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SECRET's.  作者: マロニー。
5/5

追記:■■■から発生した特定の周波数に関する報告と調査記録

-15-


夕焼け。小焼け。日暮れ時。

気温約11度。湿度約6割。


 キノコの件のみならず、大規模討伐の件にも手を取られている事も事実である。どちらを優先すべきかではなく、ただ単に、どちらも優先すべき事項なのだ。

 足取りは重い。最低でも3日以上も継続されているあのクエストが、たかが単純なクエストな訳が無いのだ。自分達がこうして準備を行なっている間も、間違い無く向こうでは何千人もの戦死者が出て、何万人もの人々が助けを求めている事は想像に容易い。

 手短に支度を済ませ、戦地に赴く覚悟を決める。英雄的な行動は自らの死に直結する。常に自軍と連携を取り、味方を信じて行動しなければならない。今回ばかりは馬車などといった手荒な乗り物は用意されず、少なくとも10人が搭乗可能になるように改造された担架車に乗せられる事になり、硬い鉄板で覆われたそのフォルムは、まるで何時かの装甲車を彷彿とさせる。

 車内は何度も街と戦場を行き来している跡がよく目立つ。靴底の違った足跡、色褪せた座席、所々変形した骨組み。快適とは程遠いその車内に、軽く数千人を超える人々が他数百台の担架車に吸い込まれていく。獣の彼女が、純粋な疑問を投げかける。

 「真ん中のアレは何にゃ?」

 彼女が指差す先に、形容しがたい赤黒いシミが、まるで液体が通過した跡の様に染み付いていた。これから自分達は、正に犠牲の量産とも例えられる死場へと向かうのだ。目に写るその赤はどうも想像し難い。しかしそれと同時に、やはり彼女が指差すその赤の何たるかを想像するに容易かった。

 自分はそのシミを隠す様に靴を据え、座席に座った。

 鉄の群れは、街の正門からクエスト地点に向かうルートに基づいて進行し始めた。自分達がいた場所は正門地点からやや遠く、殆どの場合は俗に言う「道」を通じて市街地外へと連絡していた為、実際この周囲に住む人々の大半が正門に赴くのは久々の事であり、一部の市民はそもそも正門自体を見た事が無かったりする。自分達はその一部分の人々でもあった。

 正門方面から逆流する様に市民が避難を行なっていた。万が一の際は、今から向かう正門そのものが最終防衛地点と化す為である。その避難する人数から、正門付近の大凡の規模の想定が出来る。今も其処に討伐対象を討つ最後の砦である。正門はその目的に利用するに充分な規模を誇っていた。

 段々と正門に近づくにつれて、他方向からほぼ同じ台数の担架車が大通りに集合するのが確認できた。皆が皆同じ目的の為にこのクエストを受注したと考えると、やはりこれから相手にする敵というのはそれだけ高度の統率力が求められる、非常に討伐の難易度を極める強大な存在なのだといった莫大な感想が良く似合う様に感じた。

 畏怖を片隅に感じる逢魔が時、紅く染まる大地に沈む太陽に良く似る恒星は既に半分少々のみしか視界に映らず、又その時に初めて自分は、見える筈の無かった巨大な地平線が、横一文字に延びた光景を観る事が出来たのであった。


-16-


正門。大通り。鉄の行進。

車内温度約18度。湿度約8割。


 車内から外の光景を見る事は難しい。

 外部からの攻撃、衝撃を極力和らげる為である。当然だ、この世界にガラスは愚かそもそも光を受け流せる様な製品を作れる程の技術力が無いのだ。この世界の窓の全般は、穴か、良くて網戸である。

 車内の皆がまるで死んだかの様に口静かである。誰も喋らないこの空間は、鉄と錆と、若干の生臭さが良く引き立つ。

 あの緑豊かな広大な大地が、3日間を経ても同じ風景が広がっているとは考え難い。それこそ最初こそは今にまで出くわした事の無い規模を誇る存在と対峙出来る事に興奮を覚えた輩も何人かは居たはずだ。だが、実際そういった楽観的視点が故に目前に立つその存在の何たるかを認知した時の絶望感はあまりにも表現し難い。

 そうして死んでいった生命の行く末はどうも、そこが例え天国であろうともそれらにとっては地獄でしか無いのだろうか。

 緊張が走る。背筋が凍る。また4日目に持ち越せる程資源があるとは到底思えない。

 援軍を求める信号弾が一人につき一つ持たされているが、果たしてそれが本当に本来の目的として機能するのだろうか。

 先を読めない我々の、何とも愚かな...

