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第十九話 ユズと、冥土の土産

(激高ギャグセンス)

 

 固有スキルという概念が存在する。

 ユズは、ラゼによるほんの少しの説明からニュアンスを感じ取って、この聞き慣れない単語を理解したということにしようとしていた。

 そして、ユズが持つ固有スキルへの認識は、意外と間違っていない。


 固有スキルとは、神から与えられた賜物である、その者の唯一無二の異能のことを指す。

 その対象は、基本的に全ての人間、そして魔族。例外はあるものの、固有スキルを持つ者のほとんどは、そのいずれかに該当する。


 固有スキルの特徴として、基本的に使用することに対する代償を必要としないことがある。

 例えば、体を動かすと体力を消耗する。魔法を使うと魔力を消耗する。

 しかし、固有スキルの行使には、基本的に一切の消耗が存在しない。例外として、より強い固有スキルの効果を引き出すために、何かしらを代償として捧げなければならない可能性もあるが。


 ともかく、そういった利便性もあり、固有スキルは、持つ者にとって大きな意味を有する。

 そして、そういった背景から固有スキルの存在が重要視されているこの世界だからこそ、自身の人生なども固有スキルにより決めるという話もよくあるのだ。ラゼが言っていた、魔法への適正が固有スキルだった場合、魔法使いになる人生が決定するというのも珍しくない。

 それらの理由も込みで、ラゼは神を憎んでいるのだ。


 ――――因みに、『固有スキル』のみ存在を認識していたユズが、通常の『スキル』の存在を知るのは、もう少し先の話である。


 さて、固有スキルが基本的に人間と魔族にのみ与えられるものなら、魔物はどうなのか。

 例えば、ユズが戦ったゴブリンメイジの無詠唱での火魔法は、その種族の特徴。鳥が空を飛べる、魚が水中で息ができるのと同様に、種族差故に身に付いた基本技能であり、あくまで固有スキルではないのだ。

 そういうわけで、魔物は固有スキルを使えないのかと問われれば、基本的には是である。固有スキルを使うことのできない魔物が大半を占める。

 だが、ここに例外が存在する。


 それこそが、()()()()()()20の魔物。


 ボスモンスターと呼ばれる魔物たちである。


 ●


 狂戦王ティザプターは、自身の死を確信していた。


 ボスモンスターと呼ばれる、強さのタガが外れた異常な魔物集団の中でも、ティザプターの強さには()()()()が少ない。撃破する厄介さを考えれば、下から数えた方が圧倒的に早いだろう。

 単純に強いだけ。更には経年によりステータスは減少し、両腕に封印を施され、そしてゴアの改造による理性の崩壊も着々と進んでいる。

 だからこそ、既に腹を貫かれた以上、ティザプターは対抗する術を持たない。


 しかし、そんなことで勝負を諦められない。目の前の好敵手を前にして、そんなつまらない理由で散っていいわけがない。

 彼と、自分の意思をもって、真正面からぶつかり合いたい。しかし、ゴアの悪意が邪魔をする。


 だからティザプターは、()()()()()()()()()()()()()


 狂戦王ティザプターの固有スキル、『狂戦化(バーサーク)』。

 その効果は、理性と寿命を捧げることによる、大幅なステータスの上昇補正。


 自ら理性を繋ぎ止めることはもう叶わない。これは、宿敵に合わせる顔がないほどに、恥じるべき戦いなのだ。

 ならばせめて、()()なってしまったのは己のせいなのだ、と。

 誰による策でもない、己の意思なのだ、と。

 理性の崩壊を、自身の意思によるものとして、塗り替える。


 これより今から行われる狂戦王ティザプターの破壊行動は、ゴアなど一切関係のない、ティザプター自らの意思で作り上げられた、宿敵への置き土産なのだ、と。

 そして、我が宿敵は、それを受け入れてくれるような気がした。


 そのように念じて、ティザプターは固有スキルを発動させる。

 理性の残滓が消え去る前に、目の前の鬼を腕で()()()()

 固有スキル『狂戦化(バーサーク)』は、理性を崩壊させはするものの、闇雲に周囲を破壊するようになるわけではない。

 ()い、()う者と()す。周囲に生命を感知した場合、その存在が如何なるものであろうと積極的に抹殺せんと動く。

 だから、最後の懸念材料、邪魔をしてくる可能性のあった鬼を消した。


 その衝撃で宿敵が血達磨となって吹き飛んでいくのが見えた気がした。

 ……ああ、確かに、宿敵は弱い。あの人間とは思えない化物のような表情、鬼気迫る戦いを見て忘れていたが、我が宿敵は本当は酷く弱いのだ。


 でも。それでも。

 宿敵なら、我が宿敵なら。只人なれど、秘めたる化け物を内に飼う宿敵ならば。


 立ってくれ。そして、また、戦ってくれ。


 ●



『――――いいぞ』



 ●


 ――――そう、聞こえた気がした。


(嗚呼、)


