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第十一話 ユズと、火事場の馬鹿共

 

 そもそもの疑問は、『フォールンセイントに回復手段はあるのか?』ということだ。

 ゴブリンのような生物の形をしている魔物なら、ある程度の自然治癒も望めるだろうが、いかにもアンデッドっぽい骸骨なら話は別だろう。

 そして見たところ、フォールンセイントは回復魔法を使えないようだ。


 以上のことから考察するに、フォールンセイントに自身の体力を回復する術はない。

 そしてそれは、誰かに試練を課し続けていたとしても、そのダメージを蓄積し続けることを意味する。仮にその状態で俺と戦っているとしたら、


「お前、もう死にかけてるんだろう」


 それが自ずと答えとして浮かび上がってくる。

 魔物のレベルは見ることができても、ステータスは一片も見えない。しかし、ステータス補正だけでは説明できない致命的なハンデを、俺は肌で感じていた。何の確証もないが。


「死にかけてるのに、盟約を優先するのか……」


 一体誰との盟約かも知らないが、そこにはフォールンセイントの確かな愛と、忠誠が見えた。

 ――――俺もその域に達することができるだろうか。


 今はそんなことを気にしている場合じゃない。

 鎧の内部で燃え続けるフォールンセイントが、燃焼に構わず突撃してくる。骨を炙っても燃えないと思うが、ファンタジーな骨は燃えるらしい。不思議だね。


 正直、このまま逃げ惑っていれば、フォールンセイントはそのうち勝手に焼け死ぬだろう。そうしてしまえば、俺の勝ちだ。現在進行形で炎のダメージを受け続けているフォールンセイントから逃げ切るのは、先程よりも簡単だろう。


「だけど、それは違うよなあ!」


 端から見れば俺が訳の分からない魔物に勝手に目をつけられただけとはいえ、命を賭して俺に試練を課しているのだ。勝ち逃げならぬ逃げ勝ちは、結末としては何とも後味が悪い。

 そうして俺は、フォールンセイントを迎え撃つべく、油断なく構えた。


 そう、俺に一切の油断はなかった。

 だが、計算違いはしていたようだ。


「……シッ……!」


 死にかけのフォールンセイントの剣速が、更に加速した。

 そしてその斬撃は、正確に俺の命を刈り取らんとして俺の心臓に迫って――――


「あっぶねえ!」

「グギャギャアアァァァ!?」


 すんでのところで身を捩り、ギリギリで攻撃を回避する。自身の生死が全て俺にかかっているゴブリンメイジが小脇で喧しく悲鳴をあげるが、無視だ無視。

 加速している分、肌がピリつくような殺気も増しているのでなんとか感知できたが、先程の攻撃より激しい。

 今まではずっと手を抜いていて、ようやく本気を出したのか…………いや、フォールンセイントの性格や所作から垣間見える雰囲気を察するに、あれは礼節とかを重んじるタイプだ。いくら俺が格下だからといって、それを理由にナメプしてたなんてことは多分ないだろう。


 つまり、


「本気から必死に変わったってところかぁ!?」


 必ず死ぬと書いて必死。自身の死期を悟ったのだとしたら、フォールンセイントほどの使命を与えられたものは、どれほど懸命に足掻くのだろうか。


 烈火のごとく激しい連続攻撃を繰り出すフォールンセイントに、不覚にも俺は防戦一方になってしまっている。

 そう、勝ち筋が見えているとは言え、結局のところ俺が攻撃を与えられるのは顔面のみなのだ。鎧は攻撃が通らない上に、ゴブリンメイジの火魔法により高熱になっている。殴ったところで、俺の方が被害が大きい。

 狙いが絞られていれば、フォールンセイントがいくら弱っていたとしても対応される。

 やはり格上には、どこまででも不意打ちを狙うしかないらしい。


「おい、ゴブリンメイジ」

「ギィギャ!?」

「安らかに眠ってくれ」


 そこで俺は、ゴブリンメイジを()()()

 今も尚燃え続けているフォールンセイントにこれ以上火をくべても仕方なさそうだし、しょうがないね。

 宙で放物線を描いて、快適な空の旅をお楽しみくださったゴブリンメイジの喉を、フォールンセイントの剣が一閃する。


「ィザリ――――」


 最期の瞬間にまた何か喋ったゴブリンメイジは、自身を直接的に殺した相手に目もくれず、俺を憎しみのままに睨み付けていた。

 しかしそれも束の間、首を構造上有り得ない方向に曲げて吹っ飛び、最下層の壁に激突して光の粒子となった。

 俺はそっと合掌する。さらばゴブリンメイジ。お前の尊い犠牲は、忘れることはあっても、今ここでは無駄にしない。


 フォールンセイントがゴブリンメイジの処理に動いた瞬間、俺は駆け出し、フォールンセイントの懐に潜り込む。


 そして、フォールンセイントと()()()()()

