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第十七話 ユズと、一巡目


おかしい……当初の予定ではここまで形容し難い奴ではなかったはず……

これが、『キャラが勝手に動いた』ってやつか!


いや、だから普通にキャラが固まってなかっただけでは? ボブは訝しんだ


 

 シハロの魚を追っていたら、なんか『絶体絶命』を絵にかいたような惨状に出くわした。


 とんでもない悲鳴が何回も聞こえてきたから流石にヤバいってことでアマハを一旦置いて全速力で走ってきてみれば、なんかフラメリだかの腕は紫色の稲妻でバチバチしているし、へたり込んでいる菊池は傷が浅い割に号泣しているし、一体何がどうなってやがるんだ。

 ともかく、どうやら非常にピンチで土壇場な状況に駆けつけることができたのは分かった。マジで良かった。俺の全速力が功を奏した。


 そう思ったのも束の間、フラメリが腕の電撃を菊池に放った。ヤベえ、何かは分からんが、人体に良いものではなさそうだ。

 ついでに菊地に助けを求められたので応えつつ電撃をキャッチ。あれ、なんかこんな状況、結構前にもあったな。


 という訳で今に至るのだが、マジで手の中のコレは何? バチバチ鳴っている割に掌は痛くも痒くもないし、でも震えながら菊池の方へと向かっているんだよな。


「呪いを直接掴むとか聞いたことねえ。テメエ、何モンだよ……」

「俺? 俺はユズ。この方とは姉御と呼んで呼ばれる関係」


 フラメリの問いに、後ろの菊池を手で示しながら答える。なんかガオウ戦の疲労のせいで適当に喋ってないか、俺よ。


 というか呪いか。言われてみれば、事前に悪魔2体は呪術を使ってくるって聞かされたな。

 勝手なイメージだが、呪いは触れた者に状態異常(デバフ)をかけるってものだと思っていたのだが、じゃあしっかり掴んでいる俺が今呪われていないのは何でだ?


「呪術を扱う魔物の中でも特に扱いに長けた魔物は、呪い自体が意思を持つといいます」

「おっ、アマハ」


 少し遅れて登場したアマハが俺の疑問に答え…………ちょっと待て。今、呪いに意思っつったか?


「元より呪いとは、魔物の強い感情から成る現象です。その扱いに長けた魔物の呪術は、只の現象に止まらず、人格の複製に近しいものになっているといいます」

「はーん。よく分かんねーけど、要するにこの呪い自体に意識があるから、俺に目もくれず菊池に一直線ってわけだな?」

「恐らくは。しかし、炎魔姫フラメリがそれほどまでに呪術に長けているとは聞いたことが…………」

「……あーね?」


 フラメリの固有スキルについては聞かされている。確か名は『呪庫(パンドラボックス)』。他の魔物が用いた呪いをストックすることができる代物だ。

 フラメリが呪いに意思を持たせることができないんだとしたら、今俺の手にある呪いは、固有スキルでストックした別の魔物由来だ。恐らく俺の記憶を解析しているアマハも、このことについては知っているだろう。つまりガオウにソウさんの存在がバレかけたような事故を防ぐために、わざとその辺りをぼかして話してるんだな。あ、でも解析って中断していたんだっけ? もう知らんわ、どうでもいい。


 要するに、俺はこの呪いを手放せなくなってしまったということだ。どうしようか。俺の手をぐるぐる巻きにして開けなくするってのもアリだが、利き手で掴んじゃったんだよな……流石に不便だ。


 …………ダメだ、ガオウとの戦いで疲れが溜まっているのか、段々思考がバカになっている気がする。最善の選択を出来る気がしない。


「何だか分からねえが、片手を封じられたんなら万々歳だ。テメエ諸共焼いてやる」


 フラメリが、こちらへと攻撃する思考へと切り替わっている。

 そうだ。俺がいくらバカになろうとも、状況というものは常に変化している。最善の選択が分からない、などと判断を鈍らせていい理由にはならない。手を打とうがどうにもならないことはある。だが、手は打たねばもっとどうにもならないのだ。脳が動かないせいで当たり前のことしか考えられない。


