第四話 樋上柚月と、左側通行作戦
本編四話目です。
――――目が覚める。
なんだか、これと全く同じの感覚が、直近の記憶にも残ってる。俺はいつ眠った?
一旦、状況を整理しよう。俺は、クラスメイトと異世界召喚され、女神リルティアによって勇者に選ばれたと判明して、でも俺だけ弱くて……。
「あー、『牢獄迷宮』とか言ったか?」
そんな名前のダンジョンに追放されたのだ。どうやら、目が覚めたような感覚になっていたのは、転移中に一瞬気を失っていたかららしい。
そこまで思い出してから改めて周囲を見渡すと、転移する前までいた神殿とは打って変わって、おどろおどろしい雰囲気だ。全体的に石造りの床、壁、天井が、閉塞的な道を作り出していた。所々に赤黒い何かがこびりついていることに嫌悪感を抱く。なんとなく空気が湿っぽいのも相まって、今の俺の境遇を考えなくても気分が落ち込む。少なくとも、学校の制服のままの俺は、相変わらず場違いだ。
明らかに日光の入ることのない造りだが、壁や天井に所々埋まっている謎の鉱石が仄かに光を発しており、不思議と暗すぎる印象はない。
少し歩いてみて分かったことだが、どうやら先々で道が分岐しているらしい。なるほど、まさにその名の通りの迷宮だ。出口があったとしても、開けた視界など望めないここから脱出するのは至難の技だろう。
因みに、行きに使った魔方陣が帰りにも使えるとかいうオチはないらしく、床を見ても何もない。
そして何より、飢えた魔物とかいう危険度不明の存在が蔓延っているのがアウトすぎる。
――――OK。冷静になってきた。
「ふっざけんなああああああああああ!?」
嘘だよ! まるで冷静じゃねえよ!
俺だけ弱いのは置いておくとして、だから追放ってなんだよ! わざわざ手間かけて連れてきたんだったら、そこはなんとか活かせよ! 何が見せしめだよ! クラスメイト全員、俺の処刑完全支援モードだったじゃねえか! 一体これに何の効果が期待できるんだよ!
ともかく、異世界に来て早速目的が出来た。
何がなんでも絶対に生き残って、あのパツキンクソ女神の目の前に戻ってきてやる。
「アネモネさんは、なんであんな女神に仕えてるんだ……」
思い返してみれば、あの人に出会ったことが、この世界に来てから最初にして唯一の、いい出来事だった。あの人、いい人だったな。見た目はほぼミイラそのものだけど。
何はともあれ、この『牢獄迷宮』とやらを脱出しないことには話は始まらない。
確か、迷路は片側の壁に沿って歩き続ければ、いつか出られるとか聞いたことがある。手がかりは何一つないので、それを実践するしかないのだが……。
この迷宮はどれくらいの広さなのだろう?
魔物に出会ったらどうする?
どのくらいの数が住んでいる?
俺、いや、人間と比べて、どれくらい強い?
魔物の出会ってしまったら、自衛出来る?
――――いきて、かえれる?
「ぅ……ぁ」
怒りのほとぼりが覚めたことで俺を襲う、途方もない恐怖と不安感に胸を押さえる。孤独を紛らわせるために、独り言を多くしながら歩き始めた……
その瞬間だった。
ヒタヒタと何かの足音が聞こえた。音の様子から、何かが近付いてきているらしい。何かは分からない。だが、人間のものでないのは、なんとなく分かった。理由は勘。
とはいえ、この迷路のような場所で、隠れられる場所は少ない。仕方なく、近くにあった行き止まりへと続く曲がり角の影に身を隠す。
「何で迷いなくこっちに近付いて来てんだよ……」
と、極限まで殺した声で嘆くが、原因は先程の俺の叫び声である。因果応報で自業自得である。
そして、声を殺したからこそ新たに分かったこともある。
「これ、逆方向からも来てねえか……!?」
耳をすますと、逆方向の道からも微かに同じような足音が聞こえてくる。そして、唸り声のようなものも聞こえてきた。それは、獣でも、人間のものでもないような、不思議な感覚。
「ウ……グァ……」
そして、それは姿を現した。
痩せ細った子供のような体躯。骨格は人間のそれに限りなく近い。
だが、鋭い牙、尖った耳、そしてくすんだ緑色の肌が、それが人間でないことを。そして――――
【レッサーゴブリン Lv.3】
その生物の頭上に不自然に浮かんだ文字が、それが元の世界にいた生物でないことを表していた。
見たことはないが、確信はできる。あれが、魔物と呼ばれる生き物だ。
その手には、木で作られた不格好な棍棒のようなものが握られている。
姿を見た瞬間に悟った。今コイツに見つかったら、間違いなく俺は殺される。未知との遭遇に、ただただ俺は身をすくめて打ち震えるしかなかった。
しかし、その恐怖も、恐らくレッサーゴブリンという種族の魔物が俺に気付かず通りすぎていったことで、少し峠を越える。
