第六話 ユズと、マジカルブートキャンプ
――――目が覚める。
「OK。レッサーゴブリンに勝って、直後に気絶したんだったな」
即座に自分の気絶前の状況を、記憶から引っ張り出す。
異世界に来て気絶しまくっているせいか、覚醒直後の状況判断能力が格段に上がっている気がする。慣れというものは怖い。
さて、そんな俺はというと、先程までいた迷宮の行き止まりとはまた違う場所にいた。と言っても、周囲の雰囲気は変わっていないため、迷宮の外ではないようだ。
学校の教室一つ分くらいの広さはある空間。造りとしては、あのゴブリンの巣が狭くなったような場所だったが、あの場所と違って、出入り用の通路が見当たらない。
周囲を見渡して、俺自身の体を見ると、身体中の至るところに、血に染まった包帯が巻かれていた。だが、不思議なことに痛みは随分と引いており、まともに動かなかった左腕と右足も、動かせる程度にはなっていた。
「目は覚めた?」
ふと誰かに話しかけられ、声がする方を向くと、焚き火の前に一人の女性が座っていた。
長い赤髪に、いわゆる魔法使いのような三角帽子に黒いローブ。傍らに何やらデカい真珠みたいな宝石がついた木製の杖のようなものが置いてあるから、ガチで魔法使いなんじゃないか?
歳は多分、俺と一緒か少し上くらいだろうか。
何より十人いたら十人が美人と答えるほど、その女性は綺麗だった。本人の落ち着いた様子も相まって、いかにもクールビューティーという雰囲気だ。
そして、気絶慣れしたからこそ分かることだが、恐らく気絶する寸前に現れた女性は、この人だ。
「はい……助けていただいて、ありがとうございます」
「私のこと、覚えていたの? すごいね」
その女性は、少し驚いた様子たったが、すぐにクールな様相に戻ると――――何故だか手袋をしている右手を差し出してきた。
その右手の意図を察すると同時に、『握手って異世界にもあるのか』と思いながら、その手を取る。
「私の名前は、ラゼ・カルミア。見ての通り、魔法使いだよ。何はともあれ、よろしくね」
●
あれから、件の女性――――ラゼさんから、この牢獄迷宮のことなどを色々と聞いた。
その中でも、重要な情報を簡単に要約すると、
・ラゼさんも俺と同様、女神によって追放された。
・現状、牢獄迷宮にいる人間は、俺とラゼさんのみである。
・出口の場所は判明しているものの、強力な魔物が出口を守っており、簡単には通れない。
・今俺たちがいるこの場は、壁の奥にあった空洞が、偶然樹木によって隠されて出来た空間であり、簡単には魔物に見つけられないので、ラゼさんが拠点として重宝している。
・気絶する寸前の俺をラゼさんが偶然発見し、拠点へ運び込み、回復魔法を使って俺を治してくれた。
とのことらしい。とりあえず誠心誠意土下座した。マジで命の恩人だった。感謝してもしきれない。
因みに、包帯などで止血や固定、傷口の消毒などをしていたほうが、回復魔法による魔力の減りは少ないそうだ。なるほど、魔法は便利だが、万能ではないようだ。ラゼさんは回復魔法の適正が高いわけではないらしいので、完治には至らなかったらしい。いや、十分すぎるんだけどな。
魔法の適正とかいう新たなワードは、毎度お馴染みフィーリングでどうにかするとして、出口が判明したことについては俺の野望において大いなる進歩と言えるだろう。まあ、出られるかどうかを勘定に入れずにの話だけれどね。
ラゼさんがたくさんのことを教えてくれたのに対して、俺から話すことはほとんどなかった。あのパツキン女神に追放されたことは話したが、それ以上の言及はなかった。というか、異世界人であることは隠してるわけでもないので言っても良かったのだが、ラゼさんに止められた。
何しろ、ここ牢獄迷宮では、追放された理由についてはあまり深く聞かないことがマナーであるらしい。