 俺はゆっくりと振り返り、泣き腫らした目でこちらを呆然と見ていた菊池と目が合った。


「…………ぁ」

「やっぱ、そうだよな」


 菊池を、呪わせるわけにはいかない。


 あれだよ、こういうときこそ逆転の発想ってやつだ。

 俺が手を開いたら、菊池が呪われる。その前提から疑ってかかってやろうぜ。


「アマハ」

「はい」

「もしかしたら、ややこしいことになるかも。ごめんね」

「はい?」


 アマハが聞き返すより前に、俺は手を開き――――掌を、首に押し当てる。

 それに伴い、掌の呪いも、俺の首に押し当てられた。


「はぁ!?」

「誰だか知らねえけど、呪うなら俺にしとけよ」


 フラメリの素っ頓狂な声が、聞こえた気がした。

 俺の掌と首に挟み込まれた呪いが、俺から逃れようと暴れまわる。だが、物理的な干渉能力などほとんどない呪いが、俺の固有スキルに阻まれれば、逃れることなどほぼ不可能だ。


「俺で満足しとけって。な?」


 その言葉に呼応したのか、やがて沈静化するかのようにゆっくりと激しさが陰り、最後には弾ける感覚も失われた。

 その感覚を確認して、そっと首から手を離せば、いつの間にか呪いは姿を消している。


「…………よし、解決!」

「待ちやがれァ!」


 フラメリの激しい火炎(ツッコミ)が俺を襲う。


「危ねえ! 何すんじゃオラァ!」

「何でテメエが呪われてんだよ! そこの女を標的にしていたのに!」

「お前の分身みてーなもんだろうが、お前が知らずに俺が知るかよ」


 いやー、『呪いに意思があるらしいし説得とかもできるんじゃないか作戦』、よく分かんないけど成功しましたね! 間違いなく負けの目の方がデカかったけど、やはり俺は本番に強い男。こういう時に外さない。

 おまけに、この呪いがフラメリ由来だと俺が思い込んでいるというアピールを含めたアドリブの言葉。さっきから我ながらバカになっていると思っていたが、今の俺はどうやら冴えているようだ。


「クソッ! 感情を増幅させりゃ、そこの女を更に恐怖のどん底に叩き落せたってのによ! 邪魔しやがって!」


 俺の言動を確認すると、フラメリは心底悔しそうな顔をする。実際、俺とアマハが立ち塞がったことにより、フラメリが菊池へと害を及ぼすことは難しくなった。

 それもこれも、菊池を泣かせた意趣返しだと思ってもらおう。いい気味だ。


 疲れた脳に、策が嵌まった全能感が染み渡り、俺は高笑いする。


「フハハハハぁ! お前の企みなど、全て俺が跳ね除け…………」


 …………。


 …………え?


「――――感情の、増幅?」


 落ち着け、クールダウンだ。よく考えろ。

 まず、感情の増幅ってのは、どういう意図で出てきた言葉だ? 文脈から察するに、さっきの呪いのことを指しているのだろう。

 恐らくフラメリ由来ではないこの呪いが、どの魔物から生まれたものなのかは知らないが、ともかくさっきの呪いは『感情増幅の呪い』的なものだったのだろう。

 じゃあ、その呪いってのは、誰が受けたんだ? 答えは(ユズ)だ。呪いへの説得が成功して、万事解決しました感を醸し出していたが、よくよく考えたら菊池が呪われるところを俺が身代わりになっただけだから、全体で見れば何も解決していない。

 じゃあ俺が呪われたとしたら、俺の感情の増幅されるのだとしたら。一体どの感情が、一番増幅されるんでしょうか?


 ヒントは不完全燃焼。

 牢獄迷宮を脱出して以来、本気の殺し合いがなかなか出来なくて、今回の襲撃でも相手を殺せない前提で、加えて向こうも舐めプしていて、やっとエンジンが温まってきたと思ったら中断させられて。そりゃ、今は相手を殺したくないってラゼの意見には全面的に同意する。アマハの中断もファインプレーだ。

