表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/54

第十八話 ユズと、知らない先人の知恵

 

 その魔物の名は【狂戦王ティザプター】。数百年前の最古の魔王の時代に初めて生を受けた、ボスモンスターが1体である。

 かつての友であり、憧れでもあった存在と死別し、自分に唯一残ってしまった戦闘の衝動だけに引き摺られるように従って生きてきた。

 その過程で迂闊にも()()であるゴアの策略に溺れ、自身に魔改造を施された上で精神を支配されることも、人間――――()()()()()()に力を封印されることも、地中に埋まっていた()()のモグラに生命力を吸いとられていたことさえも、ティザプターにとっては屈辱でこそあれど、目下最大の苦悩は別にあった。


 それは、渇き。

 血沸き肉踊る戦いへの渇望。理性が消えつつある今も尚暴走を続ける闘争心。

 数百年間、見せかけの強者とは何度も戦い、とっくに飽き尽くしていた。ティザプターが探しているのは、真の強者たりえる存在。


 理性の果てに見える光景では、目の前の矮小な鬼が懸命に死から抗っている。

 はっきり言って、初めてこの鬼を見たとき、気にも留めていなかった。あまりにも芯が弱く、矮小な存在の癖して自身の強さを読み違えていたこの鬼は、ティザプターが最も嫌う部類。そして遂には、恐怖に震えるしかなくなっていた弱者だ。しかし何の因果か、たった今ティザプターの前に立ちはだかっている。

 それはティザプター、どころかこの場にいる全員にとって意外な事態ではあったが、ティザプターにとっては願ってもないことのはずだった。現に目の前で自身に立ち向かう鬼は、完全ではないとは言え、まさしく真の強者に成ろうとしている。強者が増えることは、ティザプターの魂を更に激しく燃え上がらせることのはずなのだ。


 しかし、慣れとでも言うべきなのか、順番が悪かったのか、ティザプターの心はさして動かされない。

 脳を過るは、鬼が現れる前に自身に対して啖呵を切った、鬼よりも更に矮小な存在。

 勝てる採算など万に一つもあるわけがないのに、それでもその人間は知ってか知らずか、ボスモンスターたるティザプターに拳を向けた。


 その魂の有り様が、ティザプターの闘争心を数百年ぶりに揺さぶる。自身を改造したゴアとは違う意味での()()を前にして、戦いへの渇望が加速する。

 一度は折れかかっていた心が、決して折れぬ芯となったのを目の当たりにしたあの瞬間、ティザプターは確信していた。


 数百年前待ちわびた――――新たな宿敵が現れたのだと。


 眼前で棍棒を失い、虫の息となった鬼が、尚必死に腕を振るう。しかしティザプターはものともせずに、右腕を乱雑に振り回して鬼の片腕を壁に叩き潰した。

 それは、消えかかっていた理性が働いて起こされた、少しの意趣返しだったのかもしれない。


 ゆっくりと地に崩れ落ちる鬼を見下ろす。間違いなく、出会った順番が違えば、この鬼が宿敵となっていたかもしれない――――そんな相手を手にかけようとも、ティザプターは少しも絶望していない。


 何故なら、狂戦王ティザプターが追い求めていた相手は、この鬼ではない。


 狂戦王ティザプターが追い求めた存在は、例えこれほどまでに死にかけようとも――――


「ヒュハハハハハ! ご苦労さん! 交代だ、ゴブリンウォーロードぉ!」

「――――、オオオオォォォォォッ!」


 最早人間とは思えない血走った目と狂気の笑みとを引っ提げながら、圧倒的な格上だろうが等しく()き潰さんと走り寄ってくる、そんな同類(化物)でなければならないのだ。


 ●


 ゴブリンウォーロードが稼いだたったの10秒は、俺にとってはあまりにも大きな意味を持つものだ。

 意図してか意図せずしてかは不明だが、ゴブリンウォーロードは満身創痍になりながらも俺のオーダーを完遂した。ならば、俺も全力を尽くさなければならない。


 僅かに歓喜を覗かせる咆哮を発したティザプターが、標的を俺へと変更し、迎撃すべく左腕を振るう。

 謎の再生で強化された左腕での攻撃は、最早全体攻撃のようなものだ。拳の直撃を避けようが、俺の体なんざ悠々と快適な空の旅へとご案内できるほどの衝撃波が飛んでくる。


「けどなぁ、俺も退けねえんだよ!」


 死の縁へとスキップで向かうような俺の魂が、再び燃焼する。テンションがハイになっている今、スローに見える視界で尚、バカみたいに速いティザプターの着弾をギリギリで避け、同時に俺を激烈な衝撃波が襲う。

