在の階級なのだが……。
『上がってるんだよなぁ』
ついこの間まで『OR-2』だった階級符号が、今確認してみれば『OR-3』。つまり一等兵から上等兵に上がっていたのだ。まぁ思い当たる理由はある。さっきの対ゴブリンの戦闘だ。初陣でゴブリンを3匹撃破した功績が凄いのか、まだまだ下の方の階級だから上がりやすいのか、それは分からない。しかし階級という名のレベルが上がっているのも事実だ。
タブをスキルツリーから武器や防具、道具などを購入し入手する『ショップ』へと切り替える。相変わらず、武器や現代の道具などは今もロックがかかったままだ。ただ、変化がゼロという訳じゃない。
『アンロックされた銃や武器、兵器もそこそこあるな』
アンロックされた物を例として挙げると、傑作自動拳銃と呼ばれる『M1911』。短機関銃の祖ともいうべき存在、『MP18』などだ。他にも道具や防具、手りゅう弾なんかもアンロックされてるな。……今はいろいろあるし、時間がある時にまたじっくり中身を見るとしよう。
今はとにかく休まないと。明日も何があるか分からない。スキルのウィンドウを閉じ、俺は再び洞窟の壁に背中を預ける。そして、ようやくやってきた睡魔に促されるまま、俺はトレンチガンを抱くようにして静かに眠りについた。
~~~数時間後~~~
「んっ?ん~~?」
やべ、眠ってたけど、今何時?ってこの世界時計無いんだった。ハァ、ショップに軍用の時計、ミリタリーウォッチもあったしいずれは欲しいなぁ。
などと考えながら欠伸を一つしていると……。
「あ、マコト君おはよう」
「あぁ、ホルグさん。おはようございます」
俺が起きたことに気づいたホルグさんが声をかけてくれた。……ん?『おはようございます』?
あれ?確か俺も夜の警戒を頼まれて……。えっ!?
「す、すみませんっ!もしかして俺、ずっと寝てましたかっ!?確か俺も交代で見張りをするはずじゃっ!?」
ガバッと体を起こし、慌てて頭を下げる。
「あぁいやいやっ、違うんだよマコト君」
「え?」
慌てる俺に、ホルグさんは怒るわけでもなく優しく声をかけてくれた。なぜ?と思いながら下げていた頭を上げる。
「マコト君も疲れてぐっすり眠っていたみたいだったからね。見張りは僕とゴルドさん。それと回復したテッドでやっていたから大丈夫だよ」
「そう、なのですか?」
「うん。だから気にしないで」
そう言ってホルグさんは笑みを浮かべる。ゴルドさん達3人も気にしている様子はない。
「……ありがとうございます」
結果的に迷惑をかけてしまったのではないか?そんな疑問を抱きながら、俺は小さく頭を下げる事しかできなかった。……頼まれていた事も忘れてぐっすり眠るなんて。俺も鍛えていたとは言え、昨日の嘔吐と言い。自分がまだまだだという事実を思い知るには十分だった。
その後、残っていた乾パンと水で簡単な朝食を済ませた。そして、今後の事について改めて確認を兼ねて話し合う事になった。
「さて。それじゃあ確認するぞ。俺たちはこれから、すぐにここを立ってマコト君の村を目指す。マコト君。ここから村までどれくらいかかるか見当はつくか?」
「俺やホルグさんがこの辺りまでくるのに、急いでも数時間はかかりました。落下地点の辺りから少し移動して村に近づいているとは言え、骨折しているマックスさんを連れての移動になるので。……今からでは急いでも昼過ぎ。遅ければ日が暮れる頃村につけるかどうか、といったくらいですね」
「そうか。この中で一番山に詳しいのは君だ。マックスの事を考慮して、出来るだけなだらかな道を進みたいが、それはあるか?」
「でしたら、目立つことを覚悟で川沿いに進むべきでしょうね。ホルグさんにも説明しましたが、皆さんの落ちた川は滝などなく、山間を蛇行しながら村の近くまで流れています。目立つ事と、村までの最短ルートを突っ切るわけではないので多少時間はかかりますが、出来るだけ平坦な道を、という事なら川沿いを行くのが一番ですね」
