第七話 ユズと、一瞬で数時間経つ時計
あ゛(ストーリー上では一切問題ないけど裏設定と矛盾するミスを発見した声)
金崎先生大好きな笹倉咲良ちゃんを、佐倉咲良に変更いたします。サクラサクラちゃんです。
ソウさんに野々宮の居場所を教えてもらった。
ニンカと殺し合いをするに当たって、無傷で終わるはずがないと踏んだ次第だ。
という訳で、いつもの修行の場である草原に佇むのは、向かい合う俺とニンカ、野々宮、そして有吾。
ソウさんに聞きたいことは聞けたらしく、とりあえずついて来たようだ。
「んじゃ、一応確認しておくぞ?」
いつもの場所で、いつもよりも真剣な表情をしたニンカが確認を取る。
「制限時間は最長でも1分。それより短くても、白熱しすぎた場合はユウゴが止めに入る。あと、愛弟子の頼みの主旨に反するだろうから、あたしは固有スキルを使わない」
ニンカの固有スキルは、ティザプターを縛り続けていた半透明の手枷によるデバフだ。
ただ殺意を呼び起こしたい俺にとって、その固有スキルを発動されることは非常にマズい。普通にボコられて終わる。
しかし、だからと言ってこの戦いが生温いものかと聞かれたら、それは断じて否だ。
「その代わり、あたしは久々に本気を出す」
関節を回して準備運動をするニンカは、いつもとは違う雰囲気を纏う。
それは、どことなく懐かしい感覚。牢獄迷宮にて、絶えず巻き起こっていた感情。
「あたしは愛弟子みたいに器用じゃないんだけど、こんな感じで良いかな?」
ニンカの視線に肌がちりつく。
レッゴブ・フォルセ・ティザ公よりは大人しいものの、今までの訓練よりはずっと上等な殺意が届いた。
「グッジョブだ、師匠。始めようぜ」
「分かった。簡単に終わるなよ?」
なんか聞き覚えのあるその言葉と共に――――ニンカの体が消えた。
「ッ!」
爆速で動いているのだろう、俺のステータスでは目視は出来ない。
だが、肌で感じる殺意は消えていない。そこから攻撃が飛ぶ方向を逆算する。
7時の方向。
歴代最速の拳が唸りを上げ、俺へと疾る。
数週間前の俺なら容易く殺せていたであろうその一撃を、
「――――ヒュ、ハ」
俺の中に潜んでいた何かが体を動かし、避けた。
ニンカの中でも減点要素のない完璧な一撃だったのだろう。彼女の感情に驚きが混じるが、すぐさま切り替え、次の攻撃への姿勢に入っている。
ああ、鈍っていた。これだ、これだ、これだ!
数秒前よりも五感が敏感になっているのが分かる。殺意が俺のイメージの中で、だんだんぼやけていた輪郭がはっきりとし始める。
4時の方向。
「――――るッ!」
「ヒュハハハァ!」
ニンカの追撃を再び避けて、こちらも拳を繰り出す。だが、こちらは対応されたようだ。なるほど、反応速度は上がったが、まだ俺自身のパフォーマンスが上がりきっていない。
なら、もっと殺意を食らって、俺をその気にさせてもらうしかない。
「ヒュハハハハハハ! まだだ! まだこんなもんじゃないだろぉ!?」
「注文の多い弟子だ! なら!」
9時の方向。
数秒前より更に加速したニンカが蹴りを放ち、俺の体を横から抉る。左腕での防御は辛うじて間に合ったが……この勢いは、吹き飛ばされる。
「うお!?」
地面と平行に低空飛行するかのような感覚。固有スキルにより空中での姿勢制御ですぐさま地面に降り立つ。
訓練時で既に完全上位互換みたいなステータスしてたくせに、今はスピードもパワーも更に桁違いだ。しかし、今の攻防で分かったこともある。
ニンカの基本的な戦法は、弧を描いてヒットアンドアウェイを繰り返すスタイルだ。
相手を中心に弧を描くように死角へと入り、突撃して一撃、そしてその瞬間に距離を取ってまた弧を描いて死角に入って…………を繰り返す戦法だ。
間違いなくタイマンでしか使えない戦法。そして何より、こんな常に全力疾走を続けるような作戦は、長期戦を見据えたら本来実行出来ない。
だが、ニンカなら出来る。スピードもパワーもさることながら、何よりもスタミナがブッ壊れているニンカなら出来る。
なるほどなるほど、確かに今なら効果的だ。
「だがな、読めるんだよ」
痛恨の一撃を与えたニンカが再び下がる。ある程度の距離をとった次の瞬間には、ニンカは弧を描き始める。狙いはそこだ。
ただひたすらに、殺意を拾え。俺が育んだ第六感と、全身を直結させろ。
まだ後退、まだ後退、後退、後退、後――――
――――右
「あア゛ぁッ!」
意味もなさぬ方向と共に、俺の体が弾けるように地を蹴る。
僅かに感じた殺意の源の動きからニンカの軌道を先読みし、彼女の前へと躍り出る。
「うっは、マジか愛弟子!」
「一発貰うぞッ!」
俺の渾身の右足の回し蹴りは、辛うじてニンカの腕でのガードに阻まれる。しかし、アドレナリンだらけの俺の一撃は、即席のガードを力押しで崩した。
そこを逃す俺ではない。女性をぶん殴るのは気が引けるが、ステータスの観点だけで見るなら性差どうこう以前にバケモンにカテゴライズされるので、目をつぶるとしよう。
渾身の左腕と共に、唸りをあげる。
「らぁッ!」
「――――っふ」
…………俺は今、壁でも殴ってんのか?
