第十二話 ユズと、昨日の敵
【速報】主人公ユズ君、524日ぶりの本編登場
楽しいことは短く、辛いことや苦しいこと、つまらないことは長く感じる。誰にでもあることだと思う。
勿論俺にも覚えがあることだが、この世界に来てからは逆の感覚も味わうようになってきた。
殺し合いの場では、俺の内側はアドレナリンで溢れ、ゾーンのような状態になる。すると、戦闘中の体感時間が長く感じるのだ。十数分もの間戦っていたと思っていたら、実際は数十秒だった、みたいなことは割と頻繁にあった。
何が言いたいかというと、なんか戦い始めてから一年半くらい経っているような気がする。
「オラァ!」
「しェァ!」
裂帛の気合と共に拳と拳が交差し、互いに浅いダメージを与える。
俺が今まで何度も戦ってきた中で、俺にとって分水嶺とも呼べる大きな戦いは3つあった。
1つ目はレッサーゴブリン戦。正直戦闘スタイルも何もない、戦いというより喰い合いと呼ぶ方が正しい何かだった気がするが、それでも俺の第一の転機であったことは疑いようもない。
2つ目はフォールンセイント戦。思い返せば、武器を持つ相手と戦ったのは、あれが初めてだったのだ。ゴブリンウォーリアーを武器持ちなどと形容するのは烏滸がましい気がするし、その捉え方で間違いないだろう。そして、初めて『戦士』と殺し合いをしたのも、この時だ。
最後はもちろんティザプター戦。ぶっちゃけ記憶はほとんどないが、聞いた限りでは多分人生で一番死が近付いたのはこの時だし、一番俺の深層が現れたのもこの時だったのだと思う。だがそれとは別に、自分よりも圧倒的に体格差がある相手に対してどうやって立ち向かうかという点において、結構貴重な体験をしたのだ。
では、たった今目の前にいる【闘鬼王ガオウ】はどうか。
「ぶっ、潰、れろぉ!」
「はい、次、ここ、だぁ!」
ガオウの拳を必要最低限の動きでかわし、最後の大振りに対してカウンターを叩き込むが、反射神経のみで回避される。
一度距離をとるガオウに追撃を叩き込もうとするが、予期していたかのように蹴りを合わせられる。腕での防御で衝撃を殺し、改めてガオウと距離をつくる。
決定的なダメージを与えることに難儀している。だが、それは逆も然りだ。今までの戦いなら、早々に片腕片足が使い物にならなくなってもおかしくなかった。相手が圧倒的格上で、四肢を多少犠牲にしなければ、勝利をもぎ取ることなどできなかったのだ。
しかし、今回もまた俺が格下のはずなのに、なかなかどうして戦いにはなっている。
「ははは、戦りやすいなあ……」
思わず口から現時点での総評が漏れ出す。
ソウさんからの情報で、俺と一番相性がいいのはガオウだというのは分かっていた。
そりゃあそうだろう。今までの戦いとは違い、体格差も少なく、戦闘スタイルも似通っている。他の魔王連合の連中はどいつもこいつも中~遠距離攻撃の術を持っている中で、生粋のインファイターはガオウだけだ。そりゃ俺が戦いやすいわけだ。
……じゃあいいじゃないかって? アホ言え。俺が相性いいと感じているってことは、ガオウも相性いいと感じているってことじゃねーか。
「俺好みの闘争だッ!」
「クソ迷惑!」
レベル差というこの世界の法則における絶対的な戦力差が横たわっている上に、アドバンテージも同等なのが現状だ。端的に言うなら、今のままでは絶対に勝てない。今でこそ拮抗しているかのようだが、このまま戦闘を続けたら、間違いなく俺の方が果てる。
――――ヴィランと対峙した時点で、薄々感づいてはいたが。
攻勢に出たガオウの足が空を切り裂く。バックステップでズレた眼前を、ガオウの回し蹴りが通過する。だが、回避は織り込み済みだったのかガオウの回転の勢いは止まらず、そのまま踏み込み、後ろ回し蹴りへと移行した。
危なっかしくもなんとか蹴りをいなし、反撃に移ろうとするも、
「甘えっ!」
「は!? 何し……危なあ!?」
反撃を無理やり回避される。いや、それ自体はいい。よくないけどいい。コイツ今、後ろ回し蹴りの途中で逆回転しなかったか?
