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第十六話 ユズと、大海へ跳ねる蛙

 

 1つ自信を持って言えることは、ステータス補正も、封印の名残である手枷もない全盛期のティザプターを前にしていたら、俺は数秒で血のアートになっていただろうということだ。


「ヒュハハハハハ! ワンパターンなんだよお前はぁ!」


 弱体化してもレベル94。俺を余裕で殺しうる相手の拳を、俺は感覚で捉えて避け続ける。

 数日ぶりの死の縁に立った感覚と、ティザプターの破壊衝動の心地よさに、思わず笑いが込み上げてくる。破壊衝動、即ち殺意が俺の感覚を冴えさせる。

 楽しい! 楽しい! 楽しすぎる!


 首の傷が開き始め、包帯に血が滲むのを何となく感じる。包帯が全部赤くなったら、いよいよ首輪みたいになるな。おもろ。


「ヒュハハハ! 楽しいかあ!?」

「オオオオオオォォォォォォォォ!」


 俺の呼び掛けに、ティザプターは咆哮で応じる。正直何を言ってるかはこれっぽっちも分からないが、何となく感情が一致していることを肌で感じ取った。


 攻撃を掻い潜り、脇腹にパンチを叩き込む。ティザプターが僅かに仰け反るのを感じた。それに呼応して、俺のテンションとパワーも漲ってくる。

 フォールンセイントの時はガチガチに防御を固められていた状態であったからこそ、僅かとは言えHPを削り合えるティザプターとの戦いは、また別の楽しさがあった。


 その時、ティザプターが弾くように右腕を持ち上げた。

 瞬間、何かが眼下から迫ってきて、視界が()()


「はぁっ!?」


 僅かに動揺した――――ということに自分で気付けたときには、ティザプターは俺を捉えて左手で拳を作っていた。

 なんとか直後に回避に移り、直撃は避ける――――が、右足が巻き込まれ、引き千切れるんじゃないかと思うほどの痛みを感じると同時に、そのまま遥か後方へと吹き飛んだ。


 何回かの床でのバウンドを経て、護鎧の剣の柄を咥え、両手で固有スキルを用いて静止する。

 そして、向かってくるティザプターの腕から伸びる()()を見て、俺の身に何が起こったのかを察した。


「あー、鎖ね……」


 ティザプターの腕を拘束している(ようでしていない)手枷、そして手枷に繋がる鎖には、実体が存在しない。現在も牢獄迷宮の床を突き抜けていることからして確定ではある。

 だが、可視化出来ている時点で()()()として使うことは可能だ。半透明な鎖では完全な目眩ましは期待出来ないが、今のように虚を突くことに関しては、実体がないこともあってうってつけである。


 かなり理詰めの作戦であり、ティザプターにはあまり似合わない気もするが、その内容自体は実に見事だ。


「あんの野郎、たまに理性取り戻すの何なんだよ……」


 理性を飛ばしたり戻したり、忙しない戦い方をする奴である。正直、理性を飛ばす利点は少ないようにも思えるが、まあ、そこまで気にしてやる必要もないだろう。


 迫り来るティザプターを見やりつつ、屈伸運動をして右足も無事動くことを確認する。今までだったら片足で戦わなければならないところだったが、まだ無事である。やはり護鎧の剣の性能が異常だ。フォールンセイントはこんなものをどこで手に入れたんだよ。


「オォォッ!」

「ヒュハハァ!」


 ティザプターの拳と俺の体が交差する。

 そのまま腕を渡り、ティザプターの頭部へと向かう――――と見せかけて、ティザプターの後方へと飛ぶ。

 一瞬でティザプターの死角へと回り、固有スキルを発動。縦になったポールを掴むかのような形で空中に触れ、慣性に任せて全身を180°回転させ、ティザプター目掛けて再度向かう。

