第十二話 ユズと、戦う理由
「……『亡獄……」
「ッしゃおらァ! 見切ったぞ!」
「……五連撃』……」
「嘘だろお前ぇ!?」
恐らく、殺気を完全に消して斬る、という技だと思われる『亡獄』。勇者流剣術の奥義という大層な技にしてはショボい気もするが、もはや俺を対策して作ったんじゃないか思えるような致命的な技を五回連続で使ってくる。
ただ、脳内でアドレナリンが出まくっているのか、それとも火事場の馬鹿力的なやつなのか、はたまたスポーツ選手とかがよく言うゾーンというやつなのか、先程からやたらと視界がやたらと鮮明になり、回りの動きも遅れて見える。自分の体が限界以上に動けているような感覚だ。
俺の弱点とも言える『亡獄』をギリギリで避けつつ、攻勢に転じる。
「お前も主君の想いとか色々背負ってんだろうけどなあ、こっちもラゼに任された戦場じゃ負けられねえんだよ!」
どうにも『亡獄』は頻発できないらしい。連続攻撃こそ可能だが、それに伴ってその後のクールタイムも長くなるようだ。
これくらいの法則性さえ分かれば、いくらでも攻めようはある。
鎧に掌底を叩き込むと、フォールンセイントが僅かに仰け反る。鎧の防御性能に変わりはないが、やはり本人は限界が近いらしい。
仰け反らせることはダメージソースにはほとんど成り得ないが、焦りとストレスとなって相手のスタミナを削る。同時に俺の手も悲鳴をあげる訳だが、そこはしょうがないだろう。
仰け反らせ続けることで、フォールンセイントの牙城を崩す。
「らァッ!」
「……ゥオ……!」
最初の『亡獄』によって動かすことも儘ならない左腕を、体の遠心力だけで無理矢理動かして、連続攻撃へと昇華させる。
俺の限界を越えて動く俺の拳が、フォールンセイントの鎧を何度も打つ。
しかし、やられっぱなしのフォールンセイントではないらしい。
「……『亡獄・三連撃』……!」
「クールタイム短え!」
命を削るかのような気迫は一瞬、再び剣が消えるかのような錯覚を起こす。
死の淵に追い込まれる感覚に、更に意識が加速する。目を見開いて、消えた剣の軌跡を探し……見つけた。
一撃目を避け、二撃目もギリギリ避け、三撃目は――――避けられない。
腹を狙った三撃目を、咄嗟にほとんど動かない左腕で庇う。
「お、ごェっ……?」
左腕の内側から何かが砕き折れるような音がしたのを認識した瞬間、天地が逆転し、地面を転がる。
攻撃力は下がってはいるが、フォールンセイント本人の剣術には一切の陰りが見えない。つまり、補正を除いた本人のステータスそのものには変わりはないのだ。
当然のように、フォールンセイントの奥義は、あっさりと俺のHPのほとんどを削る。
なんとか体を起こそうともがく最中、喉を温かいものが逆流し、赤黒い血を口から吐き出した。多分内臓死んだな、これは。
――――まあ、まだ動けるからいっか。
「ナメんなよぁっ!?」
流石に血反吐を吐いた直後に突撃してくるとは思わなかったのだろう、フォールンセイントが僅かにたじろぎ、一瞬硬直した後に迎撃に転じる。
だが、『亡獄』でもない上に後手に回ったフォールンセイントの通常攻撃は、もう当たってやらない。
左腕が使えなくても、いくらでもやりようはある。思えば俺はレッサーゴブリンとの最初の戦いから、片腕と片足が動かない状態だった。
そうして俺は走り幅跳びの要領で飛び、顔面に蹴りを叩き込む。
そのまま左足での空中回し蹴りに繋げようとするが、その時にはフォールンセイントは既に剣での防御で対応しているようだった。
「なら、ぶっつけ本番!」
まだ動く右手で固有スキルを発動し、左前方の空間に触れて、空中の俺の体ごと無理矢理に反時計回りへと逆回転させる。
そして、そのままがら空きになったフォールンセイントの左半身に後ろ回し蹴りを決める。
この二週間で構想を思い付いたはいいものの、練習しても結局一度も成功しなかったフェイント技。それをぶっつけ本番で何とか成功させた。アドレナリンパワー凄い。