一瞬過ぎて理解が及ばなかったが、後ろ回し蹴りを回避した瞬間ガオウが逆回転して回避するとともに、そのまま1回転して繰り出すローキックで俺の体幹を崩した。
まったく意味の分からない挙動に面食らったが、俺だって伊達に実戦経験を積んできたわけじゃない。
「甘えのはテメエだよ!」
「お?」
俺の固有スキルを以てすれば、転倒という概念からはほど遠くなる。空中を掴むことですぐさま体勢を立て直し、反撃へと繋げようとするも、ガオウは後ろへと飛んで距離をとった。
「へぇ……それがお前の固有スキルかよ」
「一発でバレたし」
あっさりと看破され、俺の頬を冷や汗が伝う。俺の中の焦りが、如実に出ているかのようだ。
そして、俺を焦らせるもう一つの要因は、さっきからずっと似たような展開ばかりの膠着した戦闘。俺がカウンターを狙い、ガオウが距離をとる。ひたすらそれの繰り返し。
正確に言うなら、その膠着を作り出しているガオウの性質だ。
段々と腹が立ってきた俺は、少しの距離を挟み対面するガオウへと叫ぶ。
「つーかお前、その感じで無駄に退き際上手いの何なんだよ!」
「うるっせぇー! 慎重で何が悪い! こっちは生涯無敗じゃねえと気が済まねーんだ!」
怒鳴ったテンションと同じ声量で怒鳴り返してくる。
そう、言動から脳筋一直線なタイプかと思っていたが、意外と戦闘でのガオウの立ち回りは冷静だ。すべての攻撃に対してカウンターを警戒して、反撃を食らいそうになったらきちんと距離をとっている。
戦闘の駆け引きも上手いし、ちゃんと頭も回るタイプだ。
「っはー、ムカつくわー……」
俺がガオウに勝てない理由は大きく分けて4つ。1つ目は地力の差。2つ目は相性の良さ。そして3つ目がこの冷静さだ。少なくとも、俺が持っていない視点を、ガオウは持ってる。俺やニンカが大して脳みそ働かせてないことがバレるじゃねーかよ。
しょうがない。いつ切るか迷っていたカードだが、今切るとしよう。
「……?」
ガオウが一瞬訝しげな顔をする。そりゃそうだろう。堂々と俺がステータスウィンドウを操作し始めたのだから。
戦闘中のステータスウィンドウの操作は、大きな隙だ。目視で操作する場合はもちろんのこと、ノールックで操作するにしろ片手が塞がる。突発的な戦闘でもない限り、事前に必要なものはインベントリから出しておくのが最善。
牢獄迷宮で一度、ノールック片手操作をやったことがあるが、あれは『戦闘中にインベントリにしまったものを再び取り出す』という作業であるからやむを得なかっただけだ。そもそもあの時は、回避に専念していればよかったのと、割と死の淵でアドレナリンがドバドバだったからできた芸当。今は再現できない。
江口とかいう無駄に器用な変態星人は、相手と会話して気をそらしつつ背後でステータスウィンドウを操作する、なんて真似もできるらしいが、俺には無理だ。
逃げ回りながら操作することも考えたが、どこで他の配下共と遭遇するか分からない以上、迂闊な真似はできない。ガオウが俺への興味をなくして、他の配下共に加勢する可能性だってある。
だから俺は、今目の前で、ガオウに隙をさらす。
「何を狙ってるのかは知らねえが……その前にこの闘争を終わらせてやるよ!」
俺の操作が罠ではなく本当の隙だと気付くや否や、好機とみてガオウが突撃する。
ガオウの突撃と俺の指使い、どちらが速いかの競争だ。つい数日前にインベントリに加入したそれを引っ張り出し、装備スロットへと叩き込む。
……結局なぜ俺は土壇場で装備することにしたのか。理由は単純、一度の装備に時間制限があるとかいうピーキー装備だからだ。これの素材になった奴らが、揃いも揃って生き急ぎみたいなのばっかりだったんでな! こんなにも敵味方入り乱れている状態だから序盤は温存しときたかったのにね!
動きを止めたのは僅かに俺が早かった。世界の摂理に則って、俺の両足が光の粒子を纏う。
刹那、俺の左足は地を離れ、
「まずは一発!」
「おっ……!?」
ステータス上方補正を受けて加速した俺の蹴りが、ガオウの腹部にめり込んだ。
驚愕に目を見開きながら吹き飛ぶガオウだが、地面を転がりながら態勢を立て直し、すぐさま俺に向き直る。そして、俺の足元へと視線を落とした。
「へえ、いい装備じゃねえか」
俺の両足には、新たに銀色のブーツが装着されていた。
タスクにより『迷宮の脚甲』と名付けられたそれは、鉄のような見た目だが、想像よりはずっと軽い。何よりたとえ見た目通り重かろうと、それを補って余りあるほどのステータス上方補正が与えられる。
「途中から出したってこたぁ、時間制限か回数制限か……まあ何かしらの制限があるんだろうが、それに見合う性能はあるみてーだな」
ほぼ百点満点の推理を挙げつつ、関節を鳴らすガオウ。洞察力が鋭すぎるし、頭の回転が速すぎる。というより戦いが日常的にある異世界だと、このぐらいが普通なのだろうか。
「その感じでクレバーさを出す、な!」
言い終わるより前に、俺は地を蹴って突撃する。
タスクによれば、一度の使用における装備可能時間は60秒。クールタイムさえあれば再装備できるのはありがたいが、それにしたって時間制限の存在が痛すぎる。既に10秒近く消費している俺としては、決着を早めたい。
だが、ガオウは嗤った。
「バカが、焦りが顔に出すぎなんだよ」
そう言いながらガオウは、そばに生えていた樹木の幹の根元近くを蹴り抜く。インパクトと共に幹が大きく抉れ、バランスを失った樹木はゆっくりと傾いて、俺の進行方向へと倒れる。
その意図を察してしまった俺は、走りながら思わず叫んだ。
「ふ、フッザけんなぁ!?」
俺の走行による偏差も考慮して、少し手前に木を倒してくるのもいやらしい。確実に俺の足を止めるための一手だ。そして当のガオウはというと、一切の迷いなく後方へ下がっている。
アイツ、ブーツの制限が時間だと見切りをつけて、時間稼ぎに徹しやがった!
