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第九話 ユズと、堕ちた聖はもう聖じゃない説

 

 世の中には――――いや、この世界にはあるのか分からないが、『一騎当千』という言葉がある。その光景はまさに一騎当千そのものなのだが、あれって露骨に千より一の方が強そうだったらニュアンスが違ってくる言葉なのかな、と俺は思う。


「蹂躙じゃねーか……」


 ゴーレムが地面を適当に手で払うだけで、ゴブリンたちが腕に()()()()()()

 まるで沼に沈んでいくかのように、ゴブリンがゴーレムの腕の中にゆっくりと取り込まれていく。


「どういうメカニズムだよ……」


 空中に留まりながら、俺はため息をつく。

 というか、地味に固有スキルを使い続けている俺の腕が疲労で限界だ。

 奇しくも件の10メートル級ゴーレムが暴れているおかげでゴブリンの数は明らかに減っており、降りてもいきなり囲まれて袋叩きにあったりすることはなさそうだ。そもそもゴーレムの出現で、俺どころじゃなさそうだしな。


 すると、ゴーレムがいる方向の反対側にて、巨大な水球が発生し、地面に叩きつけられて弾けた。突如発生した激流に、ゴブリンたちは為す術なく流されていく。

 何回か見たことのある現象に、俺は空中から近寄り、現場に降り立つ。


「ラゼ!」

「ユズ君! 無事で良かった。『ヒルル・トレジア』」


 一先ず合流できたことを喜びながらも、俺の手の火傷を見たラゼが回復魔法を使う。

 俺の手が後遺症もなく治ったのを確認して、俺とラゼは遠方で蹂躙を続けるゴーレムに向き直る。


「一応聞いとくけどラゼ、あれ何?」

「見たことも、聞いたことも、出会ったこともない……ティザプターではないだろうし」

「何?」

「いや、何でもない」


 後半に聞き覚えのない固有名詞が出現したが、まあ今は気にしないでいいだろう。

 とりあえずラゼにも俺が気付いたことを伝えておくことにする。


「アイツの名前の表示を見てみようとしたが、生き埋めになってるゴブリン共の表示で本体が見えなかったんだが」

「生き埋め?」

「アイツに触れると、沼みたいに体に沈んでいくんだよ」


 そこまで言うと、ラゼは襲いかかってきたゴブリンウォーリアーにノールックで水魔法をぶつけながら、何か悩む様子を見せる。ゴブリンウォーリアー、哀れ。


「見た目はゴーレムだけど、厳密には違うね」

「やっぱ存在するんだゴーレム……違うってのは?」

「手短に説明すると、ゴーレムっていうのは、人形に魔力を通すことで生まれた人工の魔物。だから魔力を直接生命のエネルギーとしている珍しい魔物なの」

「じゃあ、あれは?」

「あれは多分……土魔法そのもの」


 暫定ゴーレムを注視しながら、魔法解説担当ラゼが続ける。


「あの体の内部で、魔力が魔法に()()()()()()()()

「……えー、つまりどういうこと?」

「順序が逆なの。普通のゴーレムは、人形の体に魔力を流して魔物になるけれど、あれは内部にいる魔物が、土魔法を使ってゴーレムの体を形成し、動かしている」


 複雑だが、だいたい分かった。巨人の頭上に表示がなかったのも、体内にいる本体の頭上に表示があるからか。それがゴブリンの表示に覆われて見えなかったわけだ。

 そして、魔法が形成している体だからこそ、内部の本体の意思によって、自在に変形すらも可能なわけだ。それを応用したのが、俺が見た沼のような体だったわけか。


「……ちょい待ち、そんなとんでもなく魔力を食いそうな真似、可能なのか?」

「普通は無理、出来るとしたら――――複数の説があるけど、どれであっても、厄介なことに変わりない」

「そりゃそうだ……ッ!? 来るぞ!」


 偽ゴーレムが発する強大な殺意が、こちらに向いたのを感じる。見ると、確かに偽ゴーレムがこちらに向かって動き出していた。

 俺とラゼでどこまでやれるか……逃げるというのも手なのだろうが、土魔法をかくも使いこなす魔物を放置していては危険な香りしかしない。

 しかし魔物の名前が見えないということは、レベルも見えないということだ。相手が格上なのか、格上だとしたらどの程度格上なのかが把握できない。これが死を招く可能性だってある。


