第十四話 ユズと、すぐ増える厄介事
牢獄迷宮の最上層、つまり、最も地上に近い場所。ゴブリンウォーロードと呼ばれる強大な魔物は、そこにいた。
ゴブリンウォーロードは、ゴブリンを束ねるゴブリンウォーリアー、それらを更に束ねるゴブリン一族の長である。
生まれたときから強者であったゴブリンウォーロードは、この牢獄迷宮において、常に奪う者として生きてきた。
牢獄迷宮に巣くうゴブリン一族は全員、ゴブリンウォーロードを畏れ、敬い、平伏した。
牢獄迷宮の出入り口に陣取り、牢獄迷宮から出ようとするものも、入ろうとするものも全て叩き潰し、その悦楽に酔いしれていた。
老いぼれの騎士には侵入されてしまったが、アレは放っておいても勝手に死ぬだろうと、気にも留めていなかった。むしろ、老いて尚、何かに追い縋って生に固執する様を哀れだとすら思っていた。
ゴブリンウォーロードは、地下に眠る奴らを除き、自分が一番の強者であることを信じて疑わなかった。否、奴が経年によって弱体化し、封印を施された今なら、自分は奴らよりも強いとさえ思っていた。
箱庭の中で、自身が頂上であるという驕りを募らせたゴブリンウォーロードは、今日も一族に無茶を敷き、自身を崇めるよう強要する。
そしてその日、一匹のゴブリンから伝令が入った。
ゴブリン一族を(何故かゴブリンメイジを中心的に)狩り続けている二人の人間が、入り口へと近付いているという。
そのゴブリンはまるで恐ろしいものでも見てきたかのような表情をしているが、ゴブリンウォーロードは一切取り乱さない。
ゴブリン一族など、自分以外は所詮雑兵。自分さえいれば敵などいないのに、何を慌てる必要があるのか。
必死の形相で危険性を訴えかけるゴブリンを適当にあしらいつつ、ゴブリンウォーロードはその腰を上げた。
その人間共はゴブリンたちを殺し尽くして、さぞ調子に乗っているのだろう。その顔が恐怖に染まるのを見るがために、ゴブリンウォーロードは生きている。
ゴブリンウォーロードは入り口を求める人間共を返り討ちにすべく、入り口の1つ手前の大部屋で待機する。
するとゴブリンの情報通り、二人の人間が現れた。
一人は、所謂『マホウツカイ』と呼ばれる人間。ゴブリンメイジのような装いをした女は、自身を見ても少しも表情を変えず、こちらを見ていた。
まるで自分が死ぬとは欠片も思っていなさそうな表情に、ゴブリンウォーロードは少し苛立ちを覚える。
そして、もう一方の人間を見て、
「ギギャハァ」
ゴブリンウォーロードはせせら笑った。
その人間は、見るからに魔法使いよりも脆弱であった。自分が腕を一振りしただけで死んでしまうような人間が、何故出口への希望を見出だせたのかと思うと、笑いが止まらない。
人間共は、何やら少し話した後、自身と戦う決意をしたようだ。そして、魔法使いが少し距離を置き、脆弱な人間が前へ出る。どうやら彼が前衛を務めるらしい。
ゴブリンウォーロードは嘲笑を噛み殺せない。脆弱な人間は、余程自身の実力を鼻にかけているようだ。雑兵を殺したからどうしたというのか。
そうしてゴブリンウォーロードは、手に持つ巨大な棍棒を振り下ろし、
「グギギァ!?」
「殺意が生温い。あと攻撃も適当すぎる」
冷たい声と共に、視界の半分が消失した。
●
【ゴブリンウォーロード Lv.52】
俺は、その表示を頭上に乗せながら、片目を押さえて苦しむ魔物の姿を見つめる。
話には聞いていた、牢獄迷宮の出口を守る魔物、ゴブリンウォーロード。五メートルほどの身長もあって、威圧感は割と伝わってくるその実態を、俺は今初めて目にしたわけだが、余りにも酷い。
弱いとは言わない。酷いのである。
さっき俺の口から思わず溢れた言葉は、混じり気のない俺の本音だ。