「そうか」
ゴルドさんはそう言ってうなずくと、マックスさんの足へと目を向け、更に他の二人、ホルグさんとテッドさんへと目を向ける。3人とも、何も言わず静かにうなずくばかりだ。
「よし。ならばマコト君の言う通り、川沿いを移動して村を目指す。テッド、お前はマックスに肩を貸してやれ。ホルグは列の後方で周囲を警戒。先頭は俺が歩く。マコト君は俺の後ろで道の方向を教えるのと、左右の警戒をお願いしたい。構わないか?」
「わかりました」
こうして、移動ルートと道中の役割分担が決まった。しかし、ゴルドさんは川に落下した時、使っていた剣を流されてしまい、拾ったカバンにも武器になるような物は入っていなかったという。……ここは。
「ゴルドさん。よかったらこれ、使ってください」
左腰のナイフケースからナイフを取り出し、ひっくり返して柄の方をゴルドさんに向ける。
「ナイフか。しかし、良いのか?」
「この先、何が待ち受けているか分かりません。なのに素手、というのも危険ですし。俺にはこれがありますから」
そう言ってトレンチガンを見せるように小さく揺らす。
「わかった。ありがたく使わせてもらおう」
ゴルドさんは、そういってナイフを受け取った。
その後も荷物をまとめ、準備はできた。
「よしっ、行くぞっ」
そしてゴルドさんの号令に従って、俺たちは動き出した。
まずは洞窟を出て、俺とホルグさんがカバンを発見した川辺まで向かう。ゴルドさん曰く、死骸が食い荒らされていた場合、近くに何がいるかおおよそ検討が付くそうだ。
前方を歩くゴルドさん。トレンチガンを手に周囲を警戒しながら俺が続き、後ろからマックスさんとテッドさん。そして最後尾をホルグさんが歩いている。
「うっ」
「大丈夫かマックスッ?」
「あ、あぁ。この程度、屁でもないぜ」
マックスさんはそう言って笑みを浮かべているが、それは空元気というやつだ。時折苦しそうに呻き、今も汗を流している。あの様子では、確かに斜面の急な場所の移動は無理だな。そう考えながらも俺は周囲を警戒する。
そして何とか接敵することなく、目指していた川辺にたどり着いた。川辺が遮蔽物がないので、俺と魔法で遠距離攻撃が出来るホルグさんが周囲を警戒している間、ゴルドさんがゴブリンの様子を確認している。
ちらり、と俺も確認するが、ゴブリンの体はひどく損壊していた。何かに食い荒らされたのか、腹は避け、臓物だった物が飛び出している。が、それを見たのが不味かった。
「うっ」
死体を見た事で俺は吐きそうになるのを何とか気合と手で抑え、喉元まで出かかっていたそれを飲み込むと、頭をかぶり振って意識を戻す。
「こいつは、狼だな」
一方で、グロテスクな死骸を前にしてもゴルドさんは真剣な表情で観察をしている。見慣れている、という事が態度からも容易に判断できる。それほどまでに冒険者としての経験がある、って事なんだろうな、きっと。
「よし。もう大丈夫だ。村に向けて移動するぞ」
「「「「はいっ」」」」
俺とホルグさん達3人が異口同音の声を漏らし、移動を再開した。
その道中で。
「あの、ゴルドさん。一つ聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
周囲とマックスさん達に気を配りながら、俺はゴルドさんに問いかけた。
「さっきのゴブリンの死体を見ただけで、何が分かったんですか?」
「あぁ。いくつかは、な」
「それって一体?」
「そうだな。一応、君にも教えておこう。まず、大型の魔物がゴブリンの死骸を見つけ、同時に腹を空かせていた場合、そもそもあそこに、あれほどまで死体が残ることはない。大体は血痕や肉片、皮膚片や体の一部が残っている程度だ。だが、逆を言えば死体があそこに残っている事は大型の魔物は少なくとも近くには居ないって事だ」