予期せぬ方向からの攻撃に、フォールンセイントの体が大きくよろける。その隙に畳み掛けようとするも、急な回転による影響か、再び内臓から血が逆流して、俺の口から吐き出された。
「ぉぐぼぇ」
先程よりも情けない声で吐血して、これ以上ないくらいに隙だらけの俺だが、フォールンセイントによる追撃が襲いかかってくる様子はない。
どうやら、向こうも限界が近いようだ。かく言う俺も、二度の『亡獄』によって、残ったなけなしのHPが今も尚、少しずつ減っていっている状態だ。
だから俺は、そして多分フォールンセイントも、同じように確信する。再び双方が動いたが最期、5秒後には、どちらかが死ぬことで決着がつくだろう、と。
生死の淵、その極限。まさに今、俺がそこにいる。その高揚感が、歓喜と化して俺の全身を震わせた。
これは、レッサーゴブリンとの戦いの直後にも感じた感情。死んだように生きていた俺が、人生で初めて命に触れた。その歓喜が、俺の感覚を研ぎ澄ます。
――――俺は今、生きている。
「ヒュハハッ……楽しいなぁ、オイ」
「……フ……」
そして、僅かな静寂の後、俺とフォールンセイントは同時に動いた。
「……『亡獄……」
フォールンセイントが再び奥義の使用を宣言する。
彼が使う『亡獄』とやらは、直接的に命を削るような技じゃない。しかし、恐らく計り知れない集中力が不可欠だ。なら、その集中力を乱してやればいい。
俺は右手で虚空を掴み、それをフォールンセイント目掛けて投げる素振りをする。
それは、俺が既にフォールンセイントに使ったフェイント。その動きで何も投げないことを知っている。よって彼は、避ける必要がないと判断し――――衝撃によって顔面を弾かれた。
「……!?」
「良いリアクションだぜ!」
これこそが、俺の『接触』とかいう冷静に考えたらクソダサい名前をした固有スキルの恩恵の一つ、『簡易版魔撃』。
即ち、自身が持つ魔力を使わなくとも、空気中に漂う魔力を掴んで投げれたら、それはもう実質魔撃じゃね? という考えのもとに生まれた、現状の俺が使える唯一の遠距離攻撃だ。
無論、この攻撃にも欠陥がある。それは、そもそも空気中に漂う魔力が希薄なため、投げても大した威力が出ないという点。
今は向こうの方でラゼと偽ゴーレムとかいう魔力マシマシ決戦が行われているおかげで何とか形になったが、それでもフォールンセイントを倒すには足りない。
しかし、俺が今この技に期待しているのはダメージソースとしての働きではない。
今、突如食らった魔撃に、フォールンセイントの集中力は乱れかかっている。更に、俺が散々使わずにいた遠距離攻撃の存在をチラつかせることによって、恐らくフォールンセイントの中に『遠距離から自身を完封できるのではないか』という疑念を生んだ。
そのような不安定な精神性から放たれる『亡獄』なら、今のハイになった俺なら見切れると判断した。
そして、俺の判断は正しく、しかし決定的なところで見誤っていた。即ち――――
「……『亡獄――――十三連撃』……」
「ヒュッ、ハァ! やっぱお前、半端ねえなぁ!?」
捨て身で命懸けの騎士が、いかに末恐ろしいのかを。
極限の命の散らし合いにテンションがおかしくなりつつも、俺は冷静に太刀筋を捉える。
極論を言ってしまえば、わざわざ今、真正面からぶつかる必要はないのだ。遠距離から『亡獄』をやり過ごして、クールタイムに入ったタイミングを狙えば良い。
でも、それは違うと、本能が叫ぶ。更なる死の淵へ這い寄れと、魂が誘う。
「真正面から、碾き潰す!」
やや剣が消失する感覚はあるが、何とかギリギリ目で追える。懐に入り込み、体を屈めて一撃目を回避する。
殺気を込めずとも、二撃目以降も尚輝きは消えず、無意識下で俺の命を刈り取らんと迫る。恐らく、長年剣術に身を捧げてきたからこそ到達した境地なのだろう。
それを至近距離で回避しながら、平行してそれを実行に移す。
左腕は使えず、右腕もそれの実行のために埋まっている。しかも真正面からぶつなるとなれば、俺がとれる術は、最低限の動きでの回避しかない。
そのスリルが、俺の動きを更なる境地へ連れ去る。
