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SECRET's.  作者: マロニー。
1/5

■■■■■■■■.

-導入-


 情報とは、主に物体や現象等の言葉による伝達手段によって説明が成り立つものから、概念や想像、妄想等、一人の人間として個性を生み出し、道徳心を築き上げる為の言葉では足らないようなものまで幅広く点在する、いわゆる「存在の証明」の過程に用いられる媒体である。

 人はその情報を認知し、考察し、初めてそれが相手にとって数ある記憶の一つの「情報」として理解された時、曖昧だった形状記憶からある程度の形容を構成し、経験として取り込まれる。


 数少ない知識ある生命が、数多ある発想の下に新たな発見と欠陥を観取する。


 そうして築き上げられた歴史は再度、今の今を構築する。


-1-

霞。有明の空。一室にて目を覚ます。

気温10度。湿度7割。


 今日は久しぶりに目覚ましのアラームよりも早く起床した。20分早い。

 眠気は無い。毎日このペースで起きられたらどれほど楽な事か。

 寝室よりリビングへと階段を降る。窓から日の光が見えない。

 天候は曇り、また間も無くして霧雨が降る事だろう。

 朝食と昼食の支度をするため台所に足を運ぶ。見慣れた部屋内を僅かな日の光のみで適当に歩く。

 鍋に水を張り、根菜を入れ沸騰を待つ。同時に雑穀にミルクを入れて朝食を完成させる。

 沸騰した鍋内にシダ植物に類する雑草を加え上から香辛料を足し、最期に昨日取り置きしていた塩漬け肉を鍋に入れ煮込む。

 余った時間をテーブル拭きと他メイキングに使うため再度リビングへと戻る。

 が、そこには...あの時の光景を上手く言葉にする事は出来ないが、少なくともあの場所にリビングと呼べるソレは無く、まるで置換されたかの如く、そこには「無」としか表現のしようの無い空間が占めており、壁や床も消滅したそこからは、不自然な程に開けた外の景色と、不可解な程に体感する冷たいそよ風が肌を伝っていた。


多少の動揺と混乱に見舞われたが、それらに時間をかけている暇も無かった。

 遠方から車が近づいてくるのが見える。見た事のないナンバーカード。石油の様にコーティングされた黒い車体。一般的な車の何倍ものサイズがあるタイヤ。異様な雰囲気を漂わせるソレは、霧による障害を有無とせず、真っ直ぐにこちらに迫ってくる。自分はすぐにカーペットに被せておいた人一人入れるサイズの収納に身を隠し、再度カーペットが流れに沿って上に被さる。

 間も無く車が家の近くに止まり、何人かが家に入る音が収納越しに聞こえる。

「周囲の住民に記憶処理と、虚偽の情報の流布をお願いします。」

 聞き覚えの無い単語だったが、理解するのにそこまで時間はかからなかった。自分は今さっき起きた事象が間違い無く政府や社会等の国家機関に関連する、隠蔽されなければならない情報である事を察した。

「二階クリア。一階は?」

「確認出来ません。どうやら当住人は留守だった可能性があります。」

「すみません。確認お願いします。」

足音がこちらに近づいて来る。自分は更に自ら発せられる物音を減らすため、体勢を縮ませ、身を狭い空間に封じ込めた。

 「鍋が沸騰しているのを確認しました。蓋を開いた所、温野菜と煮込まれた肉々が調理されており、過剰に放置されていないため、料理を開始し始めてからそこまで経過していないものと思われます。」

完全に油断をしていた。まさかこうも日常的な習慣が懐に害を成すとは思いもしなかった。

 「なるほど、取り敢えず家の周囲に警備を張れ。自宅からもし家の主人と思しき人物が外に出て来たら、速やかに支部に連れてくるように。」

「了解。」

周囲が撤収の支度を開始する。結局カーペットの下を探られる事無く皆どこかへと帰って行った。

 周囲に再び静寂が訪れる。外で何があったかを知りたい自分は、極力静かに身を出すが、何故か目前には見覚えの無い人物が一人、自分を見つめていた。

 「...よぉ。」

彼は言う。

 「何を焦ったのか知らないが、少なくとも滅多に動かす事の無いカーペットを急に移動させたら、ホコリの跡が目立つだろう...。」

...異論は無かった。理由も明白だ。無理もない。あまりにも事情が事情な為に、そこまで対処が行き届かなかった。

 「だが...まぁ、」

彼は続ける。

 「この家に特異事象が発生してからわずか1分でこの場に赴いたのにも関わらず、お前はこの際訪れた車を脅威と見なし、速やかにそこに隠れたんだ...。それもほんの僅かな証拠しか残さずに。な。」