「大型の魔物、ですか。具体的には?」
「一番可能性があるのは、人食い鬼と言われるオークだな。あとは川が傍にあったから水辺に棲むリザードマン辺りだな。この辺りではそれより上位の魔物はあまり出てこないから、そんなところだろう」
「でもそいつらは、この辺りには居ない、と?」
「あくまでも可能性の話だから鵜呑みにしない方が良い。それに俺たちはあの崖のところでオークの群れに遭遇している。幸い遭遇した群れは全滅させたが、他にいないとも限らない。安易な憶測で安心はできないさ」
「な、なるほど」
それはつまり、オークと遭遇する可能性がある、という事か。……人食い鬼とまで言われる魔物。それも群れに遭遇するかもしれない。その上、まともに戦えるのは戦闘経験皆無の俺と後衛のホルグさんくらいだ。ゴルドさんのバトルスタイルや強さが未知数だが、状況的に不利なのは間違いない。そんな状況で戦闘となると……。
『ブルッ』
勝ち目が薄いのは素人の俺でもわかる。自然と体が震え、冷や汗が流れてくる。くそっ、こんな事なら昨夜のうちにグレネードでも買っておくんだった、と後悔の念が浮かんでくる。
「安心しろ」
「え?」
すると、不意にゴルドさんが俺のヘルメットの上に手を置きながら声をかけてきた。
「これでも俺は何十年と冒険者をやってきた。危険の予知能力ならそれなりに自信がある。だからそう不安そうな顔をするな」
「あ、え、えと。はいっ」
俺にやさしく語りかけてくれるゴルドさんの言葉に俺は突然の事で戸惑いながらも頷いた。
「とにかく、お前は周囲を警戒していてくれ。それと道を教えてくれれば良い。いざとなれば、俺が何とかしてやるさ」
「ッ」
今、ゴルドさんはこんな状況だというのに自身に満ち溢れた表情を浮かべていた。その姿と表情を見ていると、不思議と不安や恐怖が和らいでいく気がした。なんとなく、ゴルドさんが慕われている理由が分かった気がしながらも、俺は彼らとともに川沿いを歩いて移動していた。
負傷した二人のために、時折休憩を挟みながら移動を続ける事、数時間。すでに日は真上を通過している。時間的にはもう2時か3時と言った所だろうか。
「よし、もう。大丈夫だ。行こう」
「……よし。行くぞ」
マックスさんは、汗を流し苦しそうに荒い呼吸を繰り返していた。ゴルドさんは、しばし迷った様子だが進む事を選んだ。村まではあと歩いて1時間程度の所まで来ているのは伝えてある。きっと、少しでも早く村にたどり着くことを優先してるんだろう。
「もう少しだマックス。がんばれよ」
「へっ、言われる、までもねぇ」
テッドさんの問いかけに、マックスさんは笑みを浮かべながら答えるが、疲労の度合いを表すように大粒の汗を浮かべている。
あと少しなんだ。このまま何事も無ければ良いけど。そんな思いを抱きながら、俺は彼らとともに進んだ。
そして……。
『ガサガサッ』
川沿いを歩いていた時だった。前方の茂みから物音が聞こえ、ホルグさんとゴルドさんが身構える。俺も一瞬、それに遅れたもののなんとかトレンチガンの狙いを定める。
『ギッ!』
『ギギャギャッ!』
そして茂みから出てきたのは、ゴブリンだった。最初は数匹だけかっ!?って俺も思った。だが……。
『ガササッ』と音がして、1匹、2匹と続けて現れるゴブリン。その数、合計11匹。狩りをしていたのか、3匹ほどゴブリンが頭のつぶれた鹿を引きづって現れた。だが、ゴブリンのほとんどが木製のこん棒を持ち、武装していた。
「マジ、かよっ」
単純計算でこちらの倍以上のゴブリンに俺は驚き、声を漏らしてしまう。
『ギッ!?ギギャギャッ!!』
すると、それが仇になってしまったのかゴブリンどもが俺たちに気づいたっ!?鹿を引きづっていた奴らも、その手を離し両手でこん棒を持ち、戦闘態勢だっ!
