第十七話 ユズと、筋肥大(異世界風)
マジで感想下さい(強欲)
「ギギャグァァ!」
「……ォ!?」
突然の乱入者が発する烈迫の咆哮に、流石のティザプターも気圧される。その隙に、腕力に任せた打撃を何発も浴びせる。
だが、落ち着きを取り戻したティザプターが無造作に腕を凪ぎ払うことによって、ゴブリンウォーロードが俺の近くまで仰け反り後退る。
そして、横目で俺のことをちらりと見た。
俺がゴブリンの牙を刺すことで潰れていた両目が治っている。全身の傷も、心なしか塞がっているようだった。
そして、あれほどまでに恐怖に支配されていたゴブリンウォーロードが、ここへやって来たという事実。どうやったのかは分からないが、誰が糸を引いているのかは分かった。
「ラゼかな……」
根拠はないが、俺はそう思っていた。
恐らくウィザリアを迎え撃つべく牢獄迷宮を脱出する道すがら、回復魔法をかけたのだろう。どうやって発破をかけたのかは分からないが、どうあれ俺はこの奇跡に救われたのは事実だ。
満身創痍と言っても過言ではない俺を睨むゴブリンウォーロードの視線には、これまでにはなかった殺意が籠っていた。
なるほど、逆恨みではあるような気がするものの、ゴブリンウォーロードは俺が憎くてたまらないはずだ。今の俺なら余裕で殺せるだろう。
しかし、ゴブリンウォーロードは俺に手を下さない。その証明であるかのように、俺に対してよりも、ティザプターに対しての方がより強く殺意が向いているようだ。
まるで、『お前を殺すのはティザプターの後だ』とでも言わんばかりに俺のことを睨んでいた。
ゴブリンウォーロードは多分、俺を助けたいだなんて思っていないのだろう。ただ、この牢獄迷宮で最も強いと思い込んでいたものとして、1つのケジメのようなものを付けに行くのだろう。
その意図を察した俺は、ステータス画面からインベントリを開き、一番最近手に入れた装備品を、『ゴブリンウォーロードの棍棒』と呼ばれるそれを取り出す。
「お前はそんなつもりは毛頭ないんだろうけど、何はともあれ助かる。お前の最強を、示して来いよ」
俺が笑って呼び掛けると、ゴブリンウォーロードは心底嫌そうな表情をして棍棒を受け取り、興味を移したかのようにティザプターを見据える。
さて、なんとか俺も立ち上がれるようにはなった。これから始まるのは、格上同士での戦いだ。少し離れていることにしよう。
ティザプターとタイマンを張りたいという願望はあるが、今の俺にとっては命が最優先だ。遠慮なく静観させてもらおう。
むしろ、俺よりも切にタイマンを所望していたティザプターの方が、怒りが爆発していそうだ。
「オオオオオォォォォォ!」
「ギグァァァァァ!」
案の定ブチ切れているティザプターの拳と、ゴブリンウォーロードの棍棒が交差する。
そして、その交差を間一髪で回避できたのは――――ゴブリンウォーロード。
「……オオォォォ……」
「ギギグャ!」
俺よりも高いステータス、体格差の少なさが相まって、理性がないティザプターの攻撃を避けるのは俺よりも困難だろう。しかしそれでも、ゴブリンウォーロードは避けた。
俺のように、ティザプターに比べて体格が小さい者の利点は、攻撃が当たりにくいことだ。小さすぎたら逆に攻撃が当たりやすくなるが……この場では論じなくて良いだろう。
しかし、体格差が少ない者にも利点がある。それは、避けたときに反撃へと繋げやすいということだ。
ティザプターの攻撃によって生まれた隙を、その度にゴブリンウォーロードが棍棒で穿つ。
「グギャゴォ!」
「ォ……オオォォォ!?」
理性を捨てたティザプターは翻弄され続ける――――いや、理性を保つことができない、か?
