エピローグ
一章のエピローグです。
ユズとは別の、あのキャラの視点となります。
自分を良い奴かどうか考えたら、良い奴寄りではあると思う。
でも、自分が好きかと考えたら、やっぱり俺は自分が嫌いだ。
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俺たちがこの世界に来て3週間ほど経って、樋上が神殿に帰って来た日。
俺も含めて後ろめたさを感じていた連中も、なんだかんだ樋上に絆され、元の世界にいた時のように普通に接するようになれた。人が良いのか、能天気なのか、馬鹿なのか。言っちゃ悪いが、全部だろう。
心なしか元の世界にいたときよりも生き生きしているようにも見えるが、牢獄迷宮での日々がそうさせたのだろうか。
それが良い傾向であるような気がする。こういう樋上のためになっているような気がするから、ラゼ・カルミアたちのことを非難し切れないのだ。
数日も経つ頃には、樋上も万全に動けるようになり、訓練に参加するようになった。
恐らく、野々宮のの、そして園部苑子――――通称『園芸ちゃん』が作った回復ポーションとかいうやつのお陰だろう。あれ、引くほど怪我が治るからな。ゲームの世界ならではの、妙な感覚だ。
数日経って分かったことだが、樋上は結構変わった気がする。
まず、やたらと他人に『ユズ』と呼ばせたがるようになった。ラゼ・カルミアやアネモネたちがそう呼んでいたため、浸透させていけると思ったのだろうか。真相は定かではない。
因みに俺は布教されていない。というかそもそも樋上と話していないから、タイミングがないのだろう。
次に、単純に強くなっていた。
追放前に俺と菊地の二人で逃げようとした樋上を捕まえた時は、驚くほど弱かった。というか、俺たちが元の世界にいた頃よりも遥かに強くなっていたというのが正しい。
この世界の住人は、基本的に初期レベルが1に設定されている。どれだけ高くなろうと、二桁に到達しない辺りが限度だ。それは、生まれたとき初期レベルが設定されるからだ。
しかし、俺たちは高校生の肉体であるため、初期レベルが圧倒的に高い。俺や菊地は初期レベルの時点で50代だった。そして、異世界人の特典として、平均よりも高いステータス。転移による体の強さのズレに悩んだものだ。というか樋上を取り押さえるときにうっかり殺してしまうのではないかと本気で焦った。
しかし、神殿へと帰って来た樋上は、目を見張るほどに強くなっていた。俺たちも定期的に実戦として魔物を倒して経験値を稼いだりしているが、恐らく一番実戦をこなしているのは樋上だろう。そこには、戦いの巧さがあった。
レベルも51まで上がっている。レベル三桁の魔物やらボスモンスターやらも倒したらしいし、実際の強さはレベルで測れないほどだろう。
しかし、もう1つの変化があった。
樋上は、戦いのたびに、自分のパフォーマンスに対して不満を覚えるようになっていった。
牢獄迷宮の中での樋上の戦いっぷりを、俺たちは知らない。だが、牢獄迷宮での樋上を見ているラゼ・カルミアから見ても、その違和感は感じていたらしい。
樋上のパフォーマンスは、殺し合いの中で本領を発揮する。つまり、自分を明確に殺そうとしてくる魔物との戦いなどで本領を発揮するらしいのだ。
しかし、樋上はそれを出来ていない。というのも、最近の樋上はニンカとの対人戦に付きっきりなのだ。
牢獄迷宮においてあまり育たなかった対人戦の経験。それを伸ばしているらしい。ラゼ・カルミアとの修行は、基本的に魔撃を避ける訓練。自分と同じように近接特化の人間と戦った経験が少ないのだ。
以前のニンカを知るからこそ言えるが、ティザプターを倒してから、元から強かったニンカの動きに磨きがかかっている。
戦闘スタイルは上位互換とも言えるニンカに、樋上は何度もボコボコにされていた。
ニンカは当然、樋上を殺そうとしていない。だからこそ、樋上とは相性が悪いのだろう。訓練に意味がないとは言わないが、本調子になれていないと、殺意の感覚が鈍るらしい。
正直俺は、樋上が何を言っているか分からん。
●
更に数日が経ったある日のこと。
「うぉあ!?」
「げ」
……遂に俺は、樋上と鉢合わせてしまった。
やたらと焦った様子で走ってきた樋上は一度俺に驚くと、俺をまじまじと見た後に探るように質問をしてきた。
「なあ、お前は……聞いてる?」
「? ……何がだァ?」
「あー、知らない感じか。なら頼みがある。俺、今からここに隠れるけど、『俺のことは見かけてない』って言っといてくれ。頼むぜ!」
一方的にそう言うと、樋上は俺の近くにあった柱の影に隠れる。
その直後、曲がり角の奥からぞろぞろと足音を立てながら、男子生徒たちが走ってきた。
「あっ、鈴木! ユズの奴見なかったか!?」
「……」
ちらりと柱を見ると、顔だけを出した樋上が、人差し指を口に当てるハンドサインで、必死の形相でメッセージを送ってくる。
「……いやァ? 見てねェが?」
「サンキュー! チクショウあの野郎どこに行きやがった! 捜索担当の下村は!?」
「だいぶ前から行方不明です!」
「1ヶ月経つんだからいい加減慣れろや、あの方向音痴がぁ!」
怒り心頭といった表情で、神殿内を走っていく男子生徒たち。マジで何があったんだよ。
男子生徒たちの姿が見えなくなったのを確認すると、樋上が柱から姿を現した。
「あ゛ー、ありがとう鈴木」
「一体、何がどォしてこうなってんだァ?」
「今俺、あいつらに冤罪……でもねえか。とりあえず追われてんだよ」
この時、後に『楽園の花と腐った柑橘事件』と呼ばれる騒動の真っ最中だったのだが、偶然にも俺はその渦中にいなかったため、知る由もなかった。
「…………」
「…………」
――――気まずい。
なんとなく手すりに肘をおいて、二人して外の風景を眺める。
俺は罪悪感で、樋上も樋上で、俺に避けられているということを察しているから故か、距離感を掴みかねている様子だ。
だからといって互いにその場を離れることもできない。
……いやいや、何を臆病になっているんだ鈴木有吾。ただでさえ合わせる顔がないというのに、これ以上樋上に気苦労をかけるつもりかよ。こうなってしまった以上は仕方がない、お前から何か話すんだよ!