「やるしかないなっ!マコト君っ!!」
「ッ!はいっ!!」
こういった戦闘を想定し、俺は事前にゴルドさん達と戦闘の『行動』を予め決めていた。
俺はすぐさまゴルドさんの前に出て、トレンチガンを構える。狙うはゴブリンの群れ。俺の役目は、先制攻撃だっ!
『ドパンッ!!』
狙いを定め引き金を引く。放たれた銃弾の雨がゴブリンを引き裂いていく。だが、それだけじゃない。
『ガシャコンッ!ドパンッ!ガシャコンッ!ドパンッ!』
ポンプアクションによるリロードと、射撃を繰り返す。頭の中で、1、2、3と数字を強く思い浮かべながら、リロードと射撃を繰り返す事、5回。放たれた散弾の雨が、ゴブリンの群れに降り注いだ。が……。
『ギィギャッ!!』
『ギャギャァッ!!』
ダメだっ!全滅には至らず、4匹ほど残ってしまったっ!1匹は弾を食らったのか、その場で蹲っているが、まだ生きているっ!くそっ!もう一発お見舞いするべきかっ!?そう考えた時。
「十分だマコト君。下がってくれ」
後ろから、緊張する俺の肩に、ゴルドさんの手が置かれた。緊張のせいか、ビクッとしながら振り返ると、ゴルドさんが笑みを浮かべていた。
「4匹くらいなら、どうって事はない。あとは任せてくれ」
「わ、わかりました」
自信に満ちたゴルドさんの笑みに、半ば流されるように頷きながら俺は数歩下がる。
だがこれは事前に話し合っていた事だ。万が一戦闘になったら、俺の銃で先制攻撃し、少しでも敵にダメージを与えるか数を減らす。そして敵が全滅すればそれでよし。ダメだったらゴルドさんが後を引き継ぐ事になっていた。
「さて、行くかっ」
次の瞬間、ゴルドさんの雰囲気が変わった事は素人の俺でもわかった。殺気とも、闘志とも分からない気迫がゴルドさんから感じられる。俺はそれに驚き、半ば茫然とゴルドさんの背中に目を奪われていた。
『バっ!』
大地を蹴って前に出るゴルドさんっ。そして、瞬く間に距離を詰めると、俺が貸したナイフを振るった。そして目にもとまらぬ速さで放たれたナイフが、ゴブリンの首元を正確に捉え引き裂いたっ!傷口から血の雨が噴き出す中、ゴルドさんはゴブリンを相手に圧倒している。
語彙力の無い感想かもしれないが、ただただ『すげぇ』と思った。今ゴルドさんが握っているのは、俺が今日渡したナイフだ。仮に日常的にナイフを握っていたとしても、それで戦った経験があったとしても、サイズは違うはずだ。
なのにまるで自分の手足のように振るい、ゴブリンと戦っている。足さばき、戦い方、相手との間合いの取り方、周囲の状況をよく見る目。見てるだけでわかる。俺なんか、比べ物にならない。冒険者として、戦う男として『年季が違う』。
俺も、あんな風に戦えるようになれば、誰かを助けられるだろうか?
ふと、そんな事を考えながら俺はトレンチガンのフォアエンドをギュッと握りしめた。
「マコト君っ!まだ戦いは終わってないよっ!」
「ッ!?すみませんっ!」
しかしそこに飛んできたホルグさんの言葉で我に返った俺は、ポーチの中からショットシェルを取り出し、トレンチガンへと装填していく。慣れていないので、モタモタとしながらも1発、2発と弾を2発装填した、その時だった。
「マコト君っ!左だっ!!」
突然のホルグさんの声。思わず視線を左に向けると、狼が、俺に向かってとびかかって、なっ!?!?!?
理解ができなかったっ。灰色の狼が、大口を開けて俺めがけて飛び掛かってきていたっ!?
