狂乱、襲来の春
即位して二年が経ってしまった。その間、うっかり隣の国の領土を削り取ったり、隙あらば挙兵しようとする部下を抑えるといった、胃が荒れる毎日だったと最初に言っておく。
いや、本当にあいつら戦闘民族すぎるんだよ。覇権国家にするつもりはないって言ってるのに、なぜか信じてくれない。むしろ反対の意味だと思っているのではないだろうか。
「理不尽だと思わないか、ローラン」
俺は王太子時代から補佐についてくれているローランに話しかけた。
遠慮を悪魔に売り飛ばしたと恐れられている男は、冷ややかな目線を俺によこす。
「理不尽、ですか」
「侵略しないって言葉だけは、なぜか皆の頭の中に残らないらしい」
「ああ、それですか。国王ジョークだと思って、受け流されているだけですよ」
なんだよ国王ジョークって。そんな血生臭いブラックなジョークがあってたまるか。俺の言葉をジョークで済ませるんじゃない。
国民の不可解な思考を必死に受け止めていると、窓の外から咆哮が聞こえてきた。普通の獣とは違う、空から降りてくる響きは人の恐怖心をあおってくる。
逃げだしたい気持ちを抑えて窓から外をのぞくと、今まさに上空から降りてくる巨体と目が合った。
鱗に覆われた体は光を浴びて金色に見えた。耳障りな破裂音は、その巨体がまとう雷の力だろう。こげ茶色の目が小さな人間を見下している。
「竜!? どうしてここに」
「ご存知なかったんですか?」
俺と同じく窓の外をながめていたローランが不思議そうに言った。
「春になると、たまに陽気に誘われて人間の町を襲うんですよ」
そんな春の変質者みたいなノリで襲われても困る。
雷の竜は城の中庭に降り立つと、集まってくる兵を威嚇して反応を楽しんでいるようだ。アリの巣を棒でつつく子供のようで、何をしでかすのか先が読めない。
「今までは先王陛下が討伐しておられたので、被害はありませんでしたが」
「もしかして、何も言わずに何日も不在にしていたことがあったのは……?」
俺は父親の過去の行動を思い出しながら尋ねた。王としては優秀かつ勇猛な先王ジェラルドだったが、たまに誰にも行方を告げずに姿を消す、困った癖があった。
俺の母親で先王の妃だったレティシアには心当たりがあったのか、文句も言わずに放置していたけど。ずっと、遊び歩く亭主に呆れてるんだと思ってた。
誤解していてごめんよ、紛らわしい父親が悪い。
「気配を察知されると、いつも喜び勇んで出陣なさっていたようですが、気がつかなかったんですか?」
「あのクソ親父、水浴びしてくるとか、風に当たってくるとしか言わなかったんだが。もしかして竜が吐く攻撃のことだったのか」
湾曲表現にも程がある。せめて自分の息子には素直に言ってほしいものだ。
「こんなことしてる場合じゃない。早く皆を避難させないと!」
治世二年で国が滅びました、なんて嫌すぎる。原因が竜の奇襲なら多少は同情してもらえると思うけど、それで被害が消えるわけじゃない。
俺は急いで皆に指示を出そうと窓から離れた。だがローランは落ち着いてくださいとのんきなことを言う。
「よく窓の外をご覧ください」
「外って」
竜の周りにいるのは、王城を警備する騎士団だ。連携して竜の死角から攻撃し、被害を防いでいるようだけど、巨大な体に傷を負わせることができない。
騎士の中にひときわ小さな者が動き回っている。
「アドリエンヌ?」
「そのようで」
俺が呆然と見ている中で、アドリエンヌが竜の背後に回った。勢いよく振られた尻尾の上に乗り、背中を駆け上がっていく。竜はアドリエンヌを振り落とそうと体をよじるものの、他の騎士が竜の頭に攻撃を集中させて邪魔をしている。
無駄のない見事な連携だ。我が国の騎士は、こんなにも強かったのか。
飛んでくる矢をうっとうしそうに睨み、竜が頭を下げた。
竜の首まで到達していたアドリエンヌは、両手剣を振り上げて跳躍。己の体が落ちる重力も使って、竜の頭に一撃を叩き込む。竜は一度だけ体を震わせ、硬い地面の上に倒れた。
痛いほどの静寂ののち、騎士たちの喜びの声が中庭にこだました。
「マジかよ」
「功績を讃えればよろしいのです」
俺の崩れた言葉遣いを華麗に無視して、冷静なローランが告げる。
「常々、彼女を騎士に推したいと申しておられたでしょう。竜の脅威を退けた功績で叙勲すればいいんですよ。一撃で倒したのです。文句を言える者などおりません」
「ローランお前、天才か」
「これでも補佐ですので」
あまり表情が変わらないローランが、ほんの少しだけ誇らしそうに頭を下げた。
嬉々として叙勲への筋書きを考え始めた俺は、一つ重要なことを忘れている気がした。竜が襲来してくるまでは覚えていたのに、全く思い出せない。
「ローラン」
「ルヴィエ公爵との面会の件でしょうか?」
俺の表情から察したローランが先回りをして言う。
忘れてた。
仕事が片付いて時間が余っていたから、ぼんやりと考え事をしていたのだ。竜の登場で頭の中が真っ白になっていたらしい。
俺は心の中で竜に悪態をつき、ルヴィエ公爵が待つ応接室へと走る羽目になった。
*
義理の父親との面会を無事に終えて、俺は悪戯と知恵の神の祠へと来ていた。
もちろん貢物は桃を使ったパイだ。祭壇に捧げると、水盆に注がれる水の勢いが増す。相変わらず菓子が好きな神様は、反応が分かりやすくて助かる。
「さっき、ルヴィエ公爵から孫はまだかって遠回しに聞かれましたよ」
俺に負担をかけないよう、雑談の一つとして扱ってくれたけれど。あらゆる方向から期待されていることは、俺も知っている。孫の絵を描きたいという公爵の望みも。
「生まれてくる子供って、普通の子供ですよね?」
俺が考える普通って、崖から蹴落としても傷一つなく生還してくるとか、世界一の剣豪になるような子のことじゃない。
いずれ王になることを考えると、俺のように平凡だと苦労するだろう。才能があった方が良いと思うけど、親の胃に穴を開ける類の奇才は、部下で間に合っている。
本当に、これ以上はいらない。たまには常識を備えた人が来てほしい。俺の負担を分散してくれ。
そんなことを疲れた頭で考えていると、水盆から経典に水が散った。それも、びしゃりと適当に。
俺はおなじみになった方法で言葉を拾う。
――無理。
即答だ。
これはアドリエンヌ似の剣豪が生まれてくるという予言なのか。親子で剣の練習なんてしたら、俺の首が危ない。そうだ護衛のケヴィンに押し付けよう。
俺が将来の不安に震えていると、またしても経典に水が飛んだ。
――お前の血筋が異常。
やかましいわ。
うっすら気がついていたことを言語化しないでくれ。