 ただ、俺の一面からすれば、ずーっとお預けを食らっているようなものなわけで。


「ヒュ、ハ、ハ」


 首の辺りに違和感がある。今にも堰が切れそうな感覚が、脳を支配する。

 これは非常にマズい。何か、今押すべきではないスイッチが押されかかっているかのような、そんな危うい気配を感じる。

 自分自身に言うのもどうかと思うが、どうにか刺激しないようにしないと…………


「こうなりゃ、もう難しいことは考えねえ。そいつもテメエも、まとめて焼き殺してやるよ!」


 あっ待ってフラメリ今その言葉と殺意はマジでヤ


 ●


 アマハは見た。

 主の首から、赤黒い雷のようなオーラが迸り、天へと昇るのを。


「ヒュハハハハハハ」


 菊池は見た。

 ユズが地を蹴り、消えるかの如き速度で動き、フラメリに迫るのを。


「ヒュハハハハハハハハハハ!」


 フラメリは見た。

 目を見開き、口にはち切れんばかりの笑みを浮かべ、狂ったような笑い声をあげながら、自分の命を脅かさんと迫る、化け物(ユズ)の姿を。


「ヒュハハハハハハハハハハハハハハハァッ!」

「お、ごェっ?」


 ユズの渾身の拳が、フラメリの胴に叩き込まれる。同時に、困惑と血反吐が、フラメリの口から溢れた。

 だがユズは止まらない。


「ヒュハハアハァアッハハハアハ殺゛殺゛殺゛ろ゛ろ゛ろ゛ろ゛ォ――――!」

「ヒッ!?」


 タガが外れたかのようなユズの狂笑に、フラメリはようやく自らが死に瀕していることに気付いた。

 先程とは真逆に、自分が恐怖を植え付けられる側に回ったことも。


 フラメリの頭部に蹴りが炸裂し、軽い体が横薙ぎに吹き飛ぶ。勢いのままフラメリの体は地面を転がり、木にぶつかって停止する。

 しかし追撃は未だ止まない。目を開けたフラメリの視界に化け物が映る。


 悪鬼羅刹のような笑顔。どこか焦点の合っていない目に、タガが外れたような笑い声。そして、その首には、赤黒い雷がまるでマフラーのように巻き付き、たなびいている。

 悪魔は理解する。あれこそが、ジェスター(・・・・・)の呪術によって具現化した、増幅されたユズの感情そのものなのだと。そもそも菊池に放った呪術で菊池以外が呪われること自体が想定外ではあるのだが、それはそれとして、呪いの種類と呪った対象が最悪の噛み合わせをしてしまったのだと、フラメリは察する。