 ティザプターが振り返ったときには既に遅い。振り返ろうとして見せた横っ面を、思い切り蹴飛ばした。


「オオォォ!?」

「お前が思ってるより、俺の戦い方は特殊なのよっと!」


 ティザプターが仰け反り、俺は初めてティザプターになかなかの有効打が打てたことを確信する。

 格上相手にどう切り崩すかは、こういう楽しみのために考えるのだ。次々に戦法を編み出せ。常に己を更新しろ。


 一方のティザプターに関しては、戦闘スタイルの奥底に眠っている徒手空拳が、中途半端に理性が飛んでいることにより至極真っ直ぐに使われている。

 常に最適解を出してくる、なんて強いのは字面だけだ。実際にはただ読まれやすいだけ。

 その辺りを理解しているからこそ、フォールンセイントはフェイントも織り混ぜて戦っていたのだ。


「しかし、なーんか見覚えがあんだよなあ……」


 ティザプターの攻撃をギリギリで避け、要所要所で反撃を混ぜながらも、思考は止めない。それが理性を飛ばしたティザプターとの明確なアドバンテージの差だ。

 ティザプターの徒手空拳だが、どうにも牢獄迷宮内で見たことがあるような気がする。そう、まさしく既視感だ。

 ティザプターほどの図体の大きさで徒手空拳を使っていたため、なかなかのインパクトが……


「あ、偽ゴーレム」


 直後、可能性に思い当たる。

 フォールンセイントの戦いの合間に少しだけ見た覚えがある。偽ゴーレムの戦法である徒手空拳と、ティザプターの徒手空拳の雰囲気が似ていたのだ。


「いや、逆か?」


 ティザプターの徒手空拳は理性がないにも関わらず洗練されているのに対して、偽ゴーレムの徒手空拳には拙さが残っているように見えた。

 つまり、偽ゴーレムはティザプターの真似をしていて、土魔法であの姿に変身していた……?


「まあ、保留だな」


 比較的強い確信はあるのだが、これ以上の詮索は無意味だ。

 ティザプターの決定的な癖や隙を探ろうとしたが、偽ゴーレムの戦いはほとんど見ていない。これ以上の思考は、ティザプターへの有効打には至らないだろう。


「オオオオォォォォォ!」

「結局、自分でどうにかせにゃならんってことだよな!」


 しかし、こう気丈に煽ってはいるものの、ティザプターの持ち前のステータスの高さと、見た目に反して洗練された動きは、言うまでもなく厄介だ。ゴブリンウォーロードにはなかった鋭利さと力強さを持っている。

 加えてこちらは先程から、ずっと片手に護鎧の剣を持っている状態だ。誇張なしに、これが俺のガチな生命線であるため、手放すわけにはいかない。

 思い返せば、レッサーゴブリンやフォールンセイントといった強敵との激闘において、四肢の全てが満足に動いた戦いはないのだが、それとは別の緊張感が俺を苛んでいた。


 固有スキルで空中での姿勢制御をこなし、ティザプターの腕の上を転がりながらパンチを回避し、再びティザプターの眼前へと跳ぶ。


「オオオォォォォ!」

「あ゛ぐゎん!?」


 先程のフェイントがあった上での、素直な顔面狙いの攻撃。だが、普通にティザプターは即座に対応し、頭突きによって俺を叩き落とした。

 即座に仰向けの俺を踏み潰そうとするティザプターの眼球目掛けて簡易版魔撃を投げることで気を逸らそうと試みるが、理性が消えかかっていて多少の負傷を鑑みないティザプターには悪手。

