異常性と非常性
-6-
空想。白い空間。無題。
特に無し。
色々と疑問に思う部分はあるが、まずはそれ以上に今自分がどういう状態なのかを把握しておきたい。自分は今、死んだのか、又は生きているかのどちら側の人間としてここに立てば良いのかが分からない。
「よぉ。」
直後、背後から聞き覚えのある声に話しかけられる。自分は反射的に振り向いた。
「そういえば、あの時はまだ俺の名前を名乗っていなかった様な気がするなぁ。あー、お互いに。な?」
前回の様な装備は着ておらず、彼の姿が良く見える。どうやら彼は本当にマネキンらしい。
「そう固くなるなよ。俺だって何でこんな無機質なただのマネキンが、あたかも人間の様に喋っているのか分からねぇんだ。」
少し混乱したが、その混乱を察したかの様に話を続ける。
「自分の事でさえよく分かってねぇのに何でこんな...いや、何でもないさ。」
彼は良く喋る。又は、自分があまりにも喋らなさ過ぎるだけかもしれない。
「ここは...そうだな、分かりやすく言えば鏡みたいな場所さ。残念だが、お花畑みたいなもんが咲いている訳じゃない。とはいえ真っ暗な世界よりかは幾分かマシだろう。お前にとってはどうかは知らんけど。」
白い空間を写す鏡は、元は何を写していたのだろうか。
「お互いに素っ裸だな...俺は別にお前に興奮したりとか、こんなよく分からない生と死の狭間で新たな生を生み出すような奇行には絶対に走らねぇからそんな顔しねぇで笑顔になってみろよ。」
自分はどう反応すれば良いのかが分からなかったし、特に笑顔になれるような発言でも無かった。
「すまねぇ、からかった訳じゃ無いんだ。頼むからそのままの表情でいてくれ...ごめんって。」
直後、白い空間に亀裂が入る。隙間からは黒い空間が垣間見れる。亀裂は更に大きくなり、白い空間はまるでガラスの破片の様に砕け散った。
重力は下に働き、落ちていくにつれて視界が黒くなる。
「...い...おい!」
マネキンの彼が自分を呼ぶ。
「もしまた出会えたら、そん時はもっとちゃんとお話ししようぜ!」
彼は自身とは逆に、上方向に落ちていった。刹那、視界の全てが暗くなり、意識は朦朧とし始めた。
-7-
霞。有明の空。一室にて目を覚ます。
気温湿度共に不明。
見慣れない天井。虫に食われた床や壁。漠然とした違和感は、目線を横にずらした瞬間に判明した。
寝癖だらけの乱れた髪。椅子の脚とほとんど大差無い細い足。その足の短さから想像出来る極端な低身長。そして何よりも...
「にゃ〜もぉ〜!何でこうも髪が纏まらないのにゃあ!」
獣の耳。癖のある喋り方。そこにいた少女は人型の、されど人とは異なる異端の存在。記憶に残る限りでは恐らく獣人と呼ばれるソレは今、正に彼女自身の寝癖と格闘を繰り広げていた。
ひとまず彼女にお礼の言葉と、何故自分を救助したのかの理由とそれに見合った取引兼交渉を交える必要があると考えた自分は彼女の肩を叩く。
「にゃ〜!誰にゃお前〜!って思ったけどよくよく考えたら私がアンタをここまで連れてきたにゃんね。誰かは知らにゃいけど感謝しなさい!」
マネキンの彼とはまた別の煩さを感じる。
「それよりも、アンタ良くあの道を歩きで挑もうと思ったわね。」
どうやらあの馬車は幻覚では無かったらしい。
「私達の間だとアレは[道]と呼んでいるにゃ。何の魔法がかけられているかは知らにゃいけど、少にゃくとも乗り物に乗らずにあの道を渡ると、ある地点を境に永久に道が生成され続けて、帰り道しか戻る道が無くにゃるそうにゃ。野生動物が立ち入らにゃい様にするために色々と施したらしいんにゃけど、正確には誰がいつあの[道]を作ったのかは定かではにゃいらしいにゃ。」
聞いても無いのに色々と喋ってくれたせいで、特に質問する事も無くなってしまった。
「動物が道に入れにゃい様にするだけにゃら、にゃんで歩きで来ようとする人までもを街に入れたがらにゃいんだろう...まぁ良いにゃ。とにかくアンタが無事で良かったにゃん。」
何故。という疑問以上に何かを求めない存在を、基本的に自分は異常性と捉えている。当然今回も明らかな疑問を残しているのにも関わらずそれ以上に被害が生じていないため、意味が分からないが故に異常性として片づけられるが、街を牛耳る行政機関がこの現象を周知しているのにも関わらず、住民にこの事態について詳細を説明していない事に対して何か理由があるのだろうか。