「ラゼ、とりあえず俺が……」

「却下。というより、ユズ君はあれと戦っちゃダメ。私だけで対処する」


 俺の提案をほとんど聞くことなく、すげなく切り捨てるラゼ。

 だが俺は、ラゼを一人行かせる作戦には協力しかねる。ラゼが俺より遥かに強くとも、そこだけは譲れない。


「何でだ!? 俺の固有スキルなら、アイツに飲まれないで済むかもしれない!」

「あんなに巨大だと、触れることは出来ても全身が飲み込まれる」

「……でも」

「引き続き周囲のゴブリンをお願い。私を助けると思って」


 ラゼの感情の機微を俺が少しずつ理解してきたように、ラゼも俺のことを理解してきたらしい。俺はこれを言われてしまえば最後、引き下がるを得ないのだ。


「……死ぬなよ、ラゼ」

「当然。そっちも気を抜かないで」


 そう言うと、俺とラゼは背を向け合い、互いに敵に向かって走り出した。


 ●


 俺の人生は、基本的に劣等感が積み重なっている。

 17年の人生を振り返っても、何一つとして語ることがない。

 抜きん出るものが何もないままモラトリアムの時期までだらだらと生きてきてしまった俺は、唯一の何者かになれた記憶がない。

 それは死んだ日々。だからと言って、何かを変えたいと努力することすらしなかった。

 諦念に支配されていた17年だった。


 だからこそ俺は、少し浮かれていたのだと思う。

 異世界召喚なるものを経て、誰よりも弱いと判明して、追放された。

 奇しくも、俺が求めていた『唯一無二』であったから、そこに少し満足していた。たとえ死にそうになっても、そうして誰かの記憶に少しだけでもいいから残ってくれればいいと、今まで本気で思っていた。

 だから、こんな牢獄迷宮とかいう絶望的な箱庭に閉じ込められていても、割と前向きに過ごせていたのだ。


 でも、やっぱりそれは違うんだ。

 大切な人の力になれないことが、こんなにも悔しいとは知らなかった。無力感は、ここまで辛いものだとは思わなかった。

 足を引っ張ったこと()()ない、何者でもない俺には気付けなかった。


 死にたくない。こんな志半ばじゃ死ねない。


 偉そうに『誰かを助けたい』などと夢想するのなら、その人と肩を並べるくらい強くならないと話にならない。力じゃなくても、心が強くなければならない。両方とも欠けている俺では、ラゼの枷になることしかできない。


「そんなのは、嫌だ」


 いざという時は寄り掛かってばかりで、『俺にできることをやる』とか予防線を張って、なんとか今日という一日が終わったら、そのことに安堵する毎日。

 そうして、また、死んだ日々が続いていく。


「そんなのは、嫌なんだよ」


 ――――強くなりたい。

 君に命を救われてから、俺はこんな地獄でも、楽しいと思えたんだ。

 初めて何かを変えたいと、足掻こうと思えたんだよ。


「俺は、君のために、君に負けないくらい強くなりたいんだ」


 それは、新たなる決意の表れだった。

 俺なりの、覚悟の言葉を紡いでいく。


「だからお前ら、ひとつ手伝ってくれよ」


 俺は眼前に群れるゴブリン共を睥睨して、関節を鳴らした。

 そして、気合を入れるかのように、俺はいつもの決め台詞(ルーティーン)を――――


「あ?」


 ――――告げようと息を吸い込むのと、件の偽ゴーレム()()()()殺気を感じたのは、それとほぼ同時だった。


「うおっ!?」


 反射的に後方に跳躍、()()の襲撃をなんとか避ける。


 最下層に向かって、俺を目掛けて落下するかのように降り立ち、土煙をかき分けて現れたのは、ゴブリンでも、ゴーレムでもない魔物。頭上に名前とレベルが表示されたそれは、間違いなく魔物である証だ。


