第二話 樋上柚月と、ほとんどミイラ
本編二話目です。
改めて現状を確認する。
俺、樋上柚月は、学校でバリバリ活動していたにも関わらず、いつの間にか眠っており、しかもその前後の記憶がない。
そして目を覚ましてみれば、全く知らない場所にいて、しかもそこは我が国ニッポンとも思えない様子でしたとさ。めでたしめでたし。めでたくねえ。
さて、この状況、普通に考えて拉致監禁を疑うのだが、
「こうも光景が意味不明だと、恐怖って半減するんだな……」
それにしては想像を絶する厚待遇に、しばし呆然とするしかなかった。こうも豪華な部屋で目が覚めると、学校の制服のままの俺がなんともミスマッチだ。
「お目覚めになりましたか、ユヅキ・ヒガミ様」
「ッ!?」
突然聞こえてきた声に、喉元まで出かかった悲鳴を飲み込み、慌てて振り返る。
いつからだろうか。俺が寝ていたと思われるベッドの枕元には、いつの間にか1人の女性が佇んでいた。
「あ、あの、あなたは?」
「申し遅れました。私は、リルティア様に仕える従者、アネモネと申します。お体に異常はありませんか?」
「いや、ない、ですけど……」
そう言って、アネモネさんは俺に恭しくお辞儀する。一挙手一投足が、なんというか、様になっている。
そのリルティアという人物に心当たりはないが、従者というのは本当なのだろう。
彼女、アネモネさんが着ているのは、白と黒を基調とした、フリルのような装飾のついた服。実物を見たことはないが、俺の知っているメイド服というものと一致する。
だが、彼女の容貌は、メイド服という非日常的な服装が霞むほどに異常。
――――肌の一切を隠すほどに、彼女の体が白い包帯で巻かれている。だが、目の高さに当たる部分のみ、包帯はぐるりと紫色に染められていた。
所謂ミイラのような状態であり、顔まで包帯で巻かれているせいで表情などは一切読めない。それでもきちんと相手に聞こえるように言葉を発していた。器用なものである。
拉致監禁先のファーストコンタクトである上、相手の様相の怪しさ満点にも関わらず、俺の口からは疑問が飛び出していた。
「あの、ここはどこなんですか?」
「ここはキルティナ王国のはずれ、女神リルティア様の神殿の一室です」
ミイラ風メイド――――アネモネさんが冷静に答える。
……ねえ、ちょっと待って、固有名詞の全てに聞き覚えがないんだけど?
というか、女神とか言ったか? アレか? 宗教の勧誘的なアレなのか?
「聞きたいことは多々あるでしょう。ですが、それについては直接リルティア様が話されるそうなので、ひとまずついて頂けるようお願いいたします」
「だからそのリルティア様っていうのが誰なのかを――――」
「ああ、失念していました。リルティア様は『これだけ言っておけば、ある程度は理解する』と仰られたので、ユヅキ様にも伝えておきます」
俺の疑問を遮り、アネモネさんが簡潔に告げる。
「ユヅキ・ヒガミ様。あなたは、異世界に召喚されたのです」
…………。
「行ってこい廊下」
「異世界召喚です」
「………マジなんですか?」
「まじなんです」
異世界召喚。
ライトノベルなどで一世を風靡したジャンル。超常の存在によってファンタジーな世界へと飛ばされ、そこで冒険したりするアレだ。そりゃあ俺も、知識としては知っている。
「そー、だったんですかー」
「……信じてないご様子ですね」
話し半分に聞いていることを感じ取られる。
確かにファンタジーの世界というものは、何故か得てして中世ヨーロッパ風の世界が連想されることもあるし、その情報は、この光景と一致する。
だが、それを指摘されたくらいで、はいそうですかと信じられるほど俺の脳内はメルヘンじゃない。
そんな俺の心情を察したかのように、アネモネさんはおもむろに右手を頭上に掲げ、何かを呟き出す。
「『ウル・フォーマ・マイスト・ネクト・メラル・フォーマ・コルード・ネクト・エアル・トレペオ・ルネド――――』」
それは、全く意味を成していないかのように聞こえる言葉。だが、その言葉に応えるかのように、アネモネさんの右手の上に幾何学的な円陣が、二重、三重と浮かび上がる。
「『スピンスノウ――――トレジア』」
それは、雪を巻き込みながら発生するつむじ風のようなもの。規模は小さく、部屋を荒らすほどではなかったものの、確かにその雪のつむじ風は、アネモネさんの頭上の円陣から立ち上り、天井の豪華なシャンデリアを鳴らし、壁を彩る高級そうなカーテンを揺らしていた。
それは、まるで――――
「……魔法」
「はい。ユヅキ様の元の世界には、魔法はなかったと耳にしたので。異世界召喚されたという証拠になるでしょうか?」
首をかしげるアネモネさんに、俺は黙って頷くしかなかった。
ここで、今のがトリックだと騒ぎ立てるには、今の光景は非科学的すぎた。
認めよう。確かに俺は、マジカルでファンタジーでフィクションじみたことに巻き込まれているらしい。恐らく、異世界召喚されたのも事実なのだろう。
少なくとも、今はこのアネモネさんの指示に従うしかないようだ。魔法なんかを使える人を相手に歯向かったらどうなるのか、考えただけでもゾッとする。
「それでは、リルティア様のいらっしゃる『降神の間』までご案内致します。既に皆様は、そこで待っておられますので」
「皆様?」
「ユヅキ様のクラスメイトの皆様です」
「え?」
アネモネさんの口から、急に現実的なワードが飛び出したことに一瞬取り乱すが、落ち着いて尋ねる。
「俺のクラスメイトが、この世界に来ているんですか?」