 僅かな静寂の後、彼は周りを気にする様な仕草をし、肩がけの無線機の電源を切り、静かに語り始めた。

 「外に立ち込めているそれらを、どうやらお前は霧か靄か何かだと思っている様だが、あれはそんなんじゃない。本来なら今日は絶好の洗濯日和だった事も昨日の天気予報で既に分かっていた筈だろう。」

 切羽詰まった態度で、伝えられる事柄を可能な限り伝える。

「信じてくれるか分からないが、外のアレは記憶処理剤と呼ばれていて、俺達の組織は今起きた訳の分からない出来事を記憶から剥奪する為に利用しているが、実際俺達もあの霧が何なのかをよく理解していないし、そもそもアレが引き起こす副作用による被害を全く考慮していなかったりする。」

 気難しい話が端的に告げられる。但しその言葉に虚偽が紛れているとは全く思わせない様な口振りである。見ず知らずの赤の他人に、本当の事を伝えなければならない程に現状が追い込まれている事自体、自分も覚悟してこの話を聞くに至る理由でもある。

 「お前が隠れている時に既に盗み聞きしているかも知れないが、外に3名の警備員が配置されている。そいつらはこの記憶を抜き取る霧の中、周囲の皆々にこの家は元から空地だったといった嘘の情報を流し、まるで元からそうであったかの様にまた何の変哲の無い日常生活を送らせるため、何億といる内の一人の命を無かった事にするつもりだ。」

その後も彼は自身に関わる重要な話を続け、「俺は自分のこの頭の良さを、組織に使わせる気は断じて無い」と言い切り、この場から逃れる方法と間も無く自分が今の社会から消される事を伝え、彼も撤収の準備を始めた。


 「今回だけじゃ無い。以前も今後も、この世界は異常なもので溢れかえっている事だろう。」


 彼はマネキンの材質で構成された手を振り、再びその姿を見られない様に装備を着用する。自分に背を向け歩む彼の後ろ姿は、有無を言わない覚悟と自信に満ちていた。

 数分後、自分は身支度をしお世話になった自宅から異質な外界へと足を踏み入れる事にした。玄関から外に出ると警備員に姿を見られるため、無の空間と化したリビングから外へ出る事を推奨した彼の意見に従い、規制線を乗り越え外へ出る。ハンカチで口を塞ぎ、更に上からマスクを付けるくらいで記憶処理の被害は受けずに済むといった彼の助言を思い出しその体勢を維持しながら行動する。

 周囲に警備員の姿は見えなかった。

 自分は特にこれといった思い出もクソも無い自宅から身を引く事にした。自分は台所の下の収納に感謝の意を込めながら、まだ見ぬ明日に過剰な希望を持って霧の中を突き進む。


-2-

快晴。中天。異常なる無常。

気温15度。湿度3割。


 霧の範囲は思っていたより狭く、時間は未だ昼下がり、ここまで足取りの重い外出は人生において初めての経験であった。

 休みを取るには早すぎて、事態を知るのが遅すぎた。一刻も早くまともな生活を送れる場所を作り、今後の対処に遅れを取らないように行動に移すべきだ。

 咄嗟に思い付いたのが側近の家に向かう事だった。身体の清潔や食糧等、どう頑張っても無限には続かない問題をそのままにしておく訳にもいかなかったからである。

 結果は散々だった。記憶処理剤の効力は異常だった。親戚は愚か家族でさえも自分の事を忘れてしまったのだ。近所に住んでいた人々でさえもあの霧の被害を間に受けた一般人が自分の事を覚えている筈もないのだ。

 後先追いやられ途方に暮れていると、親友であり古くからの幼馴染である人に出会った。小学校以来全く顔を合わせていなかったので、こうして道端で出会えるのも奇跡に近かったのだ。