 狂戦王ティザプターは満ち足りたような気持ちで、ゆっくりと理性の目を閉じる。


(さらばだ、宿敵)


「オオオオオオオォォォォォォォォォッッ!!!」


 ●


 理性が消失したティザプターの咆哮が、牢獄迷宮の全てを揺るがす。

 固有スキル『狂戦化』の影響で、全身から蒸気が昇るティザプターは、闘争を求め、命の息吹を探し――――見つける。


 上半身が消し飛んだ鬼の横を素通りし、それよりもずっと矮小な、血肉の塊――――最早血溜まりとしか言えない何かに向けて歩む。

 生きているとは到底思えない。生きていたとしても、それは死に行く最中のものだろう。


 だが、立つのだ。

 それは最早、辛うじて人の形を保っているだけ。脳と心臓が動いている()()。ただ最低限の生命の体裁を保っているだけと言っても過言ではないのに、()()は起き上がるのだ。


 愛と殺意の妄執が糸となって、血肉の人形と化した己を動かす。


 思考など出来るはずがない。意識も彼方のはずだ。


 ――――それでも化物(ユズ)は笑う。


 目は血走り、焦点も合っていない。そもそも視界などほとんどないようなもの。

 そもそも四肢は千切れかかっており、体に刻まれた数多もの傷から流れ出た夥しい量の血が、ユズの削ぎ落とされた輪郭をなぞっている。いつ失血死していてもおかしくない、むしろ失血死しないことが奇妙に思えるような重症だ。

 だが、ユズの口からは、


「ヒュハ、ヒュハハハハハ」


 絶えず、狂ったような笑い声が零れる。


「ヒュハハハハハハハハハハハハハ!」

「オオオオオオォォォォォッ!」


 狂笑が交差し、殺意の嵐が牢獄迷宮に反響する。

 既に意識を失っているのはティザプターだけでない。ユズもまた、ゴブリンウォーロードをも消し飛ばしたティザプターの一撃の余波で気を失っていた。

 だが、その動きは止まらない。魂の奥底からの原動力が、ただの血肉と大差ない体を突き動かす。


「ヒュハハッ」


 目を見開き、顔が引き裂かれんばかりの笑みを浮かべたユズは、床の石材を破壊しながら迫り来るティザプターにゆっくりと歩み寄る。


 そしてティザプターが、認識した生体を叩き潰さんと右腕を振り下ろして――――ユズが振るった腕の衝撃に流され、腕は見当違いな方向へとねじ曲がり、壁に激突して瓦礫を量産した。


「オオオォォ!?」

「ヒュハハハハッハァ!」


 拮抗し得ない二人のパワーが、同格となっている。それほどまでに、ユズのリミッターは外れてしまっている。命を削らんばかりに力の波が押し寄せる。

 当然、ユズも無事ではない。自らの衝撃で右腕が崩れ、血肉が皮と骨に辛うじて張り付いているだけのような状態と化す。


 しかし、ユズもティザプターも止まらない。比喩表現でもなく、互いに命を極限まで削りながら向かい合う。

 血を流し、実力は違えど対等に戦う双方。

 最早負ければ死、勝っても死が待つ地獄の闘争。


 その戦いは――――


「へーい、お疲れさん」


 僅かに時間を稼げた、ユズに傾いた。


 ●


 ――――()()()()()


「うわ、目覚めんの早。さすがノノと園芸ちゃんお手製の回復ポーション」

「……え? ちょ、うぐぁ!?」


 気絶慣れした俺でも一瞬状況が掴めず、身を捩って周囲を確認しようとするが、全身を焼かれるような痛みが襲う。


「動くなって。今君は命を保つの最低ラインの下からギリギリ復帰できただけだよ? まだド重症だからね?」

「……貴女は?」

「あたしはニンカ。混乱するかもしれないけど、一応君の味方だよ、ユヅキ君」


 俺の名前(ユヅキ・ヒガミ)を呼ぶその人は、やや褐色の肌と、深い青色の目と髪を持つ――――メイド服の女性。その女性……ニンカさんに、肩と膝裏を支えられた状態で担がれている。所謂お姫様抱っこというやつだ。まさか俺がお姫様デビューするとは。

 さっき身を捩った時に一瞬だけ見えたが、右足が包帯で巻かれており、足首をぐるりと回るように、目と髪の色と同様の深い青色に染められていたのが見えた。足に包帯をしている割には、普通に歩いている。まるで、怪我をしているから包帯をしている訳ではないかのように。


