第九話 ユズと、開戦
※重要なお知らせ※
この度(とは言いつつ結構前)YouTubeにて、某ゆっくり辛口なろうレビュアーの方に、動画内で拙作をレビューして頂きました!
https://t.co/8SoonbCq3j?amp=1
是非是非ご覧あれ!
魔王シュカの配下が1体。
魔物でありながら人と似た容姿を持つが、決定的に違うのは、腕として生える翼。
物を掴むという点で人に劣るが、代わりに飛行能力を手にした種族、ハーピィ。
その中でも抜きん出た要素を持つが故にシュカの配下となった、その名はハピア。
――――正しくは、天翼姫ハピア。彼女は今、一本の木の枝に止まり身を潜め、遠方から神殿を観察していた。
彼女の役割は斥候である。
直接的な戦闘能力は、他の配下の3人には劣る。だが、こうして相手の動きを監視することに関しては負けない。
何より、自らの主や同僚の配下たちと比べ、彼女は比較的良識を持っていた。
「ふぅー、シュカ様ってば私を働かせすぎじゃない……?」
主から斥候を丸投げされた彼女自身の境遇にため息をつきつつ、密かに呟く。
シュカたちもヴィランたちもそうだが、魔王と配下という明らかに上下のついた間柄でありながら、構成人数が圧倒的に少ないので、互いの距離も必然的に近くなる。
その上、シュカたちとは魔王になる前から知り合い同士。愚痴を言っても許されるくらいには打ち解けている。
「シュカ様は仕事の振り分けが雑だし、フラメリは妹のことしか考えてないし、セレンは真面目だけど若干プライド高いし、ミラは戦うとき以外ぼんやりしてるし、だから私に仕事が寄るんだよねえ」
再びため息で幸せを逃がしながらも、不憫なハーピィは自信を励ます。
「ハピア偉い、お前はいつも頑張ってるぞー」
自己肯定感を高めるためのハピアの常套手段を用いながら、引き続き監視を続ける。
現状神殿に動きは無し。まあ、あくまで夜明けの奇襲でもあるのだから、動きがあっても困るのだが。
「問題なし、です」
『――――了解、こっちは既に準備万端だけど……』
片翼を耳に当て、声を届ける。
そして数秒後に、彼女の主からの返答。心強いものが返ってきたことに彼女は僅かに充足感を覚える…………が。
「えっ?」
――――時に、鳥の目について語ろう。
現実世界において鳥の目というものは、人間にはない機能を多数持っている。
違いを列挙すればキリがないが、紫外線が見えることや視野角など、数多の機能を備えることで、厳密に上位互換ではないものの『鳥の目は人間よりも優れている』という認識をされている。
無論、これらはハーピィも全く同じ…………というわけではない。身体の大部分が人間である以上、視野角などは人間のものに近い。
そもそも、一言に鳥と言っても種類も様々であり、単純な視力と視界の鮮明さは比例しない。
しかし少なくとも、ハーピィという種族は人間よりも視力が高く、その中でもハピアは特別だった。
非常に高い視力と聴力を持って生まれ、シュカと知り合ってからは斥候としてその才覚を遺憾なく発揮した。
――――だからこそ分かる、違和感。
脳が明確に理解している訳でもないのに、感覚が訴えかけてくる。『何かが違う』、と。
そして、その感覚に気をとられたハピアは――――自分が落下しているという事実に一瞬気付けなかった。
「なっ……!?」
飛び上がりざまに音も振動もなく枝を切断したそれは、自身を上下反転させ、更に上部にあった枝を蹴ることで急速落下する。
そしてその軌道の延長線上には、ハピアの姿。
「ナメないでよね!」
「……っ!」
しかし、そこは魔王の配下が一翼。こと空中での回避など、彼女にとっては地を歩むより容易い。
襲撃者が着地し、恐らく枝を切断したであろう短剣を構えたのを認識したハピアは、咄嗟に思考する。
(多分、ラゼ・カルミアの仲間で間違いない。メイド服じゃないから私たちの管轄じゃないけど……これ、奇襲がバレてるって考えていいかな?)