考えてみれば妙だ。ティザプターほどの魔物が、自分が理性を捨てることで得られる損得勘定が出来ないとは思えない。明らかに理性を飛ばしていることが裏目に出ている。幾度か理性を取り戻しているのに、すぐに捨てている。
だとすれば。
「何らかの外的圧力で理性を――――うぉ!?」
轟音と共に意識が激闘へと引き戻される。
ティザプターの拳がゴブリンウォーロードの腹を抉り、壁へと吹っ飛ばしていた。
やはり格上。素の力量にはティザプターに利がある。
すぐには動かないゴブリンウォーロードを前にしても、ティザプターに油断はない。すぐさまゴブリンウォーロードに詰め寄り、止めを刺さんと追撃を試みる。
そして、ゴブリンウォーロードは動く。近付いてきたティザプターへのカウンターを狙い、直前になって棍棒を振りかぶった。
しかし、それは悪手……正確に言えば、この場において、ティザプターと戦うことにおいては悪手。
ティザプターと戦った俺だから、何となく分かる。ティザプターは反撃を、自分の負傷を恐れない。それどころか、一度勢いに乗せてしまったら、どんな手痛い反撃を食らおうがそのまま突っ込んでくる。
助走をつけて既に勢いに乗ったティザプターは、カウンター程度じゃ止まらない。避けるのが正解だ。
ゴブリンウォーロードの棍棒はティザプターの側頭部を直撃し――――その衝撃にに屈することなく推進するティザプターの拳が、ゴブリンウォーロードの顔面を叩く。
その衝撃でゴブリンウォーロードの後頭部が壁にめり込み、壁にヒビを作って止まった。
「ギグガァ!」
しかし、唯一の計算外は、捨て身なのはティザプターだけではなかったこと。
先程まで壁にめり込んでいたゴブリンウォーロードはティザプターに肉薄し、鋭利な割に全然使わない角の片方を掴み、そのまま頭を壁に打ち付ける。まるで意趣返しと言わんばかりに、ティザプターの頭が壁にヒビを作った。
自身の負傷を恐れないティザプターといえど、ダメージを無効化出来てはいない。脳への衝撃を受けたティザプターはすぐには体勢を立て直せず、ゴブリンウォーロードへの絶対的な隙を作る。
「ギゴァァァッ!」
その隙にゴブリンウォーロードは、地に響く咆哮と共に、棍棒で左肩を叩き潰す。
牢獄迷宮の壁と棍棒でサンドされた肩はひしゃげ、糸の切れた人形のように左腕がだらりと下がった。
「すげーな……」
素直に感嘆が零れる。真正面からレベル42の差を覆しつつあることは、正直圧巻と言う他なかった。
ゴブリンウォーロードが最初からこの姿勢で戦っていたら、俺は勝てなかったかも知れない。
しかし、ティザプターもよくやったものである。経年のステータス下降補正、原理はよく分からないがまだ残っている封印の手枷。理性を飛ばさざるを得なかったこともそうだ。
何より、俺が足に作った傷も小さくなかっただろうに。
現にその足は今でも血を噴出させ、傷を――――
――――傷、を、
「ゴブリンウォーロードぉぉぉぉぉッ!」
その刹那、俺の脳内を最悪の直感が巡る。その正体が掴めぬままに、俺は叫んだ。
「避け――――」
その瞬間、ゴブリンウォーロードはティザプターに左腕で殴り飛ばされた。
完全に想定外の方向から殴られたゴブリンウォーロードは、なす術なく牢獄迷宮の廊下を転がる。
「なっ!?」
「ギグギォ!?」
奇しくも、俺とゴブリンウォーロードの反応は同時で、恐らく同様のものだった。
今しがた無力化させたはずの、ティザプターの左腕。
その左腕と体を繋ぐ左肩は――――黒く脈動していた。
「ゴア……余計ナこトヲ……!」
そう吐き捨てつつ、その肩を憎々しげに睨むティザプターにより、俺は戦況が大きく変わっていることを理解する。
違和感に気付けたのは、それこそ俺がティザプターの足に作ったはずの傷が消えているのを見たときだ。
足に作ったはずの傷口が、かさぶたのような黒い何かで覆われている。その再生力――――いや、もっと禍々しい何かを見た瞬間、ティザプターに秘められたイレギュラーを感じ取った。
そして、肩が謎の再生のようなものを果たし、ゴブリンウォーロードを殴り飛ばしたという事実。
肩は黒く脈動しており、謎の赤い血管のようなものが浮き出ている。原理は全く分からないが、足の傷口と同様の能力だろう。
そして、ティザプターの反応を見るに、本人も予定外の様子。ティザプター自ら得た能力というより、それこそ外的圧力によって植え付けられた能力と考えるのが妥当か。
「ゴア! オ前ハどコマで俺ヲ侮辱すレバ気がスム!?」
そう怒りと共に嘆くティザプター。恐らくそのゴアとか言う奴が、この異常の原因なのだろう。理性を飛ばさざるを得ない原因もゴアにあるのだったら話は早いのだが……まあ知らん。
直視すべき現状は至ってシンプルだ。クソ強い奴が自己再生した。以上。
「最悪過ぎんだろが……」
なかなか頭の悪い発言だが、雑じり気のない俺の本音だ。
またしてもティザプターの眼から理性が消えたかと思えば、ティザプターの左肩が、ベキベキと不快な音を立てながらゆっくりと持ち上がり、無造作に左腕を床に叩きつけた。
その瞬間、地盤が崩れる。
そう錯覚してもおかしくないほど簡単に、それはまるで紙の工作だったかのような手軽さで、階層区切っていた何枚もの頑丈な天井を穿った。