「あのさ、鈴木」
……負けた。負けたぜ、樋上。お前こそがクラスの頂点だ。
想定外の事態に脳内のテンションがおかしくなってしまっている俺だが、樋上は続ける。
「その……なんというか、俺の思い過ごしなら申し訳ねえんだが、お前が俺を避けてる理由ってのは、だいたい察してるつもりだ。その……追放前のアレとか、転移前にも何かやってるんだろ?」
俺の精神を的確に突く言葉を選ぶと樋上。
俺は正直、本気で責められると思っていた。『お前のせいで』のような非難を受けると思っていたのだ。
心の奥底では、樋上はそういうことを言わない奴だと分かっていたのに。
「だけどな。俺、正直転移したときの記憶、ほっとんど残ってないのよ」
俺は目を見開く。それは知らなかった。
樋上は怒りこそしなけれど、俺の最悪の選択を覚えていると思っていたのだが……忘れていたのか。道理であっけらかんと過ごしていると思っていた。
だからと言って、俺の罪悪感が消えるわけじゃ――――
「お前はな、何を言っても勝手に悩むような奴なのは知ってるし、今更生半可な言葉はかけないぞ。良いか、命令だ」
俺のことを指差す樋上は、俺の想像とは全く違う部分に対して怒っていた。
「俺が忘れる程度のことで、いちいち悩むな。お前が如何に自分を悪い奴だと思い込もうと、それを証明できる奴はいねえんだよ。だって俺自身が綺麗さっぱり忘れてるんだからな!」
ドヤ顔で忘れたと言う目の前の大馬鹿者に、俺は自然と笑いが溢れてしまう。
「――――はは」
あの日のラゼ・カルミアも、今の俺と同じ気持ちだったのだろうか。なんというか、こいつは……。
幸か不幸かで言えば絶対に不幸な男なのだ、樋上柚月という奴は。
不幸を勝手に散々吸い取って、人を散々悩ませておいて、そのくせ当の本人は、何でもないような顔で許して笑いかけてくるのだ。
「すげェ奴だよ、お前は」
「え? 何が?」
「何でもねェ。あァ分かった。そこまで言うなら気にしねェでやる」
「おう、是非ともそうしてくれ」
そう言って屈託なく笑う樋上。やっぱりこいつは能天気だ。
「そうだ、お前も俺のことはユズって呼んでくれよ」
「……分ァったよ、ユズ。じゃァ俺のことも有吾って呼べよ」
「おう、有吾。これからもよろし――――やっべぇ!?」
「ユーズー?」
突如何かを察知したユズが外を警戒した瞬間、そいつは重力から解放されたかのように、軽やかに手すりに着地した。
……ちょっと待て。ここの手すり、そこそこ高さあるんだけど?
「下村テメエ、どこから現れやがった!」
「神殿の中を探してたらいつの間にか外にいたんだよ! お陰で見つけられたけどねえ!」
クラスメイトの下村上。筋金入りの方向音痴で有名だ。神殿の中を探して、いつの間にか外にいることなんて、普通あるか?