刹那の隙に最悪の状況を理解したハピアは、再び口元に翼を寄せる。
「伝令! これ前言撤回、私たち完全にバレてる! 今すぐ作戦実行した方が良さげ!」
『え、マジぃ!?…………了解!』
主に手短に報告した後、改めて襲撃者を見下ろし、どうしてこの場に襲撃者が現れたのかと思考を巡らせる。
ラゼ・カルミアはここまでこちらの動きを読んで、この襲撃者を送り込んだというのか。
――――その想像はほとんど正解であり、しかし致命的な部分で間違っている。
ソウの固有スキルにより、ハピアが斥候にやって来ることも知っている。しかし、現時点で仕掛ける予定はなく、この場には誰も送り込まない算段だった。
だがしかし、異世界人が誇る超方向音痴は、その予想をも悠々と越えた。
ただ神殿内で持ち場につくだけのはずが、何故か神殿の周囲の森の中まで迷い込み、あろうことか敵幹部とバッティングすることとなる。
「それで? どうして最初に直接私を襲うんじゃなく、枝を狙ったのかな?」
「日和っちゃったんだよ! ああもう、後で皆に土下座しないとねえ!?」
ハピアの言葉に、ナイフを構えた下村上が正直に白状する。
下村の発言は、全くの事実。
初めての戦い、圧倒的格上の相手、加えて彼自身は準戦闘要員。彼は果敢に仕掛けたものの、肝心なところで怯えた。
(どうやら相手の経験の浅さに救われたね。メイド服じゃないなら私が相手取る必要もないし、何より人間は飛べない)
緊張を隠せない下村に対し、ハピアはあくまで冷静に眼下を見下ろす。
先程の交錯で、ハピアは判断した。この目の前の異世界人に、自身を迎撃できるほどの技量はない。
しかし、同僚と比較しても自身の火力の低さは認めている。この格下を無力化するだけでも、それなりに時間はかかってしまうだろう。
ならば、この関門を無視してしまえばいい。
「『エアル・トレペオ・カルヴェ・ジェットウィング――――トレジア』」
「んなっ!」
彼女の詠唱に呼応して翼が風を纏い、下村が思わず動揺する。
彼女の有数の飛行能力に、風による加速を付与する魔法。
空で彼女に追い付ける者など、僅かな例外を除いて存在しない。
翼をはためかせ、天へと昇るハピア。
ハーピィは空を飛べる、しかし人間は飛べない。
そこには絶対的な差があり、ハピアはこの場の展開を確信していた。
――――が、それは、相手が普通の人間であればの話。
飛べはせずとも、跳べるのだ。
「逃がさないよ!」
「えっ……きゃっ!?」
飛行の出来ぬ人間であれば絶対に届かないであろう上空にジャンプで到達した。
否、ステータスの高さにより到達できる者はいる。されど、先程の動きでは再現できないほどの跳躍力に、さすがのハピアも目を剥く。
現在進行形で自身の身体をよじ登らんとする下村に、ハピアからの叫声が飛ぶ。
「ちょっ……何するの……!?」
「やらかしちゃった過去はどうしようもないからね、せめて一つ、ここで君を足止めしてみようか!」
そう言いながら下村は、空中の制御能力を一時的に失ったハピアと共に落下していくのであった。
勇者軍VS魔王軍は、最大の戦力格差の戦いにより火蓋を切る。
●
「ノボルが天翼姫ハピアと接触! 現在戦闘中!」
「何やってんだよ!? あのバカは!」
シハロの固有スキルにより伝わった情報を聞いた俺は、遠方で勝手におっ始めやがった友人に頭を抱える。
「……っ!」
「ちょっと、名塚さん!?」
いつもの余裕を持った微笑が消え、珍しく血相を変えた名塚さんが、その報せを受けて神殿の外へと走り出す。
咄嗟に委員長が止めにかかるが、時既に遅し。
迂闊だった、下村の方向音痴が発動する可能性は懸念していたが、ここまで致命的だったとは。名塚さんのストーキング能力に安心しきっていた。
下村の方向音痴と、名塚さんのストーキング能力が
日に日に互いを高め合っているように感じる。激アツ展開だな、バトル漫画かよ。何もない時にやってくれ。
「ああもう、とりあえずマキにも魚飛ばしとくよ!」
「向こうも動き出しましたわ! 皆様、戦闘準備!」
シハロに続き、ソウさんからも声が飛ぶ。
下村の件は一旦置いておこう。名塚さんが向かっているし、ハピアは魔王シュカの配下の中では比較的脅威ではない。下村と名塚さんとの相性も良い。何とかなるだろう。