「……人間ト思シキ存在ヲ確認……」


 西洋の騎士の鎧をなんとなくイメージしてほしい。あれを全体的に黒くして、さらに経年劣化でボロボロにしてほしい。

 で、それを骸骨に着せてやってほしい。

 それに剣と盾を握らせてやれば、俺が対峙している魔物の完成だ。

 そして、その魔物は、ゆっくりと俺と目を合わせ、


「……答エヨ、貴殿ハ人間カ……?」

「お?」


 俺が何者かを問いかけた。

 奇しくもこれは『魔物って喋れるのか問題』が解決した瞬間でもあるのだが、そのことには気付けず、それよりも珍妙な問いに戸惑いを隠せない。

 が、召喚されたと言われた記憶はあっても、人間をやめた記憶はないので、堂々と答える。


「人間だよ。問題あるのか?」

「……承知……」


 はっきり言ってしまえば、その魔物は、お世辞にも強そうには見えない。

 ……否。正確に言うなら、過去に見ていたら強そうだったのかもしれないが、今は強そうに見えない。


「……我、意思ノ疎通ガ可能ナ人間ヲ発見セリ……」


 だってそうだろう。本体も死人の代名詞とも言える骸骨。それを守っているのだって、全力で叩いたら壊れてしまいそうな古びた鎧だけだ。


「……我、古ノ盟約ニ基ヅキ……」

「おい、嘘だろ……?」


 なのに、それなのに。手に取るように分かってしまうのだ。

 その魔物自身が発する気迫が、佇まいが、嫌というほど殺気になって伝わる。


「……崇高ナル人魔ノ頂点ノ野望ヲ果タス礎ト成ルベク……」


 そして何より、


「……試練ヲ開始セン……!」


 その異常性は、


【フォールンセイント Lv.103】


 本人が物語っていた。


「――――ハハ」


 乾いた笑いが、零れると思っていた。

 何を言っているかよく分からないが、この魔物が俺の命を狙っていることだけは分かった。

 今までなら、この絶望を享受してしまうと思っていた。


「ハハハハハハハハ!」


 だが、俺は心から生きようとしているらしい。

 一頻り笑ったあと、俺はフォールンセイントから目をそらさず、戦闘体勢に入る。


「試練だか何だか知らんが、上等だよ。こっちも、レベル3桁()()()楽に倒せないと、ラゼの隣に立てねえと思ってたところだ」


 そのレベル差、76。俺の四倍近いレベルを持つそいつは、油断なく構えた。

 突然襲来した絶望でさえも、打ち砕いてこその強さだ。

 セイントしているんだかしていないんだか分からないような奴に負けるわけにはいかない。何が意思の疎通だ。見た目からして、こっちのセリフ過ぎるだろ。


「……参ル……」

()き潰す」


 今度こそ決まったいつもの決め台詞(ルーティーン)が眼前の魔物へと意識を戻し、同時に地を蹴った。

 ――――そして、歴代最高速度の斬撃が、咄嗟に低い姿勢をとった俺の頭上、首があった空中を撫でていく。


「ヒュッ……ハハハァ! 遠慮なく殺気が籠ってんな!」


 ステータスと、牢獄迷宮で鍛えられた動体視力、そして殺気の感知をフル活用し、俺の命を散らさんと連続して襲いかかる斬撃を、ギリギリで避け続ける。

 そして避けつつも、少しずつ距離を詰める。そうする程に、隣り合わせの死が近付く気配がして――――それがなんとも()()()()