「うわっ!!!??」
避ける事も、トレンチガンの銃床で殴ってぶっ飛ばす事も出来ず、俺は飛び掛かってきた狼に押し倒された。でも、『防ぐ事は』出来た。
『ヴゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!』
狼は、俺が咄嗟に翳したトレンチガンを噛んだままだった。
だが……。
「う、うっ」
目の前の狼の目から感じ取れるのは、殺気と敵意だ。それが今、至近距離から俺を見つめている。怖い、という感情が噴き出す。死にたくない、という言葉が喉から飛び出そうになる。恐怖で動けなくなるっ。『助けて』、という叫びが漏れそうになった、その時。
「諦めるなぁっ!!」
ゴルドさんの叫びが聞こえた。
「お前は、戦える男のはずだっ!恐怖を乗り越えて、戦えぇぇっ!!!生きるために戦えぇっ!!!」
「ッ!!」
そうだっ!俺には武器があるっ!戦う力があるんだっ!こんな、こんなところでっ!!
「こんなところで、死ねるかぁっ!!!」
俺は、思い切り狼の腹を、思い切り殴りつけたっ!『ギャインッ!!』と悲鳴を上げながら狼が口を離し、ヨロヨロとよろけるっ!今だっ!
『ドパァンッ!!』
近距離から頭に一撃っ!散弾を叩き込んだっ!盛大に血を吹き出しながら吹き飛ぶ狼っ。よ、よし。やったぞっ。だが、そう思った直後。
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
悲鳴が聞こえたっ!慌てて視線を変えると、俺のように押し倒されたテッドさんが、腕を噛まれていたっ!しかも、ホルグさんが3匹目の狼と戦ってるっ!?1匹だけじゃないのかっ!!クソッ!!
咄嗟に駆け出し、そして……。
「離せこのぉっ!!!」
『ギャインッ!!』
テッドさんの上に立つ狼の横っ腹を思いっきり蹴っ飛ばした。悲鳴を上げながら転がる狼っ!
『ガシャコンッ!ドパンッ!!』
すぐさまリロードし、転がった狼が起き上がる前に散弾をぶち込むっ!そして動かなくなったのを確認すると、更に視線を巡らせる。
「このぉっ!」
『ドガッ!!』
『ギャンッ!!』
するとちょうど、ホルグさんが錫杖で3匹目を殴り飛ばした所だった。大きく吹き飛び、気に命中する狼。
「マコト君っ!今だっ!」
「ッ!!はいっ!!」
『ガシャコンッ!ドパンッ!!』
ホルグさんの言葉を聞き、最後に残っていた1発を狼に向けて放った。銃弾を食らった狼は、そのまま木にもたれかかるようにして、動かなくなった。
「ハァ、ハァ、ハァッ!」
突然の奇襲に、俺は驚き、荒い呼吸を繰り返していた。そしてただ、動かない狼を見つめながらなんとか呼吸を整えていると……。
「無事かお前らっ!」
ゴブリンを倒し終えたゴルドさんが戻ってきた。
「う、あ、え、えっと」
彼の問いかけに、しかし俺は戸惑い、理解が追い付かず言葉が出なかった。
「だ、大丈夫です。腕を噛まれただけですっ」
「バカッ!これが大丈夫なわけあるかっ!あの狼が変な病気でも持ってたらどうするっ!ホルグッ!」
「わかってますっ!」
ゴルドさんの指示のもと、ホルグさんがすぐさまテッドさんに回復魔法をかけていく。俺はそれを、ただ茫然と見ている事しか出来なかった。
数分後。
「とりあえず、これで良いか。おいっ、マコトッ」
「ッ!?!は、はいっ!!」
突然声をかけられ、ビクッと体を震わせる俺。いつの間にか君付けも取れている。もしかして、この数分ぼけ~っとしてたことを怒ってるんじゃないのか?ゴルドさんは俺の方へと歩み寄ってくる。俺はビクビクと体を震わせながら俯いていた。すると……。
『ポンッ』と肩に手を置かれ、ビクリと俺の体は大きく震える。が……。
「大丈夫か?」
「え?」
かけられた声はとても優しい物だった。なぜ?と思って俺が視線を上げると、ゴルドさんは心配そうに俺を見下ろしていた。
「え、えと、ゴルド、さん」