 刹那、エンジン音が止まる。どうやら目的地に到着したらしい。

 時間が無い。すぐにでも計画を立てて、万一の状態にいつでも適応出来る状態に整えなければならない。


 車内から出たがる者は居なかった。


 恐らくは地面であろうその場所は散り火の舞う枯れ果てた低木の群れと化し、あれ程澄んでいた綺麗な青空は隙間無く煙に覆われ、肝心の兵の姿は無く、良くて見つかるのは、助けを乞う旨の文字が書かれた手記や手帳、一度も振られる事の無かった短剣、皮膚の一部が焦げ落ちた骨が露出した死体。

 相手と明らかに対等でないその戦場は、ある意味「平等」と呼ぶに相応な場所であった。

 自分は躊躇無くその地に降り立つ。前述のその場所に、何か感情を抱く必要は無かった。兎に角今は時間が無い。こうしてその風景を眺めている間にも、多数の被害が出続けているのだ。

 抵抗する獣の彼女を背負い、できる限りその車から距離を取る。辺りを見る限り周囲に拠点と思しき空間は無い。消失した。と名義するのが正しいのかも知れない。

 明らかに勝ち目の無いソレと戦う為にここに来た訳では無い。ただ今も助けを求めている者の側へ赴き、説得し、一刻も早くその場から逃げる様に促す事のみを目的として此処に来たと言っても過言では無い。

 当然クエスト内容に反する行動は後に罰則として相応の扱いをされる事になる。だが、そうやって意地でも目の前の脅威からの逃亡を許さないギルドの体制にどうしても不満が拭い切れないのだ。

 だから自分は裏切るのだ。簡単である。金か命、どちらを取るかと言ったら、自分はとうに昔から既に一択に絞っている。

 言葉にして発するのは誰にでも出来る。だがその言葉を行動に移すのは皮肉ながらあまりにも困難である。だから誰かが見本となって行動しなければ、その足跡を辿って後を追う者もいなくなるのだ。

 この一歩は、この選択は、ただ唯一の。

 自身が思う正義の為の偉大な一歩である事を、纔かながらに願うのだ。

 突如、背後から気配を感じた。反射的に後ろを振り向く。


今さっきまでそこにあった担架車は、巨大な何かによって鉄の板と化していた。


-17-


戦場。戦火。平等なる大地。

気温約34度。湿度約2割。


 結局自分達以外、あの場所に踏み出す勇気のある者は一人も居なかった。叫ぶ間も無く、そこに居たそれ等は居なくなったのだ。

 より一層走るスピードを上げる。少なくとも自分は、自身の命と共に彼女の命も背負っているのだ。

 辺りにはずっと同じ光景が連続して広がっている。植物ですら生きる事の許されないその光景の中央に、巨大なその輪郭を捉える。

 龍。トカゲやカエルやイモリにも似つかないその独特な鱗と異常なまでに発達したその身体とその顔は、して架空上の生き物とされてきた龍の容姿のそのままであった。

 顔の容姿を捉えたという事は、それは同時に相手もこちらに気付いている事の筆致である。

 自分は諦観した。誰一人として救えずに、最後に彼女まで殺して自らも死ぬ運命なのか。という発想に至った。

 せめて最期に潔く死ねれるのであればという思いで、ただ無言でそれを見つめる。


 暫く、自身と相手との間に異様な雰囲気が生じる。

 「戦わないのか?」

 相手のその重い口から、その一言が吐き出される。

 自分は未だ無言の姿勢を貫く。

 「我の威厳に、怖気付いたのか?」

 重ねて質問を投げかける。

 自分は一歩前に足を踏む。

 「...。成程、そうか。そういう事か、」

 続けて相手は語る。

 「随分と傲慢だな。...だが、どうも貴様という存在の誇るその姿勢が...はぁ。」

 相手のその巨体を大きく動かす。

 「では探せ。次に出会う時には、二度と故郷に帰れない様にしてやろう。」

 それは背を向け、周囲の残り火を蹴散らすかの如く大きく遠方に羽ばたいた。

 上空を覆う黒い煙を意図もせず掻き分け翔ぶその姿を最後に、自分はようやく我に返った。

 煙の隙間から照らす日の光は、その戦場を見渡すには十分な光量だった。3日にもわたるその戦いは、一切の戦果を残さずに突如として終了を迎えた。

 周囲の討伐組は、この結果に歓喜した。

 あいつを倒せはしなかったが、少なくとも街の皆を救う事が出来た。と賛美した。

 この日の光は神の光だと皆武器を掲げた。


 自分は、この結果に酷く絶望した。


 あの龍の言った通り、自身の目的は果たされなかった。日の光の照らすその場所には、唯一人として訪れる運命に抵抗する事が出来なかった者等の、悲惨な光景が広がっていた。

 我々は、高みを望んだ。常に上を見つめて進んでいった。

 だからこそ、我々はその下に遺されたそれらの意味を理解出来なかったのだ。

 こんなものをたかが異常性なんかでは片付けられない、これは、これは只の、いつの日か皆が忘れ呆けた結果が故の、


 人間性だ。

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