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閑話 彼の今世

本日二話目の更新です。

 

 彼は、何者にも前世は存在すると考えている。

 語弊はあるが、彼は前世において、何度も死んでは生き返りを繰り返してきた。それらを全て前世と捉えるべきなのかは判断に迷うところではあるが、論点はそこではない。


 彼は、自身がただの人間であったと今でも思っている。例え世界で唯一死んでも甦れる者であっても、世界で最強クラスの力を持っていても、勇者と呼ばれていても、自身は普通の人間であると思っていた。

 だからこそ、彼は確信しているのだ。前世は誰にでも存在するのだと。


 勇者は唯一性のあるものだが、誰にでもなれる可能性があるものだ。特殊だが、特別ではない。

 強さに関しては論外だ。強い者がいるから、弱い者がいる。世界で一番強い人間は絶対に存在し、たまたまそれが勇者という称号に付属してきただけだ。

 ならば、甦りも特別ではないだろう。確かに自身の身体と記憶を保持したまま甦るのは勇者だけだが、そうでなくても輪廻転生は誰にでも存在すると思っていた。


 しかし彼は、その認識が少しだけ間違っていたと知る。


 ●


 自分に何が起こっているかに気付けたのは、しばらくした後だった。


「ぇ……あれ?」


 気付いたときには、彼はどこかの森に捨てられ、魔物を喰らって獣のように生きている子供の姿になっていた。


 彼の前世は、勇者ウィルという人間であった。人々から頼られ、人々から憎まれ、全てを投げ出そうとして、結局投げ出しきれなくて、煉獄龍プロミネシアと共に相討ちとなって死んだ。

 蘇生のための教会は全て自分が破壊してしまったため、自分は死んだらどうなるのかは分からなかったが、まさか記憶を持ったまま生まれ変わるとは思ってもいなかった。


 物心がつく、というのはこういうことを言うのだろうか。ふと気付いたときにはこうして森にいて、前世を思い出したような感覚に苛まれていた。

 生まれたときから自分の魂が眠っていたのか、たった今自分の魂が乗り移ったのか、それは分からないが、ただ1つ分かることは、この身体は、誰にも育てられずに生きてきたということである。

 ウィル――――かつてウィルであった彼は、新たな自分の体を見つめる。()()()()が、前世とは別人であることを如実に表していた。


 さて、これからどうしたものかと彼は悩む。前世を思い出したはいいが、現状、彼には目的がない。

 新たに転生するまでにどれほどの時が経っているのか、ここはどこなのか、今世の彼の家族はどこにいるのか、世界はどうなったのか。それを全く知らない。

 その上、彼は勇者としての生き方しか知らない。既に勇者でなくなった彼には、自分の生きる目標がない。

 ひとまず、鬱蒼とした森の中を一人、ひたすらに宛もなく歩く。心情としては、プロミネシアと戦った直前と一緒だ。死なないから生きているようなものだ。


 そう悩んでいると、少しだけ視界が開け、目の前に小さな湖が現れた。

 その湖を見た瞬間、自身の喉が乾きを訴えかけてくる。乾きを潤そうと、湖の水面を覗き込み、彼は見た。


「――――は?」


 ――――水面に映る、角の生えた幼い顔を見た。


 その顔が、新たな自分の顔であるということを理解するのには、しばらく時間がかかった。


「な、なにこれ。つの……にんげんじゃない……?」


 幼い子供の舌足らずな言葉だが、その動揺は子供が放てるそれではない。


「ぁ、あ、」


 認めたくもないのに――――脳が勝手に確信する。自分が、人間ではない何かになってしまったことに。


 彼のアイデンティティは、人間であることだった。アイデンティティの定義が崩れるような話だが、彼は、人間でさえあればよかった。彼は、ただの人間であったから、人間のために戦えた。

 自分が人間だから、人間なら、人間でさえあれば――――


「あ、ぁ、あああぁぁぁぁあああぁぁああっ!?」


 自分が崩れていく。

 自分が自分でなくなっていく。

 ならば、自分は。


「おれは、いったい、なに――――」

「喧しい坊じゃのう」


 突如、思考に言葉が割り込む。

 いつの間にか彼の背後に立っていたのは、白い髭を貯えた小柄な老人。しかしその身体は、彼と同様に、褐色の肌と角を持っていた。


「坊も捨てられたクチか。この辺の奴らは、何と言うか、愛がないのう……お?」


 そう呟く老人に、彼はふらつきながら近付き、衣服の裾を掴む。


「おしえてくれ、おれは、どうして――――」


 彼の心情は、もう彼自身にも分からない。いつだって、死ぬ前だって、彼は彼のことをちっとも分かっていなかったというのに、今になって分かるわけがない。

 彼は、その心に引き摺られて沈んでいくように、視界が揺れて遠のいていった。


「捨てられてるくせに、この歳で話せる坊か。厄介な匂いしかせんのう……」


 彼の意識が途切れる寸前に、そんな呟きが聞こえたような気がした。


 ●


 ――――()()()()()