 ただの人間の俺なら、いとも容易く吹き飛ばされていただろう。

 でも今の俺には、異世界で共に生き抜いたと言っても過言ではないほど力強い能力がある。


「ヒュッハァ! もう俺にとってはチートスキルなんだよなあ!?」


 俺は両手で固有スキル、『接触(ジャスティスハンド)』を使用する。

 固有スキルで宙を掴み、足で地を踏みしめ、四肢で身体を固定することで衝撃波に耐える。ずっと片手を埋めていた護鎧の剣は、柄を口で咥えている状態なので顎が外れそうなのだが、真面目に護鎧の剣を手放すと――――口放すとほぼ即死なので必死に齧りつく。俺、この戦いが終わったら、顎も鍛えるんだ。


 ティザプターが強化されているのは片腕だけだが、隻腕ではない。俺が身体を固定するのに必死な間にも、十分理不尽な右腕が飛んでくる。だが、左腕よりも周囲への被害は少ない。

 だからこそ、俺はこの瞬間を機と見て、ティザプターへと駆けながら回避する。


 実際のところ、俺の起死回生の一手には、マジで確実性が皆無だ。キメたところで戦況がどう転ぶかは俺にも把握できていない。

 だからといって、この博打をしなかったところで勝てる相手でもない。もって数分でゴブリンウォーロードと仲良く御陀仏だ。それだけは勘弁願いたいね。

 そして、その確実性を少しでもあげるためにも、懐に入り込まないと怖くて使えない。それが、格上の巨大な拳をギリギリで避けることよりも怖い。


 右腕が俺の背後で地に着弾する。位置関係的にはティザプターの胴体と腕に挟まれている状態だ。

 宙を押し、地を蹴り、背に衝撃波を受け、俺の身体が極大に加速する。

 そして勢いに任せたまま俺は跳躍し、護鎧の剣を構え、


「喰らえやぁッ!」


 ティザプターの腹に剣を突き刺した。

 返り血が舞い、元々血だらけだった俺を更に赤く染める。


「オオオォォォ……!?」


 ティザプターが痛みに身を捩るのも束の間、次の行動へと意識を移した。

 その瞬間、違和感を覚える。突き刺した護鎧の剣に掴まっている状態の俺の視界が、どんどんと斜めになっていき――――


「お前ぇ!? それはいくらなんでも形振り構わなさすぎだろうがよ!」


 そしてティザプターは、俺を押し潰さんとそのまま床にうつ伏せに倒れ込んだ。普通なら剣がより深く刺さることを危惧して行動には移さないだろうが、相手は理性が消えて負傷を省みない狂戦王のティザプター。恐らくゴアとやらの策略が、そんな生温い考えを許さない。

 その行動の意図を察し、咄嗟に護鎧の剣を手放していた俺は、ティザプターが倒れ込んだ衝撃波に乗るように数メートル後方へと跳ぶ。護鎧の剣の加護を離れた俺の足が着地と同時に悲鳴をあげるが、当然無視。後で治りゃいいんだよ。


 それよりも現状である。俺の画策した起死回生の一撃は、この段階で()()()()()

