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SECRET's.  作者: マロニー。
3/5

過去に近しい。

-9-


早朝。霜がかる木々。足取りは重い。

気温約3度。湿度約5割。


惑星自体の規模が大きいため、地球の同等のペースで起床するとこの世界では相当早く目覚めてしまう事になる。当然ながら、彼女はヨダレを垂らしながら熟睡している。

 二度寝は自分の趣味では無いため、とりあえず眠気覚ましに顔を洗い歯を磨く。...のが毎日のルーティンだったが、空き家と化したこの家には当然水道は通っておらず、そもそも寝床自体もベッドは一つしか無く、自分が熱中症で倒れていた期間ずっと彼女は床で寝ていたのも想像に容易く、自身のルーティンなんかより、今はゆっくりと寝られる時間があるだけでも十分彼女に感謝しなければならないのだ。

 まだ寒く日の出も未だ遠く、木々も生物も眠りにつく頃、自分は自作した安価な注射器を持ち、周辺に住む野生動物にそれを注射する。

 安価とはいえ実用性は高く、植物由来のみの毒素を使用しているため、使用する植物の成分を変えれば当然性能も変化し、即効性の毒から遅延性の毒まで成分を調整でき、加えて治癒能力を高める成分を含んだものであれば多少なりとも怪我の回復を早める事が可能である。

 注射器とは言ったものの、正確にはガラス棒の用途に近く、木の枝のささくれ部分を針に見立ててその先端に毒素を塗り、刺した後に再度ささくれ上部から毒液を垂らし、その部分を伝って傷口に毒液を染み渡らせる。要は蚊の吸血の上位互換であり、皮膚の分厚い肉食の動物に対しても支障無く血管部分に毒を仕込む事が可能である。他部位に損傷を与える事が無いため、調理する際はしっかりと血抜きをして加熱する事で問題無く摂食可能である。

 一通り事を済ませた自分は若干の日光に照らされた彼女の家に戻る事にした。自宅に帰ると彼女は未だにベッドで寝ており、失礼かもしれないが、その寝相の悪さは間違いなく彼女の寝癖に直結していると思われる容姿で、されどとても気持ち良さそうに眠りについている最中であった。

 今日は、先日受注したクエストの内容に沿って、森林地帯における突発的に繁殖したキノコの採取と、周辺の生態観察が主な内容である。サブクエストは野生動物の生肉の納品であり、これをこなせばステーキが報酬として手に入るらしい。正にクエストの基本中の基本と呼べる良心的なクエストであると個人的に考えている。

 武器の簡易的なメンテナンスをして暇潰しをしていると、街の方も段々と賑やかさを増し始め、陽の光も間も無くして朝の6時くらいの明るさを示し始め、ようやく本格的に朝と呼べる時間帯と化してきた。当の彼女は未だに地獄の様な寝相をとっており、何故この姿勢で安眠出来るのかが皆目分からなかった。

 ずっと静かに彼女が起床するのを待っているのも別に良かったのだが性に合わないため、空飛ぶ小鳥達の巣の位置を三角法を利用して求めようとしたが、どうやら彼女が目を覚ましたようだった。

 「んん、にゃんで私こんな訳の分からにゃい姿勢で寝てるにゃん...」

 その疑問に対して明確な回答が出来ない自分が若干悔しい。あの寝相と寝癖は冗談抜きで何かしらの異常性を保持しているとしか考えられない。

 「あらもう、起きてたん、にゃん、ね。おっとっと...」

ベッドから起き上がった彼女は真っ先にヒビの入った鏡に向かった。

 「にゃ〜!にゃんでこんなに私の髪が散らかってるにゃあ!」

 どうやら彼女自身もこの異常な寝癖を許せないらしい。

 「今日はせっかくのクエストだってのにこんにゃまとまりのにゃい髪で...はぁ、こんにゃんじゃせっかくまともな衣装を貸してくれたギルドに顔出し出来ないにゃん...」

 女の子の事情はよく分からないのであまり口出しする事も出来ない。

 「まぁ良いにゃ。クエストの途中でとんでもにゃいモンスターに出くわしてしまった、みたいにゃ理由を付ければ案外この髪も許されるかもしれにゃいにゃん。」

 許されないかもしれない。

 彼女は一通りの支度を整えたのちに、もう少しで例の小鳥の巣の居場所が分かりそうなタイミングで自分に出発の声をかけた。

 気付けば街は既にいつもの賑やかさを取り戻しており、太陽も影を映し出す程に明るみを増していた。

 雲一つ無い晴天の中、自分達はクエストを達成するために暗く窮屈なあの空き家から外に出る事にした。


-10-


大草原。背丈の低い草花。不自然な程に露出した地層。

温度約19度。湿度約6割。


 街から外へと繋がる道は表門以外は基本的に馬車を経由して行く事になっている。道というのも当然あの時の[道]の事を指し、あれだけ何時間も歩き続けた[道]も、本来は非常に短く数分も良いところであり、ほとんど秒に近しい距離であった。そして何よりもその道を進む際に発見した、馬車の運転手が確認を行うために設置されたものだと思っていたあの「看板」が見当たらなかったのだ。