 前述の事情を話すと、多少首を傾げながらも、自分を泊めてくれる事を快く受け入れてくれた。親友の家は誰から見ても分かる、絵に描いたような「豪華な家」であり、両親はどちらも国に属しており、大抵の社会の不条理を、悪く言えばお金で解決して来た人達である。自分を泊める事に親も反対せず、むしろ余り金を人助けに使える事に感謝すらしていた。

 豪華なのは家だけじゃなく、出される料理やお世話になる部屋も含め全体的に「豪華」の比喩に相応しい家庭だった。しかし何日かここで過ごしていると次第に社会の裏側の部分に関わる話が平然とされていたり、さも当たり前かの様に世界中の誰かさんが理由も無く命を散らしていたりといった内容の話がされていたりと、まぁ、とにかくあまり長居しない方が良かった感じの複雑な家庭だった事を理解してくれればこれ以上この家庭について話さなくて済む。

 話を戻すが、どうやら自分がまだ生きている事をマネキンの彼が所属している組織が知ってしまったらしく、遂に親友の家にも調査班が来てしまったのだ。

 両親もどうやら自分が既に消えた存在だと言う事を既知の上で自分をここに泊めてくれていたらしく、親友も今になってその事実を告げてくれた。

 上の立場に立つ人間がそう気安く嘘をつける筈もなく、間違い無くこの家に自分が立ち寄った事を告げる旨を直接話してくれた。が、どうやら両親が言うには自分は激情した息子に殺された事にし、まさか引き取っていた息子の友達が実は組織に追われている人だとは思わなかった。といった虚偽の内容を伝えるらしく、当の本人は家の地下に存在する災害時に使用する予定だったシェルターに避難させる。といった具合だった。半ば理解の追いつかなかった自分は、それでも引き返す理由も無いので大人しく指示に従う事にした。

 シェルターへの移動にはそこまで時間は掛からなかった。扉を閉める直前、親友は久々の再会に深く感動し、少しの間だったけど楽しかった。といった旨の発言を残して扉は完全に閉められた。

 数秒後、暗闇に包まれていたシェルター内に照明が自動的に付き、スピーカー越しに案内放送が流れ始めた。

 「シェルター内へお越しの皆様へ。外は大変危機的状況と化していますので、何があっても決して外へ出る事のない様留意してください。」

アナウンスが大音量で流れ始めた。

 「シェルター内には食糧保管庫やトレーニングルームを始めとする再び地上に出た際に難なく生活がこなせるいくつかの施設がございます。どうぞ気軽にご利用くださいませ。」

アナウンスは大人数の避難民に対するものであり、シェルター内は一人で生活するには一切困らない程の食糧と家電に加え、書斎や武器庫など、本来ならあり得ない様な施設まで多種多様な世界の終焉に備えた施設が並んでいた。

 本当に世界の終焉に見舞われた人々の事のあるので、運動は最低限に抑え、書斎に引き篭り、あまり食糧を減らす様な真似はしないよう徹底した。

 本の内容は、一般的な国語や算数の教科書から、絶対に公に公開する事の出来ない様な歴史の教科書まで様々で、格闘技の書や、簡易的な核の製造方法等、何かと学んではいけない様なものまで沢山並んでいた。俗に言う、大図書館の様な構造をしており、実物を見るのは初めてだったが、それよりも今は謎の組織に遅れを取らない程に知識を蓄え、何があってもすぐに対処できる姿勢を整えておかなければならないのだ。

 生活の方針は決まった。これから何年ここで過ごすか想像出来ないが、記憶処理の被害を受けず、快く自分を迎えてくれた親友があの固く重く閉ざされた扉が再び開く時に、悲しい表情をさせない為にも今は強く生きるしか他ならないと実感したのであった。


-3-

未明。未明。広く暗く冷たい箱の内。

気温18度。湿度1割弱。


 同じ空気、同じ風景、同じ食事。そういった生活に飽きの来させない程に書物というのは自らの好奇心を強く惹いたのだ。

 本来なら大人数の人々の為に用意された空間を、こうして静かな部屋の中、一人で様々な考察をしながら読み進め、人一倍の知識と知恵を蓄える事に強い達成感を覚えていったのだ。