「お前は凄い奴だよ、フォールンセイント。俺もお前みたいな真っ直ぐな忠誠を持っていたい」
脳内に思い返すは、恐らくずっと何かと戦ってきた、クールビューティーな少女の姿。
その唐突な想起は、決して偶然ではない。何故俺がここまで彼女に固執するのか。それはもう、俺の中で答えは出ている。
そして、僅かに逸れかけた思考を目の前の極限の状況に戻し、十一撃目を避ける。
直後、俺の意識が剣に引き寄せられる。突如現れた大きな存在感に、俺は目を逸らせない。
次の瞬間、俺はこの場で何が起こっているのかを悟る。
俺が殺意を感じ取る能力に半分依存していること、今まで『亡獄』で殺意を消していたことを逆手にとって、動きの中で一瞬殺意を戻すことで、フェイントとして活用したのだ。
目論み通り、俺はその瞬間は殺意を感じ取った座標に釘付けになり、『亡獄』の軌跡を見失う。
そして運命の十二撃目。フォールンセイントが選んだ選択は、刺突。
盾を失ったことによって、剣はステータス補正だけでなく、恐らく切れ味も落ちている。俺やゴブリンメイジが一刀両断されなかったのは、ステータス補正が消えたことだけが原因ではないだろう。
つまり、今のフォールンセイントでは俺を斬ることはできない。まあ、今攻撃食らったら一撃で死ぬからそこまで意味ないけど。
しかし、刺突は違う。剣による攻撃のうち、刺突のみは斬撃扱いされない。即ち、切れ味が落ちようが、刺突は弱体化しない。そして、幾年に渡るステータス補正を受け続けたとはいえ、レベル103のステータスから繰り出される刺突は、俺の体を容易く貫くだろう。
最も決定的な一撃を、フォールンセイントは最も確実に命を狙える時に使った。
「んわ゛ぅらがあ゛ああぁぁぁっ!?」
死に瀕した俺の咆哮が、体感時間を引き伸ばす。
狙いは俺の心臓ではなく――――首。
その理由は分からないが、狙いが分かるなら問題ない。
俺は自分の反射に身を委ね、体を思い切り捻る。
そして、フォールンセイントの刺突は、俺の首の左端を僅かに消し飛ばした。
激痛と共に血が流れだすが、息はできる。つまり、まだ気管は生きている。死へ更なる一歩を踏み出そうとも、俺はまだ動ける。
――――そして、それの準備も整った。
運命の十三撃目を知らせるかのように、消えかかった剣が振り下ろされる。
俺はそれを、右手を差し出すように防ぐ。
それは、明らかな悪手であり、フォールンセイントは動揺や失望が入り交じったかのような心情に襲われているはずだ。
そして俺は、剣が激突すると同時に、手を払うように振るい――――
フォールンセイントの手元を離れた剣が、宙を舞った。
「……!」
「ハハ、これマジで便利だな」
一方で、俺の被害は、衝撃で右手が痺れる程度。
理由は単純。虚空から現れたそれを、俺を守りうるそれを、直前で掴んだからである。
【『烈牙の盾』
・装備したとき、対象の攻撃力と装備品の攻撃力補正が上がる。】
先程までフォールンセイントが装備していて、俺がインベントリに隠した盾を、『亡獄』を避けながら取り出したのである。インベントリの操作を悟られないように、右手を背中で隠しながらの作業であり、もうメチャクチャ精神力を使った。ステータス画面を開くときの忍者ポーズを卒業できてよかった。
何とか盾で最後の『亡獄』を受けきったが、既に盾は経年による耐久値の減少、そして剣の加護を離れたことによる防御力の減少により、今の一撃でほぼ崩壊寸前となる。
しかし、それは向こうも同じである。たった今、フォールンセイントの鎧が剣の加護を離れた。つまり、全身が弱点と同じ程度になったのである。
「不意打ちだけで勝っても、なんか悔しいだろうが!」
折角フォールンセイントを倒したとしても、結局あれほどてこずった鎧は壊せず仕舞いでした、では格好がつかない。格好が関係なくとも、俺が納得できない。
盾の耐久値がここまで減っているのだ。鎧の耐久値も限界に近いだろう。
なら、ブッ壊す。
「お゛ぉぉぉぉぉっ!」
今、フォールンセイントは『亡獄』のクールタイムに突入した。その上剣を弾かれて混乱状態。攻める最後のチャンスは今!
