第一話 ユズと、回り続ける日々
――――衝撃。
「う、ごぇ!?」
その華奢に見える腕が迫る速度は俺の回避よりも速く、巻き込まれた左肩を抉り、容易く吹き飛ばされた俺の口からは、困惑と絶叫の間のような息が溢れた。
あ、どうも皆様こんにちは。今現在、空中を回転しながら飛翔しているのが俺、樋上柚月です。
「こなくそぁ!」
ここ数日でやたらと上手くなった受け身で、数メートルの軌跡を描いた落下の衝撃を軽減する。高校の授業に柔道があってよかった。まさか日常茶飯事レベルで使うことになろうとは。
俺をブッ飛ばした師匠――――ニンカは、その腕を回しながら評する。
「やっぱり、まだ遅い。牢獄迷宮での愛弟子は、もっと動きに磨きがかかってた……よっと!」
俺を評しながらも動きを止めないニンカは、金崎先生が構えていた大盾を真正面から蹴る。しかしそこは金崎先生、見た目通りの力強さと正確さをもって衝撃を受け流し、僅かな後退で抑えた。
「ふ……っ!」
「お、先生。今のいい感じだよ……まあ、あとは油断しないことかな?」
「ぐぉ……!?」
すかさず拳から放たれた第二撃が、ガタイの良い金崎先生の身体を盾もろとも撥ね飛ばす。盾ももちろん、金崎先生自身の重量だってかなりのものなはずなんだが、俺の勘違いだったのだろうか。
「おっと」
「嘘ぉ、掴んじゃうんだ……」
直後、ニンカの頭部に正確に射られた矢が迫るが、手掴みで止められた。射手の佐倉咲良が驚きを表情に現す。
矢の先端は吸盤のような材質になっており、殺傷能力こそないものの、弓から放たれた剛速の矢は当たると割と痛い。まあ現実は無事キャッチされたわけだが。
「狙いは申し分ないね。ただ、対応してくる相手なら、他の人のサポートに徹した方が強みを活かせるはずだよ」
そう言いながらニンカは、親指と人差し指と中指で矢を摘まむように構え、先端を俺の方に向けて――――ちょっと待て。
「それはちゃんと元の持ち主に手渡あっぶねえぇ!?」
ダーツの構えで手軽に放ってきた矢は、しかして末恐ろしい速度で俺を射止めんと迫ってくる。身体を捻ってなんとか回避できたが……なんか体感こっちの方が速くなかったか? 人類の叡智を人力で凌駕すな。
さて、次は俺の番だとばかりにニンカに突撃しようとした瞬間、俺の横を黒い影が通過する。
「がるるるらぁ!」
それは、黒い犬――――ではなく、狼の魔物。サイズがサイズなのでほぼ犬だが、その実力は折り紙付きだ。その小さな体に秘めた闘争心を糧に、果敢にもニンカに飛び掛かる。
しかし相手はメイド服を着た理不尽ことニンカ。まるで掬い上げるかのような手の動きでその魔物の腹を掴み、そのまま背後へ放り投げた。さすがに味方な上に見た目がワンちゃんの魔物相手にグーで殴るのは気が引けるが故のあしらいのようだ。
獣特有の平衡感覚で軽やかに着地するが、流石に何十回も投げ飛ばされているからか、その足取りには疲労が見える。
「まあ君は……単純にレベルの問題かな。このまま頑張れ!」
そんな様子を、どこか微笑ましい様子で見ているニンカ――――背後を向いている、今がチャンス。
己の足に全力を込め地を駆ける。しかし、ニンカはその不意討ちをも予想通りだったのか、俺の襲撃に合わせ振り返り、
「ティザプターは、この拳じゃ倒せなかったぜ?」
「――――ンの……ッ!」
ハイタッチでもするかのような気軽さで俺の拳に左手の掌を合わせ、弾く。
そして、ニンカは空いた右手を握った。
確かにニンカの言う通り、俺は劣化している。ティザプター戦、なんならフォールンセイント戦の時よりも弱いかもしれない。
殺意のない間柄での戦闘は、俺の感覚を鈍くさせる。まあ、この訓練の内容自体は避けて通れぬ道なのだから、それは仕方がない。
しかし、あの日出来たことが永遠に出来なくなった訳じゃあるまい。思い出せ、あの日々の感覚を。殺意だけじゃない、僅かな感情も感知しろ。
ニンカの迫る右手がスローになる感覚に陥る。
見て、感じて、動いて、動いて、動いて――――避ける!