「見たところ怪我はなさそうだが、倒れた時にどこかぶつけてないか?痛い所は無いか?」
「は、はい。大丈夫、です」
思っていたのと違う言葉に俺は内心戸惑っていた。ただ、一応謝っておこうと俺は思った。
「あ、あの」
「ん?どうした?」
「すみません。今さっき、テッドさんが負傷したのに俺、ただ、何もできずに突っ立ってて」
言ったら、気づいて怒られるかもしれない。そう思ったから再び暗い気持ちになってうつむいてしまう。が……。
「まったく。そんな顔をするな。ほら、顔を上げろ」
「え?」
ゴルドさんの言葉に、俺は再び顔を上げた。さらに、彼は顎でしゃくってホルグさん達の方を指し示す。そちらに目を向けると、彼ら3人も怒ったりしている様子はなく、むしろ『気にしてないから』と言わんばかりに笑みを浮かべていた。
どうして?と俺が思っていると、それが顔に出ていたのだろう。
「ったく。おいマコト。お前は歴戦の冒険者か何かのつもりか?」
「え?い、いえっ。そんなつもりはっ!お、俺はまだ、実戦経験もろくにない、ど素人で……」
トレンチガンに視線を落としながら、思っていることを口にした。すると……。
「そうだろ?だったらこれくらいの事は気にするな」
「え?」
三度視線を上げれば、ゴルドさんは笑みを浮かべていた。
「お前はまだ、実戦という物を知らない。だから恐怖で動けない時もあるだろう。それは仕方のない事だ。無論、それは命取りになるが。少なくともお前が恥じる事じゃない」
「ゴルド、さん」
「それに見てみろ。この戦果をっ」
そういうと、ゴルドさんはゴブリンや狼の方を指さす。改めて、周囲を見回すと狼やゴブリンの骸が、合計で14匹。周囲に転がっていた。
「お前が倒したのは、ゴブリンが約7匹。とどめを刺した狼は3匹。ほとんど初陣でこの戦果はすごいぞ?だからそんな辛気臭い顔をするなってのっ!」
『バシッ』
「うっ、は、はい」
そう言って、俺の背中をたたくゴルドさんに、俺は戸惑いながらも頷いた。
「それにマコト君。君は昨日だってゴブリンを倒してるだろ?」
そこに歩み寄ってくるホルグさん達。
「あっ」
「おっとそうだったなっ。だとしたら、初陣での戦果は13匹かっ!ははっ!こいつは将来有望だなっ!」
そう言って豪快な笑みを浮かべているゴルドさん。そして数秒して、ゴルドさんは俺の頭に手を置いた。
「お前はよくやってくれてるよ。お前のおかげで俺たちは助かってる。だからそんな辛気臭い顔をするな。お前は、十分にすごい奴だよ」
「ッ!」
笑みを浮かべながら褒められ、俺は顔が熱くなるのを実感していた。褒められたのはうれしかった。でもそれ以上に、俺が彼らの助けに慣れてる事が、うれしかったんだ。でも赤い顔を見られるのが恥ずかしくて、俺は鉄帽を少しだけ目深に被るのだった。
「ははっ、照れてるねぇマコト君」
しかしそれはどうやらホルグさん達にはお見通しらしく、後ろで笑っている3人のせいで、俺はさらに顔を赤くする結果になった。……うぅ、こんな状況だってのに恥ずかしい。
そして、俺が落ち着くと……。
「さぁ、行くぞお前ら。もうすぐ村までたどり着く。行くぞっ」
「「「はいっ!」」」
俺たちは再び村に向かって歩き出した。
そして、約1時間後。空もオレンジ色に染まり始めた頃、俺たちは村へとたどり着いた。
「あっ!おいっ!マコトだっ!マコトが戻ったぞっ!!」
すると、入口近くにいた誰かが俺たちに気づいて叫んだ。すぐさま村のみんなや俺の両親たちが飛んできて、ゴルドさん達が事情を話したり、泣きながら両親が俺を抱きしめていた。
そんな中で俺は、『戻ってこれた』という安堵と、ゴルドさん達を助けられた達成感から、自然とこぼれる笑みをいつまでも浮かべていたのだった。
第4話 END
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