まず、殺意が鈍い。相手を思う存分いたぶって楽しもうとか考えている魔物の表情をしている。僅かとはいえ、生かす前提で戦っているんだろう。
まあ正直、これに関しては俺に効果的だ。殺意が増すほど、俺の感覚は冴えてくる。だが、問題は二つ目。
余りにも技術がない。戦い方は、力に任せて棍棒を振り回しているだけだ。ステータスは非常に高いと見えるから、きっと今まで、そのステータスの高さでゴリ押して来たのだろう。
だが、そんな攻撃では、フォールンセイントの攻撃を掻い潜った俺には通用しない。あれは、相手を確実に殺すために磨きあげられた腕だ。
大振りな攻撃が、大きな隙を生む。その結果、『ゴブリンの牙』という素材アイテムで片目を潰されることになったわけだ。
苦しむゴブリンウォーロードは、半分になった視界の中で懸命に俺を探すが、俺は既に少し離れた場所へ待避している。
勿論、ゴブリンウォーロードからではない。
「『ウル・ネクト・エアル・アクアスティンガー・トレジア』」
俺が稼いだ時間で魔力をチャージしたラゼ、彼女が顕現させた魔方陣から迸る水流が、ゴブリンウォーロードの体を押し流し、壁へと激突させる。
その衝撃に、ゴブリンウォーロードは持っていた巨大な棍棒を手放した。
その隙に、俺が空中から近付き、棍棒を俺のインベントリへと手早く仕舞う。流石に大きさが大きさなので、インベントリをかなり占有してしまっているが、後々捨てる予定なので問題はない。
フォールンセイントとの死闘で編み出した、武器持ちへの確実な対処法だ。
ついでにゴブリンの牙をインベントリからもう1つ取り出す。
「ギググギォ……!?」
突如武器を失ったゴブリンウォーロードは、想定外だったのだろう、分かりやすく狼狽える。
その間に、ゴブリンウォーロードの横っ面に蹴りを決めた。
フォールンセイントの鎧に攻撃を与えたときよりは手応えがあったが、大きなダメージにはなっていないようだ。
今や俺のレベルは36、そこそこステータスも上がったと自負しているが、それはそれとして今の俺は不調気味だ。あまり威力が高くならない
「なら、もう一丁!」
固有スキルで、仰け反った顔に近付き、もう一度蹴りを叩き込む。
ゴブリンウォーロードは更に仰け反るが、同時に空中の俺を目掛けて腕を伸ばしてくる。
固有スキルはスタミナ以外はノーコストで空中を移動できるものの、俺の空中の機動力はラゼほど高くない。確実に捕まる。
しかし、ラゼからのゴブリンウォーロードへの殺意がほんの少し強まったことを感じ取り、そのまま空中に待機。
直後、俺に伸ばさんとしていた腕が、ラゼの魔撃によりあらぬ方向へと伸ばされる。
その腕に降り立ち、再びゴブリンウォーロードの腕をクライミングして、持っていたゴブリンの牙でもう片方の目も潰す。
両目から角を生やしたゴブリンウォーロードが、悶えながら腕を無茶苦茶に振り回す。実は俺にとっては、中途半端に正確に狙おうとするよりは効果的。本人は気付いてすらいないだろうが、偶然とは言え、土壇場で俺への対策法を編み出したゴブリンウォーロード。
だが、この場には俺一人しかいない訳じゃない。
不自然にその場から動かないゴブリンウォーロードの下を離れ、もう一度魔力をチャージしているラゼの方へと歩み寄る。
「え、こっち来て大丈夫なの? ユズ君」
「アレはもう動けねえよ。どう、決められそう?」
「まあ、数発でいけるかな」
まだゴブリンウォーロードは全然撃破できていないのだが、撃破する前提で呑気に話を続ける。
「ユズ君、なんか不調そうだったけど、どうだった?」
「やっぱ相手が殺す気で来てくれないとダメだな。気分が乗らん。アレは多分、自分が一番だって思い込んで、ギリギリまで相手をいたぶる前提で動いてるタイプだ」