なるほど、俺の場合は、召喚されて何が何やら分からないうちに追放されたから感情が追い付いていなかったが、中には思い出したくもない人もいるだろう。
「『牢獄迷宮』の出口を守る魔物のレベルは50以上。私のレベルが42だから、単独での突破は難しい。何より前衛がいないと、後衛の魔法使いの私は脆い」
「光栄……ああ、後衛か」
耳に馴染まない言葉のオンパレードに戸惑うが、なんとか理解する。
「一方の君は、魔力に関する才能がからっきしで、固有スキルも……正直良いものとは言えない」
「ですよねぇ……」
「でも、ステータスは案外悪くない。初期レベルが1だから今はステータスの低さが目立つけど、レベルを上げれば、それなりに光るものがあると思う。ともかく君は、肉弾戦に向いてる」
俺がなんとかステータス画面を顕現させ、確認をしてみると、レベルが1から2に上がっていることに気付いた。レッサーゴブリンを倒したことで経験値が貯まったらしく、ステータスも少しだけ上がっていた。
これが同レベル帯では高い方なのかはさておき。
ともかく、何やら俺を強くするという方向で話が固まり始めていることから、俺は直後の展開をなんとなく察する。
「君は、この薄暗い迷路から脱出したいんだよね?」
「それは勿論です」
「私個人としても、この牢獄迷宮から脱出したい。私も私で目的のために、出来るだけ早く、生きて地上に出る必要がある。だから、私が君に提案できる選択肢は2つだよ」
そう言いながら、ラゼさんは細い人差し指を伸ばす。
「1つは、牢獄迷宮に追放される強い協力者を待つこと。正直、これはあまりオススメできない。女神がいつ誰を追放するか分からない以上、見通しが悪い計画になるからね。その追放者の実力も分からない以上、どれほど時間が必要になるか検討もつかない」
そして、俺の目を見て、更に中指を伸ばした。
「もう1つは、君と私の二人で、この牢獄迷宮を突破すること。正直、こっちもあまりオススメできない。この場合、特に君は辛い道のりを歩むことになる。私も諸事情があってこの迷宮には長居するつもりはないから、君を戦力になるまで短期で鍛え上げるためには、かなりスパルタな内容になる」
「そっちでお願いします」
虚を突かれたように目をしばたたかせるラゼさん。
内心、俺も自分で言ってて驚いていた。色々と深く考える前に、反射的に口から飛び出ていた。それでいて、冷静になった今でも後悔していないから不思議だ。
何故だろう。俺は直感で、その方法を選ぶべきだと心が判断していた。
「えっと、今一度聞くけど、本当にそれでいいの? 正直私としてはそちらを選んでくれた方が助かるし、君にもメリットは大きいけど、何より君が思っている以上に、訓練はきついよ?」
「覚悟の上です」
「それに、君は戦闘慣れしているように見えないし……」
「これから速攻で慣れます」
レッサーゴブリンとの殺し合いを経た今、この迷宮が決して楽をして出られるような場所ではないことは、嫌というほど身に染みている。
ラゼさんは俺の目をじっと見つめたあと、ゆっくりと頷いた。
「――――分かった。その覚悟は本物みたいだし、私はその意志を尊重する。何度も言うとおり訓練はスパルタになるけれど、それでも君を強くすることを約束しよう」
「お願いします」
かくして、若干トントン拍子感は否めないものの、ラゼさんによる俺との特訓の日々が始まった。
とはいえ、どんな特訓だろうと、俺の覚悟が固まっているのは本当だ。なら、今俺に巻き起こる謎のモチベーションがあれば乗り越えられるはずだ!
よし、やってやるぞ!
●
――――数日後。
「あ゛あああああっ、これは死んだかなぁぁぁぁ!?」
「死んでない! 意識を集中! 死にたくなければ動いて!」
メーデー、メーデー、メーデー! 何が『よし、やってやるぞ!』だよ。こんなん無理だろ死ぬぞ!?