俺たちも、戦場へと繰り出す時間だ。
「行ってきます、アネモネさん」
「……行ってらっしゃいませ、ユズ様。御武運を」
非戦闘要員たちの最後の防衛線たるアネモネさんを見送る。
そして、その直後。
「――――来たな」
普通なら起こり得ない感覚だが、ティザプターの登場で慣れている今なら動揺しない。
神殿の床よりも更に下、地中からの殺意を感じ取り、開戦の合図として皆に目配せする。
同時に神殿の中央、『降神の間』の床に、ドス黒い穴が開いた。
「『墓守』っ!」
「「「オオオオォォォォ………………!」」」
おどろおどろしい固有スキル名と、その割に意外と可愛らしい声に呼応して、突如現れた深淵から何十人もの人影が、呻き声をあげながら神殿内へと雪崩れ込む。
魂が抜け落ちたかのように意思を見せない人だかり共――――というか頭上の表記により【アンデッド】という魔物なのが思いっきりバレているのだが、彼らは神殿の隅々へと散らばっていく。恐らく、無理矢理補った人海戦術で俺たちを狙うつもりなのだろう。
しかし、僅かに遅れて神殿内へと侵入した数人のうちの一人は、その場に留まったまま神殿内を見回し、困惑するように呟いた。
「んぅ……ハピアから報告あった時点で嫌な予感はしてたけど、やっぱりいなくない?」
その呟きの声質は、俺には分からない。しかし、外見は聞かされていたそれと一致する。
即ち、魔王シュカだと判断した。
彼女らの作戦は単純にして凶悪だ。
固有スキルにより敵陣のど真ん中へと前触れなく奇襲をかける。というか、固有スキルが便利すぎてこの作戦が最も手っ取り早く完結するが故に、他の選択肢を選ぶ必要さえなくなっている。
しかし、それは敵に作戦が漏洩していない前提だ。
むしろ漏洩していれば、自ら進んで包囲されるという間抜けを晒すことになる。
まあ漏洩こそしていないから、彼女らに非があるという訳ではないだろう。こちらにトンチキ固有スキル持ちがいたという不運を呪ってくれ。
シュカを認識すると同時に、示し合わされていた四人が動いた。
「『ウル・ハイパーアクア――――」
「『メラル――――」
「『ウル・ネクト・メラル・フォーマ・コルード・ネクト・エアル――――」
「『光像』」
異世界人の中でも魔法を得意とする四人が、思い思いの詠唱と共に魔方陣を顕現させた。
襲撃者の何人かは感付いたみたいだが、既に準備は整っている。
「「「――――トレジア』』』!」」」
水と、火と、氷と、光が四方から宙を駆け、アンデッドたちを巻き込み、轟音を響かせながら敵の本陣を抉った。
勿論、敵も無策ではない様子。
魔方陣と共に形成されたシュカたちを取り囲む土の壁を土煙にするにとどまり、本陣はほぼ無傷。
しかし、これで満足に時間は稼げた。
「ケホッ、嵌められたねコレ。私はとりあえず一旦退散するから、神殿の中に他に残ってないか探…………やべ」
背後に唐突に現れた気配を察知したシュカが、観念したかのようにゆっくりと振り返る。
「久し振りだね、魔王シュカ」
土煙に紛れてシュカの背後に転移したラゼが、薄く微笑み、手を伸ばした。
「あっ、これ想像以上に筒抜けなやつだ。ミラ、予定通」
シュカが全てを言い切る前に、ラゼ諸共神殿外へと転移する。
これでラゼが望んでいた、シュカとの戦いに持ち込めたわけだ。
あとは俺たちが、なんとかラゼとシュカの決着がつくまで時間稼ぎすればいい。
――――ここまでは、順調だった。
「勇者ラゼは……外か!」
魔物にすべからく存在する頭上の表示がない、つまり聞いていた特徴から察するに、魔王ヴィランと思われる男。
魔王ヴィランは俺たちに目もくれず、恐らく神殿外へ向かって駆け出した。
魔王シュカの配下がメイドの皆を狙い、魔王ヴィランたちがその他を対応するという振り分けであることは、ソウさんの固有スキルで既に伝えられていたことだ。
だが、ここまで魔王ヴィランが俺たちに興味がないとは想定外。
しかし、ヴィランの離脱を阻止せねばならないと意気込む者がいる。
「行くわ、愛弟子。何かあったらサポート頼むね」
残像で軌跡を描き、魔王ヴィランに向かって疾走するニンカ。
そのスピードは、俺の目にも止まらぬ速さ――――でもなくね?