思い返してみればティザプターが出現した際も、恐らく最下層から天井を突き破っての御登場ではあったが、あれは戦闘開始直後ということもあり、相当に全力を出していたはずだ。こんな重力に任せて手を下ろしたくらいの気軽さで、床を破壊するのはさすがに事情が違う。
ティザプターを中心に出来た大穴に引き寄せられるように、本人たるティザプターは勿論、俺やゴブリンウォーロードも巻き添えに、重力に従って落下する。
――――だが、のたうち回っただけのティザプターとは違って、ただでは落下しない。
「休憩時間もタイマンも終わりだぞオラァァァァ!」
俺自身を鼓舞する大声で奮い立たせ、俺は両手で固有スキルを使い、両腕に全力を込め、空中を爆速で推進する。
そして、ティザプターの角目掛けて、某特撮ヒーローの必殺技よろしく空中キックをお見舞いする。空中で自由に動く術を持たないティザプターは、その衝撃を受け流せず、頭を仰け反らせた。
と同時に、ゴブリンウォーロードにアイコンタクトを送る。何を察しているのかは分からないが、ゴブリンウォーロードは本当に嫌そうな表情をした直後、落下途中の壁を蹴った。
少しの推進力でティザプターに近付いたゴブリンウォーロードは、腕を伸ばしてもう片方のティザプターの角に棍棒を振り下ろす。
その衝撃で、落下途中のティザプターは、頭部が完全に下になる。つまりは頭から落下している状態だ。
これが、俺たち即席ニコイチの必殺技。こういうプロレス技があったような気もするが、名前が分からないのでスルー。ともかく、
「首ブチ折れやがれ!」
「ギグギャァァッ!」
ティザプターが頭から床に叩きつけられる。脳と首に衝撃が襲いかかり、決して少なくないダメージになったはずだ。
そりゃあもう一撃必殺のレベルよ。これで倒せたに決まってるってマジで。
「――――ッ、オオォォッ!」
だから、着地した直後のティザプターがそのまま三点倒立のような格好のまま腕を使って回転し、両足で俺とゴブリンウォーロードを薙ぎ払ったこの光景はきっと幻覚なんだって。絶対そうだって。
「幻覚の方がリアルで現実がファンタジーとか異常事態だろ……」
「グギゴァ……」
現実逃避を終えた俺と、ゴブリンウォーロードは何とかして立ち上がる。
ティザプターが立ち上がるために手を地につくだけで格段に大きい地響きが生まれ、地面にヒビが入る。もうそろそろこの階層もヤバイな。
俺とゴブリンウォーロードへと、ティザプターが血走った視線を送る。標的を見定めたその目は、か弱い小動物を射殺す気迫を帯びていた。
ややたじろぎながらも、状況を整理する……どうもこうもない。最悪だって言ってんだろ。
まず、俺に関してはテンションで立っていられていると言っても過言ではない。護鎧の剣があると言っても、レベル94から放たれる殺意マシマシの攻撃を数度受けている。ついでに、ティザプターの角にしがみついてはいたものの、しっかりと払わされた先程の落下ダメージも地味に響いている。
ゴブリンウォーロードは俺よりもステータスも高くダメージを受けた回数も少ないが、恐らくゴア特製の強化パンチをモロに受けてしまっていることが大きく響いてしまっているようだ。
そもそも本人が明言している通りだとすれば、ラゼは回復魔法をそれほど得意としていない。失明を治すための魔力を考えると、全身の傷が治りきっていなかったのも頷ける。俺とラゼにボコボコにされた負傷や疲労を残したままというわけだ。
何よりこの状況においては、敵の敵は敵の敵に過ぎず、間違っても味方ではない。俺が勝手ながら一方的に共闘ムードを醸し出しているが、最終的に俺はティザプターもゴブリンウォーロードをも出し抜いて、この場で唯一の勝者にならねばならないのだ。
何はともあれ、HPの残量があまりにも心許ない。あまりにも血を流しすぎている。
普段ならラゼの回復魔法でどうにかなるのだが、無い物ねだりをしても仕方がない。
せめてRPGなんかでお馴染みの薬草的な回復アイテムでもあれば良いのだが……そもそもこの世界に薬草のようなポジションのアイテムが存在するのかすら知らないし、少なくとも俺のインベントリの中には、俺を延命させられるようなアイテムは――――ない? 本当に?
「――――いやいや、それは酷すぎんだろ……」
その刹那、俺の脳内を閃光が駆け巡るように、笑うしかないほどに不確定要素が多すぎる博打が過る。
それは、地獄に下ろされた蜘蛛の糸でも頑丈に思えるほどの、縋るには荒唐無稽で頼りない一筋の攻略の糸。されど、この賭けに縋りでもしないと、俺らの死亡は目に見えている。
そこまで思考が達した瞬間、思考に置き去りにされていた現実では、ティザプターがゆっくりと立ち上がり、こちらを見下ろして今にも飛びかからんとしていた。
「なあ、ゴブリンウォーロード」
その瞬間、俺は唯一の頼みの綱と言えなくもないゴブリンウォーロードに話しかける。ゴブリンウォーロードは一切こちらを向かないが、聞こえていると信じて、そのまま言葉を続け――――同時にティザプターが動いた。
「10秒、稼いでくれねえ?」
その言葉が届いたのかどうか。しかし、結果としてはティザプターの拳は、ゴブリンウォーロードの棍棒によって迎え撃たれる。
――――その棍棒はティザプターの腕に命中すると同時に砕け散り、ゴブリンウォーロードの血飛沫と共に破片が舞った。
ズッ友かよ。
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