第三話 樋上柚月と、只人の手
本編三話目です。
「いい? アンタ達は今、役立たずな戦闘の素人に過ぎないわ。でも、わざわざ私が手間をかけて作った勇者召喚魔法を使ってアンタ達をこの世界に呼び出した時点で、異世界人――――つまり勇者の固有スキルは強力なものになっているはずなのよ」
『降神の間』では、聞いていた通り、既にクラスメイト達と金崎先生が待機していた。どうにもクラスメイト達の、俺に対する視線が冷たいもの、あるいはバカにするような目だったような気がしたが、その事を気にしている場合じゃなかった。
玉座に腰を掛けた女神リルティアと思われる人物――――神物が、尋常じゃない高圧っぷりを見せてきたからである。
入室して早々、跪けと命令された。抵抗感はあったが、クラスメイトたちは既に跪いていたため、とりあえず俺も真似しておいた。
よくよくリルティアを見てみると、髪はきらびやかな金であり、顔立ちも非常に整っている。年齢は俺たちとほぼ同年代に見えるが、どこか妖艶さを感じさせる。絶世の美女とかいう言葉は、多分こういう時に使う言葉なのだろう。
だが、顔と性格は別問題だ。
「女神である私のために、魔神を崇拝する魔王率いる魔王軍を滅ぼし、魔族を殺す。それが勇者であるアンタ達のやるべき使命よ。崇高なる私の手駒になれるんだから、感謝しなさい」
この言い様である。
あんまりな物言いに、皆呆気にとられているのか、黙ってしまっている……いや、それにしても落ち着きすぎじゃないか?あまりの冷静さに、どこか感情がないようにも思える。
話を戻すが、女神リルティアの上から目線な態度もさることながら、説明の少なさも凄まじい。そもそも勇者とか固有スキルとか、その概念自体が初耳だ。
だが、魔力よろしくニュアンスでスルー。勇者召喚魔法使ったら、そりゃ勇者が召喚できるよね。んで、それが俺らね。固有スキルは、固有なスキルですよね。うんうん、めっちゃ分かるわー。
正直、必要以上にこのヒステリック女神を相手したくない。
「で! アンタよ!」
……と言った側から、相手しなきゃいけないらしい。
行儀悪くも優雅に足を組むリルティアが、刺すように俺を指差して、甲高い声をあげる。
「ユズ・ヒガミ、とかいったかしら?」
「……はい」
「アンタの固有スキルは把握してるわ。アンタもステータス画面を出して確認しなさい」
まさかのこの状況で、元の世界では一切広まることのなかった俺の渾名で呼ばれた。正確には名前を間違えているだけなのだろうが、もう今更気にしない。
だが、流石にニュアンスで乗り切るわけにはいかない単語が出てきた。
「……ステータス、画面?」
「うっさい! 女神に説明させるんじゃないわよ! バカはバカなりにちょっとは自分で考えなさいよグズ!」
あまりにもずけずけとした言い様に少しイラッとしながらも、なんとなくイメージする。RPGでお馴染みの、自分の能力を数値化して羅列したあの画面を思い描く。
左手の人差し指を右手で握り、右手の人差し指を立てる忍者スタイルで、全力で念じてみた。
「出てこーい……!」
すると、眼前に半透明な枠が浮かび上がった……え? ホントに出てくんの? どういうロジック?
例の枠――――恐らく俺のステータス画面には、【ユヅキ・ヒガミ】という名前と、攻撃力やら守備力などといったRPGではメジャーな項目に、それぞれ数値が書かれている。
……レベルとかいう概念も見えたような気がしたが、これ以上は異世界カルチャーショックで頭がおかしくなりそうなので見なかったことにしよう。
ともかく、これがリルティアの言うステータス画面とやらなのだろう。これで確認しろと言うことか。
そして件の、下の方に書かれた【固有スキル】の欄を見る。
【固有スキル:『接触』
・触れることができる。】
……。
あれぇ? 見間違いかな?