「はい。あなたの世界で、20XX年6月11日午後1時ごろに、寿雲高校2年D組の教室にいた人間は全員、転生されているそうです」
先程まで聞き馴染みのない言葉ばかりだったが、丸暗記したかのように発したアネモネさんの言葉に、唐突に聞き馴染みのあるワードが連続する。
確かにその日のその時間は、俺の最後の記憶のある日時とほとんど一致する。五時間目の授業が始まるかどうかという時間帯……ということは、俺は教室に辿り着くことは出来ていたらしい。そこで、クラスメイトと一緒に異世界召還された――――というところだろうか。
「ってことは、金崎先生も巻き込まれてるのかなぁ……」
こんな非常事態とはいえ、十代に囲まれた1人の大人というアウェー感は辛かろう。
とりあえず、先程から座っていたベッドから離れ、先導するアネモネさんに続いて部屋から出る。
廊下は静まり返っており、厳かな雰囲気が立ち込めている。幾本も立つ柱には、なんというか、建築の美を感じるデザインが施されている。そういえば、ここは神殿なんだっけ。
「道すがら、この世界のことなどを簡単に説明致しましょう」
前方から、アネモネさんの声が聞こえてくる。
……今更だが、アネモネさんは本当に女性なのだろうか。メイド服を着ているから疑問に思ってなかったけど、全身ミイラ状態だし、声もくぐもっているせいで性別の判断は難しい。
「この世界は、大まかに2つの領域に分かれています。人間が住まう人間領。そして、魔族が住まう魔族領の2つです」
「魔族?」
「我々と同じ言語で会話を可能とする種族です。見た目は人間と近いですが、多くのものは褐色の肌と、頭部に角を持っています。しかし、最も決定的な違いは、人間よりもはるかに高い身体能力、そして多い魔力量でしょう」
――――魔力。
しれっと聞き馴染みのない言葉がまた新たに追加されてしまったが、大体イメージ出来るのでニュアンスで乗り切ることにしよう。そりゃ魔法があるなら魔力もあるよね。多分魔法を使用する際に使う力なんだろう。少なくとも、大きく間違ってはないはずだ。
「長い間、人間と魔族は対立しています。人間を滅ぼさんとする魔王軍。そして、それを阻止すべく戦う人類。歴史での幾度とない戦争を経て、領地は現在の状態へと至りました。領地を分断する山脈は、軍を率いて越えることが容易ではないため、現時点では戦いは膠着しており、時折小さな小競り合いが起こる程度に収まってはいます。ですが、どちらかが山脈を突破し、本格的な進軍を開始すれば、戦争は避けられないでしょう」
何やらとんでもない方向に話が転がっていくのを感じる。
こちとら生粋の現代日本人。戦争を意識したことなんて、沖縄へ修学旅行に行った時くらいしかなかったし、現実味はない。だが俺たちは、この戦争の世界に来てしまったのだ。
「えっと……要するにその魔族ってのは、単純に人間よりも強い。しかも、魔力量? も多いんですよね? 勝ち目なんてないように思えるんですけど……」
「確かに、その単体での強さでは、人間は魔族より劣ります。恐らくですが、人口も大きな差はありません。ですが、人類は大きな戦力を手にしました」
兵器……とかじゃなさそうだな。魔法が存在するこの世界では、俺たちの世界に存在した兵器みたいな分野は、ある程度退廃していそうだ。
だとしたら……。
「異世界人――――その存在は、戦況を大きく変えました」
●
「この先の扉の向こうが、『降神の間』になります。リルティア様とユヅキ様のクラスメイトは、皆そちらにいらっしゃいます。ここからは私が立ち入ることを許されておりませんので、ユヅキ様お一人で向かわれるよう、お願い致します」
そう言ったアネモネさんが立ち止まった。突き当たりには、いかにも豪華で重厚そうな扉が見える。結局アネモネさんが何者なのかはほとんど分からなかったけれど、一旦ここでお別れらしい。
「アネモネさん、案内ありがとうございました」
「……いえ、これが私の仕事ですので」
深くお辞儀をするアネモネさん。こちらも礼を返し、背を向けて扉へ向かおうとする。
その時、
「――――ユヅキ・ヒガミ様」
背後から聞こえてきたアネモネさんの声に、振り返る。
「はい?」
「異世界人であるあなたのこれからの運命は、決して楽なものではないはずです。折れてしまいそうな苦難に満ち溢れていることでしょう。でも、私個人としては、どうか下を向かないでほしいのです」
仕事柄か、あるいは本来の性格なのか、どうやら感情を表に出さない節があるアネモネさん。だけど、その言葉には、確かに誠意が込められているような気がした。
「前を向いて歩んでください。そして……もしもあなたに、どうしても助けたい人が現れたら、迷わず手を取ってあげてください」
「……分かりました」
信用できるものなどない異世界で、ついさっき出会ったばかり。顔も性別も分からないような、浅すぎる関係の人だけれども、どうやらアネモネさんは、悪い人じゃなさそうだ。
それだけは、分かった。
●
――――前言撤回だよ。
「チッ、下等な人間の分際で女神であるこの私を待たせるなんて、とんだ無礼者ね。……私の視界の中でつっ立ってんじゃないわよ、とっとと跪きなさいよゴミ!」
玉座にふんぞり返ってる、この性根最悪パツキン女神に仕えてる時点で、良い人かどうか疑わしいんだが!?
ここからはだいたい一時間おきの投稿に戻ります。
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