 脳がまだ覚醒しきっていない彼は、ゆっくりと周囲を見回した。

 そこが見知らぬ木造建築の小屋であり、窓の外から見える景色から察するに二階部分、そして今彼はその一室の古びたベッドで目が覚めたことだけは理解できた。

 そして視界の端に彼自身の腕が映り、その褐色の肌を見て、彼は、先程までの記憶が夢幻の類いではないことを知る。

 再び絶望が彼の心中を渦巻こうとしたとき、彼はようやく枕元に置かれた椅子に誰かが腰掛けていたことに気付いた。


「わっ!?」

「……」


 驚く彼に、腰掛ける少年はひたすらに無口だった。

 そして、その少年もまた、自身とあの老人と同じく、褐色の肌と角を持っていた。

 その手は、大事そうに古びた大きな本を抱えていた。何やら不思議な力を感じる本だったが、彼は気にかけるどころじゃなかった。

 彼と同じくらいの年と思われる幼い少年は、彼をじっと見つめたあと、突如椅子から立ち上がり、階段で階下へと降りていく。


「なんだったんだ……」


 混乱しながらも、ひとまずベッドから出て、再び周囲を見回す。

 窓の外から見下ろす景色は相変わらず森林地帯であり、気絶する前にいた場所からさほど離れた場所ではないようだ。


 すると、階下から先程の老人と少年が共に二階へ上がってきた。


「起きたかのう、坊。身体の様子はどうじゃ」

「……」


 相変わらず無口な少年はさておき、恐らく自身はこの目の前の老人に介抱されたのだと、彼は改めて理解する。恐らくここは、この老人と少年の家なのだろう。

 生きる価値も見出だせていない自身を助けたところで、何の利点もないと彼自身は感じていたが、それでも感謝の言葉は告げた方がいいと察した。


「ない……いちおう、れいはいっておく」

「坊が一丁前に格好つけた言葉使ってからに。なかなか珍しいタイプじゃな」


 そう愉快そうに笑いながら、小柄な老人は、少年の頭に手を置いた。


「儂の名はサイファー。こっちの恥ずかしがり屋なのがバルティカじゃ。坊、名はあるか?」


 恥ずかしがり屋と言われた瞬間、ものすごく不服そうな表情へと変化した少年――――もといバルティカと、それをものともしないサイファーという老人は、彼を見つめる。

 ウィルという名は、彼の前世の名だ。彼の運命に絡め取られた名であり、記憶が残っているとはいえ、今も名乗り続けるのは道理でないだろう。


「……ない」

「言葉を話せるから期待したんじゃが……いや、言葉を話せる時点で奇跡じゃろうに。名がないなら、儂がつけてやろうか?」

「は?」


 このジジイは何を言い出すのかと、彼は唖然とする。

 この老人は、一体彼の何だと言うのか。いくら自暴自棄になっているとはいえ、今会ったばかりの老人に、名を決めてもらいたいなんて気持ちにはならない。


「なにがもくてきだ」

「あん?」

「わざわざおれをたすけて、ここまでつれてきて、なをつけてやろうか、なんて。なにがもくてきなんだ?」

「そりゃ、家族の名じゃしのう。儂がつけてやりたいと思うのは必然じゃろ」

「……はあ!?」


 彼は自身の耳を真剣に疑う。目の前の老人は、今何と言ったか。家族? 血も繋がっていないだろう。それに、今会ったばかりの一人の子供に過ぎない彼を、何故家族と呼ぶのか。


「坊も親に捨てられたクチじゃろ? じゃったら今日から坊は儂らの家族じゃ」

「……!? ――――!?」

「文句はないじゃろ?」

「あるが!?」


 かくして、家族の愛をも忘れてしまった彼に、強引な祖父と無口な兄弟ができた。


 ●


 自身が魔族という種族であるということは、サイファーとの対話にて割と早々に判明した。

 彼にとっては不本意極まりないが、サイファーには長寿がもたらす多大な知識があった。情報を集めるのに、これ以上うってつけな人物はいない。不本意極まりないが。

 サイファーは彼に、古びた地図を指差しながら語りかける。


「ここは魔族領の辺境、オルタル樹海じゃ。その広さ故に道に迷いやすくてのう。子供や老人を口減らしに捨てる者もいる。儂はその保護活動をしてるってわけじゃ」

「そのわりに、ここにはおれとばるてぃかしかいないじゃねえか」

「国との隣接部分だけでもバカ広いからのう。その辺を重点的に探してはおるが、流石にカバーしきれんわい」


 白い髭を撫でつつ嘆息するサイファーを横目に、彼は熟考する。

 彼は、生まれ変わりというものは、時間的移動のみを経るものだと勝手に思い込んでいた。しかし、その考えは間違いであるという可能性を見出だしている。


 結論から言おう。彼の前世において、魔族という種族は()()()()()