 メイド服、包帯、着色。

 まあ、見覚えはあるよね。


「俺はどうなって……そうだ、ティザプターは!?」

「ん、あそこ」


 ニンカさんが反対を向くのに連動して、俺の視界も180°回転する。


 そこにいたのは、1人と1体。

 背から飛び出した肉を纏う氷柱をも砕かれ、血溜まりの中に沈むティザプター。

 そして、片手で軽々と剣を担いだ女性。例によってメイド服を着ており、右腕に包帯を巻かれ、手首の部分は頭髪と同じ橙色に染められていた。


「レト――――あ、あの子の名前なんだけどさ、ティザプターと戦うってなって超張り切ってたからね。マジで鬼気迫ってたから」


 正直、レトなる人物を俺はほとんど見ていなかった。ニンカさんで慣れたというのもあるが。


 ティザプターは、まだ()()()()()

 片目を潰され、四肢は千切れ飛び、謎の蒸気と共に命が消えていっているということは分かる。だが、残った片目を見開いて、レトさんを睨み付けていた。動けないはずなのに、今にも飛びかからんとするような気迫があった。


「……ニンカさん」

「なに?」

「ティザプターに近付いて、下ろしてくれますか」

「うーん……ま、いいよ」


 どうやら俺を生かしたいようであるニンカさんは少し渋い顔をしたが、ティザプターの様子を見て許可した。

 ティザプターまで2メートルほどまで近付き、俺はゆっくりとニンカさんの腕から降りる。ニンカさんが肩を貸してくれるようだったが、想像以上に腕にも足にも力が入らなかった俺は、膝を地面につけ、立て膝と正座の間のような形で止まる


「ティザプター」


 新たに割り込んだ俺という生命体を認識しているのかいないのか、しかしその片目は俺を見ている。

 理解しているということにして、俺は想いを吐露した。


「次こそ絶対に、俺がお前を()き潰す。また戦おうぜ」


 辛うじて動く表情筋をフル稼働して、俺は笑う。


 ティザプターは目を見開いたまま、しかしその表情は、少し笑ったような、それでいて満足したような動きをしたような気がした。


「ゆ、ズ――――」


 ティザプターがゆっくりと俺の名を呼ぶ。

 そして、鋭い殺意の眼光を遮るかのように、ゆっくりと瞼を閉じた。


 殺意をぶつける場所など何もない暗闇の世界で、ティザプターが最期に呼んだその名は、


「――――バ、ろル――――れ、イ、ヴぇる――――」


 かつて存在した、殺意のない間柄の友の名だったのだろうか。


 幾度となく見た光の粒子が、ティザプターの体から立ち上ぼり、やがてティザプターの全てが消えた。


 ●


 ボスモンスター、『狂戦王ティザプター』を倒した▼


 経験値を獲得▼


 Lv.38→Lv.51▼


 ドロップアイテム『ティザプターの宝魂(ソウルストーン)』『ティザプターの角』『剛枷拳ティザプター』を入手した▼


 ●



「またかよ……」


 魔物を倒すたびに脳内に喧しく聞こえてくる音声、そしてその内容に辟易する。俺は宝魂(ソウルストーン)コレクターか?


「……あれ?」


 体がぐらりと傾き、俺はあっさりと倒れる。これは分かる。いつもの気絶、その前兆があるパターンだ。マジかよ。さっき気絶から覚めたばっかりなんだが。


「あーあー。HPが回復しても血が充填されるわけじゃないからね。そりゃ気絶するわ。むしろ生きてることが不思議なくらいだし」


 気絶する直前、ニンカさんが俺を再びお姫様抱っこする。もうプライドなんて残ってねえよ。


「さ、帰ろっか」

「……帰ったら……全部説明してもらいますよ……」

「――――勿論。私たちには、そうする義務がある」


 適当に喋っている雰囲気があったニンカさんだが、俺の最後の言葉には真摯に答えているようだった。

 ならば俺はその言葉を信じて、少し眠ることにしよう――――


 ●



「さ、レト。帰るよ……てか何で泣いてんの?」

「泣いてねえ」

「いや、流石に無理ない? ……ま、あたしらでも涙くらい流れる時もあるっしょ。女の子だもんね」


 いつもより優しげにニンカが笑い、ユズを抱えたままレトと歩き出す。


「ティザプターがやられて私もようやく本調子になったし、明日から訓練も更にビシビシいけるねー」

「お前はもう少し加減を覚えろ……レトが言えたことでもねえか」


 楽しそうに笑うニンカと、涙を拭ってため息をつくレト。牢獄迷宮の雰囲気に不似合いなメイド服の二人は、ユズと共に帰還する。


 ()殿()へと。


第一章のボス、ティザプター戦が終了となります。

多分あと数話でエピローグとなります。



『面白かった!』


『続きが気になる!』


『さっさと続きを更新しろやブン殴るぞ』




とお思いいただけましたら、【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして、応援していただけると幸いです。


あと、感想とかブックマークとか頂けると、作者が嬉し泣きしながら踊ります。

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