「グギャアアァァ!!!」
その時、断末魔のような甲高い声が耳に飛び込んできた。
悲鳴を飲み込みながらも僅かに顔を出して様子を伺うと、双方から近付いてきていた足音の主が、何やら争っている様子だった。
どうやら、もう一方から近付いてきていた足音も、同じくレッサーゴブリンのものだったようだ。そして、同族であるはずのレッサーゴブリンが争い――――食い合っていた。
そう、なんの比喩表現でもなく、直接相手の肉を食いちぎっていたのだ。
冷静に考えたら、ここは飢えた魔物の巣窟。他の生物が常にいるとは限らないし、共食いが起こっても何ら不思議じゃない。
俺はただひたすらに身を隠し、今まさに起こっている闘争が止むのを待った。
●
……それでも何分か待っていると、先ほどまで聞こえていた叫び声が止んでいった。どちらかが勝利して、どちらかが食われたのだろうか。唐突に平和な世界から残酷な弱肉強食な世界へと落とされたのだと、改めて感じて身震いする。
どう転んだのかはともかく、戦闘が終わったのなら、ようやくこの場から移動できるかもしれない。
先程の争いの場をもう一度覗くと、レッサーゴブリンは一体しか残っていなかった。周囲には彼らの血液と、いなくなった方のレッサーゴブリンが持っていた棍棒と思われる木の破片が散らばっている。
「グァァァァ!」
残っていた方のレッサーゴブリンは、闇雲に暴れていた。よく見ると、両目が血にまみれているのが分かる。
血で出来た足跡が奥へと続いていることから、いない方のレッサーゴブリンは、棍棒を壊されたことで勝てないと判断し、なんとか相手の視界を奪ってから逃げた――――とか、そんな感じだろうか。
とにかく、残されたレッサーゴブリンは、視界を奪われた影響か、しばらく動けそうにない。俺にとっては絶好のチャンスだ。
「今のうちに逃げよう……」
レッサーゴブリンに気配を悟られないように、抜き足差し足でその場を後にした。
●
曲がり角に細心の注意を払いつつ、とりあえず左側の壁に沿って歩くことにした。
常に死と隣り合わせであるこの状況に、精神への負担は尋常ではないのが分かる。閉塞感の強い通路と代わり映えのしない景色のせいで、更にストレスで頭がどうにかなりそうなのを、僅かな理性でどうにか押さえている状態だ。
と言うか、何で石造りの迷路から景色が変わらないの? 『牢獄迷宮』の迷宮部分は十分伝わってきたけど、牢獄の方はさっぱりなんだけど。それらしき檻なんかは、全然見当たらねえんだけど。
それに、先程までなんとか無視していたが、極度の緊張からか、喉の乾きが深刻である。そもそも既に全身が疲弊している上に、精神が擦り切れそうになっている今、俺はほぼ満身創痍と言ってもいい。
このままでは、女神は愚か、お天道様も臨むことなくお陀仏だ。それはどうにかして避けなければならない。
「ともかく、何か進展が欲しい……」
せめて、このまま心が折れる前に、絶望的状況を少しでも覆す何かがなければ、冗談抜きで死ぬ。俺のメンタルヘルスを考慮しても、空気と水の次くらいには必要である。ただでさえ、さっきから無駄に独り言を増やして精神の安定を図ってるくらいなのに。
だが、その思いが通じたのか、目前の曲がり角に、それを見つけた。
その空間からは複数の音が聞こえてくるので、何かあるとは思っていたが、そっと覗いてみると、想像以上に広い空間だったようだ。
その空間の中央には、巨大な樹木が三本ほど生えており、それが重なることで、天井まで伸びる巨大な柱を形成していた。そして、その樹木の虚には、既視感のある緑色の生物が群生していた。
「アイツらの巣……」
先程まで近くで観察していたレッサーゴブリンが、そこで生活しているようだ。
よく考えたら、この迷路に植物は見当たらなかったが、レッサーゴブリンが木の棍棒を持っているのだから、樹木があって当然だろう。まさかここまで巨大とは思わなかったが。
その樹木の根元付近で、レッサーゴブリンの集まりが火を囲み、草食動物のような謎の生物を丸焼きにして喰らっていた。
――――だが、そこまで観察して、とある点に気付く。
「レッサーゴブリン……とは、微妙に違う種族なのか?」
緑色の魔物と思われる生き物をじっと見ると、頭上に文字が浮かび上がる。
【ゴブリン Lv.17】
先程はレッサーゴブリンが恐ろしすぎてそれどころじゃなかったから気にも留めていなかったが、何やら頭上に浮かび上がる文字がある。例えば、アネモネさんやクラスメイト、憎き女神を見ても、こんなことは起こらなかった。つまり、魔物を注視すると、名前とレベルが判明するらしい。推測の域を出ないが、恐らくそういうシステムなのだろう。