 気が付けば月日はとっくに3年も経ち、その間に読んだ本の量は既に数え切れない量であった。気付けば自分は速読の技能を身に付けており、何日か過ぎたその書斎は、自らの知識と大差無いものと化してしまったのだ。

 更に1年の月日が経過し始め、親友が扉を開かない事に疑問を持った自分は、内側から扉を開ける事を試みたが、どうやら元からこのシェルターに避難した住民を外に出すつもりは無かったらしく、このシェルターは設計上、絶対に外からしか開けられない構造をしていたのだ。

 こうも軽々しく現状を語れるのも自らの築き上げた叡智のお陰で、大抵の知識を身に付けた自分は暇潰しに目の前にある固く閉ざされた開かずの扉に喧嘩を売る事にした。

 電子ロック式の扉である為、当然電気が通らなくなれば扉を押さえ付ける力は無くなる。恐らくシェルター内に入室して数秒間電気が付かなかったのもこれが理由である可能性がある。

 このシェルター内の電力を牛耳るものがシェルター内から操作出来るような設計になっている事も今まで読んできた文書の内容から想定できる。シェルター内には関係者以外立ち入り禁止等に類する部屋が存在しない為、恐らく配電盤と言った形で壁面に埋められていると想定。扉が閉められてから電気が付くまで10秒以内であり、これは関連する文献によると動力源から半径約20m以内に、様々なセキュリティ回路を通じて接続されている計算になり、これらを前提に逆算すると、娯楽部屋の上部、ワインセラーの奥の壁にそれらしきものがあると結論付けるに至った。

 缶ビールのアルミ部分を何重にも重ねてチャッカマンで溶接。マイナスドライバーの用途で利用出来る様に鍵の原型を元に持ち手と可動部を製作。

 クリップを広げ形をL字に曲げた物と先程制作したマイナスドライバーの2点を利用してワインセラーへの扉を開錠。後に娯楽部屋の倉庫へ侵入した。光の反射により中身が水で満たされたダミーのワインボトルを見つけ、更にその奥にネジで止められた四角形の小扉を見つける。プラスドライバー式のネジだったが、それを想定して溶接した一部を曲げられる前者のツールのお陰で難なく蓋を開く事に成功した。

 内部はブレーカー式になっており、それぞれの部屋に対応した電源レバーが付けられている。書斎以外の他の部屋に立ち寄る事が少なかった為、ほとんどの部屋の電力は付いていなかった。非常電源は緊急時に自動的にレバーが動く仕組みになっていたりと機能性に優れたブレーカーだったが肝心の主電源が見当たらなかった。

 自動的に電源が付かない様に非常用電源裏側の配線を切る発想が浮かんだが、セキュリティ回路に繋がれている可能性を示唆して、レバー可動部を接着剤で固定し、電力の供給が行われない形態を取る事にした。

 外に出る際、アナウンスが言っていた通りの光景と事態を示唆し、武器庫内に保管されていた幾つかの汎用性のある武器と装備を着用し、出発する準備を整える。

 支度を終えた自分は、ブレーカーに搭載されている全ての電力を稼働させ、一時的なショート状態に陥れさせた。非常用電源のレバーが必ずしもたかが接着剤のみで固定出来るかどうかは定かでは無いが、今更この場から引き下がる事も出来ず、少なくとも今はとにかくこの広い暗い冷たい箱の内から脱する為にただひたすらに走り続ける。

 当然電力はショートしている為、周囲は暗闇に包まれている。少しでも歩幅がズレるとそれは即ち道を誤り自身の居る場所が非常用電源が再度点灯するまで分からない状態に陥る。かと言って非常用電源が付いてしまったらそれは即ち扉の電子ロックの起動に繋がり、再び外の光を浴びる事も叶わなくなってしまう。

 自分は今、あまりにも眩し過ぎる外の世界に帰る為に、いつか光差す偽の光から逃れなければならない。今ここにある暗闇は自らの障壁となり、道標となるのだと皮肉ながらにそう思う。

 道中、4年間のシェルター内の思い出が目の前の暗闇に映し出される。そのほとんどが自らの図書館内での記憶しか無かったが、そこにあった本や文書の数々は間違いなく自分にとって何よりも素晴らしく実に有意義な時間だったと感じている。4年という長い時間がこんなにも早く過ぎてしまうのかといった喪失感や、何が起こるか想像出来ない外の世界への嫌悪感を、視覚という情報の無い今、こうして漠然とした後悔を身に染みて味合う事も、シェルターを出れば二度と味わう事も無いだろう。