本当に死の縁まで来ないと、『自分が本気を出せば現状はいくらでも覆せるのだから、そうしたら今までコケにしてくれた分も滅茶苦茶にいたぶって遊んでやろう』とか、格上相手にも考えてしまう輩だ。どうしようもねえ。
「今は?」
「生まれて初めての死の縁に恐怖一直線。しかも自分が恐怖してるってことにも気付いてなくて、未知の感覚に一歩も動けなくなってる状態だな」
「最近のユズ君、魔物のメンタリストみたいになってきてるよね」
俺が悠々と後衛のラゼの側に来た理由がそれだ。
今だって冷静になればゴブリンウォーロードの周囲に俺たちがいないことも分かりそうなものなのに、ただがむしゃらに腕を振り回しているだけだ。
アレはもう動けない。それが、これまで三週間弱程度、幾多の魔物と殺し合い、更に殺意を始めとする感情の機微に察しが良くなった俺が出した結論だ。それくらいは分かるようになった。
「……チャージ完了」
「OK。結構呆気なかったな」
そして、今も尚腕を振り回し続ける遠方のゴブリンウォーロードを眺め、ラゼの眼前に魔方陣が展開されようと
●
――――目が覚める。
●
「――――ッ!? ラゼ! 何か来る!」
この場よりもずっと下の階層から、あまりに鋭利で強大な殺意を感じ取った俺は、それだけラゼに伝える。
ラゼは俺の逼迫した言葉に声に、ようやく存在に気付けたようだ。ということは殺意の主は、魔力が多い相手じゃないらしい。しかし、湧き上がる殺意の強さは今までよりも段違いだ。偽ゴーレムやフォールンセイントの殺意を感じ取ってきた俺だが、それさえも越える。
次の瞬間、地面が砕けた。
何の比喩表現でもない、地面が下から破壊され、地盤が宙を舞った。
登場方法こそ偽ゴーレムと一致する箇所はあるが、その実態は大きく違う。
偽ゴーレムのように土魔法を使って出現したのではない。単純な力をもって地面を突き破ってきたのである。
そして、俺らは見た。牢獄迷宮の最上層から最下層まで一直線に開けられた――――否、破壊し通された穴。
そして、その穴を開けたであろう、怪物の姿を。
【狂戦王ティザプター Lv.94】
それは、偽ゴーレムよりは小さいものの、ゴブリンウォーロードよりも大きい体躯は十メートルほどだろうか。
牛に似た角を持った獣を、人間と同様の二足歩行の姿勢に無理矢理変えたような紺色の肌を持つ怪物。
ギリシャ神話で言うところのミノタウロスに似てるようで、微妙に非なると判断させたのは、その紺色の肌と、手首に繋がれた明らかにファンタジーな毛色を感じる半透明の手枷。手枷から伸びる鎖は最下層の地面に吸い込まれているが、ティザプターの落下に伴い、まるで実態がないかのように地面に吸い込まれている。
「『エアル・トレペオ・カルヴェ・スカイフライ・トレジア』」
「やべえ脱臼する!」
冷静に風魔法によって空中に留まるラゼと、咄嗟に固有スキルを使って何とか突然の落下を阻止する俺。
格好良さこそ違うものの、どちらも落ちてこないと察したティザプターは、何枚かの天井を貫通させて出来た穴の側面を蹴り上る。
所謂壁キックと呼ばれるような方法で、ティザプターはあっさりと最上層へと辿り着いた。
まるで、『四肢を使って登るより、こちらの方が早い』と言わんばかりに。
突如俺達の前に、そして厄介にも出口の前に立ちはだかる怪物の形をした絶望は、喜びともとれる咆哮を上げた。轟音と共に空間が震え、思わず後退る。
「ラゼ! あれは!?」
「牢獄迷宮の最下層よりも更に下に封印されてた冗談にならないほど強い魔物! 偽ゴーレムとは別口だけど、あれよりも厄介!」
端的な説明を受けた俺と、ラゼはそうしてティザプターと対面し――――
「――――っ!」
「あ゛ぁ!?」
同時に、もう一つの絶望を感じ取った。