昨日の本気のニンカよりも、やや遅い気がする。目が慣れただけ……ではないような。ともかく、少し違和感があるのは確か。
だが、想定外はまだ終わらない。
「お、君かな? シュカ様が言ってた、魔王ヴィランを狙ってるのは」
「なっ!?」
爆速で走るニンカの、突如とした失速。
その原因は、足に絡みつく長い何か。
よく見ると、それは動物の尾のような、鱗特有の光沢を持つものであることが分かる。
「ついさっきシュカ様がさあ、『もし私たちの作戦が読まれてるなら真っ先にラゼは私を狙うだろうから、魔王ヴィランの足止め役をぶつけてくる筈』って言ってたわけよ」
「……マジか」
何となくぼんやりとした話し方で、【地這姫ミラ】が告げる。頭上の表示、マジで便利だな。
しかしなるほど、魔王シュカの考え無しに突っ込んできた訳じゃないってことらしい。
下村とハピアが接敵した時点で作戦の漏洩を疑い、ラゼの行動とそれに伴う俺たちの動きもある程度予測してやがった。
ニンカがミラに足止めされている今、魔王ヴィランはフリーだ。
今ラゼは神殿外へと転移している。本来なら魔王ヴィランの乱入を受けないほどの遥か彼方へ転移した方が良いのだろうが、俺たちという懸念点があるラゼにはそれが出来ない。
つまり、魔王ヴィランが辿り着くことのラゼの下へ辿り着くことは十分可能だし、それをされると全てが瓦解する。
「さ、せ、ねえ!」
本気の走行、プラス補助的に固有スキルを使用して加速。
降神の間の出入口は、とっくにアンデッドが開け放った扉のただ一ヶ所だ。あらかじめ把握していれば先回り出来る。壁を破壊して突破するような手合ならどうしようもないが。ティザプターとかならやりそう。
目の前に躍り出た俺を認識し、魔王ヴィランが手に持つ剣を構える。
走りながらとは思えないほど、ブレない美しい構えだ。フォールンセイントの構えもなかなかだったが、こちらには風化を感じさせない気迫がある。
呼応するように、同時に俺は拳を構える。
魔王の実力がどんなもんか知らないが、こちらだってそれなりに歴戦を潜り抜けてきた。実力は相手に軍配が上がれど、修羅場の質で遅れを取るとは思っていない。
「しッ!」
「……!」
――――そして、俺の拳は空を切り、認識できぬほどに洗練された剣撃が、俺を真後ろに弾き飛ばした。
「がはぁっ!?」
背を向けていた降神の間の扉は開け放たれており、そのままの勢いで吹っ飛びながらダイナミック退室する。
あの重厚な扉が閉まったままだったら、俺は既に致命傷を負っていたかもしれない。内心、図らずもアンデッドに感謝を捧げる俺だが、実際はそんなことをしている暇がないほどに状況は悪い。
俺が吹っ飛ばされたあたりで、クラスメイトたちはようやく動けた。上から目線になるようだが、実戦が少ないとやはり初動が遅くなる。
委員長あたりはやや早いようだが、魔法組は軒並み遅く――――否、別の方向に気を取られている。
それは、ニンカとミラの方向。尾でニンカを捕らえたまま、ミラは両の拳を床に当てる。
「『ソリル・トレペオ・カルヴェ・ネクト・ソリル――――《土卵》・《土鱗》・トレジア」
魔方陣から飛び出す土塊は、先程の壁と少し異なり、自身とニンカを閉じ込めるかのようにドーム状に展開される。
そういえば、ラゼに聞いたことがある。
魔法の適正がある人は、魔力の高まりに敏感に反応する。俺が殺意に反応するのと、まあ原理としては一緒だ。ラゼがティザプターにはギリギリまで気付いてなかったが、ウィザリアのことは早々に気付けていたな。
露骨な魔力の高まりに、僅かに動けなくなった有吾と菊池とかもめと焼きネギと、もう一人。
――――そして、その土魔法そのものが巧妙な罠だと気付けたのは、降神の間から出ていた俺だけだった。
俺は見た。神殿内のありとあらゆる柱にアンデッドたちが群がり――――その体が膨らみ、赤熱しているのを。
「最悪だ」
ほんの僅かな時間、俺に出来ることはそう呟くことだけだった。
確証はないが、この後何が起こるのか全て察してしまったからこそ、もうどうしようもないことに気付いてしまっている。
俺たちは、もっと早く気付くべきだった。
いくら作戦が読めていたとはいえ、神殿内に侵入したのが魔王シュカ、魔王ヴィラン、地這姫ミラだけというのは流石に少なすぎる。
確かに、逃げ出した者を確実に殲滅するために神殿外で待機する者も必要だ。しかし、本来これは奇襲。最初の混乱に、最大の力を振るわない理由がない。
しかし、相手はそれを選ばなかった。
まるで、神殿内いると危険だと言わんばかりに。
そして、神殿内の全てのアンデッドが大爆発を起こし、轟音を立てながら神殿が崩落し始めるのと、土のドームから炸裂する土砂の波が、一切を押し流さんと荒れ狂い始めるのは、ほぼ同時のことだった。
今回、動画でレビューしていただいたことについて、細かい話を今日か明日くらいに、活動報告で呟こうと思います。
興味ある方は、是非いらしてね。
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『さっさと続きを更新しろやブン殴るぞ』
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