右手で握る盾を構える。盾と剣のステータス補正は、その武器自身にも付与される。それは恐らく、鎧や盾と同じく耐久値ギリギリの剣で、何度も『亡獄』を繰り返しても壊れなかった理由だ。
アホみたいに高い攻撃力のステータス補正がかかった盾で、俺は鎧のど真ん中、鳩尾付近を殴り付ける。
鎧と盾は互いになけなしの耐久値を削り合い――――より多く使っていたであろう鎧が、先に砕けた。
「碾き潰れろぉぉぉぉぉぉっ!」
そのまま更に一歩進み、一瞬だけ形を保っていた盾でフォールンセイントを穿つ。
死に体だったフォールンセイントのHPは、攻撃力の補正がかかった俺の一撃により削られ――――
「……見事……」
盾が壊れると同時に、フォールンセイントの身体は、初めて地に沈んだ。
その様を見下ろす俺は、達成感とか安心感とか脱力感とか、そもそも現在進行形で死にそうでヤバいだとか、色んな感情が入り交じって、ただ呆然としていた。
「……最期ニ貴殿ニ問イタイ……」
「……なんすか」
「……貴殿ガ主君ニ尽クス理由ハ何ダ……」
フォールンセイントから投げ掛けられた質問に、ふと俺は回想する。
異世界召喚されて、アネモネさんやリルティアに出会って、無能扱いされて、この牢獄迷宮に追放されて、レッサーゴブリンと殺し合って――――
「ラゼは――――あの人は、」
あのリルティアに会ってやるために生きて牢獄迷宮を出ることを誓って、
「目的が同じ仲間で」
ラゼに命を救われて、
「命の恩人で」
何かと思い詰めるラゼにアネモネさんの言葉を思い出して、
「放っておけない人で」
俺は、
「俺が惚れた人だからだ」
ただ、あのクールビューティーな笑顔に、恋をした。
理由は後でいくらでも見つかったが、早い話が一目惚れなのだ。
ラゼの力に、なってあげたい。ラゼのために戦えるように、強くなりたい。
彼女が望んだから、俺は今でも戦えている。
「……ソウカ。道理デ強イ訳ダ……」
フォールンセイントがどこか満足げに頷くと、徐徐に体が光の粒子に変化していった。
「……試練、合格デアル。我、最期ノ使命ニ基ヅキ、貴殿ニ我ガ主君ノ望ミヲ託ソウ。好キニ使ウト良イ……」
「俺からすりゃ、試練なんて理不尽以外の何物でもなかったけど、そのおかげで色々見つかった気がするよ。その点については感謝してる」
結局のところ、これは意地がぶつかる殺し合い。どんな事情があろうと相手を哀れむことなんてないが、感謝はしているつもりだ。
「……コレヲ貴殿ニ託スコトデ、我等ノ意ニ沿ウトハ限ラヌ。ダガ何故カ、我等ノ望ミハ果タサレル気ガスルノダ……」
それは愉快そうに、フォールンセイントは呟く。
そしてその全身は光の粒子へと変わり、
「……不肖フォルセ、今、貴女ノ下ヘ参リマス……」
最期にフォルセと名乗った魔物の騎士は、完全に消滅した。
中ボス、フォールンセイント戦、終結です。
次話は説明回、更に次話は閑話となって降りますので、明日は二話投稿します。
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