まあ、そのシステムをありがたく使って確認してみたところ、巨大樹木に巣くうほとんどの魔物がゴブリンであるらしかった。所々に、ゴブリンメイジやらゴブリンウォーリアーやら、なんかヤバそうな名前の魔物はいるが、俺がさっき遭遇しかかったレッサーゴブリンは見当たらない。
レッサーと言うくらいなのだから、普通のゴブリンよりは、体格とか能力とかにおいて劣るのだろう。道理で、出会ったレッサーゴブリンよりも、ほぼ全てのゴブリンの方がレベルが高いわけだ。
……。
「いやレベルってなんだよ……!?」
ようやく脳がツッコむべき情報を処理する。
どの魔物を見ても、名前の隣には、ゲームよろしくレベルが数値化されて存在していた。
……そこまで認識すると、俺はついに、追放前には全力で避けていた事項を思い出した。
まずはそれを確認するために、再び指をお決まりの忍者ポーズにして強く念じる。すると、やはり俺の眼前には、あの時と同じように、ステータスとやらが表示された。
そして、その一番上、表示されている俺の名前と、その隣に目を向ける。
【ユヅキ・ヒガミ Lv.1(初期Lv.1)】
あったわー。レベルって概念、俺自身にも超あったわー。
異世界ってゲームみたいなシステムが満載なんだな。意味が分からないけど、そういうものだと無理やり理解することにした。
当然のように、俺のレベルは1である。初期値らしい。むしろ違う場合の方が違和感があるが。クラスメイトたちは、初期値の時点で既にレベルが2以上だったのだろうか。
しかし、ここまでゲームのようなシステムで固められているということは、悪いことばかりではない。
「ここまでゲームなら、レベルアップ的なのもあるだろ……!?」
RPGなら絶対にあるであろう概念に、俺は一縷の希望を見出だす。そして、ステータスを探していると……。
【経験値:次のLvまで、残り30】
そのような記述を見つけた。
どうやら、本当にレベルアップというものもあるらしい。恐らく魔物を倒すと経験値が手に入るとかそういうアレなのだろう。
もし俺が魔物を倒してレベルアップして、ステータスが強化されたりしたら、この牢獄迷宮からの脱出という不可能としか思えない案件も、達成できるかもしれない。
吹っ切れてから、この異世界に対する自分の理解速度が速まっているのを感じる。
……あれ? ということは、さっき盲目のレッサーゴブリンが取り残されている状態って、実は俺が思っていた以上にとんでもないチャンスだったのでは?
まあ、過ぎたことを悔やんでもしょうがない。あの時は、魔物を倒すなんてことは発想になかったのだ。
希望の光が差したところで、次に行動すべきことが分かった。
「よし、とりあえず引き返そう」
そうは言っても、レベル1の俺が、レベル二桁の魔物の集団を相手取るとか、普通に死しか待ってない。この通路を通りすぎることも危険すぎるし、この場から一刻も早く離れるのが最優先事項だろう。むしろ今まで何をダラダラやっていたんだ俺は。
というわけで、左側通行作戦は実行しつつ、この場から引き返すことにした。
体力の限界が如実に近付いてきているので、ここからは出来るだけ安全に休める場所を探すことを第一目標としよう。そして休めたら、次は安全に倒せる弱い魔物を探してみよう。
レベル1の俺が安全に倒せる魔物に出会えるチャンスがもう一度転がっているのかって問題は残っているのだが、今は考えないことにした。
●
どのような状況にあろうと、少しでも希望が手に入ってしまえば、油断は生まれてくるものだなと思う。
俺も少しの希望を手にしたことで、自分では認識できないほど僅かに気が緩んでしまったのだろう。
だからそれに、ギリギリまで気付くことが出来なかった。
ゴブリンの巣から引き返しつつも新たな道を進み、とあるTの字の分かれ道に辿り着いた。直進する道と、左に曲がる道。
俺は変わらず、死角となる曲がり角を警戒していた。少しだけ顔を覗かせ、曲がり角の先の様子を確認する。そして、何もないのを確認すると、俺は左側通行作戦に則り、通路を左折しようとした――――その瞬間まで、気付けなかった。
「ギャッハァ!」
「……え」
直進方向から目を光らせながら迫り、まさに俺に向かって棍棒を振りかぶる、レッサーゴブリンの存在に、俺は気付けなかった。
因みに主人公は、大して頭が良いわけではありません。
少なくとも、『左側通行作戦ってスタート地点から使うから効力を発揮するのであって、途中から使っても意味ないよね』ってことに気付けないくらいにはアホです。
次話はまただいたい一時間後です。
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