ある密偵の手記より
潜入した王城内に異様な空気が満ちている。至る所から視線を感じるが、振り返っても誰もいない。
私は監視されているようだ。
粛々とコルヴィエ人から与えられた仕事をこなす傍ら、内情を本国へ伝えてはいるものの、そろそろ撤退する時期がきたのだろう。
千の目を持つというコルヴィエ王の秘密を探る任務は、いまだに達成できそうにない。何らかの魔法を使っているという本国の予想だったが、魔力の流れに変化はない。本当に噂通りの人物なのだろうか。
探れば探るほど武力面では平凡であるという印象が拭えない。
運動という名目で護衛を相手に剣を振ることもある。とても伝え聞くような剣筋ではない。相手の護衛の方が強く見える。鬼神と恐れられたジェラルド王とは似ても似つかないではないか。
魔法は身体強化しか使っているところを見ていない。本当に殲滅の魔女の血を引いているのだろうかと疑うほどだ。
見た目は間違いなくあの二人の子供だが。親子で才能が似ていないことなど珍しくないということか。
コルヴィエ王は内政方面に優れた才能を発揮しているようだ。だが過去の王に比べると抜きん出て優れているわけでもない。
祖国の兵を足止めした凍結兵器に、同盟軍を捕らえた食人植物。あれはコルヴィエ王が王太子時代に普及させるよう進言したと聞いている。
最後にあの二つの兵器の情報を持って、祖国に帰還せねば。
祖国の脅威となる前に、コルヴィエという得体の知れない王国の情報を持ち帰ることこそ、私の使命。
最後に話術で軍を指揮下に置いたアドリエンヌ王妃について。
結婚する前に祖国に輿入れできなかったことは残念だ。しかしまだ手はある。子供がいないなら、いっそ誘拐し
*
「手記はこれで終わりか」
「そのようで」
「この者は」
「既に亡く」
小さな手帳を閉じ、ルヴィエ公爵は嘆息した。
「我が娘を誘拐しようなどと嘆かわしい。あの子は陛下の側だからこそ、力を発揮しているに過ぎない。拐かしたところで、敵の首を下げて帰還するに決まっている」
「は」
影は首を垂れた。
「敵の首を献上する娘を見て、陛下が離婚を言い渡したらどうしてくれるのだ。せっかく嫁に貰ってくれる奇特な方であるというのに!」
「ええ……」
「私は孫の姿を描くまでは死んでも死にきれん!」
ルヴィエ公爵の手に青い炎が現れた。彼の怒りを表すかのように、手記を瞬く間に燃やし尽くしてゆく。
「他の影に伝えなさい。この国を戦乱に巻き込もうとする動きを察したら、己の裁量で芽を摘みなさいと」
「仰せのままに」
最後の一片が燃え尽きると、ルヴィエ公爵は満足そうに微笑んだ。
「さて。孫を甘やかす幸せな老後が来るように、私も平和に貢献するとしようか」