それは、ティザプターよりも奥、牢獄迷宮の出口の先。
現在進行形で強大な殺意を振り撒いているティザプターが目の前にいるにも関わらず、それに負けないほどの激烈な殺意が俺を突き刺すように襲った。
ティザプターの殺意に混じっても尚、殺意が感じ取れたのは、特別俺がその殺意に慣れているからだ。
そして、今度はラゼも俺と同時に牢獄迷宮の外の気配に勘づいた。
ここから導き出せる可能性は――――
「クッソ強いゴブリンメイジみたいな奴が、牢獄迷宮の外にいる」
「……間違いない?」
「そんな奴いるのか知らないけど、あながち遠くはないと思――――避けろ!」
俺の言葉に弾かれるように、ラゼが風魔法で加速してその場を離れる。そして俺が先程念のためインベントリから取り出した『護鎧の剣』を振るい――――
「ぅら゛ぁぁぁぁぁっ!?」
ティザプターが振るう腕をギリギリで逸らす。やべえ、マジで死ぬかと思った。
レベルアップもして、護鎧の剣の防御力補正もあって尚、亡獄以上の衝撃が腕に伝わるが、それでも何とか気合いで持ちこたえると、その場を全力で離脱する。
すると、ふと浮遊感に襲われ、俺の体が宙に浮いた。そのままティザプターから離れるように移動していく。
こんな芸当を出来るのは一人しかいない。
「ラゼ!」
「ユズ君、ひとまず退却し――――っ!」
「オオオオオオォォォォォッ!」
風魔法で並走して牢獄迷宮の通路を駆ける俺とラゼを、それを越すスピードで追いかけてくるティザプター。
ティザプターが走る度に、地響きと鎖が生む金属音が耳に障る。鎖は地面を貫きながらも、移動するティザプターを追尾するように動いている。何のための手枷だ。
二人分の魔法を使いながらも、ラゼは作戦を練る。
「外にいるのは、多分『鬼術師団ウィザリア』って魔物。ユズ君の考察が正しいとしたら、ほぼ間違いないと思う。ゴブリンメイジの完全上位互換……いや、そんな言葉じゃ語り尽くせないくらい厄介な相手だね」
「なんかハチャメチャに強そうな名前だな……っ!」
ラゼの魔力の節約のために、風魔法の補助込みで地に足を付け、追い風を受けるようにダッシュする。
「現状どうにかしなければいけないのは、ティザプターとウィザリア。何とかティザプターを撒いて同士討ちさせれば……」
「あー……多分それ無理」
勝てない相手は他の奴に任せればいいと言うのは合理的な判断ではあるが、俺はその作戦が破綻することを何となく感じ取っていた。
「多分、そのウィザリアって奴は、俺を殺しに来てる。最悪、同時に戦わなきゃいけなくなるかもしれねえ」
「そんなこと……いや、そういうことか。ユズ君の感覚を信じる」
さりげなく嬉しいことを言われながらも、刻々と迫り来るティザプターを睥睨しながら、俺はラゼに聞く。
「なあ、ラゼ。俺一人で外の魔物と戦ったら、勝てるか?」
「無理、だろうね。ウィザリア相手じゃ、ユズ君は相性が悪すぎる」
「なら、ラゼ一人で勝てるか?」
俺の決意に気付いたラゼは、僅かに目を見開いた。
「――――ユズ君、まさか」
分かってはいるのだ。どの道ティザプターを撒くことは出来ないのなら、これが一番、お互いの生存率が高い。
「ティザプターは俺に任せろ。ラゼは外の魔物を頼む」
●
牢獄迷宮の最終決戦。
ユズとラゼに襲いかかるは、2つの絶望。
牢獄迷宮にて、封印を破った『狂戦王ティザプター』。
ユズを殺さんとやって来る『鬼術師団ウィザリア』。
世界に定められた、20体の強大な魔物。
――――ボスモンスターの2体が、彼らに牙を向いた。
第一章、牢獄迷宮編は『追放編』『特訓編』『脱出編』へと更に細分化されます。
脱出編、開始です。
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