「どこまで脳筋の型破れば気が済むんだよ!」
性格は比較的俺に近いって聞いてたのに、全然違うじゃねーか! 基本逃げ回りながら、隙をみてチクチク攻撃するなんて卑怯な作戦、俺はやったこと…………あったわー。地下深くでガッツリやったことあったわー。
「今の俺なら、木ぐらい折れるぅ!」
左足で迫る幹を蹴り砕き、ほぼ最短でなんとか突破する。
正直できるかどうか微妙だったこともあって、本番に強い自分を褒めてやりたい気持ちだが、そうこうしている間にも、既にガオウは次の木を蹴り抜いている。
「マズい……キリがねえ……」
ブーツによって走力はかなり強化されているはずだが、地力の差と時間稼ぎのせいで距離を埋められない。
そもそも戦場が移動していること自体がよくない。さっきも同じ結論に達したが、戦場同士がカチ合ってしまったとき、明らかに不利なのは俺らラゼチームだ。言動を見る限り、ガオウは勝ちにこだわるタイプ。必要なら一時退却くらいするし、誰かと組んで袋叩きも許容するタイプだろう。
ガオウは、俺が止めなければならない。
ならば、第二にして最後の切り札を切るのは、今だ。
「精神ドーピングの時間だぁっ……!」
記憶の果てへと、沈む。
レッサーゴブリン。初めての殺し合い。動かない左腕と右足。傷だらけの腹。激しい喰い合い。負けた方が死ぬ。
フォールンセイント。レベル3桁。壊れる左腕。弾ける内臓。烈牙の盾。負けた方が死ぬ。
ティザプター。ボスモンスター。圧倒的格上。護鎧の剣。流れる血液。崩れる全身。ゴアの策略。負けた方が死ぬ。
狂気。恋。狂気。狂気。狂気――――。
「ヒュ、ハ、ハ」
――――戻ってきた。
視界がクリアになり、足が軽くなる。俺の体が、ぐんぐんと加速するのを感じる。ノンストップで倒れ来る幹を左足で蹴り飛ばし、俺はかつてのように、笑った。
俺の変化に、ガオウは再び目を見開く。
「ヒュハハハハハハ! つれないことすんなよ! とことん戦ろうぜ! ガオウ!」
これぞ俺の最後の切り札、思い出し殺意ドーピング。かつての殺し合いを想起することで、追加のアドレナリンを無理やり開放する小技だ。
もちろん欠点はある。鮮明に思い出そうとすればするほど他のことへの集中は割けなくなるし、逆に戦闘中に片手間でやろうとすると必然的に効果は薄くなる。その上、高頻度で使えば使うほど、新鮮な記憶ではなくなってアドレナリンも出なくなる。極めつけに、そもそも記憶は記憶だ。持続時間は短いし、当時のような殺意の出し方はできない。
だが、今のようにもう一押しが欲しいとき、これは盤面をひっくり返す可能性を秘めている。
ブーツのステータス補正を合わせ、俺は暫定人生最高速度に達するッ!
