第七話 ユズと、正義の手
「まず、ユズ君の固有スキルはあまりに弱すぎる」
「カハッ……!」
こちら牢獄迷宮内の拠点、初手でいきなり吐血しそうなダメージを受けて膝から崩れ落ちた者が約一名。
少なからずや本気のショックを受けている俺のリアクションに対し、ラゼは否定するように手を振る。
「ああ、違う。そういう意味じゃなくて……そんなにも弱い固有スキルがあるわけがないってこと」
「ホントに?」
「……いや、確証があるわけじゃないけど」
珍しく自信なさげなラゼ。かわいい。じゃなくて、俺はまた違う質問をしてみる。
「つまるところ、俺の固有スキルはどういったものの可能性が高いわけなん?」
「うーん、どうだろ。とりあえず、ステータスを今一度見てみてほしい」
そう言われ、俺はいつも通り忍者ポーズでステータス画面を顕現させ、固有スキルの欄を覗き込む。
正直、俺にとって固有スキルはトラウマのようなものだ。地雷と言ってもいい。なんせ追放された理由とほぼイコールと言っても過言じゃないからな。
なので固有スキルの欄はもはや見たくもないのだが、ラゼに言われちゃ仕方ない。
「……あれ」
「何か見つけた?」
「いや、こんなスキルだったかなあ、と」
歩み寄るラゼが、俺のステータス画面を隣で覗き込む。ステータス画面って他人にも見えるのか……という疑問は置いておいて。
【固有スキル:『接触』
・触れることができる。】
「俺の記憶だと、確か『接触』だったような気がするんだが………」
見たのは牢獄迷宮に転移する前の一瞬だったし、軽くパニック状態だった俺の記憶は信憑性がないし。何より、変わったと言ってもジャストとジャスティスってほとんど一緒だし。なんなら肝心の説明部分は一切変わってないし。
「なあ、ラゼ。固有スキルって、変わったりすることはあるのか?」
「――――」
「ラゼさーん?」
「わっ、えっと、うん」
何やら俺の固有スキルを見て考え込んでいた風だったラゼが、俺の呼び掛けに我に帰る。
「えーっと、固有スキルが変わるのか、だっけ? 普通はないはずだよ。固有スキルを受け取ること以外で変化するなんて、異常に珍しいと言える」
「非常でもなく異常なのか。というか、固有スキルって受けとるものなのか?」
今の今までスルーしてきた固有スキルについて、もう少し突っ込んだところまでラゼに聞いてみることにする。
「大体の人は4歳、遅くても5歳か6歳くらいで、女神から固有スキルを受け取る……ってことになってるらしいよ」
「らしいってのは?」
「直接女神が現れて受け取ると言うより、見えない場所から一方的に受け取らされるって感じだからね」
「うっわ、言葉にすっごい毒含めて……」
……。
「……ん?」
「どうかした?」
「え? いや、なんでもねえ」
今俺は、とてつもなく重大なことを見逃したような気がする。だが、思い出せそうになかったので、思考を元に戻すことにした。
しかし、そうか。思い返してみれば、ラゼも女神に追放されて牢獄迷宮に閉じ込められていたんだった。
俺もあのパツキン女神に思うところがないわけがないので、シンパシーのままに聞いてしまった。
「やっぱ女神のことは嫌い?」
「嫌いだよ」
珍しく食い気味に、怒りの感情を露にして答えるラゼ。聞いた瞬間に後悔したが、やはり聞いたらダメだよね。俺みたいに異世界召喚されて間もない大パニック状態で追放されたならともかく。
「ごめ……」
「女神も、魔神も――――憎くてたまらない」
すぐに謝ろうと思ったが、聞き馴染みのないワードに思わず言葉が止まる。
「魔神?」
「魔族が崇拝する神様。私たち人間にとっての女神のようなものだよ」
初耳……ではないな。リルティアがチラッとその話題に触れていた気がする。そうか、この世界には神が二人もいるのか。
魔神は人間にとって、敵対する魔族の崇拝対象という位置付けだ。そりゃ良い印象は抱かないだろう。
