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アドリエンヌ


 アドリエンヌはクリストフの存在に救われていた。騎士になりたいという夢を笑うことなく、後押しまでしてくれている。まさか女の身で馬上槍試合に出場できるなど、誰が想像しただろうか。


 その心の広さは昔から変わることがない。いつも公務の合間を縫ってアドリエンヌに会いに来てくれて、拙い話を笑顔で聞いてくれた。


「……私は、もっとお役に立てるようにならないと」


 素敵な夢を見せてくれるクリストフに何ができるだろうか。

 第一王子であるクリストフには、いずれ王となる未来が待っている。


 幸運にもアドリエンヌは彼の婚約者となった。クリストフの心が変わらなければ、アドリエンヌは王妃となる。王の寝所へ入っていけるのは、限られた護衛と王妃だけ。


 ――いつでも王を支え、守れるのは私しかいない。


 幼い日に、守ってくれと頼まれたのだから。


 アドリエンヌは机の上に並んだ紙片に目を通した。子供の落書きのように乱雑な線が描かれているように見えるが、歴とした暗号文だ。その一つ一つを読み解き、アドリエンヌは麗しい顔をわずかに曇らせる。


「やはり余計なものが紛れ込んでいましたか……」


 アドリエンヌが呟くと、部屋の暗がりに膝をついていた影が身じろぎした。


「いかがいたしましょうか。いつでも始末できますが」


 紙片には、外国の息がかかった輩が使用人と接触していると書かれている。下の人間をたぶらかして王城への侵入路を探ったり、王族に手をかけようと画策しているようだ。


「クリストフ様の周囲を血で汚してはいけません。説得して、私達の味方となってもらいましょう。いかにクリストフ様の下で働くことが素晴らしいかを、存分に知っていただくのです」

「御意に」


 音もなく影が去ってゆく。

 アドリエンヌは紙片を一枚づつ手に取り、青い炎で丁寧に燃やしていった。


 王国を取り巻く環境は、決して穏やかではない。周辺国に比べれば小さな国だが、燃える砂という珍しい燃料が産出されるため、隙を見せれば食い尽くされる状況にある。クリストフの命を狙っていた者達も、そうした国から派遣されてきたのだろう。


「私がいる限り、手出しはさせない」


 クリストフは子供の頃から聡明で、よく先が見えている。初めて会った時に己を守れと言ったのも、こうした事態を見通していたのだろう。そうでなければ年端もいかない子供に、騎士となって守護しろとは言わないはずだ。


 アドリエンヌは己の外見を客観的に評価していた。座って微笑んでいれば、周囲が騙されてくれることも。クリストフの命を狙う者は、まさかこんな近くに護衛がいるとは思うまい。


 ――私に騎士教育の機会を与えてくださるのも、もっと強くなれという激励ですね!


 アドリエンヌはクリストフの姿を思い出して、うっとりと頬を赤く染める。


 銀の髪に緑の虹彩の王子は、アドリエンヌにとって尊敬する主でもあり、憧れの存在だった。見た目だけが良いなら、こんなにも陶酔しなかった。


 クリストフは相手が誰であっても穏やかに接し、相手の失敗は成長させるための材料にしてしまう。人を導く者として、彼ほど優れた者はいない。


 例えば昼間、冷めた紅茶を取り替えていなかったメイドを表立って断罪しなかった。俺は熱い飲み物が苦手なんだ、覚えていてねと微笑んだのだ。


 あのメイドは新しく入ったばかり。よく働くと評判だが、実は隣国が用意した暗殺者だった。新しく茶を交換するふりをして、毒を紛れ込ませていたのだ。


「本当に、クリストフ様は優しいわ」


 王族に危害を加えることは重罪。当然、周囲でお世話をする者は、徹底的に身辺調査を行ってから採用することになっている。採用にあたる者、警備をする者、それからメイドを教育する者は、王家の敵を排除しなければいけない。触れられるほど近くに暗殺者がいたなど大問題だった。


 怠慢としてまとめて処分することもできた。けれどクリストフはそうしなかった。己の才覚で毒を見抜き、使用人の成長に期待するとして不問にしたのだ。警備を総入れ替えすれば敵国に見抜かれると思ったのだろう。水面下で処分せよという、声なき命令だ。


 未遂で終わったことに胸を撫で下ろしている者は、同時にクリストフの寛大さに感謝していることだろう。彼らはより一層、クリストフのために働くはずだ。


 クリストフには既に王としての器があるとアドリエンヌは思っていた。いつでも人の心を尊重しつつ導いてくれる。そんなクリストフを慕う者は多い。


 アドリエンヌに剣を捨てるよう言わなかったのは、クリストフだけだ。いつでも受け入れてくれるからこそ、どんな辛い訓練でも耐えられる。

 だからアドリエンヌは彼のために戦いたい。


「待っていて下さいね、クリストフ様。必ず、貴方の騎士として強くなりますから!」


 アドリエンヌは使い込まれた剣を鞘から引き抜いた。

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