 先程まで全身が燃えていたフォールンセイントとは、目が合いようもなかったはずなのに。


「魔法の使用者が死んだら魔法も消えんのかよ!」


 ゴブリンメイジが死んだタイミングで、あれほどまでにフォールンセイントを焼き焦がしていた火魔法が、空気に溶け込むように霧散している。よく分からないが、多分魔力に戻ったとかそんな感じだろう。

 今更ながら魔法の致命的な仕様を知った。タイミングとしては最悪の展開だったが、それでもここまで接近できれば、フォールンセイントが再び剣を振るよりも、こちらの行動の方が早い。


 俺は拳を振りかぶって、フォールンセイ


「……()()()()()()()……」


 それはまるで、俺の行動を、そして思考を見透かしているかのような目で――――


「……『亡獄』……」


 ()()()()()


 ●


 ラゼ・カルミアは眼下の魔物を睥睨する。

 偽ゴーレムという前例にない魔物が、この牢獄迷宮に突如として現れたという事実。ここまで強力かつ甚大な被害をもたらした魔物にも関わらず、今まで存在さえも知られていなかった。

 この時点で、異例も異例なのだが、ラゼにとっては、正直それほど重要な事実ではなかった。


 それよりも問題なのは、偽ゴーレムが繰り出す奇妙な戦法。

 間違いなく効率的でない戦い方をしている偽ゴーレムの正体も、どうだっていい――――否、どうでもよくはないが、大体見当はついている。ならばそのことについて考えるのは後回しでいい。


 問題は、偽ゴーレムが使っている戦法。その徒手空拳のような戦い方は、ラゼには見覚えがあった。ただ徒手空拳で戦う者は何人も知っているが、構え方など端々の所作に、なんとなく既視感がある。

 それはもう、とんでもなく厄介な相手だったから。


 今でこそ不完全とは言え封印されている存在の、その戦い方が誰かに伝わっている時点で、何かとんでもなく厄介なことが起こっているような気しかしない。


「そろそろ、潮時かな……」


 ラゼは、牢獄迷宮の天井、否、()()()()()を見据えて呟いた。


 直後、地盤と見間違うような偽ゴーレムの拳が繰り出される。

 常人なら抵抗する間もなく血の壁画と化すが、ラゼは空中を旋回することで悠々と避ける。


「確かに戦い方は一緒だけど、どうやら一朝一夕で身に付くものじゃないみたいだね。本家とは比べ物にもならない」


 人語を解す魔物もいれば、そうではない魔物もいる。この偽ゴーレムはどちらか分からないが、ラゼがそう言っても尚、徒手空拳でラゼを打倒せんと戦っていた。


 その執念とも呼べる必死さに、ラゼは素直に敬意を覚えていた。

 だからこそ全力で、自身に眠る魔力のほぼ全てを一撃の魔法に投じる。


「『ウル・トレペオ・スプリ・ネクト・エアル――――」


 詠唱と同時に、ラゼの背後にいくつもの魔方陣が、偽ゴーレムを狙った角度で浮かび上がる。

 それは、先程偽ゴーレムの四肢を消し飛ばした時と同じ詠唱。しかし、先程は4つだった魔方陣は、それだけに留まらず圧倒的にその数を増やし――――50にまで達した。


「――――プレスティージウィザー・トレジア』」


 偽ゴーレムに表情はないが、その光景を見たとき、確かに血相を変えたような気がした。

 だからその時、偽ゴーレムが初めて有効な土魔法を使った。

 それは、明らかに偽ゴーレムを一撃で破壊しうる魔法だったから。

 足を踏み鳴らすと同時に、眼下の地面から土塊が盛り上がり、壁のように固まって偽ゴーレムを守った。


 そしてその壁は、魔方陣から発射された10本ほどの激流に砕かれ――――残り40本の激流が、偽ゴーレムを襲った。


 ●


 ――――()()()()()


「……っばぁ!?」


 どうにも三半規管が虐め抜かれたようで視界が揺れているが、それでも一先ず追放後に身に付いた特技の1つ、気絶前後の状況把握を御披露目する。

 今俺がいる場所が変わらず牢獄迷宮の最下層、その壁付近に()()と一緒に転がっていた状態だったこと、そして少し遠くにいるフォールンセイントがゆっくりと近付いてきていることから、気絶する寸前のフォールンセイントの攻撃を受けてここまで吹き飛び、数秒間だけ意識を失っていたのだと理解する。