「ごめん。多分俺は、君に聞いちゃいけないことを聞いた」
「気にしないで。私も取り乱しすぎた」
表情はすこぶる冷静だったけどね。
ともかく、話があまりにも逸れすぎた。俺の固有スキルの話だったのを忘れるところだった。
「ユズ君の固有スキルが変わっていることは異常に珍しい一例だけど、実際に起こってるんだからしょうがない」
「それは確かに」
なかなか男らしい考えだが、『何故そのようなことが起こってしまっているのか?』を考えるのは実にナンセンスだ。理知的じゃない。
まあ俺は、それより手前の『一体何が起こっているのか?』を解決しなければならないんだけど。
「何か変わったこととか、心当たりはない?」
「変わったこと、ねえ」
思い返してはいるが、そもそも俺はこの固有スキルを使ったことがないのだ。だって使い道がないんだもん。今まで一度も使ったことがないものは、例えどんな変化したって気付きようも……
「……ん? 今まで一度も使ったことがない?」
何か違和感がある。確証は何もないが、俺はどこかで固有スキルを使ったことがあるような気がする。
とはいえ使うタイミングなんて、どこにもない。無意識に使っていたのだとしたら、色々とハイになっていて当時の記憶が曖昧になっていた、あのレッサーゴブリンとの死闘くらいか。だが、特に変わったことと言っても……いや、あるな。
「確か、レッサーゴブリンに倒されそうになって、咄嗟に何か掴もうとしたら、何故か空中に一瞬留ま……お?」
「あ」
そこまで言って、同じことに気がついたであろうラゼと顔を見合わせる。
生唾を飲み込み、腕に力を込め、掌を押し出すように動かす。
そしてその掌は、何もない空間で静止した。
まるで、見えない壁に触れているかのように。
そしてそのまま、俺が起こす現実味のない光景を噛み締めるように、パントマイムのように両手で何度も空間の壁に触れる。
「おお、おおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
「確定だね。ユズ君の固有スキルは、実態のないものでさえも手で触れることのできる能力か」
「すげえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!」
「うん、うん、よかったね」
この後、空中に鉄棒のようにぶら下がったり、地面に触れない腕立て伏せを披露したりと、柄にもなく興奮しまくっていたので割愛。
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その後も10分程度続いたギガンティック元気溌剌タイムを終えて、なんとか落ち着いてきた俺に、ラゼが俺の固有スキルへの忌憚なき評価をつけた。
「つまりユズ君の固有スキルは現状、劣化版風魔法ということだよ」
「カハッ……!」
大丈夫? 俺、ショックのあまり吐血してない?
「えっとぉ、もう一回、1から説明していただける?」
「うん……あまりにも嬉しそうだったから言いたくなかったんだけど、真実は伝えておくべきかなと思ってね。落ち着いて聞いて」
とりあえず黙って聞いていることにする。打ちのめされてものも言えない、とも言う。
ラゼは、何だかすっごく可哀想なものを見るような目で、言葉を続けた。
「まず、ユズ君の固有スキルを使えば、空気にさえ触れることができる。ここまでは良いよね」
「おう」
「この固有スキルで何ができるかと考えたら、腕力さえあれば、平たく言えば空中浮遊なんか可能だ」
「おう」
「それ、風魔法で出来るんだよね」
「oh……」
いや別に唯一無二じゃなきゃ嫌なんてことはないけど、折角クソ雑魚だと思ってた固有スキルが本領発揮し出したんだし、もうちょい輝かしくてよくない? よくないの?