防御力のステータスが高いと、こうなるらしい。人間が出していい強度じゃねえ。
「やるじゃん、さすがあたしの愛弟子!」
俺がニンカの超人っぷりに呆れた次の瞬間、認識の外から拳が襲いかかり、
「ぐぁ!?」
俺は遥か後方にブッ飛ばされた。
天地が何度も反転し、地面を削り、数秒後にようやく勢いが減衰して止まる。
この感覚には覚えがある。忌々しくも正直ありがたかった、通り魔骸骨の真骨頂。
即ち、
「おい師匠! 急に殺意消すのは反則だろぉ!?」
「いやー、ごめん。愛弟子の成長に嬉しくなっちゃって」
殺意の消失である。
ニンカは申し訳なさそうに、けらけら笑う。
いや感情どっちだよ。魔物の感情は動物的だから分かりやすいが、人間のは複雑過ぎて読めん。おのれ人間め。
「でも、それはお互い様なんじゃない? まだ吹っ切れてないでしょ」
「うっ」
突如ニンカに図星を突かれた俺は、思わず呻く。
「あたしもシハロに映像見せてもらってるから判断できるけど……やっとティザプターと戦ってた時に近付いてきた、ってくらいかな。さっきの先読みは満点だったけどね」
「……否定は出来ねえ」
そうなのだ。訓練よりは殺意を高めることができた俺だが、牢獄迷宮の時の勘は取り戻せていないように感じる。
ティザプターを殴ったときは『壁のようだ』なんて思わなかったように、未だピークからは程遠い。
見知った相手であることが起因しているのだろう。
「とはいえ、あたしも愛弟子相手に本気で殺意を向けられる気がしないし……あ、今日調子いいし出来るか?」
八方塞がりに思える状況に、困ったように頭を掻いていたニンカだったが、ふと思い付いたように頭を押さえる。
「よし、愛弟子。あたしは今から、絶対に愛弟子にも殺意を向けられるような一撃を放つ。まあ、それが当たろうが外そうが、その時点で訓練終了。それでいい?」
「はあ、まあ構わねえけど……なんでまた」
「気軽に出来る技じゃねーのよ。今日はたまたま出来るみたいだけど」
そう言いながら、ニンカが右腕を引いて構える。
すると数秒の後、ニンカ頭の一ヶ所から電撃のようなものが迸り始めた。
何!? 角でも生えてくるの!?