「見切っ――――」
「見切り切れてないよ?」
途中で加速した右手が俺の右肩を抉り、また俺の体は宙を舞った。あ、今度は逆回転ですか、気が利いてますね。ふざけんな。
吹き飛んだ先でニンカを見ると、左腕に吸着した矢を外しているところだった。
「サクラちゃん、今のは最高だったよ。もう少し威力のある矢だったらあたしも愛弟子への攻撃は外れていただろうし、サポートとしては満点だね」
「やった!」
今回のMVPたる佐倉さんが弓を降ろしてガッツポーズを決める。
俺と、金崎先生と、佐倉さんと、狼の魔物――――あともう一人を見回し、ニンカは宣言した。
「よし、休憩にしよっか」
●
俺の名前は樋上柚月。仲の良い奴には、ユズって渾名で呼ばれようとしていたが、あまりにも浸透しなかったため泣く泣く断念した――――というのは過去のお話。
一般的な家庭に生まれ、ごく普通に愛を受けて育ち、平均的に完成した高校二年生――――これも過去のお話。
当時の俺はさしたる大事件に巻き込まれることもなく、寿雲高校という可もなく不可もない公立高校に通い、面白味の薄い日々を過ごしていた……そんなある日のこと。
突如現れたロボットに拐われ、気付いたときには異世界に転移していた!
女神を名乗る少女、リルティアの(ものではなかった)策略により追放され、牢獄迷宮で死にかけていたところを、素敵麗し超絶美少女、我らがラゼ・カルミアに救われる。
クソ自己中な老骨剣士や、ミノタウロスのパクリみてえなボスモンスターと戦い、何だかんだ強くなった俺は、遂にクラスメイトと合流し、世界の真実を知る。
なんと俺たちは、人類滅亡を企てるAIと、とりあえずゲームを作りたいAIの争いに巻き込まれ、ゲームの世界にやって来ていたのだ!
目的が一致しているからって話だけど、元の世界への帰還と言うよりラゼの役に立ちたい俺は、二つ返事でラゼの言葉を了承!
神殺しに協力することにしたのだ!
「よくよく考えたら、意味分からんなー」
「ねー」
神殿の立つ森林、そこを抜けた先にある平原で、青空を見上げながら寝転がった状態の俺の呟きに、隣で座り込むクラスメイトが、傍らの小さな狼のような魔物を撫でながら答えた。
そいつの名は駒形小路。通称『コミっち』。元の世界でも既に渾名でそう呼ばれていた。羨ましいことこの上ないね。中性的な名前、中性的な見た目をしているが、普通に男である。
なんでも魔物と意思を疎通させ、使い魔とすることができる『テイマー』の才能があるらしく、そこにいる四捨五入したら犬みたいな狼の魔物も、俺が牢獄迷宮にいる間にテイムした彼の使い魔らしいのだ。彼の固有スキルもまた、テイマーに向いたものらしい。
寝転がりながら、甘えるように鳴く狼の魔物を改めて凝視する。
【刃狼将ロガル Lv.35】
「こんなちっこくてもボスモンスターって、マジかよ……」
その小さな体躯からは思いもよらないほどのビッグネームに、俺はため息をつく。ボスモンスターって、もっとこう、ゴツいんじゃないのか。サンプルはティザプターしか知らないけど。ウィザリアもゴアも、存在を聞いただけだし。
というかボスモンスターって、簡単に使い魔にしていいのか。てか何で出来るんだ。というかなんでその辺にボスモンスターがいるんだ。
やはり異世界人の固有スキルは強力なものばかりらしい。
「あの……お疲れ様です」
「あ。お疲れ、野々宮さん」
一人の少女がこちらに小走りで近付いてきて、人数分のタオルと、フラスコのようなものを俺とコミっちに――――というよりロガル用に渡してくる。
彼女の名前は野々宮のの。死にかけの俺を救ったあのポーションを作ったうちの一人だ。固有スキルの関係上、ポーション生成に向いているらしい。薬草とかを育ててる園芸ちゃんと、楽しそうにポーションを作っているのを一度見たことがある。
俺もあまり詳しくはないが、ポーションとは液状の薬、ゲームでもよく用いられる用語の1つだ。
俺は今のところ純粋に傷を癒す回復魔法の代替という位置付けであるこの回復ポーションしか支給されたことがないが、何やら他にも色々なポーションがあるらしい。
確かに、魔力回復ポーションとかもあるらしいが、俺に手渡されても仕方ないしな。絶対量以上には回復しないらしいし。
「それじゃ、私は他の方々にも渡してくるので……」
「ありがとう!」
コミっちが器用に傾けたフラスコの口をちびちびと舐めるロガルを確認して、野々宮さんはまた小走りで去っていった。お、よく見たら俺のフラスコより口の直径がデカい。こだわりが凄えな。
俺らがこうして訓練の合間の休憩時間になると、野々宮さんはこうしてタオルと回復ポーションを持ってきてくれる。運動部のマネージャーかな?