「まあ正しく言えば、魔力を消費しないっていうメリットもあるんだけど……そもそも魔法を主軸に戦える人は、そのくらいの魔力消費が問題ないほどには魔力量がある場合が多いし、そもそも飛ぶのはそこまで魔力使わないし、何より姿勢制御とか立ち回りとかすごい楽だし」
「もうやめて! 魔法への情熱による的確な指摘がいつになく痛い!」
俺が結構本気で落ち込んでいると、ラゼが励ますように声をかけてくる。
「でも、魔力を持たないユズ君にとってはアドバンテージであることに間違いはないんだし、伸ばしていけば唯一の強みになれるよ」
「まあ、それもそうだな」
「それに、この評価はあくまで現状だから」
そういうと、ラゼは悪戯っぽく微かに笑う。今日のうちの師範はテンションが高い。
「こんなに説明を省略して、隠された機能が空中浮遊だけだとは思えない。そこの活かし方も含めて、考えてみる価値はある」
「隠された機能、ねえ」
俺は、開いたり閉じたりさせた自分の右手を見つめる。
異世界ファンタジーに召喚された時点で結構キャパオーバーだったのに、手に訳のわからない能力を植え付けられたと来たもんだ。なんだか、俺の手じゃなくなった気分だ。
……と、ここで俺は、ふと気になったことを聞いてみる。
「そういえば、ラゼの固有スキルって何なんだ?」
「私の?」
冷静に考えたら、俺はラゼが本気で戦っているところを知らない。固有スキルが戦闘に関わるものとは限らないのだろうが、固有スキルを使っているところを見たことがないのも事実だ。
どころか、俺はラゼが女神に追放された魔法使いであるということしか知らねーぞオイ。どうなってんだ。
「私の固有スキルは、まあ簡単に言ってしまえば、全体的に魔法の適正を上げるもの」
「あー、だから魔法使いなのか」
なるほど、見た目から魔法使い感がとんでもなかったが、固有スキルも魔法使いだったらしい。まるで、ラゼが魔法使いになるように、女神が固有スキルを与えたみたいじゃないか。
……。
「……んん?」
やっぱり、どこか違和感を感じる。なにか、とんでもない矛盾がどこかにあったような……。
しかし、その違和感の正体が分からぬまま、思考はラゼの言葉にかき消えた。
「固有スキル――――女神の意思というものは、時に人の人生さえもねじ曲げてしまうんだよ」
「!」
俺が思っていたことをそのまま、毒を含めて言葉にするラゼ。
確かに、俺はこの世界の人々をほとんど知らないが、固有スキルとかいう天から授かったものの影響で、人生のレールが決まってしまった事例もあるのだろうか。
やはり、ラゼも俺と同様、女神への憎しみで行動している気がした。
だから、その様子を見たとき、散々ラゼに尋ねようか迷っていた問いが、口を突いて飛び出そうとしていた。
「……な」
「さ、訓練に戻ろう、ユズ君」
その瞬間、ラゼの言葉に遮られる。
「何か言おうとしてた?」
「――――いや、何でもねえよ。結局訓練はどうするんだ?」
まあ、『ラゼは、もし神に会えたらどうしたいんだ』なんて、俺にはあまり関係のない話だ。別に聞く必要もない。
「じゃあ、固有スキルの上達と筋力増加を目指して、空中懸垂100回とかやってみようか」
「うわ、きっつ」
「とりあえず、10セットで様子を見よう」
「死では?」
すごく端的に嘆く俺に、表情には出ていないが恐らく楽しそうに訓練内容を考えているラゼ。牢獄迷宮という絶望の底にいながらも、その光景は平和に思えた。
その時ふと、地上のことを思い出した。それは、散々女神について話していた影響かもしれない。
今頃俺のクラスメイトたちは、女神の指示で魔族と戦っていたりするのだろうか。想像して、そういえばクラスメイトは勇者だったんだなと思い出す。
「そういや、勇者の右手には紋章があるんだったよな……」
そこまで呟くと、ふと目の前のラゼの右手を見やる。
ラゼは右手だけ、出会ったときからずっと手袋をしていた。外しているところは見たことがない。
女神の目的は、勇者を集めること。
ラゼも、女神に追放された。
つまり……
「……まさかね」
何の根拠もない、ただの想像だ。そもそも牢獄迷宮にいる人の過去は詮索しないのがマナーだ。俺が知るようなことじゃない。
だから、この妄想は忘れることにした。
――――結論から言ってしまえば、俺の想像は一つを除いて全て間違っていたし、俺が思っていた以上に凄まじい答えだったのだが、この時の俺は知る由もなかった。
●
――――目が覚める。
それは闘争を欲していた。
それは様々なものに蝕まれていた。だが、上肢に絡み付く枷の重さも、自身を栄養分として吸い尽くさんとする鬱陶しいモグラも、全てに等しく興味がない。
眠りから目覚めたそれは、強者との闘いのみを欲していた。
自身を傀儡にせんとする同類により引き起こされた屈辱的な暴走だと分かっていても、血が、魂が、根元に存在していた欲望を呼び覚ます。
飽くなき闘争心を糧に、牢獄迷宮の悪夢が、地を食い破らんとしていた。
説明回でごめんです。次回はバトル描写があるんです。
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