 とは言え、もう半分が成されない限り、護鎧の剣がティザプターの腹に小さな傷口を作って突き刺さっただけだ。そんな僅かな負傷では、当然ティザプターの決定打たりえない。


 護鎧の剣にも、特別何か施しているわけではない――――精々、『ハンターウルフの毛皮』が刺さっているだけだ。

 そんな妙な工作を施した理由にしても、念のため()()が血で汚れないようにしただけだ。


 起き上がったティザプターは、再び咆哮と共に再び迫り来る。多分これから何度倒れようとも、また何度でもこうして迫り来るのだろう。

 ティザプターからすれば、遠距離からちまちま衝撃波を浴びせれば絶対に勝てる相手ではあるのだが、自身の果ての理性がそれをさせないのだろう。


 だから俺は、その決定的な弱点を見逃してやらない。視界でみるみる大きくなっていくティザプターを真正面から見据えながら、インベントリから1つのアイテムを取り出す。

 それは、インベントリに放り込んだかどうかすらも覚えてないような、俺にとってはどうでもよかったアイテム。


「投球の練習しておいてよかったぁ……いつ役立つか分からねえもんだな?」


 それを両手で振りかぶって、ティザプターの腹、護鎧の剣が突き刺さっている傷口あたりに向かって、全力で投げつける。


 俺の固有スキルを応用することにより発動できる簡易版魔撃。それを実践級まで育て上げるにあたって、俺はひたすらに狙った場所に投球するといった練習を重ねてきた。『ラゼの放つ極小魔撃を、簡易版魔撃で相殺する以外の方法で回避してはいけない』とかいう、控えめに言って鬼過ぎるスパルタ特訓のおかげで、そこそこのピッチングコントロールは可能にした。


 その鬼が俺に微笑んだのか、俺の狙い通り、その()は護鎧の剣、その僅かに下に着弾する。

 そこには、ハンターウルフの毛皮と共に護鎧の剣に刺さっている――――()()()()()()()があるだけだ。


 そして、ティザプターと密接する紙と石が衝突したその時――――。


「グァアアァォォ!?」


 突如顕現した何本もの巨大な氷柱が、ティザプターの腹から背中にかけての一切を突き破った。


 ●


 魔術という概念が存在する。

 この世界にその概念が生まれたのは、魔法という概念が生まれたよりもずっと後になってからのことだった。


 そもそもこの世界の法則として、魔法を使用する際に、詠唱と同時に魔方陣が顕現するということは常識であり前提なのだ。

 その詠唱によって魔方陣の種類は無限に変化し、逆に言えば、詠唱さえ同じなら魔方陣の種類も同じになる。込めた魔力により、魔方陣の大きさや魔法の威力などは変わってくるが。


 そして、魔法を研究し続けていた偉大なる先人達は考えた。

 即ち、『魔方陣を直接書いてしまえば、詠唱しなくても魔法が使えるんじゃね?』という、当時の世界においては荒唐無稽極まりないことを考えたのである。

 結果から言えば、この試みは成功した。

 魔法の発射直前で詠唱を止めることによって、その魔法に対応する魔方陣を把握。その魔方陣を、魔力を帯びた液体で書き写す。そうして完成したコピー魔方陣に改めて魔力を流すと、全く同じ魔法が放たれたのである。新たな概念の誕生に、先人達は大いに色めき立った。


 しかし、人々にとっては喜び半分、もう半分は無関心であった。

 それは、魔術の使用における手間の多さと、コストパフォーマンスの悪さ。1つの魔方陣につき一度しか魔法を使えないという、重すぎる枷。

 そもそも1つの魔方陣を書き写すために、いちいち魔法の詠唱を中断して維持して――――などと、非常に面倒な手順を踏まなければならない上に、書き写した魔方陣がいかに正確なものかという指標により、魔術の強さは左右される。

 そのため、世間においては魔術は『使わない分野』という認識をされることがほとんどだ。


 しかし、明確なメリットが存在する。それは、『制作者と使用者は同一でない』という点。

 つまり、魔術の誕生により、例えば火魔法の適正のない者であっても、魔方陣さえ手に入れることができれば、使い捨てとはいえ火魔法を使うことが可能なのである。それは、間違いなく革命的な産物であった。

 どちらにしろ使用時に魔力を必要とするため、どこぞのアドレナリン柑橘類のような魔力の才能が皆無な者にはあまり意味はないのだが。


 そこで、とある者が疑問を抱いた。

 即ち、『あれ? 空中にも魔力はあるんだし、その魔力に触れていたら、魔術が勝手に発動したりするんじゃね?』というものである。


 結論から述べると、この疑問は杞憂だ。

 そもそも空気中に漂う魔力は非常に希薄。そこまで少量の魔力では、魔術は発動しない。

 そこがもし、()()が自然に析出するほどの高濃度の魔力が渦巻く空間であったりしたら魔術が勝手に発動する可能性もあるが、そのような空間はこの世界に数える程度しかなく、そもそもそのような地へと赴くことなど一生で一度もない場合がほとんどだ。


 つまり、空気中の魔力が引き金となって、魔術が勝手に発動するという現象はまずありえないと言っていい。

 どこぞの空中雲梯バーサーカーが固有スキルを用いて、宙を漂う魔力を魔方陣に叩き込むことで魔術を発動させようとすれば、理論上は可能とはいえども相当に根気と労力の必要な作業となる。