「…………フーッ」
しかし、それが当然と言わんばかりのニンカはゆっくりと息を吐き、眼を此方に向ける。
「――――ッ、ヒュ」
俺としたことが、刹那的に身がすくんだ。
牢獄迷宮という極限空間に吹き荒れる殺意と、何ら遜色ない殺意を向けるニンカに、俺は体の底から巻き上がる感情と震えを感じた。
それは恐怖か、それとも歓喜か。
ただ1つ言えることがある。この一撃をまともに食らえば、俺は死ぬ――――までは行かないかもしれないが、その一歩手前まで突き落とされる。
そしてニンカの殺意は、その直後に更に一撃加えて俺の命を完全に奪うんじゃないかと疑えるほどに、鋭い高まりを見せていた。
だがユズという生き物は悲しきかな、この殺意を前にして背を向けられるような魂の設計をされていない。
「ヒュハハハハハ」
そして、頭部から発する電撃を纏ったニンカは、
「――――《人砕き》」
「ヒュハハハハハハハハハァ!」
あまりに殺意が高過ぎる技名を披露して、
――――動、狙心、避間に、僅、死
「ぉ゛ぇう゛」
●
――――目が覚める。
「んだぁっ!?」
…………生きてる。
どうやら気絶していた時間はそんなに長くなかったようだ。危ねえ。ガチで死ぬかと思った。
「おォ、ユズ。目ェ覚めたか?」
「いやー、ごめんね愛弟子」
有吾とニンカが倒れていた俺の顔を覗き込む。片や心配そうに、片や申し訳なさそうに。
ニンカの一撃は、確かに俺にとって良いものだった。牢獄迷宮以来の極上の殺意。
だがそれはそれとして普通に死にかけた。あのパンチはヤバい。狙いを心臓から僅かに逸らしていたから生きていたが、動かなければ死んでいたかもしれない。
「久々に殺意出しすぎて手加減出来なかったわ。結構回復してると思うんだけど、どう?」
「えーと……うん、問題ないな。HPも半分以上回復してる」
「やっぱすげェな、野々宮のポーション」
そりゃ死の縁に突き落とされた訳だから早々に完全復活とまではいかないが、命に別状がないくらいには回復している。
件の野々宮は、俺の負傷が想像以上だったため追加のポーションを取りに戻っているらしい。
インベントリに入れてなかったのかと思ったが、聞くところによると今の彼女のインベントリは、水に溶かして飲むタイプの粉末ポーション(スポドリ味)の試作品で満タンらしい。マネージャーが板に付きすぎじゃね?
「本当ごめん、愛弟子。師匠失格だ」
「気にしてねえよ、むしろ最後ので勘を取り戻せたまである」
そう言うと、ニンカは僅かに安堵した様子を見せた。
「あァ、そうだ。物は頼みなんだがニンカよォ、一発俺とも勝負しちゃァくれねェか?」
「え? いいけど……ユウゴは多分もうあたしを越えてると思うし、やる意味あるかな……?」
「ラゼ・カルミアじゃァ接近戦に限界があるからなァ、お前がちょうどいいんだよ」
ラゼのことだから接近戦用の訓練も行っていたのだろうが、有吾の才能が易々と凌駕したということだろう。有吾ならしょうがない。他の奴が同じ事を言っていたら殴っていたかもしれない。
「あー、そういうことなら分かった。ただ、さっきのは使えないけど勘弁してね?」
俺の容態が安定していることを確認して、有吾とニンカは俺から離れる。
ニンカは再び関節を回し、有吾はインベントリから模擬戦用の剣を取り出した。
そして、示し合わせたかのように同時に動きだし、剣と拳が激突する。
その衝撃を裏付けるかのようにインパクトが俺の位置まで届き、周囲の木々をも大きく揺らした。
初撃でこれかよ。半端じゃねえな、特に有吾。
この世界にやって来て、戦い始めて1ヶ月ほど。他人と変わらぬというのに、ニンカを越えるほどの力を手にしている。
ニンカは俺のときと同様に距離を置こうと後退するが、有吾はそれに悠々と追随する。
それを認識したニンカは、先程とは違い弧を描かない。双方が縦横無尽に駆け回り、幾度となく激突を繰り返し、衝撃波を量産する。
「ハハハ、さっきより速え…………」
思わず俺は呆れながら笑う。
格上と戦うときに、アドレナリンでいつも以上のパフォーマンスが出来る。それは俺の一番の強みではあるが、俺の専売特許ではない。
最後の一撃ほどではないが、俺のときよりも更に加速した攻防が眼前に巻き起こり、地を揺るがす。
「そうか、あれが……」
――――ラゼの下へと辿り着けるほどの強さか。
ラゼの下に辿り着けた者と、俺が越えるべき壁が戦っている様を、俺は今まさに目の当たりにしている。俺にとって、とても小さな変化だなんて言えない。
今ラゼに一番必要なのは、樋上柚月という人物そのものではない。何よりも強く、誰よりも忠実な部下だ。だから、俺はそれを目指している。
でもそれは、あくまで俺のエゴなだけであって――――
「ああ、ダメだ。これ以上考えたらダメだ」
今まで考えないようにしていた事実が、実力差をありありと示されたことで溢れ出す。既に思考は加速し出し、氾濫は止められない。
ラゼにとって俺たちは、神殺しのための一つの手段にすぎない。強ければ強いほど、なお良しとするはずである。
優劣が存在すれば、優を選ぶのは当然。
そして、有吾たちと比べたら、俺が劣であることも明白である。
つまり、
「……俺はラゼの隣にいられな――――冷た!?」
「お疲れー、ユズ。調子はどうよ?」
突如、座り込む俺の首元に、何か冷たいものが押し当てられ、思考が止まる。
見上げると、そこには菊地玲奈が両手に飲料の缶を持って笑っていた。
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