異常性は、知識ある生命が関与する事で確実な用途として概念から存在へと形状を変態する。例としてMediaは武器に対しての知識がある生命が関与する事で異常性から需要性へと変わり、宿主に対し多大なメリットを付与する。シェルターに関しても同じ事が言え、自分という知識ある生命が書斎に並べられた文書を読む事で今まで何故で留まっていた事象のほとんどを解決といった過程へと進行させてくれたのだ。これらの異常性を軸に考えれば、恐らく[道]と呼ばれるそれもまた、国に対して多大な影響をもたらしているに違いない。
「にゃ〜にぼぉ〜っとしてるにゃぁ〜?」
興味ありげな表情でこちらを伺う。今更隠す理由も無いのでこれまでに体験した異常性を彼女に伝える事にした。
-8-
晴れ。雲一つ無い青空。名称不明。
気温約19度。湿度約7割。別世界の天気はよく分からない。
どうやら彼女は孤独らしい。幼い頃に家族を亡くし、学び舎に通う事も、身の回りの家事もまともにこなせなかったが、それでも周りの人達の見様見真似でかろうじて話せる様になり、偶々街の外れにあった空き家を住処にする生活を送っているとの事だった。
名前は無いらしいので仕方なく彼女と呼称しているが、いつの日か「およめさんという名前の職」に就きたいらしく、きっといつの日かなれるであろう「およめさん」になるために日頃から寝癖と癖毛が治る様に「スキンケア」をしているらしい。
我慢ならなくなった自分は彼女に多少の教育を施す事を決心した。このまま大人になったら色々と後悔すると思ったからだ。
ちなみに前述した異常性については全くの興味を示さなかった。
自分もこの街に来るのは初めてだが、基本的に中央に近づくにつれて主要な建物が増えていく構造はどの世界でも同じだった。
「あ、アレ食べてみたいにゃ〜!」
お金が無い。
「おぉ!あの建物は何にゃ!?」
恐らくは、刑務所である。
「あそこに行ってみたいにゃ〜!」
その先は[道]である。
「アンタ何も出来ないのにゃ!?」
否定は、出来なかった。
とはいえ何も収穫が無かったわけでは無く、この世界の常識が何となく把握出来た気がする。
どうやらこの世界は元の世界と同様、様々な職種が存在し、立法、行政、司法の三権分立がなされていたり、それに伴い警察や裁判官といった上院議員が存在し、至る所に人物像が載せられたポスターがあり、これを見る限り選挙が実際に執り行われているようだ。
しかし元の世界とは違って至る所で神話内でしか聞いた事の無い単語が平然と話されていた。そして何よりもここが元いた世界と異なる点は、
ギルドが存在する。
という事である。文書の中にあるだけの知識ではどうやらギルドは職業別の組合らしく、悪く言えば別国の技術や情報を秘密裏に交換する場であるらしいが、どうやらこの世界におけるギルドは、クエストと呼ばれる依頼の達成による報酬で収入を稼ぐハンターと呼ばれる職業を主に取り扱う機関で、高難度のクエストを達成するとそれに見合った報酬が手に入ったり、赴いた先で新素材や新たな発見等の功績を残すと追加報酬が貰えたりする職業だ。当然生命に関わる仕事のため見返りもリスクも大きい。
死亡後の対応は、難度の高いクエストではその危険性から遺体は回収されず、装備もそのままにしてしまっているらしい。とりあえず最低限生活費が稼げればそれで良いので他の職業を...
彼女が目を光らせている。絶対にこの職に就くと言わんばかりの顔をこちらに向けている。
いや、いくら何でも今回ばかりは流石に危険過ぎるので強引に彼女を
「じゃあもう私一人で行く!!」
結局ギルドに登録する事にした。
武器や装備は低難度のクエストならばギルド側が支給してくれるらしいので、彼女は今着ている古びた服から着替えられる事に対して大層幸せそうだった。
クエストの内容は指定された動植物素材の一定数納品である。受注してすぐに行動に移す必要は無く、期日無期限のクエストだったため、一旦家に帰って作戦を練る事にした。
家といっても、当然空き家なので環境は劣悪であり、この中で今まで一切病気に見舞われずに生活出来た彼女の忍耐力に凄まじいものを感じた。
もう二度このような環境で生活させないべく、今はとにかくお金を稼ぐ事にだけに集中し、後に後悔を残さない様にしたい。
今までずっと一人で過ごしていたあの時に比べて睡眠の質は良く、この街に来てからの第二夜を、彼女と共に寝られてとても良かったと感じながら眠りついた。