 この世界に来てからいつのまにか出来るようになっていたブリッジとバク転の合わせ技のような謎の回避術でやりすごす。


「手頃な道具を作ってくれるのはありがてえなあ!?」


 ティザプターの足踏みにより地盤から生み出された、両手でようやく抱えられる程度の大きさの瓦礫の1つを、何とか空中にて片手で掴み、


「ヒュハハハ! 人生で一番バスケを楽しいと思ったねえ!」


 ダンクシュートの要領で瓦礫を叩き付け、返り血のシャワーを浴びながら、ティザプターの腿から脛にかけてを削り落ちる。

 有効打ではあったはず――――だが、ティザプターは()()()()足を持ち上げ、回し蹴りの姿勢に入った。

 そして、見据える先は、牢獄迷宮の壁。


「オオォォォォ……!」

「あ、ちょっとタンマ、それはマズい死ぬ死ぬ死ぬ!?」


 俺もろとも牢獄迷宮の壁に叩きつけようと画策したティザプター。足の更なる負傷へと繋がるはずだが、己の負傷を鑑みないからこそ取れた作戦。


 なんとか左手で固有スキルを使って宙を掴むが、端から見れば俺が猛スピードで弧を描いている今、指先が引き摺られるような痛みと共に血の塊と化す。

 それでもティザプターの回し蹴りの軌道を離れ、ティザプターの足だけが壁に叩きつけられる。


「あー、痛え……こんなことにもなるのか。弱点多いな」


 と指先に意識を向けた刹那、ティザプターは既に態勢を立て直し、左腕を振るって追撃の準備を終えていた。

 今俺は宙にいる状態。普通なら固有スキルを用いて空中での回避を行えばいいが、右手は護鎧の剣で埋まっていて、左手は今しがたの指の負傷で迅速な移動が期待できない。

 回避不可能。


「オ゛オオォォォォッ!」

「クッソがぁ……っ!」


 護鎧の剣の剣身を盾代わりに差し出して迎え打ち、数瞬後、ティザプターの掌底が着弾した。

 俺は意図せずして、激突した牢獄迷宮の床にクレーターを作る。


 自分の息遣いが体の内側から聞こえてきて、やっと生きているのだと気付く。僅かに遅れて暗闇だった視界に光が差し、視力も回復する。

 酷い衝撃だったが、五感は一通り残っているらしい。

 ギリギリとは言えHPもちゃんと残っているし、このHPになっていても、普通は動ける。


「動げね゛……」


 だが、ここまで巨大な力で全身を叩き付けられた経験はない。その衝撃に脳を初めとする全身が麻痺して、俺は仰向けになったまま、動こうにも動けなくなっていた。


 勝てる可能性のある戦いではあったのだろう。しかしそれは、所詮可能性に過ぎない。

 圧倒的なレベルの差が、そこにはあった。


 ティザプターが寄って俺を見下ろす。その目は理性がほとんど残っていないものの、どこか称えるような感情を帯びているようにも見えた。


 その通り、大健闘だろう。レベル差こそフォールンセイントの時より小さいものの、ティザプターは明らかにそれよりも遥かに格上だ。

 そんな相手に真っ向勝負を挑んで、よくやった方ではないか――――


「何、勝っだ気でい゛るんだ……!」


 ――――仮に誰かがそう言ったとしても、俺自身がそれを認めない。

 体が動かずとも命が動いている限り、俺は諦めてやれない。ラゼからの願いを、いとも簡単に取り下げてやれない。


 なんとか立ち上がろうとするも、その動きは自分でも分かるくらいに遅鈍。よしんば立ち上がれたとしても、護鎧の剣の耐久値は限界に近い。恐らくあと一撃程度で壊れ、ステータス補正は消えるだろう。俺の絶対的なアドバンテージが消えかかっている。


 ――――ティザプターの右腕が動いた。俺に向かい、拳が迫る。

 避けられない。


「死ん゛で、たまる゛が……!」


 決して、目は瞑らない。

 なんとかその場に座り込み、護鎧の剣を振りかぶる。

 俺は、この場を託してくれたラゼを信じる。ラゼを信じている俺に降りかかる奇跡を信じる。何の因果か、この壊れかけの剣がティザプターの拳に打ち勝つ奇跡に賭ける。

 死んでいないなら、この身が朽ちるまで足掻き通す。


 無いに等しい奇跡に、俺は縋った。


 ●


 ――――最悪な、本当に最悪な気分だ。


『助けてあげて、とは言わない』


 ――――脳内で、鬱陶しく女の声が響いて止まない。


『でも、私はあなたに聞きたい』


 ――――誰とも知らない女の声が、脳内にこびりついて離れない。


『あなたは、それでいいの?』


 ――――凡百の声など、知ったことではない。そのはずなのに。


『自分より強いのかどうかも分からない相手に、立ち向かわないで』


 ――――その声が、嫌と言うほどに、生き様を問いかける。


『どうするかは、あなたに任せるけれど』


 ――――突如開けた視界に映る女は、何の感情も抱いていないような顔をしている癖に。


「ギグギャガアァァッ!」


 ――――忘れていた魂の在り方が、動けと叫ぶ。


 ●



「ほへ?」


 はっきり言おう。たった今まで奇跡を信じていた俺ではあったが、一瞬この光景を信じることは出来ず、やはり自分の五感に異常があったのではないかと疑った。


 まず、俺が死ぬこともなかった。どころか、護鎧の剣が壊れることも、ましてやティザプターの拳が俺に着弾することすらもなかった。


 一方で、ダメージを負ったのはティザプター。

 予想外の方向からの攻撃に、ティザプターが初めて動揺する。

 背後からの、頭部への拳の一撃。持ち前のステータスを生かした重い一撃を放ったのは、


【ゴブリンウォーロード Lv.52】


 先程まで震えて動けなくなっていたはずの、ゴブリンウォーロードだったのだから。

 いや、いつまで動けなくなっていたのかすらも、俺は知らない。ティザプターやらウィザリアやらで、正直存在をすっかり忘れていたのだから。


ゴブリンウォーロード、死んだはずでは!?



『面白かった!』


『続きが気になる!』


『さっさと続きを更新しろやブン殴るぞ』




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