「ヒュハハハアァ!」

「ひぁっ!?」


 辛うじて回避したフラメリが1秒前までいた場所、その木の幹に、突撃したユズの前蹴りが突き刺さる。

 逃げるフラメリを目で追い、自身も追いかけようとしたユズだが、頭上でぐらりと影が揺れ動くのを見上げた。


「ヒュハ、ァ?」


 今しがた蹴り抜いた木が、ゆっくりと傾きながら倒れる。まるで命を奪った本人に報復するように、ユズに向かって。


「ハァ、ハァ、う……」


 轟く落下音と、舞う土煙を振り返り、フラメリは逃げ続ける。

 恐怖の対象がそう易々と死ぬとは思えない。だが、今の倒木で時間が稼げたのも事実だ。フラメリは後ろを振り返ることなく全速力で逃げ続ける。

 その光景に、既視感を覚える暇もないまま。


 まるで意趣返しのように、数十秒が経過して。

 安全を確認しようと振り返ったフラメリの眼前に、回転する樹木が迫った。


「――――ぇ?」


 状況が理解できず漏れ出した声を最後に、ユズが投擲した樹木の落下にフラメリが巻き込まれる。

 圧倒的な質量が重力加速度を伴って、フラメリの体を圧し潰さんとする。


「うぎ、ぇ……っ『メラル・トレジア』!」


 無論、普通の人間であればよくて重症、命が助からないことも多いだろう。

 だが、幸いにして魔物、しかも魔王の幹部として力を振るうフラメリは、この程度では死なないし、重傷を負うこともない。

 覆いかぶさる樹木を炭になるまで焼き尽くし、破壊して脱出する。


 だが、足が動かない。


()ぅ……ぁ」


 重症には至らないものの、力が集中した体の一部を破壊することくらいなら可能だ。

 それがフラメリの足だったことは偶然だ。ユズは移動能力を奪うことが目的で投擲したわけではない。だが残酷なまでに今のフラメリは、歩行能力を失っていた。


 即ち、


「よぉ」


 ユズに追いつかれたフラメリの体が持ち上がる。

 片手で首を絞められ、持ち上げられた体に、徐々に空気が送り込まれなくなる。


「ヒュハハハハ、幹部ってのは、こんなもんじゃねえだろ? もっと楽しくやろうぜ? なあ!」

「……ぁ、があぁぁぁぁぁぁあッ!」


 皮肉にも、恐怖を与えた張本人でもあるユズの言葉に、フラメリは恐怖以外の感情を取り戻した。その叫びの源流は、魔王軍幹部としての意地だった。

 菊池と同じ状況ではあっても、菊池と同じ感情ではいられない。たとえ自分の命を脅かす恐ろしい相手であろうと、命が惜しくて逃げ出したくても、それでも生きるために相手を殺さなければならない。

 ――――魔王シュカを、勝者にするために。


 満足に酸素の行き渡らない体を活動させ、心臓を狙った致命の一撃を放つ。


「――――ヒュ、ラァ!」


 瞬間、ユズは目を丸くし、首から手を放してその一撃を回避する。そして、フラメリへのカウンターに、渾身の蹴りを叩き込んだ。

 フラメリの体は木々を粉砕して吹き飛び、地面に跡を残しながら止まる。


「クソが……」


 呼吸が荒くなる。相手を殺しうる一撃を回避されてしまった絶望に飲まれないように、フラメリは強く唇を噛んだ。

 吹き飛ばされたフラメリは、歩み寄るユズを睨む。


 そして、ユズは。


「ヒュハハハハハハ! すげえ! すげえなあ、オイ! やっぱ魔王軍幹部ってすげえんだなあ! あのまま殴り合うつもりだったんだけどさあ、マジで殺意感じて離しちまった!」

「…………は?」

「そうだよな! こうでなくっちゃならねーんだ! 一撃一撃が致命傷になるかもしれねえのが本来の殺し合いだ! なのにわざわざ近距離で殴り合って命の危機を演出するなんて偽物でしかない! 殺し合いに対する真剣さ、真摯さ。美学っつーのが、俺には足りてなかった!」


 美学と。

 自分が死に瀕して放った一撃から、目の前の存在は『美学』を学び取ったのだと。そう言ったのだ。


 狂笑が、止まない。言葉を話しているのに、笑い声をあげているわけではないのに、耳にこびりついて離れない。


「もっと()ろう! どんどん戦ろう! 今のお前が掴み取ったのは、諦めの中でも発芽した、生きたいと願う気持ち! 魂の一番綺麗な輝きなんだ! 大事に守ろう、大事に散らそう。俺もお前も、もっと強く、楽しくなれる!」