「ヒュハハハ! こんにちは、くたばれぇ!」
「ぐっ……!」
ガオウを射程圏内に収め、左足の飛び蹴りを繰り出す。ガオウは反応したものの、最高速度を乗せた蹴りの威力を殺し切ることは叶わず、苦悶の声を上げて数歩下がる。
着地するより前に固有スキルで宙を掴み、加速する。ガオウの警戒など、知ったことか。それを凌駕する追撃をすればいい。
しかし、
「ステータス補正が乗ってるからとはいえ……随分左足にこだわるなあ?」
追撃の左足は、まるで予知していたかのようにガオウに回避される。
やらかした。さすがに一辺倒過ぎた。俺が意図的に左足の蹴り技ばかり使っていることが露呈した。木を蹴るのも、ガオウを蹴るのも、すべて左足。蹴り技主体のスタイルなのは、これ見よがしに足の装備を装備したことでごまかせていると思っていたが、どちらの足技の頻度が多いかまで着目されていたとは。
「何が目的かは知らねえが、もう左足は使わせねえよ」
ガオウの左フックが、空気を切り裂いて右方から唸る。
左フックに左足を合わせるのは、とても間に合わない――――
「とは、割り切れねえんだよなぁ!?」
牢獄迷宮で学んだことは、いくつもある。そのどれが欠けていても、今の俺はなかっただろう。
殺意、生き様、恋。そして、死ぬ一瞬までも足掻き通す、諦めの悪い根性ぉ!
右足を軸にした体の回転速度に、固有スキルを使った手動の回転速度を加算する。左フックを、強引に左足の回し蹴りを合わせて防いだ。
ガオウが鬱陶しそうに歯噛みする。いい気味だ。思い通りにいかない気分をとくと味わえ。
装備可能時間は、体感で残り20秒。ラストスパートだ。一挙手一投足も無駄にしたくない。
本来ならズレを考慮して、余裕をもって時間を管理したいが、今は体感時間が長い。想定よりも余裕がある可能性はあれど、時間が足りないことはないはずだ。ならばきっちり20秒弱、左足を使いまくって見せる!
回し蹴りの格好のまま、固有スキルを発動し、背後の空中を勢いよく押す。そして、物理法則を無視しながら突如急接近してきた俺に表情を変えるガオウだが、その隙を見逃す俺ではない。
ガオウの左腕を、しっかりと掴んだ。
「あぁ!? 何しやが……」
「インファイターを名乗るなら、これくらいの距離で殴り合わねえとな!」
そう言いながら俺は、ガオウの腕を掴んだまま左足でハイキックをお見舞いする。
流石に左足は読めていたのだろう。ハイキックは簡単に防がれるが、問題ない。もう攻撃は当てればいい。それよりも、この腕を離さず、逃がさないことの方が重要だ。
ハイキックから左足を下ろすのも束の間、もう一度ハイキックを繰り出す。異世界ステータスを参照した、のべ秒速三発片足連続ハイキックを食らえや!
「殴り合いとか言うなら殴れよバーカ!」
「うるせえニュアンスだよバーカ!」
低次元な口論に反して、実際に巻き起こっている衝撃と音は尋常じゃない。ガオウもノリがいいのか、それとも覚悟を決めたのか、腕を掴まれた状態のまま、自由なもう片方の拳でのべ秒速四発片足連続殴打してくる。
戦略性も何もあったもんじゃない殴り合い蹴り合いだが、互いの消耗はかなり激しい。特にガオウの拳は容赦なく俺の顔面を狙うので、俺は普通に血だらけだ。俺が仕掛けたのに俺の方が被害大きいじゃねえか。
回避を主体としていた牢獄迷宮の頃の俺なら、絶対にできなかったであろう殴り合い。だが、今の俺なら耐えられる。
ニンカのふざけた威力の拳を、俺は毎日のように受けてきたんだからな! まさかあの頓珍漢修行がこうも明確に生きるとはね!
――――そして、18秒が経過し、運命の2秒が始まる。
ガオウの腕が俺の手から離れ、突然の膠着状態の脱却にガオウは意外そうな顔をする。
だがその表情も束の間、ガオウは警戒を強めた。俺が始めた膠着状態を、俺が終わらせた。それ即ち、俺の中で何らかの準備が整ったのだと、感知したのだろう。
その勘は正しい。だが、致命的に間違っている。
今、警戒している程度じゃあ、あまりにも遅すぎるのだから。
「見てるかよ試練バカ、借りるぞ」
左足で踏み込み、重心を移動させ、右足を浮かせる。とうとう動き出した俺の右足に、ガオウの意識が集中して――――追いつかなかった。
なんせ俺の右足は、意識から消えるが如き速度。
いやー、実は一回言ってみたかったんだよね。
「――――『亡獄』」
次の瞬間、超常的な速度で振り抜かれた俺の右足が、ガオウをはるか遠くまで弾き飛ばしていた。
装備とアイテムのステータス補正、インベントリ辺りの設定は確実にガバってる予感がするので多めに見てください。
Q. 亡獄は剣術の奥義って触れ込みだったのに、蹴りの技名として使っていいんですか?
A. 定義が『殺意を消す(本来はちょっと違うけど)』っていう剣と関係ない技術だしセーフ、というか考案者がそこまで真剣に考えずに適当に編み出した技術だし、そもそも関係者はほとんど死んでるのでぶっちゃけ何してもいい実質フリー素材状態。ただ厳密な話をするなら、今回の亡獄は殺意消してないのでダメ。