 そして、俺の間合いに入るや否や、チャンスとばかりに右手で全力のパンチを繰り出すが、盾によって難なく防がれる。

 そして、その上体は微動だにしていない。剣持ちが至近距離にいる状態で膠着状態になれば、俺の死は秒読みだ。

 ――――ということを脳で理解するよりも早く、反射的に俺の体はバックステップを選択する。


「ヒュハハッ」


 走馬灯の亜種のようなものか、フォールンセイントと戦い始めてから少しだけスローに見える剣先が、俺がいた空間を切り裂くのを目視して、俺の口から空気が漏れ出す。

 レッサーゴブリンと戦ったあのとき以来の、死と隣り合わせであることを実感しながら俺は――――笑みを噛み殺せずにいた。

 盾を殴って分かったことだが、フォールンセイントとやらは、力押しをしたら間違いなく負ける相手だ。なら、ずる賢く小手先でどうにかするしかない。


 バックステップを速攻で中断し、地を蹴ることで前方へと方向転換。避けた瞬間に戻り、虚を突いて攻める。

 そして、()()を握りしめ、大きく振りかぶって、フォールンセイントの顔面付近に向かって投げる。

 フォールンセイントは、反射的に眼前に盾を構え――――何の衝撃も襲わないことに気が付いた。

 だがもう遅い。


「……!」

「はい残念! ()()()()()()()んだな、これが!」


 レベル27のステータスによる全力ジャンプで、フォールンセイントの頭上、僅かに後方まで跳ぶ。

 そして固有スキルで空気に触れ、天井を押すかのような動きで、全力で腕を伸ばす。

 重力と力学に乗っ取り、俺の体がフォールンセイントの後頭部目掛けて一瞬加速する。


「うおおお! ついに完成したドロップキィィィィック!」

「……グ……」


 レッサーゴブリン戦ではほぼ失敗だったドロップキック(異世界風味)をフォールンセイントにお見舞いする。

 兜に阻まれたが、フォールンセイントの体勢を崩した。だが向こうも即座に立て直し、こちらに向き直る。

 そのまま体勢を崩したところに畳み掛ける作戦だったのだが、失敗に終わる。


 だが、正直ここまででもレベル103相手に大健闘と言える。あの斬撃を避けて、虚を突いて背後から一発。普通は出来ないだろう。

 要するに、レベル103にしては()()()()()()()。具体的に他のレベル3桁を持つ者を知っているわけではないが、おそらく本来は、レベル76の差というものは、こんなにも簡単に覆すことができるものではないだろう。

 だから、こんなにも簡単に一矢報いることができた俺は、フォールンセイントに問いかけることにした。


「なあ。お前、何年間生きてんだ?」

「……」


 骸骨に生きているのか聞くのは如何なものかと思うが、気にせずそのまま続ける。


「古の盟約とか言ったな? その古ってのは、どのくらい昔の話なんだ?」



 ●


 ある時、ラゼに尋ねたことがある。


「なあラゼ。歳をとると、レベルって下がったりするのか?」

「……? あ、そういうことか」


 この世界の人間の強さは、ステータスというもので管理されている。敵と戦い経験値を手に入れることで、明確に強くなったという証拠が提示される。

 例えばゲームならば、そのゲームの主人公及びキャラクターの年齢は変わらないことが多い。だから、敵を倒せば倒すほど、レベルは上限まで無限に上がり続け、それに伴いステータスも強化される。


 だが、人々に寄り添う世界の規則として落とし込むとすると、そう簡単にはいかない。

 至極単純に考えれば、より多く歳を重ねた者がより強くなってしまうことになる。

 しかし、生物は確実に老いる。動きは鈍り、力も弱くなる。

 そうなったとき、レベルを下げるなどをしてステータスを下げないと、辻褄が合わなくなるのだ。ヨボヨボの破壊神が出来上がっちゃう。怖いね。


 俺が疑問に思っている点を察したのであろうラゼが答える。


「レベルが下がることはないよ。だけど、ステータス補正がかかる」

「ステータス補正?」

「レベルアップに関係せずに、ステータスが変動することだよ。例えば、若いときに攻撃力が100ある人がいたとすると、歳をとると攻撃力は100(-80)みたいに表示される。このとき、攻撃力は実質20ってことだね」

「はー、なるほど」

「年齢の他にも、武器や防具を装備したときにも、ステータス補正は発生するよ」

「ああ、それもレベルには関係ないからか」


 腕を組み、深く納得する。

 基礎の数字を変えずに、無理なく年齢の辻褄を合わせることができる表現技法だ。


「これは人間や魔族だけじゃなくて、魔物とかにも当てはまる。レベルが高くてもそんなに強くないと感じたら、もしかしたらものすごく長く生きている魔物なのかもしれない」


 ラゼはそう締め括った。


 ●


 何事も聞いてみるものである。

 ――――てなわけで、目の前にいるフォールンセイントも、多分その類いだった。


 パンチとドロップキックで一発ずつしか試していないが、鎧も盾もなかなかの防御性能を誇る。そんな防具がボロボロになっている時点で、相当な年季を疑ってはいた。


 そして、その答えは、つれないものだった。


「……余計ナ詮索ハ不要……」

「左様かい」


 だが、意外にも親切に、フォールンセイントは続ける。


「……サレドモ知リタクバ、勝ツガヨイ……」

「いや、正直そこまで興味はないんだけど。だがまあ、言われずとも勝つ」


 なんとも締まらないが、会話が突如終わり、両者の間を静寂が支配する。そして双方が再び構え、激突した。


ステータスの下降補正がかかっている魔物は、弱肉強食の世を長生き出来るほどの実力を持つ魔物ばかりなので、ユズ君と比べたら普通に強いです。


『面白かった!』


『続きが気になる!』


『さっさと続きを更新しろやブン殴るぞ』




とお思いいただけましたら、【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして、応援していただけると幸いです。


あと、感想とかブックマークとか頂けると、作者が嬉し泣きしながら踊ります。

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― 新着の感想 ―
[良い点] エイジング(老化)によるステータス補正! いいですね〜〜! 正直、大好きです!
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