説明があまりにも短すぎる――――もといそのまますぎると思うんだけど。
しかし、何度改めて見ようとも、その無駄に簡素な文章が変わることはない。
「そう。アンタの固有スキルじゃ、物理法則があれば誰でも出来るような当たり前のことしか出来ないのよ。加えてステータスも下の下。魔力量に関しては致命的ね。産まれたての赤ん坊でももう少しまともな魔力量あるわよ。呆れたものね。人間であることが恥ずかしくならないのかしら?」
比較対象がいないから分からなかったが、どうやら俺のステータスは低いようだ。
にしても酷い言われ様である。ステータスという概念に馴染みがないから、ピンときていないけど。
「ハッキリ言うわ。アンタは足手まといなのよ」
とはいえ、流石に言われ続けると、立たない腹も立つ。
「あのな………っ!」
「気安く喋り掛けるんじゃないわよ下等生物。納得出来ないなら、もう1つおまけに教えてあげるわ。アンタの右手の甲、見てみなさい」
いかにも不機嫌そうに俺を見下すリルティアの言葉に、反射的に自分の右手の甲に視線を移す。
しかし、俺の右手の甲に、特に不自然な点は見受けられなかった。
「そう、何もないでしょう?ほら、アンタ、見せてやりなさい」
そう言って、リルティアは、クラスメイトたちの一人を指差す。
指名されたのは、最前列にいた生徒、鈴木有吾。どこか俺をバカにするように、にやにやと笑みを浮かべながら、俺に右手の甲を見せてきた。
その右手は、青かった。
正確に言えば、普通だったはずの手に、刺青のように、青い模様が入っていた。
よく見ると、それは剣のような形をしていた。青い剣の紋章らしきものが、鈴木の右手に形取られている。
「それが、勇者の紋章よ。勇者召喚魔法によって召喚された異世界人全員に、勇者の紋章が与えられるはず。本来なら、ね」
そこまで言われて、クラスメイトたちの手を見る。全員の右手が確認できたわけではないが、クラスメイトの誰しもが青い紋章が右手に存在しているようだった。
そして、もう一度自分の右手の甲を――――いつもと変わらぬ甲を見る。
「そう。アンタは弱い上に、この世界の摂理からも見放された落ちこぼれなのよ」
明らかに俺を蔑視したリルティアの言い方に、クラスメイトたちの方から、微かに噛み殺したような笑い声が聞こえてくる。途中から薄々感づいてはいたが、どうやらクラスメイトたちも、俺を下に見るスタンスで行くらしい。
「だからこそ、これは簡単に決まったことなのだけれど……よく聞きなさい、ユズ」
リルティアは、クラスメイトたちを見回したあと、俺を見下ろして、言い放った。
「ユズ、アンタを追放することにしたわ」
「……は?」
理解が、追いつかない感覚に陥る。
追放? 俺が、追放されるのか? 弱いから?
――――俺をこの世界に呼び出した、こいつが?
数瞬は理解できなかったが、理解した瞬間、脳を怒りが支配した。
「ふッざけんなよ!」
「ふざけてるのはどっちよ。神の決定に文句を言うなんて、図々しいにも程があるわ」
「どっちが図々しいだ! 俺たちを召喚したのはお前なんだろ!?」
「能がない奴ほど煩く吠えるわね。そもそも私も、召喚する前までは、無意味に異世界人を減らすつもりなんてなかったわ」
流石に相手が初対面で女神だろうが無意識に語気を荒らげる俺の言葉を無視して、リルティアは勝手に語り始める。
「ただ、異世界人全員が聡明とは限らない。この世界の人間ならともかく、異世界には、私の言うことに反発したり、反逆しようとする愚かな奴がいないとも言い切れないもの」
そう続けながら、リルティアは玉座から立ち上がり、ゆっくりとこちらに歩み寄る。
「だから、見せしめが必要だった。私への反逆心を削ぐために、私に逆らったらどうなるか知らしめる必要があった。でも、私の魔法なのだから、当然勇者召喚魔法は超優秀。転生者は、強力な固有スキルを得て召喚される。そこに、欠けて良い人員はいない」
そこまで言って、俺の目の前まで来たリルティアは、俺の髪を無造作鷲掴みにして、目線を合わせる。
「アンタ以外は、ね」
そう言うリルティアが、俺の髪を乱暴に離す。
