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第四話 ユズと、60秒で出来ること

両腕を高く挙げる→左腕を後ろに360°回転させる→カップラーメンは作れません

 

 翌日。


「合同練習をします」

「「「うえーい」」」


 早朝ということもあってか、草原に並ぶ皆の返事にはやや覇気がない気がする。

 そんな俺たちの前に堂々と立ち、号令をとるのは勿論ラゼ――――ではなく、


「なー委員長、俺らタイマン伸ばした方がいいんじゃなかったっけ?」

「戦況はどうなるか分かりませんし、人数上、こちらが複数人で対処する状況は確実に発生します。お互いの手の内をより深く知っておいて損はないでしょう」


 委員長と呼ばれた少女の名は、安藤(あんどう)(くるる)

 渾名の通り、学級委員長――――でもなんでもないただの女子生徒だったのだが、菊地とは別ベクトルのリーダーシップと冷静な性格により、委員長と呼ばれるに至った。

 名前で呼ばれることを極端に嫌っている点を除けば、クラス内屈指のまともな人だ。


 因みに彼女が委員長と呼ばれている影響で、本物の学級委員長は『園芸ちゃん』とかいう中途半端な渾名で呼ばれている。


「2つのチームに分かれての模擬戦。勝敗は……まあ厳密に決める必要はないでしょう」


 テキパキと進行する委員長。いつもならラゼがこういった役回りを担うのだが、今日は何やらメイド軍団と共に作戦を詰めているようだ。

 というわけで俺たちは今日、急遽自主練習を言い渡された訳だが、その時に皆にこの提案を持ちかけてきたのが委員長である。


「そうだな、じゃあ俺たちニンカさんチームと、安藤たちレトさんチームを中心として分かれようか。残りは……」


 金崎先生がチームを振り分ける。まあ、あくまで実践形式で手の内を知るためなのだから、酷い戦力差でもなければ何でもいい気がするが。


 ――――数分後。


「では確認します。Aチームが、金崎先生たちニンカさんチーム、シハロさんチーム、そしてアネモネさんチームから海原さん。Bチームが、我々レトさんチーム、アネモネさんチームから菊地さんと根岸さん。これで問題ないですね?」


 俺たちニンカチームの4人、そして下村と名塚さんのみのシハロチーム、コミっちと一緒のチームを強く要求した海原かもめを含めて7人のチームだ。


 対して、レトさんチームはニンカチームと同じ4人だから、向こうは合計6人。人数だけならこちらが有利だが……。


「よぉーし、マジ頑張ろ」


 向こうには、有吾に次ぐ猛者、菊地玲奈がいる。正直準戦闘要因二人分を補って余りある実力者なのだが、その辺大丈夫だろうか。


 ドッジボールのような感じでそれぞれの陣地の境を作り、その枠外に有吾と野々宮が立つ。

 野々宮は相変わらずマネージャーを楽しんでいるとして、有吾は実力がかけ離れすぎているのと、手の内を知らせる以前に自分でも把握しきれていないらしいので見学だ。どういうことだよ。


「では、始めましょうか。鈴木さん、開始の合図を」

「おォ」


 魔王同盟の奇襲を可能性を加味して、今回の模擬戦では作戦会議の時間は30秒程度しか設けられていない。後は各々の判断に委ねられる。


 とりあえず30秒で相談したのは、もしもの時は、最も場を俯瞰で見ることができるコミっちが指示を出すこと、そして相手の前衛と後衛の確認だ。

 相手はレトさんチームが剣と槍で二人ずつ前衛、アネモネさんチームの二人が後衛だと思われる。菊地は前衛も後衛もこなせるオールマイティーなタイプらしいが、本人が魔法中心の戦闘スタイルの方が好きで、実際そっちの方が向いているらしい。

 とりあえず最低限、そこまで把握できていれば、後はどうにでもなる。


 そこまでを、数秒のうちに猛スピードで脳内反芻する。


「そんじゃァ行くぞ」


 鈴木の言葉に、向こうのチームも5人が剣や槍を構える。


「尋常にィ」


 ――――()()


「勝負!」


 その瞬間、想定していた状況との変化と僅かな感情の機微を察知し、そこちらのチームで動き出せたのは、場数だけなら一番の俺だけだった。


「マっっっっジかよ!?」

「とぉ――――、りゃぁ!」


 開始直後、()()()()()()()()()()()()菊地の剣と、俺の蹴りがぶつかり合う。


 魔物相手の実践以外の場合、剣は普段から刃を潰しているし、模擬戦ということもあって手加減もしているだろう。

 だが、その持ち前のステータスの高さが、俺の足を弾き飛ばし、空中へと撥ね飛ばす。


「チクショウ、完全に油断した!」


 勝手知る相手だからこそ出来る作戦。相手が、『自分は後衛での戦闘の方が得意』という固定観念を突いた奇襲。恐らく魔王同盟との戦いでは、この作戦は功を奏さないだろう。


 相手チームは全員、この作戦を折り込み済みのようで、菊地の特攻を見送った上で、他の前衛の4人が進撃を開始する。

 俺が撥ね飛ばされたことで、ようやく状況を把握できたであろう金崎先生にロガル、下村に名塚さんが迎撃を開始するが、件の菊地は後衛の喉元まで迫らんとしている。


 しかし、その勢いは――――


「あーヤバい死ぬ死ぬ死ぬぅ……!」

「うえっ!?」


 顔を真っ青にしたコミっちが後衛二人の一歩前に立ち塞がることで減速する。


 ロガルという将来有望の一大戦力をテイムしていることで戦力と数えられがちだが、コミっちのステータスは牢獄迷宮に追放された翌日くらいの俺とどっこいどっこい。戦場に立つのは危険以外の何物でもないほどの低さだ。