視界の端に光る『ハンターウルフ Lv.12』の文字に脊髄反射だけで反応して、咄嗟に身を捩る。狼の見た目をした魔物、ハンターウルフが俺に向かって飛び掛かり、爪での攻撃を仕掛けてくる。なんとか避けるが、僅かにハンターウルフの攻撃が掠め、脇腹の部分の服の布地が破け、鮮血が飛んだ。
「ゥグルルルルラァ!」
「体だけじゃなく頭も動かして! 見極めたら、避けられない速度じゃない筈!」
「この魔物が俺よりレベルが高いってこと忘れてないですかね!?」
必死な俺に対して、後方10メートル付近から無茶を言ってくるのは、現状俺の師匠のような存在のラゼ。最初の方は敬語で話していて、さん付けもしていたが、割とすぐにラゼと呼ぶように、そしてタメ口で話すように言われた。
なので、相手は仮にも命の恩人だったりするのだが、俺は気にせずタメ口で喋っている。ついでに俺のことはユズと呼ぶようにと何度か言ってみたら、割と呼んでくれるようになった。やったね!
そんな意外にフレンドリーな一面を見せるクールビューティーなラゼと訓練を始めて数日が経ったわけだが、訓練は本当にスパルタだった。
まず最初に指摘されたのは、実践経験の少なさ。何かと戦うということに対する免疫が足りないらしい。これは俺も自覚するところだ。
――――だからと言って、いきなり実践投入に踏み込むこたぁねえだろうと、俺ぁ思うんすよ。
『私は体術は専門外だから、そこはなんとか自分で掴んでもらうしかない。その代わり、そのためのセッティングは私がする』
そう言ってラゼは、常に俺よりもレベルが少し高い魔物と戦わせまくった。魔物のレベルが俺と同じくらいの時は、複数体を相手にしなければいけないフラグなので警戒を強めなければならない。
この時後方で待機するラゼは、俺が死にかけたときの救助担当だ。本人曰く、『私の視界の中では絶対に死なせないから、死ぬ気で戦って』らしい。これ理屈通ってます?
というわけで俺はレベル12のハンターウルフとの一騎討ちの最中である。一応言っておくけれど、俺まだレベル8だからね? 正直俺が予想していたよりも早くレベルが上がってはいるけど、それでもまだ圧倒的不利だからね?
だが、現状こそ防戦一方とは言え、確かに攻撃を見切れないことはない。それこそ、この牢獄迷宮での激動の数日間が、俺に戦闘の慣れをもたらしていた。
――――しかし、突如一騎討ちが終わる。
「グルルラァァァ!」
「なっ!?」
背後から、目前の魔物と同じ鳴き声が、俺の鼓膜を震わせた。即ち、考慮していたなかった2体目のハンターウルフが襲来し、標的を俺に定めて駆け寄ってくる。
反射的に2体目のハンターウルフのレベルを目視しようとした瞬間――――ズドン。
まるで、見えない何かに衝突されたかのように、前触れもなくハンターウルフの体躯が宙を舞い、地に落ちる前に光の粒子と化して消えた。
その怪現象のカラクリに気付いた俺は、今まさに目にした見えざる攻撃の発生点、ラゼの方を横目で見る。
「相変わらず『魔撃』ってすげーな。一撃かよ」
「気を逸らさない!」
「……っ! あいよ!」
牙を剥き出しに正面から飛びかかってきたハンターウルフを冷静に避ける。
以前の俺なら避けるのに必死だっただろうが、数日で慣れてきた俺は避けただけじゃ終わらない。
「牙危ねえんだから口閉じてろ!」
ハンターウルフの頭部に、片肘と片膝で挟み込むような形で打撃を与え、その勢いで腹に回し蹴りを食らわせる。
俺の回し蹴りによりふっ飛び、そのまま壁に衝突したハンターウルフもまた、光の粒子になって消えた。
同時に、眼前にステータス画面が自動で開かれ、経験値取得量、そしてレベルが8から9に上がったことを俺に伝える。
かれこれ戦闘開始して20分程度、ようやく実践訓練終了である。
「あぁー、しんど」
「お疲れ様。『ウル・トレペオ・ボル・トレジア』」
こちらに向かって歩きながら、ラゼは手中に魔方陣を展開し、こちらに向けて何かを放つ。