「正直、渡りに船だったのよ。アンタみたいな、捨てても問題ないような奇跡的な無能が一人だけいたことは」
そう言うリルティアは、玉座の前の床に手をかざす。
すると、床からまばゆい光が浮かび上がった。その光は何重にも円となり、更に幾何学的な文字を描いて収束する。
ここに来る前にアネモネさんに見せてもらった魔法。その発動時にアネモネさんの手から宙に浮かび上がった模様があったはずだ。それに似ている……というか、同種のものであると感じた。
「これは、アンタたちをこの世界に呼んだ、勇者召喚魔法の術式……いわゆる魔方陣よ。それに、少し手を加えて、簡易的な転移魔法の魔方陣に変化させた。勿論、行き先はアンタの元の世界とは違う場所――――逃げるな」
身の危険を感じ、この場から逃げようと腰を浮かせた瞬間、リルティアが指を鳴らす。
それはそいつらへの合図だったようで、背後から床に押さえつけられる。そこには、二人の見知った人物――――クラスメイトがいた。
一人は、鈴木有吾。先程から何度か話題に挙がる生徒。
もう一人は、菊地玲奈。鈴木がクラスの男子のカースト頂点だとしたら、菊地は女子のカースト頂点に君臨する生徒だ。クラスでの立ち位置が中途半端な俺では、関わることのないだろうと思っていた人物でもある。
何やら二人は付き合っているとかいう噂が立っていたりしたが、今そんなことはどうでもよ過ぎる。
「何するんだよ!?」
「俺らはよォ、役立たずが一人二人消えたところで、なんの問題ねェんだわ」
「所詮は弱い奴が悪いしね」
「――――は?」
とんでもない弱肉強食理論を展開する二人。
なんとか拘束を解こうともがく。だが、鈴木はともかく、菊地の腕さえも全く動かない。
そういえば俺のステータスが平均以下だとか言われたような気がする。それが原因だろうか。
そのまま抵抗するも、為す術なく床を引きずられ、魔方陣の中央で止まった。
「アンタに逃げられると無駄な手間になるから、あらかじめ手を回しておいたわ。その二人は、勇者の中でも特に期待度が高い二人。アンタごときがどうこう出来る相手じゃないのよ……さて、『止まりなさい』」
鈴木と菊地が俺から手を離した瞬間、まるでリルティアの言葉に呼応するかのように、俺の体が不自然に硬直する。
何か言おうとしても、口さえも動かない。
あまりにも不自然な出来事に、俺は為す術なく、その言葉を聞き届けることしかできなかった。
「この魔方陣の転移先は、地下に眠るダンジョン『牢獄迷宮』。凶暴で、飢えた魔物が跋扈する魔窟よ。凡人にも劣るアンタなんかが生きていられる望みは限りなく0に近いわ。まあ、せいぜい元気にやることね」
つまり、そこに俺を転移させることで、見せしめである俺の処刑とするのだろう。
俺が座らされている魔方陣の端にリルティアが触れ、魔方陣が眩く発光し始めた。
今すぐ逃げ出したいし、文句の1つでも言ってやりたい。だが、リルティアの謎の力に押さえられ、無情にも俺の体は、口さえも少しも動かない。
多分、無意識の内に心のどこか片隅で、俺も舞い上がっていたのだろう。
異世界召喚されて。勇者に選ばれると知って。魔王軍を倒すという使命を与えられて。生きる意味を探しているだけだった俺でも、何か特別なものになれる、そんな予感がしていたのだ。
だが、現実は違った。
――――異世界に召喚されたところで、俺が勇者になんかなれるわけがなかった。
「じゃ、消えなさい。ユズ」
そして、魔方陣の光はより一層強くなり、視界がぼやけ、意識が不明瞭になっていく。
だが俺は最後まで、動かない目でリルティアを睨み付け、動かない歯を食い縛った。
「……ッ!」
見ていろ、リルティア。俺は絶対に生きて、目の前に戻ってきてやる。
絶対に、お前だけは――――
リルティアが主人公の動きを止めるときの言葉は、元々「動くな」でしたが、急遽「止まりなさい」に変えました。
理由は、作者が最近『呪○廻戦』を見始めたからです。
次話はまただいたい一時間後です。
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