 だからこそ、手加減した自分の一撃さえも致命傷になりうる菊地は、止まるしかない。


 例えその背後で、幼馴染が詠唱を完了していたとしても。


「ウル・トレジア」


 コミっちの背後から伸ばされた海原かもめの杖、そしてそこに顕現する魔方陣から水流が迸り、菊地を押し流す。


「うおおおお! 何だあ!?」

「ひゃっ!?」


 その水流は当然菊地を押し流すだけには留まらず、拡散するように地を這い、皆の足元を不安定にさせる。現に足をとられて転倒している者もいるようだ。ロガルなんか遥か遠くまで流されてしまっている。あれ? トータルこっちが不利じゃね?

 ともかく、足元を支配した激流に、少なからず戦況は混乱に陥っているようだ。


 ――――俺以外は。


「誰にするかな……」


 固有スキルによる空中での姿勢制御はお手のもの。空中に留まることにより、足元の条件を一切受け付けない俺は、戦場を見下ろす。


 本来なら遠距離持ちでありながら近接戦闘が不得手な根岸を狙うのだが。

 皆、少なからずや防具を着けているとはいえ、流石に殺し合いでもないのにステゴロで女子を殴るのは気が引けるんだよな……一番後ろめたさが無い奴にしよ。


「ブッ飛べぇ!」

「おっと、男には攻められる趣味も攻める趣味もないんだがなあ!?」


 空中から飛来した俺のパンチを槍の持ち手で受け止めるのは、煩悩マンこと江口精一。

 着弾と同時にバックステップをすることで衝撃を軽減し、持ち手の末端を背後の地面に突き刺してバク転のような縦回転の後に着地する。何それカッコいいな俺もやりたい。


 足元の水はたった今流れ切り、ぬかるみはあるものの先程よりは自由に動けるようになった江口が反撃に打って出る。


「だが、どうしても勃ちはだかるってんなら仕方ねえ……尻を差し出しな!」

「その台詞で槍を突き出すんじゃねーよ!」


 最低な表現技法を用いる江口の槍を、先端を手で払い軌道を逸らすことで回避する。こいつ下ネタなら何でもありなのか。見境なさすぎやしないか。


「ひええ、せーくん助けてー!」

「うるせぇ! テメエで何とかしろや!」


 そんな最低下ネタ野郎でもずっと自分のペースではいられないらしく、江口を『せーくん』と呼ぶ同じ槍使いの矢崎(やざき)彩香(さやか)の救助要請に凄く顔をしかめ、見向きもせずに断る。


 江口と矢崎は、実は幼馴染の関係。転生してからも何の因果か同じ槍使いとしての才覚に目覚めた――――のだが。

 まあ、あれだ。幼馴染であったとしても、誰しもが海原とコミっちみたいなフラグが立つわけじゃないってことだ。


「うわああん、せーくーん!」


 件の矢崎と言えば、さっきの水流で転んだのか全身びしょ濡れのまま佐倉の矢から逃げ回っている。なんて力の抜ける光景なんだ。


「うはー、先生に本気出しづらいんだけど!?」

「安心しろ。先生はそのくらいじゃあどうともない。もっと本気でぶつかってきなさい!」


 別地点では菊地の猛攻を、耐久に定評のある金崎先生が受け止めている。先生と生徒という関係性も相まって互いにより手加減をしているのだろうが、それでも熾烈な戦いを見せている。


「はっ、よっ、ほっ……!」

「うぉっと」

「ふふ、当たらないわ、よ……?」


 もう1つの地点では、根岸(ねぎし)(あや)――――通称『焼きネギ』が下村と名塚さんに杖を向けていた。渾名の由来は名字と火・土属性魔法が使える魔法使いだかららしい。


 杖を向けた直後に何回も風切り音が鳴ることから、恐らく魔撃を放っていると思われる。

 だが、下村たちは準戦闘要因とはいえスピードは十二分に仕上がっているようだ。二人は魔撃を正確に回避しながら根岸へと近付いている。いいなー、魔撃見えてるんだろうなー。


「ぐるるるらぁっ!」

「おっと!? 『ソリル・トレペオ・ルウォル・トレジア』!」


 下村たちに気をとられていた根岸の背後から、先程まで体格ゆえに水属性魔法に流されていたロガルが飛びかかる。

 直前で気付けた根岸は、土属性魔法で壁を作り、ロガルの攻撃を防ぐ。そして、


「捕まえました」

「きゃいん!?」


 ()()()()()()()()()()()()()()()委員長が降り立ち、とても満足そうにロガルを抱き抱える。


「いい毛並みですね」

「くぅん……!?」


 鮮やかな手つきでロガルの全身を撫で回す。その快感に、ロガルは身動き出来ない。

 そうか、あれは模擬戦だからこそ出来るロガル無力化作戦! 互いに全力でない、本物の戦闘よりは弛緩した空気だからこそ、強烈な快感をぶつけることで相手を無力化できるという訳か!