 そして問題は、その攻撃だ。

 体感だが、フォールンセイントの剣速が上がったような実感はない。しかし俺からしてみれば、まるで突如剣が襲ってきたような感覚だった。

 考えられる可能性は、はっきり言って1つだ。


「殺意消しやがった……ッ!」


 俺のアドバンテージである殺意感知に勘づき、殺意を抑えたようだ。

 その証拠と言わんばかりに、こちらに歩み寄るフォールンセイントには、先程のような苛烈さは感じられない。一見先程よりも御しやすくなったようにも見えるが、俺にとっては致命的だ。

 その上、先程の攻撃を反射的に受けた左腕は、紫色に大きく腫れ上がっており、まともに動かすこともできない。これは回復魔法を使っても少し残るな。


 しかし、2つ目の賭けには勝ったらしい。


 俺は、すぐそばに落ちていた盾――――フォールンセイントから弾き飛ばした盾を掴み、そのまま俺のインベントリに叩き込む。

 それを見たフォールンセイントは、少し表情を変えたように見えた。実際は骸骨だから表情はないが。


 この2週間で、このゲームのような世界にもかなり慣れてきて、この世界の性質をある程度予測することは可能になってきた。

 そもそも、フォールンセイントの装備、特に鎧の防御力は圧倒的だ。だからこそ、疑問に思っていた。

 それは、『盾、わざわざ必要か』問題である。

 実際、防御に関しては、あのぶっ壊れ機能持ちの鎧で十分事足りているのだ。顔面は出しているものの、そもそもあの兜の面の部分を下ろせば守ることができる。何故わざわざ下ろしてないかは知らん。


 この世界の武器もまた、ゲームと同様に装備することでステータス補正、さらに一部の武器においては特殊な機能による恩恵を受ける。俺は、フォールンセイントが盾を持っている理由を、その機能が目的ではないかと当たりをつけた。


 そして、俺が投げたゴブリンメイジが死んだときにその疑惑は強まり、俺が吹っ飛ばされた時点で確信に変わった。


「さっきまでゴブリンの群れをまとめて叩き斬ってた奴が、ゴブリンメイジの首を落とすこともできない? 俺の腕を飛ばすこともできない? そんな訳ねえだろう」


 ゴブリンよりもフィジカルが弱いゴブリンメイジが斬られて、体が2つに分かれていないのは異常なのだ。

 盾を落とした瞬間に、剣の切れ味及び威力も落ちた。そこから導きだした考察。


「剣を握っていれば装備品の防御力が上がって、盾を握っていれば装備品の攻撃力が上がるってところか? ややこしい武器だな」


 剣に関しては、なんとなく剣と盾がワンセットのような武器だったので、適当に言っただけだ。

 だがフォールンセイントのその反応は、俺の適当な考察が図星であることを示していた。


「……見事、ヨク我ノ武具ノ正体ヲ見破ッタ……」

「そりゃどうも」

「……然シ、其レ程理解シテイタナラバ、何故剣ヲ先ニ奪ワナカッタ……?」


 ……やべえ、勘で言ったから理解してなかったとは言えねえ。

 確かに、剣を奪った方が楽なのだ。フォールンセイントは攻撃手段を失い、あとは防御力が下がった盾と鎧だけが残る。

 盾を奪った今、鎧の防御力は変わらず、剣の攻撃力は下がったとは言えステータスに圧倒的に利がある。切れ味も悪くなっているようなので一撃で死ぬことはないだろうが、ぶっちゃけ2、3発攻撃を食らったら御陀仏だ。


 だからこそ、俺はそっちを選んだのだ。勘とは言え、理由の1つではある。


「そっちの方が、()()()()()()?」

「……嗚呼、左様デアッタカ……」


 そう言い剣を振る様は、納得とか安堵とか愉快とか、そういう感情を帯びてるように思えた。

 そして、俺に剣を向ける。


「……我ノ最期ノ剣ノ錆ニシテクレヨウ、簡単ニ死ンデクレルナ……?」

「上等だよ。お前を碾き潰して、ついでに試練とやらもクリアしてやる」


 ユズとフォールンセイントの戦い、正真正銘のファイナルラウンドが始まる。


剣と盾の性能はぶっ壊れですが、鎧は普通の性能です。

次回でフォールンセイント戦は終わりです。


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『続きが気になる!』


『さっさと続きを更新しろやブン殴るぞ』




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