 だから、ユズはそれを使うにあたって、その方法を用いないことにした。


 ユズが()()に気付けたのは、本当に偶然だった。いや、気付けたわけではない。そうだったらいいな、程度の一縷の望みだった。

 それは、ラゼでさえ気付けなかったこと。否、魔力に満ち、魔法で事足りてしまうラゼだからこそ気付けなかったこと。


 ユズは、自分では魔術の起動が出来ない。自身の魔力を流すことさえも出来ず、空中の魔力では些か不足。

 ならば魔方陣に、変質した魔力そのものである魔法をぶつけたら、どうなるのか。


 ――――例えば、過去に遭遇した土魔法のスペシャリストが作り出した高濃度の魔力の塊である石人形の破片なんかを偶然持っていたとして、もしそれを魔方陣に接触させたとしたら。


 ●



「おいおいおいおいおい、嘘でしょ……?」

「グゲェオ……!?」


 あまりの光景に、俺の背後でゴブリンウォーロードさえも呆然としている。めっちゃ分かる。俺が引き起こしたこととは言え、俺自身も呆然としてしまうのは許してほしい。


 正直な話、『氷の魔方陣』を偽ゴーレムの破片で無理やり起動させよう、とまでは思い至った俺だが、威力の方はさして期待していなかった。一時的にティザプターの体を凍らせて動きを封じ、その隙に逃げることができれば御の字としか思っていなかった。どうせ強かれ弱かれ、ティザプターはすぐに凍結を強引に突破するだろうし。

 だからこそ、ティザプターの身体をいとも簡単に貫くレベルの強大な魔術が目の前で発動されたら、誰だって思考がフリーズする。氷だけに、ってね!


 ……魔術の起動と同時に身体を貫かれたティザプターは、血反吐を吐きながら、その場で崩れ落ちるように床に倒れ伏した。

 身体能力に関しては常軌を逸するティザプターでも、さすがに腹部のほとんどを氷柱で貫かれたら命の危機に瀕するようで、倒れたままもがくだけで起き上がってこない。

 それもそうだろう、腹部の損傷は甚大、上半身と下半身が千切れかかるほどの大穴が開いている。尚も腹部に存在する氷柱による凍結で肉が貼り付き、辛うじて原型を留めているだけだった。

 間違いなく、致命傷。狂戦王ティザプターの死は確定した。その筈だ。


 それなのに何故だろう。

 心の中で蠢く、悪い予感が拭えない。何かとんでもないことが起こってしまうのではないか、という俺の勘が、高揚感をかき消していた。

 その疑念を抱いたとき、俺の背後で何かが動く音を聞いた。


「グギ……ァ」

「あ……そういや起きてたのか」


 見れば、俺の背後で、地に伏していたゴブリンウォーロードが再び目を覚ましている。

 恐らくラゼの回復魔法によってなんとか繋いだ命だが、腕からの血液が血溜まりを作るにつれ、息が潰えようとするのを感じ取れる。最悪、ティザプターを倒した直後にゴブリンウォーロードとの連戦も考えていたが、多分放っておいても死ぬなコレ。


 そして俺は、背後のゴブリンウォーロードに気を取られて、一瞬、奴から目を離してしまっていた。


 だから、何かを見て、動揺のままに目を見開くゴブリンウォーロードを目の当たりにして、


「『(バー)

「マ」


 視界の外、それもティザプターがいた方向から、牢獄迷宮での日々においての全て殺意を更に越えるほどの絶大な殺意を感じ取って、


(サー)

「ジ」


 ティザプターの腹を貫いていた氷柱を覆うように纏わり付いた、黒く脈動する皮膚を目にして、


()』!」

「か」


 その瞬間、視界が唐突にブレて、俺の体が何かに引っ張られるように背後へと動かされ、


「よぉ!?」


 その刹那、その場でティザプターが雑に振るった右腕が、俺を背後へと投げ飛ばしたゴブリンウォーロードの上半身を跡形もなく消し飛ばしたのを、何か映像でも見ているかのように認識するしかなかった。

 それとほぼ同時に俺へと襲いかかった余波を受け、俺の意識は途絶えた。


書き貯めに追い付かれる(ガチ焦り)



『面白かった!』


『続きが気になる!』


『さっさと続きを更新しろやブン殴るぞ』




とお思いいただけましたら、【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして、応援していただけると幸いです。


あと、感想とかブックマークとか頂けると、作者が嬉し泣きしながら踊ります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