「ば、化け物……」


 命の危機に瀕しているのは、今に始まったことではない。先程までの方が、直接的な暴力に怯えていた。だが今の方が、恐怖感は断然強い。


 目の前の存在が、決して相容れない怪物に見えてならない。

 呪いによる感情の増幅など、きっかけに過ぎない。心の奥底に、確かにこんな感情が蠢いていたことが怖い。

 呪われる前は、普通の少年に見えた。今だって、言葉は通じている。

 なのに、その在り方が、絶望的に通じない。


 ユズよりも強い敵は、いくらでもいた。殺されかけたことだって、今が初めてじゃない。でも、誰よりも、何よりも、目の前の少年が恐ろしい。

 決定的に何かが欠けていて、何かが壊れていて、何かが狂っている、目の前の少年が恐ろしい。

 触れられるのも、声を聞くのも、視界に入るのも、思い出されるのも、何もかもが恐ろしくて堪らない。


 何よりも、そんな化け物に共感されているらしいことが、とてつもなく気持ち悪い。


 狂笑が、止まない。狂笑が、止まない。狂笑が、止まない――――。


「ヒュハハハハハ、もう一回、戦ってみようぜ? 戦っていくうちに、慣れていくもんだからさ」


 ユズが拳を振り上げるのを見て、思わずフラメリは目を閉じた。

 腕を動かした空気の揺らめきでさえ、フラメリには悍ましくてたまらない。ユズという情報を取得する、五感のすべてを消し去りたい。

 しかし、それは叶わない。


「殺し合おうぜ――――フラメリ」

「い、や」


 化け物の声で紡がれた自身の名が、耳朶に触れる。

 埒外の存在による恐怖が体を硬直させ、フラメリは完全に逃げ場を失った。


 直視するのも恐ろしいが、目を閉じるのも恐ろしい。

 だからフラメリは、自身の命を消し飛ばさんとするユズの拳が振るわれるのを、じっと、見て――――











「――――ユズ!」



 ●


 ――――目が覚める(・・・・・)

 この表現は正確ではない。現に俺は今の今まで、一度も意識を失っていなかった。だが、正気は失っていたらしい。そういう意味で、俺は覚醒した。


「…………っ!」


 振り上げた拳を、フラメリの眼前で何とか止める。

 フラメリは何が起こっておるのか分からず呆然としているが、それでもまだ、俺への恐怖の色は消えていない。


 ふと横を見ると、アマハに抱えられた菊池が、必死の形相でこちらを見ていた。

 俺としたことが、完全に殺意に飲まれていた。普段なら、殺意を感じながらもラゼのことを考えていられたのだが、脳内が殺意一色になっていた。

 もし、たった今菊池に呼びかけられなかったら、たぶん俺は今頃、ラゼの信頼を裏切ることになっていただろう。


「ふんッ!」

「ひっ!?」


 フラメリの背後にあった木の幹に頭突きを叩き込む。乾いた音を鳴らしながら幹が破壊され、ゆっくりと傾き、土煙を巻き上げて倒壊していく。

 俺の額からも血が流れるが、おかげで少し冷静になれた。


「フラメリ」

「…………っひ」

「俺が正気なうちに、とっとと退け」


 多少は冷静になれたが、脳内では今もまだ衝動が渦巻いている。今の俺はかなり危険だ。なんか首から出てる赤黒バチバチマフラー、全然引っ込まねえし。

 それもこれも大元はこいつのせいだから自業自得と言えなくもないのだが、殺さないで済ますことができるのなら、殺さないでおくべきだ。


「二度は言わん。逃げねえってんなら……次は止めねえぞ」

「ぅ、あ…………」


 だが、フラメリは動かない。

 それは、俺への反抗の意志ではない。ユズという情報すべてが恐ろしいようだ。俺の言葉の意味を理解出来ているかも怪しいし、よしんば理解出来ていたとしても、俺の甘言を信用するのも恐ろしいのだろう。