 馬車より外に出てみると、そこは限り無く広く続いた野原が続いており、そこには森林地帯とはまた別の生態系が構築されていた。

 遠方に見覚えのある建造物が建っていた。自分が初めてこの世界へ降り立った際に、地形以外の情報として見つけた、城に似た建物だった。そこからこの世界には知識ある生命が存在している事を確認し、加えてその付近には正に元の世界にはあるまじき龍の容姿に似た巨大な生物が周囲を飛び回っていたのだ。だがそれらよりも問題なのは、そもそもこの世界に訪れるに至った元凶である四角い物体であり、彼女はどうやら馬車から出た際に既に見つけていたらしく、少し考える様な仕草をしてから、囁くようにある言葉を口にした。

「クババ...」

 自分は動揺した。久しぶりの経験だった。まさかこの別世界に訪れても尚その単語を耳にするとは思いもしなかったのだ。ましてや今までまともに義務教育を受けさせてもらえなかった彼女の口から、その様な存在の名が出てくる事自体想像していなかった。

 クババ。それを説明するには正直この章の内に収められそうにない。恐らくはクトゥルフの様な古代の先人が妄想と発想のみで描いた神々とは明らかに異なるその存在と、確かに目の前にある正方形のシェルターの容姿が酷似している事に気付いてしまった自分は動揺を隠しきれなかったのだ。

 「えぇ...にゃんでそんにゃ怖い顔してるにゃん...?」

心配そうにこちらの顔色を伺う彼女は一切裏を表に出さない無垢な表情で自分を見る。

 「いや...なんでもにゃいにゃ。」

 何も聞かずに察してくれる彼女には毎度感謝している。

 最悪の事態に備え、クエスト中は常にシェルターに注意を向け作業を続けた。

 キノコにも様々な種類があり、木を苗床とする種や、ある一定の湿度と気温の下にしか生えないキノコ等たくさんあるが、今回はその中でもところ構わず繁殖を続けるキノコの胞子が繁殖場より外に出てしまったが為に、相変わらずところ構わず生えてしまった為、生態系の保全の為に、そのキノコを採取するクエストが主となる。周囲の生態観察は、正にキノコによる生態系の変化の有無が生じているか否かの確認も含めての生態観察である。

 そんなものは気にせずに、彼女はただひたすらにキノコを採取する事を楽しんでいる。数に規定は無いため別に全て採っても繁殖場からの胞子の拡散が原因の為、あまり問題は無い。問題なのは、そのキノコによって生態系が変動しているかである。少なくとも影響が一切出ていないとは言い切れないのだ。

 彼女の採ったキノコが生えていた一帯は乾燥しており、どうやら水分を必要とするキノコの類であると予測が付いた。しかしそれだけでは数多くあるキノコの種類からこのキノコのみが繁殖した理由にはならず、別の原因があると見越した自分はそのキノコを育てている繁殖場の培養システムがどの様な仕組みをしているかを確認すべく、ある一冊のファイルを取り出す。

 このファイルには現クエストに関するいくつかの公開可能な情報が記されており、クエスト内容から、今回のクエストに関与する幾つかの所属企業の名称、更にそれらの運営する施設の情報まで事細かに記載されており、大抵の不条理は全てこのファイルが解決してくれる。

 どうやらこのファイルによると、培養システムは空気と付近の腐葉土のみであり、これといった薬剤や水分、その他キノコの培養に必要な物はこれといって存在せず、胞子が地面に着床した地点で本来の植物の何倍ものスピードで成長を始め、約1日後には周囲2mはそのキノコの森と化すらしい。胞子の拡散は即ち前述した生態系の崩壊に深く関わる深刻な問題に発展しかねないのだ。

 生態ピラミッドにおける土台となる部分である植物の欄がそのキノコになってしまえば、それより上層に立つ動物達が人類を含め絶滅しかねない。何故こんなにも危険なクエストを、初心者である自分達に渡したのか理解出来ないが、きっとギルドの人達も事の重大さを良く理解していなかったのだろう。繁殖場の人はなんて事をしてくれたんだとつくづく思う。だが残された時間はクエスト期限よりも長くは無い。

 更に多く根強く子孫を残そうと奮起になっているキノコを、人の手で搾取しなければならないと思うと色々と思う事もあるが、今はそういった憂鬱に浸かる時間も無いのだ。事は一刻を争う。たかがキノコ如きにこんなにも必死になるのは人生で初である。速やかに生息地を特定し、その場に溜まるキノコの山を「討伐」しなくてはいけないのだ。