 その瞬間、光が目の前に現れた。外の光だ。


 自分は今目前に存在する人一人通れるスペースを目指し、我にかえったかの如く前進する。改めて見る外の光は眩しく、今となってはとても懐かしいあの頃を、視覚をもって体感する。しかし、

 扉まで後僅かといった地点で、後方からまた新たな光が自身を差す。

 ...少し、本当にたった一瞬、悩んでしまった自分がいた。

 走る自分を僅かに止めた。外の世界への希望に対し、恐怖の感情を過去の固執から生み出してしまった。

 だが、シェルター内において今まで見た事の無かった物に対する好奇心であったり、無知を既知に変える事への快感であったりの経験は全て、まるで母が子に知恵を与える喜びに近く、また自分自身もいつかはこの自分にとって先生の様な、絶対に信用のおけたあの書斎から自律し、独立していかないといけないといった自己精神力も、複雑ながらに確実に自らの意思の鱗片ながらに存在していたのだ。

 ここで引き下がる訳には行けない。自分から日常という名の、今まで自分を創り出していた全てを破壊してくれた特異事象について知らなければならない。数ある知識の一つとして取り入れなければならない。残念だが、世界はシェルター程狭く無く、かと言ってシェルター程限られた知恵や知識しか無い訳でも無いのである。


 未知を知る事の重要性を、自らの知識の下に証明するのだ。


-4-

外。再びの外。シェルター外にて。

気温15度。湿度4割。


 ...結論から言う。残念だが親友には会えなかった。正確に言えば、会えるかどうかが分からない。というのが正しい。今自分は間違いなくシェルターの外に立っている訳だが、最後に通ったシェルターへの道はそこに無く、代わりにあるのは一面に広がる草原と雲一つ無い晴天。親友の姿は愚か、今立っているこの地面でさえ既にあれだけ豪華だった家の庭では無くなっていたのだった。


 少し、考えてみた。


 4年間だと思っていたシェルター内での生活は実際はもっと長期間の生活であったため、時間感覚が狂ってしまった説。謎の組織の仕業でここ一帯が新たな地形へと埋め立てられた説。シェルター自体が元から自動的に別地域に移動する様に設計されていた説。

 様々な可能性を思考してみたものの、そのどれもが今自分がこの草原に立っている理由を説明するには事足りないものばかりだった。

 ...そして更に追い討ちをかけるかの様に、晴れ渡った青空の遥か遠方、明らかに空想上の生き物としか思えない容姿をした空飛ぶ生物を視界に捉えてしまったのである。

 本来なら飛行機でさえも豆粒程の大きさになり、少しでも動けば見失ってしまうような距離にソレが存在していたにも関わらず、明らかに輪郭を捉えられる程の大きさをしており、瞬きを挟んでも決して見逃す筈の無いその生物は、先程までの自らの仮説の全てを崩壊させる程の巨大さと雄大さを誇っており、間違い無く、様々な意味合いでここが「外の世界」であると結論づけるに至ったのであった。

 その生物のいる位置までの距離は、当然その付近にあった建造物を頼りに目視で計測した結果によるものだが、まずその建物が見えるまでに地平線が確認出来なかった地点でそもそも既に今いる惑星が地球の何倍もの規模のある別の惑星である事に気付くべきだったと思い返す。

 最優先すべきは自身の保全である事を察した自分は、速やかに背中の柄に掛けていた自動小銃を取り出す。

 この自動小銃自体、元の世界に存在していた時からよく分からない異常性を保持しており、経口は5.56mmではあるものの、弾種は不明。理由は単純で弾倉部分がどれだけ頑張っても外れない点にある。とはいえ、数多ある資料を熟知した自分はたかが自動小銃の弾倉の着脱方法を知らなかった訳では無く、明らかに正しい手順を踏んでいるにも関わらず何故かその銃の弾倉部分は取り外せなかったのだ。何ならいっそ、そもそも弾倉部分が外れない様な設計にしたのかもしれないと一度は考えてみたものの、よくよく考えてみれば、そんなデメリットしか無い自動小銃の製造を国が許可するはずも無いのだ。