体を起こして回復ポーションを口に含むと、スポーツドリンクみたいな味が舌に広がる。味がスポドリに近くなるように園芸ちゃんと改良したらしい。うん、マネージャーだねコレ。
手渡されたタオルで汗を拭き取りながら休憩していると、
「!」
まるで誰かに呼ばれたかのように、急に明後日の方向を向くコミっちに、少し驚く。
「どした?」
「あ、そろそろ呼ばれる気がして……」
『こぉぉぉぉぉみぃぃぃぃぃちぃぃぃぃぃぃぃっ!』
「……ね?」
「いや、ね? じゃないんだけど」
コミっちには、海原かもめと言う幼馴染がいて、不思議ちゃんたる彼女に散々に振り回されているのだ。
端から見てるともう熟年夫婦みたいに見えることがあるほどなので、我々は温かく見守ることにしている――――が、流石に今の超常的な察知能力はツッコまざるを得ない。
まあ、特にゴブリン系列の魔物相手なら、俺を視覚的に認識した奴の殺意は全部感じ取れるようになってきた俺が言えたことじゃない気はするけど。
「ちょっと行ってくる」
「行ってらー」
ロガルを抱えながら幼馴染の声がした方へと走るコミっちの背中を、胡座をかいたまま見送る。
さて、ニンカチームが俺一人になってしまった。金崎先生は、『生徒の中に先生が混ざっていると微妙な空気になる』という理由で訓練の時間以外は基本的に別行動することが多いし、そんな金崎先生に首ったけな佐倉さんは、そちらに着いて行ってしまっている。
まあでもこれは、割と毎日こんな感じだ。だから、やることも変わらない。
ポーションが効いたことを確認し、俺は再び、ニンカに向けて声をあげる。
「師匠! 先に始めんぞ!」
「今日も? 熱心だねえ、愛弟子」
ニンカに休憩が必要になるほどの実力は、まだ俺達には備わっていない。ならば、まだ成長するしかあるまい。
大体の場合、休憩時間が終わる前に、俺だけ訓練を始めてしまう時がほとんどだ。
まあ、何故俺がこんなにも熱心なのかというと、割と単純な理由があるのだ。
異世界人の訓練は、幾つかのチームに分かれている。
近接武器持ちを請け負うレトさんのチーム。
魔法を戦闘に組み込むアネモネさんのチーム。
準戦闘要員を受け持つシハロのチーム。
非戦闘要員のためのソウさんのチーム。
俺達その他に分類されるニンカのチーム。
しかし、そのいずれにも属さないクラスメイトがいる。
そいつの名前は鈴木有吾、俺達の中では最も優れた実力者であるということを加味して、ラゼとのマンツーマンで訓練しているらしいのだ。特待生クラスという訳だ。
――――ラゼとのマンツーマンね、へー、そうですか。
一応弁明しておこう。俺はラゼが大好きだし、ぶっちゃけ命も投げ出せるくらいにゾッコンだ。だが、独占欲はそれほどないのだ。
少々話は飛躍するが、例えばラゼと有吾が恋人同士になったもしても、嫌悪感は湧かない。それは、単純にラゼも有吾も大いに信頼できる人物だからというのもあるが、他の誰だって同じだ。ラゼが心から納得した故での選択であるなら、俺はそれに満足する。
だから、マンツーマンの訓練で有吾にラゼを取られてしまうかもしれないとか、そんなアホなことは考えていないのだ。
「……うん」
――――だけど、それはそれとしてラゼとのマンツーマンはクッソ羨ましいし、ラゼと一秒でも長くいたいという俺の心情に、矛盾はないだろう?
無理にチームの編成を変えろと頼み込むほどトチ狂ってはいない。ルールの真正面から、俺がラゼチームに所属になればいいのだ。
即ち、
「今日こそ、今度こそアンタを越えるぞ、師匠ぉ!」
「はははっ! かかってきな、愛弟子!」
俺がラゼチームへと移籍できるほどに強くなればいいのだ。
準備はいいか? ラゼが絡んだ俺は強いぞ?
そういう訳だニンカ。いい加減にその拳、見切らぐべぁ――――!
道のりは遠いかもしれん。
駒形小路:実はヤバい人。
海原かもめ:ヤバい人。
佐倉咲良:ヤバい人。
野々宮のの:相対的に見るとまとも。実はユズと波長が合う。
ユズは牢獄迷宮においては生命の維持を優先していたため、防御よりも回避を優先していた。しかし、牢獄迷宮から出て以降は、タフさも伸ばさなければならないという結論に。しかし回避の勘も鈍らせないためにニンカが考え付いたのは、
『回避しようとしてみてよ、回避出来ない速度で殴るから。それなら両取り出来るね!』
とのこと。ユズは耳を疑った。
『面白かった!』
『続きが気になる!』
『さっさと続きを更新しろやブン殴るぞ』
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