 相変わらず彼女はただひたすらにキノコを採取し続けている。


-11-


砂漠。砂塵。一面のキノコの山。

気温約31度。湿度約1割。


 唖然とした。胞子拡散の根源は、砂漠に建てられた廃棄場からの漏洩だったのだ。

 当然異世界のキノコだ。元の世界のキノコと違っていても何ら不思議では無いのだ。...しかしどうだろう。


 砂漠にキノコが生えている光景を、自分達は「何故」といった疑問でしか解決する事が出来なかった。


 ファイルにはこんな情報は無かったが、普通に考えたら一度植えたらたくさん生えるキノコの胞子を貯めておく必要性は無いのだ。処理したくなるのも無理は無い。だから草木の生えない砂漠に棄てようとする判断も別に間違っては無かったと思うのだ。

 その光景を言葉にするのは容易だが、想像するのは困難を極める。要するに、あのキノコは文字通り「どこにでも生える」キノコだったらしい。

 過去にも多くの胞子を棄てていたからかは不明だが、その一帯は今までとは比べ物にならないくらいの量のキノコが生えており、並の速さでは到底対処しきれないのも明白であった。

 廃棄場による処理不足によってこの事態が発生している為当然廃棄場は利用できず、焼却処理も視野に入れたが乾燥した空気の中で炎を利用する事は難しいと考えた自分はある一つの考えが浮かぶ。

 水没である。

 正確に言えば、砂や礫による水没であり、キノコの繁殖力の高さよりも、まずはこれ以上胞子が蔓延しない様に埋めるべきだと考えた。どうやらこのキノコの背丈が平均して3cmよりも大きくなる事は無いため、ここ一帯の高さが3cm以上積もればほとんどのキノコは例外無く鎮圧することが可能である。

 自分は国に対しキノコが生えている場所より1km下方への爆発物使用申請とキノコによる生態系の崩壊の危険性に加え、今後一切廃棄場にこのキノコを廃棄しない事と、問題を引き起こした廃棄場の解体を報告した。

 申請の承諾には多少の時間がかかる為、自分達は問題の廃棄場に足を運ぶ事にした。

 ここ一帯は既に砂漠である事がまるで嘘であったかの様にキノコで埋め尽くされていた。廃棄場の跡地は見る陰も無くキノコに覆われており、僅かながら原型が顔を出す程度にまで進行してしまっていた。

 自分はいつ崩れてもおかしくないその建物に細心の注意を払いつつ、もしも屋内に生存者が居た場合に備えて内部の探索を行う事にした。

 建物内は非常に危険な状態だった。日の光が多少遮られたお陰で胞子が宙を漂う様子が目に見える様になった。それらは塵や埃とは違い、明らかに菌としか言いようの無い形状をしており、例え土壌が整っていない壁や天井でさえもそれらが積み重なり、新たなキノコの苗床として機能していたり等で、とにかくキノコを踏まずして先に進む事が不可能な場所だった。

胞子自体に繁殖能力がある訳では無い。胞子単体の重さは空気よりも重く、大抵が地面に落ちており、土壌を形成している。しかし問題は土壌を形成した後の変化であり、その土壌の内の約20%が分離され、土壌と化す以前の姿とは違いある程度の形状をもって放出される。

 この時の胞子は羽の無い攪拌体をしており、空気中に螺旋状の渦を発生させて宙を舞う事が出来る。降下速度も通常時とは違って半分以下のスピードとなり、少しでも風が吹けば再度渦を巻き、上昇する。

 一切の障害物の無い砂漠地帯よりこれが放たれた事で四方八方へと胞子が蔓延したのでは無いかと推測が立てられる。何故着床時に周囲に栄養が無い場合にも関わらず繁殖が可能なのか等、腑に落ちない点もいくつかあるが少なくとも今件は繁殖場に勤める従業員のミスだけで無く、廃棄物の流出が本来発生するはずの無い場所から漏洩していたこの施設にも多少ながら胞子の拡散の理由にはなり得たかもしれないという事だけは理解出来た。

 一通り見て回って、現状2人だけでは到底このキノコらに対処する事は不可能と思い、一度街へと帰ろうとした。が、その道中、とあるものを見てしまった。

 速やかに彼女の目を覆い、絶対にソレを見せんとばかりに彼女を後方へと追いやった。ソレを見てしまったらきっと、彼女はトラウマになりかねない。直感だが、ソレはそれを引き起こすのに確実なものだった。

 死体があった。正確には、死体だったものである。人が横たわるその容姿に重なるように苗床が形成され、そこからキノコが生えている状態だった。

 死後どれくらい経ったのかは分からない。少なくともキノコ群が2mの規模になるのに1日かかる為、逆算すればその死体は死後1日以上経過している事になる。廃棄場に胞子が蔓延した日付から砂漠地帯に胞子が行き渡った日数を計算すればその日廃棄場にどれだけの人員が勤めていたのかが判明出来る。

 少なくとも、廃棄場にキノコが蔓延するよりも前に繁殖場から胞子が漏洩しているためこの人物の死因が胞子によるものだとは思えない。周囲の肉食動物によるものかと考えたが既にこのキノコの生態の影響で周辺の生態系は崩壊していた。

 色々とこの件に対して知らなければならない事がある。自分達はすぐにその場から退散する事にした。


 相変わらず彼女はただひたすらにキノコを採取し続けていた。

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