 それを見て、俺はフラメリに背を向け、アマハと菊池の下へと歩いた。


「……いいのですか?」

「ヒュハハ、しゃーねーだろ。どのみちもう戦えねえ」


 魔物限定メンタリズムはいつでも絶好調だ。この心理把握が人間相手だと、てんで働かないんだから不思議だよね。

 確固たる自信をもって言ったが、アマハの論点とは違っていたらしい。


「いえ、捕獲できるのではないかと」

「あー……」



 確かに、俺たちの目標の最大値としてはそうだ。

 ガオウの時と似たような状況ではあるが、銃を使って相打ちに持ち込まれかねなかったあの時とは違う。今は恐らくほぼ確実に、フラメリを捕獲することは可能だろう。


 だが。


「さすがに心壊して捕獲ってのは、ラゼも喜ばねえ」


 ラゼは、本人の意思を重んじる。牢獄迷宮に飛ばされた時でさえ、そうだったのだから。

 意思を土台から破壊してしまっては、ラゼの理想には近付けない。


「つーわけで放っておく。アマハは、そのまま姉御を安全なところへ」

主様(マスター)は、どうなさるのですか?」

「変わんねえよ。皆を手助けして回る」

「「え?」」


 アマハと菊池の困惑がユニゾンを起こす。

 困惑する気持ちも分からないでもないが、そうしなきゃいけない理由もいくつかあるのだ。


「主様は今、呪われて……」

「そう、だからこそだよ」


 アマハの言葉を遮り、指を差す。そして、続けざまに俺の首から垂れ下がる雷電のような赤黒いマフラーを指差した。


「これ見てみ?」

「ですから呪いの……いや、小さくなっている?」

「そ。実際俺も、呪われ始めほどの衝動はねえ。逆に言えば、まだ殺し合いの衝動は残っている」


 俺も殺意がキマっていた状態の記憶は曖昧だが、そのときのマフラーの大きさはもっと大きかったはずだ。これに相関性がないとは考えにくいだろう。

 理解できているかは微妙な菊池はさておき、アマハは意図を察したらしい。


「つまり、各所の戦闘に乱入することで感情を発散させ、呪いを抑え込むわけですね」

「話が早くて助かるぜ」

「しかし、呪われた状態で戦闘に参加してしまえば、今度こそ相手を殺しかねないのでは?」

「んぐ……じゃあ、俺は極力、他の人のサポートに徹する。それなら相手を殺す心配はねえ」

「しかし、それでは殺し合いに参加できない不満が溜まって呪いが悪化しかねないのでは?」

「自分で言うなって話かもだけど、俺ってマジで面倒くせえな!」


 普段なら自分の殺意を律することなど造作もないが、呪いによる感情の増幅という不確定要素が入っているせいで、自分がどこまでなら暴れていいのか自分でも予想がつかない。


「つっても、どこかで割り切らなきゃなんねえだろ。ぶっちゃけ戦線離脱するには元気だし。最悪、魔撃で気絶でもさせてくれりゃ解決する話なんだからさ」

「主様自身の気絶慣れを過信しすぎでは!?」


 人に創られた魔物とは思えない、切れのいいツッコミが返ってきた。まあこの世界の生き物全て、人に創られたみたいなものだし今更か。

 とにかく、ここで話を続けていても、状況は進展しない。俺の中で『今戦線離脱する』という選択肢がない以上、どちらかを選ばなければならないのだ。


「そういうことだから、俺は行く。アマハ、姉御を頼むぞ」

「――――承知致しました」

「……待っ、」


 背を向け、走りだそうとした俺に、黙っていた菊池が呼びかける。

 その声に振り返ると、菊池は自分でも感情の整理が追い付いていないかのように、たどたどしく引き留めた。


「やっぱり、ダメ。行かないで。それは、ダメだって分かった(・・・・・・・・・)から」

「……大丈夫だって。殺さねえし、殺されもしねえよ。行ってくる」


 俺のことを心配してくれているらしいのはありがたいが、そうも言っていられないのだ。

 ならばせめて、菊池の不安を的中させないように、生きて生かして、呪いも抑えて帰ることで、俺の本気を証明するしかない。


 そうして、俺は走りだした。


 ●


 ――――あれ? そういや、ここに来るまで先導してくれていたシハロの魚、どこにもいないんだけど、どこに行ったんだ?

 まあいいか。ざっくり殺意感じる方向を探していけば。

 俺の中の殺意が増幅されているせいで、どうやらいつもより殺意レーダーの精度が高い。遠方の殺意でも鮮明に感じる。なんか怪我の功名みたいで、腹立ってきたな。



⭐︎ジェスター

文脈から分かるとは思うが、『感情増幅の呪い』を持つ魔物。現状名前だけ判明している。いやー、なんでユズの説得に応じて標的を変えたんだろうなー。不思議だなー。


Q. 主人公とはいえ、いきなり魔王軍幹部二人抜きはインフレさせ過ぎでは?

A. 言うて舐めプしまくりですよあのお二方。

・ガオウ

初めから銃使ってたら余裕勝ちしてた

・フラメリ

変に姉御をイジめてなかったらユズが謎強化されることもなかった。遠くから魔撃でも撃ってれば勝てる




ここから少々リアルで真面目な話を。

向こう三ヶ月ほど、作者の実生活が非常に忙しくなるため、拙作を投稿できなくなる可能性が高いです。

流石に十の戦巡り編の一巡目でいきなりエタるような不義理な真似は決してしませんが、証持ち色違い三つ節ノココッチ級のレアリティの、拙作の読者の皆様には、ご迷惑をお掛けする形となります。

八月か九月くらいにはなんとか次話を投稿できるように頑張りますので、どうかお待ちいただければ幸いです。

どうぞよしなに。


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