だが、それが何かを分かっている俺は、特に抵抗もせずに顔から受け止める。
すると、ラゼが放った水で出来た球が弾け、汗だくになっていた全身を濡らした。髪をかき上げながら、口内に入ってきた水で喉を潤す。
「あー、サンキュー。便利だな、水魔法。俺も使いたいわ」
水の供給もままならない牢獄迷宮において、水属性の魔法は必須と言っても良い。出来るなら俺も使いたいものだ。
「まずは魔撃を避けてからだね」
「OK。諦めるぜ」
爽やかに挫折した。
●
実践訓練は終わったが、俺の訓練はそれだけではない。中でも辛いのが、『魔撃』を避ける訓練である。
先程も出てきた魔撃について説明する前に、フィーリングで誤魔化していたあのワードについて説明しよう。
すなわち、魔力とは何ぞや? ということである。
魔力とは、この世界のありとあらゆる生物が体内で生成する不可視のエネルギーのことである。しかし、魔力の有無が身体に影響を与えるかと言われるとそんなことはなく、魔力がなくなっても、だるいくらいで済むようだ。
魔力は生物の体内だけでなく空中にも漂っているらしいが、空中の魔力だけを摂取することは基本的にできないらしい。呼吸で僅かに摂取できているらしいが、大体の場合は体内での生成の方が魔力の回復は早いから気にかけないんだとか。
そんなエネルギーを何に使うかというと、まあ魔法に使うのである。すなわち魔法とは、魔力を変質させて体外に打ち出したものを指すのだ。つまりは実際は魔力でありながら、全く別の性質も併せ持った状態に成る。例えばアネモネさんが起こした雪のつむじ風や、今ラゼが放った水の球は、変質した魔力の塊なのである。
そして、魔法とは似て非なるものが魔撃。
魔撃というのは、魔法の逆、つまり魔力を魔法に変換せずに放出するという攻撃手段である。一般的に、詠唱が足掛かりとなる魔法よりも、魔撃の方が難しいらしい。
そしてここがややこしいところなのだが、長い時を経て『魔法使い』の言葉の意味が変質し、魔法より難易度の高い魔撃を使用できる者のみが『魔法使い』と呼ばれるようになったそうだ。つまり、魔法を使えて魔撃を使えない人は、『魔法を使える人』なのであって、『魔法使い』を名乗るのは恥なのだそうだ。意味が分からん。
逆に言えば、魔法使いを名乗るラゼも当然、魔撃を使えるわけだ。それこそハンターウルフをワンパン出来るほどの。
この魔撃、魔力そのものであるため不可視の攻撃ではあるものの、感知自体はできる。魔撃を使えなくとも、魔力の才能が平均程度にあるものなら誰でも感知することが出来るらしい。
だが、俺みたいに魔力の才能がてんでない奴は、魔撃を感知することはおろか、体内や空中を流れる魔力を感じることもできない。魔法を俺の攻撃手段として取り入れるわけではないが、ぼんやりと魔力を感知できる程度にはなっておいた方が良いというのが、魔法使いラゼ氏の意見だ。
そして、どうやったら感知できるようになるのかというと、とにかく慣れらしい。という訳で俺は、ここ数日間ずっと、目にも見えず感知もできない魔撃に滅多打ちにされている。
体術と違って専門分野だからか、この訓練でのラゼの気合いの入り様ったらない。
『私も予備動作なしに魔力を操る練習になるから、楽しい』
とか無表情のままウキウキで言ってた。予備動作があるとラゼの攻撃パターンを覚えてしまうため、彼女は微動だにせず魔撃を放ってくる。めっちゃ怖い。
魔物の訓練と違って、ラゼ本人の匙加減であるため死の危険がない。逆に言えば、死なない限りは大丈夫ということだ。終わったあとのボロボロさ加減なら、魔撃の訓練は魔物の訓練を凌駕する。
という訳で、今日もまた魔撃にボコボコにされる覚悟を決めていたのだが。
「今日はちょっと違うことをしてみようと思う」
やらへんのかい。
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