 彼の前世には、人類と魔物、少しの亜人のみに大分化されていた。そこに、魔族などという種族が介入できる余地はない。

 そして、彼の知る魔王や魔物の名を、サイファーでさえも全く知らない。彼の命を奪った相手でもある魔物の名、『れんごくりゅうぷろみねしあをしっているか』と聞いたら、『煉獄龍? 炎龍ガブレイマのことかのう?』と知らない魔物の名で返答された。

 彼が死んで再び生まれるまでの間に、新たな生物の概念が誕生している。そのようなことが果たして有り得るのだろうか。


 そう考えると、時間的側面だけでなく空間的な移動、つまり所謂異世界への転生を果たしたのではないか、とも彼は考えた。

 しかし、それも違うと心の中の何かが呼び掛ける。

 そう、それは違和感にしか過ぎない。だが、確かに呼び掛けるのだ。


 確かに、前世では魔族などなかった。魔物も違うものたちであった。

 だが逆に、それ以外のほとんどが、彼の前世の世界と一致するのである。

 ここが前世とは別世界とは思えないほどに、世界の仕組みの共通点が余りにも多い。

 ここが前世と同じ世界の幾年後の姿であるのか、それとも似ているだけの全く違う世界であるのか。その結論は、彼の現状では導き出せそうにない。


「そういえば、坊。本当に名前を決めんでいいのかのう? 坊と呼び続けるのも、寂しいものなんじゃが」

「……すくなくともまだいらない」


 思い出したようにサイファーから名前について問いかけられたことにより、彼の前世の記憶が蘇る。

 自身が何者かも分からないなら、ほぼ他人の老人に呼ばれる名前なんてどうだっていいはずだ。

 だからこそ、彼は戦慄していた。今でも自身は、ウィルという勇者の名に固執しているのか、と。

 あれほど捨てたいと願い、その運命に殺された今でも、まだその称号を欲しているのか、と。


 ●


 彼が勇者と魔王について耳にしたのは、数日経ってからの出来事だった。

 この世界において、人類は魔物とではなく魔族と対立しており、それぞれの大将とも言える存在が、勇者と魔王である。前世では()物の()であったが、今世では()族のとして君臨しているようだ。


 彼の中で、情報の整理がつく。つまり、前世との最も大きな違いは、『人類の敵』が魔物から魔族へと移り変わっているという点である。


 女神が直接選定する勇者、魔族で実力がある者のみが勝ち取れる魔王。そのどちらかを打倒すべく、双方は今も戦っている。

 知能を得た魔物が魔王となる特殊な例もあるらしいが、彼にとっては魔王のことなどどうでもよかった。


「ゆうしゃは、めがみがえらぶのか」

「そうらしいのう。魔神様とはスタンスが逆じゃ。魔神様は、強い魔族の中から魔族たち自身が選び、それに許可を出す方式じゃからのう」


 彼の中に、明確な怒りが渦巻く。

 この世界が、彼の前世と同じ世界なのかは知らない。だが仮にそうだとしたら、彼が死んだことは、この世界に何の影響も及ぼさなかったということだ。

 勇者は、運命に食い千切られる。その関係は、尚も勇者という人間を雁字搦めにしている。


「ゆうしゃをとめられるのは、まおうだけか?」

「ん? いや、そうとは限らんが……まあ確かに、魔王になれるほど強くなれば、勇者とも互角に戦えるかもしれんのう」


 それを聞いて、彼の中の何かが変わった。

 勇者として人類を救うことが叶わなかった彼の来世に、新たな野望が生まれた。

 それは、勇者として人類を救うこととは真逆。


「なんじゃ、坊。魔王になりたいのかのう?」

「――――ヴィラン」

「お?」


 さしあたって、彼の新たな人生は、ここから始まる。

 勇者から堕とされ、全てを失い、魔族という人類の敵に成り果てた彼の――――


「おれのなは、ヴィラン。いずれ、じんるいの(ヴィラン)――――まおうになるおとこだ」


 ウィル――――転じてヴィランの新たな人生は、ここから再び始まったのだ。


一章で登場人物も全然揃ってないのに何で閑話を二話も挟んでいるんだ……?



『面白かった!』


『続きが気になる!』


『さっさと続きを更新しろやブン殴るぞ』




とお思いいただけましたら、【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして、応援していただけると幸いです。


あと、感想とかブックマークとか頂けると、作者が嬉し泣きしながら踊ります。

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