元の世界では、よくユズと大城と下村でつるんでいることが多かった記憶がある……が、もしかしたら気のせいだったかもしれないと思わせるほどに、下村はユズに怒っていた。
「さあユズ、君にはじっくりと聞きたいことがあるからねえ?」
「寄るな! 冤罪だってんだよ!」
「でも、見たんでしょ?」
「……………………」
「皆あああああ! ユズいたああああああああ!」
「あっテメ、援軍呼ぶのは卑怯だろ! ……んじゃ有吾、そういうことで! 俺は逃げる!」
「逃がさないよ!」
ドタバタしながらもユズは下村から逃走をはかり、曲がり角に消えて――――そっちから援軍がやってきて、逆方向の曲がり角へと今度こそ消えていった。
「何やってんだアイツはァ……」
俺はそれを、苦笑しながら見送っていた。
ユズは――――樋上柚月は、本当に変わった。
元の世界にいた頃のあいつは……どこか退屈そうな顔をしていた。
大城や下村といった友人と共にいた時間も楽しくないわけではなかったのだろうが、それでもどこか違う世界を求めていたのだと、今では思う。
あいつは、本当に生き生きとした奴になった。俺に対しても、ユズと呼んでほしいと思うほどに、アイツは良い奴なんだと思う。
――――だからこそ、ユズに嘘をついていることが、この上なく心苦しい。
「『気にしねェでやる』? 出来るわけねェだろ」
悩むなと言われたって、そんな簡単に前を向けるわけがない。俺の元来の性格もさることながら、俺はユズに、酷い言葉をかけてしまったのだから。
●
それは、本当に突然のことだった。
ある日の昼休み明けの教室。金崎先生が教室に入ってきても尚、パシったユズが帰ってこないという事実に俺は自分を責めていた――――その時だった。
突如窓ガラスが割れ、同じ面の教室の壁が破壊された。
その衝撃で窓際の席にいたクラスメイトたちは抵抗する術なく吹き飛び、対面の壁まで打ち付けられている者もいた。
大多数の者はパニックで、身動きひとつ出来ずにいた。
白煙を押し退け視界に入ってきた白いロボットのような何かが生徒を一人一人拐っていく度に、理性を取り戻した生徒たちが逃げようとする。
「うわあ゛ああああああああああ!」
しかし、新たに宙から教室内に侵入してきたロボットに阻まれ、例外なく捕縛される。
生徒を捕縛したロボットは再び宙へと飛び立ち、入れ替わるように更なるロボットが到着する。
そうするうちに、俺も金崎先生も、なす術なく捕まってしまった。
何が起こっているのか、これからもどうなってしまうのか、未知との遭遇に頭がちっとも働かない。
「畜生ォ! 離せェ!」
ともかく身をよじり、ロボットから離れんと暴れる。
しかし抵抗空しく、ロボットは俺を離すまいと体にベルトのような何かで固定した。
――――その時。
視界の端で、何かが動いた――――教室の扉を開けたユズと目が合う。
ユズも唖然としている様子だったが、心情としては俺も同じだった。
あれだけ激しい物音がしているのに、何故教室に入ろうとしてしまったのか。馬鹿なのか。何かおかしいと思わないのか。
今お前が扉を開けなければ、お前は狙われなかったかもしれないのに。
案の定、ロボットが扉の前のユズを捕捉する。
俺は怒りとか叱責の意味も込めて、ユズに向かって言葉を投げかけんとしていた。
これでも俺は、クラスメイトの中でもリーダーのような立場にあると自覚していた。ユズだけでも、逃がさなければならない。そして、今の俺たちの状況を、誰かに伝えてもらわなければ。
――――お前だけでも逃げろ、と。早く逃げろ、と。
逃げろ、逃げろ、逃げろ、逃げろ、逃げろ!
言え、言え、言え、言え、言え、言え、言え!
早く!
「――――たすけて」
轟音の中で、その言葉がユズに届いたのかは分からない。
だが、その瞬間のユズの表情は、今でも脳に焼き付いて離れないほどに、鮮烈だった。
何かを決意したようなユズが、俺を捕縛するロボットに向かって走り出すのを最後に、俺の記憶は途切れている。
俺に残っている、元の世界での最後の記憶だ。
●
覚悟が足りなかった俺がこぼした、たった一言のせいで、ユズは転移に巻き込まれてしまった。
それからユズは追放される運命となり、操られていたとはいえ、あまつさえ追放に荷担さえもしてしまった。
その直後の俺は、我ながら荒れたものだ。金崎先生たちに止められていなかったら、リルティアの言葉に耳を傾けることなく殺していたところだった。
気にせずに生きろ? 出来るわけがない。
俺は、樋上柚月を元の世界に返すためなら何でもしよう。
文字通り、何でもだ。
――――例えそれが、ラゼ・カルミアの意思に反するものであったとしても。
※有吾くんはホモではありません。
ユズたちがこの世界から脱出する方法は、大きく分けて二通りあります。
『楽園の花と腐った柑橘事件』
所謂ラッキースケベを主人公であるユズが引き起こしたことで勃発した、ユズVS他の男子生徒の壮絶な戦い。
本編にはほとんど関係ないので、無念のカットとなった。あと作者がラキスケ描写書けないからね!
次回は登場人物紹介を投稿するかもしれません。そうでなかった場合は二章の執筆に移るので、しばし更新が遅れる可能性があります。
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