 …………いや、どういう訳だよ。自分でも何言ってるか分からんわ。


 だが我がチームの一大戦力がこうして委員長の手に堕ちてしまっているのも事実。どうにかせねばならない。というかあのボスモンスター、下村がテイムするまで本当に野生だったんだよな?


「返してもらうよ、委員長ぉ!」

「させん!」


 下村が全力のスピードで委員長に迫るが、その直前に剣で阻まれ、軌道を逸らされる。


「そりゃ君が来るよね!」

「勿論。俺の剣は、安藤を守るために振るわれる」


 小っ恥ずかしいことを平然と口にしながら委員長を守るのは、剣使いの新垣(にいがき)(あらた)。誰だって見りゃ分かるが、委員長にぞっこんらしい。イケメンなのだが、何故こうも残念感があるのだろう。


 そんな新垣の妨害に下村は歯噛みして――――否。()()()()()()()()()()


「返却ありがとう!」

「なっ!?」


 いつの間にか委員長の手を離れ、下村に抱えられたロガルが一時離脱する。

 新垣に妨害されながらも、委員長とすれ違いざまにしっかりと奪取していたらしい。


「大丈夫?」

「ぐるる」

「オッケー。それじゃ、協力してね」


 地面に下ろされ撫でられたロガルが、委員長と、追随する新垣の剣コンビに向かって唸り、下村はそれを見守ってから短剣を構える。


「手荒な手段は好ましくないですが、仕方ないですね。私も少々本気を出します」


 委員長が柄を握り、自らの得物を鞘から取り出す。

 それは、どこぞのロマン星人が作り上げた、剣というより刀という名称が相応しい一振りの刃。新垣の西洋風の剣とは趣が違うが、かなり様になっている。剣道でもやってたのかな。


 一方で、焼きネギの魔撃を尋常じゃないスピードで避け続けるのは、笑顔が怖すぎる名塚さん。


「ふふ、上くんの活躍を真横で見れないのは残念だけれど、彼に任されちゃったから、ね……」


 聞く限り、ロガルを助けにいくために下村に焼きネギの足止めを任されたのだろう。それにしても楽しそうだ。怖いわぁ、戦いながら笑うとか怖いわぁ。


 …………さて、この時点で俺も、皆も完全に意識から外れていたことがある。


 俺と江口。佐倉と矢崎。金崎先生と菊地。下村ロガルペアと委員長新垣ペア。名塚さんと焼きネギ。

 奇しくもタイマン、あるいは2対2の状況で膠着状態になったからこそ――――


「ねえ、かもめちゃん? やめといた方が……」

「ちっちっち、ハイパー任せろ」


 ――――余った一人が、暴挙に出た。


 そのハイパーバカ鳥類の名は海原かもめ。コミっちの幼馴染であること、そして、そんなコミっちの制止が基本的に効かないことで有名である。


 彼女はその場でしゃがみこみ、水流によって泥と化した地面に触れる。

 そしてその水は元々、()()()()()()()()()()()()である。


「『ウル・ハイパークエイク・トレジア』」

「バっ、」


 もうそれが誰かも分からないが、誰かが静止を求める声を挙げたと同時に――――地が爆ぜた。


 恐らく正確には地面に染み込んだ水分が爆ぜたのだろうが、地面もろとも上空へと吹き飛んでいる俺たちからすれば、そんな錯覚を起こすことも仕方ないだろう。


「やってやった」

「ロガルぅーっ!?」


 敵味方関係なく上空へと吹き飛ばしたくせに何故かドヤ顔でガッツポーズするかもめと、唯一被害を免れたが使い魔が吹き飛ばされ頭を抱えるロガルの声が、宙を舞う俺たちの耳にいやに届いた。


 ●


 結局地面爆破の被害を免れたのは範囲外だったかもめとコミっち、そして俯瞰的に戦局を見ていたためあらかじめ防御ができた有吾と、有吾に助けられた野々宮だけだった。


 模擬戦? 一分しかやってないけど全身泥だらけになったから中止だよ!

 やっぱり模擬戦と違う形で情報共有しようねってことになったわ! 風呂入るぞ!


※入浴シーンはカットです。



矢崎彩香:ヤバい奴ではないが普通でもない。

安藤枢:キラキラネームに触れなければまとも。

新垣新:ヤバい奴。

焼きネギ(根岸綾):まともっぽい。




『面白かった!』


『続きが気になる!』


『さっさと続きを更新しろやブン殴るぞ』


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あと、感想とかブックマークとか頂けると、作者が嬉し泣きしながら踊ります。

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