 改めて、この銃の弾倉部分はどれだけ頑張っても外れない。だからと言って弾が撃てないという訳でも無く、トリガーやコッキングレバー等、主要な可動部は全く問題無く作動し、弾も当然撃てたのだが、何故か火薬のみが発射され、排莢はされなかった。

 弾倉部分がいじれない為、弾の消費に注意しなければならない...という訳でも無く、何故かは知らないが、上記の実験の際に多くの弾数を消費したにも関わらず弾倉の重さが常に一定であったため、恐らく弾数は無限であると考えている。しかし他部品は非異常性であるため、発砲をし続けると摩耗が激しくなり、一般的な自動小銃同様に暴発の危険性を孕んでいる。「弾数無限の武器の暴発」と言ったとんでもない事態を引き起こさない様、射種はバーストに切り替えている。但しセーフティは見当たらなかった。

 製造元は不明。時期も不明。20世紀以降に製造されたものと推測。16.7倍率スコープと等倍率のホワイトドットサイトのハイブリッド型のサイトが付けられており、アンダーバレルには標準的なマスターキーが装備可能で、こちらも同様に弾数無限。ポンプアクション。傾斜リアサイト搭載。取り外し可能。更にアンダーバレルとして銃口を中心に半径30cmを保護できる防弾ガラス製のライオットシールドが付録として保管されていた。

 火薬のみが発射され、弾が出てこない事と、安全装置が無いこの銃を、現代への皮肉を込めて「Media(メディア」と名付けている。

 改めて周囲を見渡してみると、大草原に囲まれた平野の真ん中に四角い鉄の塊のシェルターが孤立しており、加えてその付近は土壌が露出している。例えるならば隕石が地面にクレーターを作り出したかの様な有様だった。どうやらあちら側の世界にとって、このシェルターは明らかな異物であるらしい。

 自分はこの世界の常識に馴染むべく、未だに体に馴染まない装備と、未だに正体の分からないMediaを手に持ち、晴れやかな青空の下、黄緑色の大地を歩むのだ。


 外の世界は案の定、広かった。


 多少の安堵を感じた自身の歩幅はいつもよりも軽く、新たな未知との遭遇を微小ながら心待ちにする自分がいた。地平線が確認出来ない程に広大なこの惑星には沢山の地形があり、遠くを見渡せば様々な地理地質が点在している。採取できる素材も場所によって異なり、そこに生活する野生動物もその場所に適した姿形状を成しており、それらの生態はこの世界でどの様にして生きていけば良いかといった莫大な疑問に対するヒントを与えてくれる。

 ここは森林地帯。正確に言えば、それに類する場所。中心部に約2km以上移動すると、そこから先は日の光の通らない樹海と化しており、そこに進むにはあまりにも無知が故の危険が伴うため、現在は森の浅瀬、つまり林と呼ぶに近しい地点を練り歩いている。

 規格外のサイズを誇る昆虫や、植物が鬱蒼とする様な風景を想像していたが、案外見通しは良く、安定した生態ピラミッドが形成されていた。各所に湖川が見られ、水中には目視で5匹程度の魚や他生物が確認出来るため水質の汚染は少なく、少し口に含んでも舌が刺激されなかったため軽くろ過の過程を施す事で飲料水を確保する事に成功した。

 周囲の植物のほとんどが元の世界に生えていたものと特徴が一致しており、ある程度毒性を持つ植物の選別は出来たため、雑草と大して変わりない植物を食べるヘルシーな生活が続いた。

 ある日、またいつもの様に川の流れる方向に沿って歩いていると、人工的に建てられた桟橋を発見した。当然、発見したのは橋だけでなく整地された一直線の道も同じくして存在しており、桟橋の整備具合からして、まだ橋としての機能を果たしており、即ち付近に知性ある生命が生息している何よりの証拠だった。

 初めはただの集落や村など小規模な社会構造を想像していたが、注意深く観察すると道に馬車程度のタイヤ痕が残っている事から、それなりに発展した、樹立した社会国家と繋がりのある地域である可能性が高いと見た。

 国境を踏み越える行為に対して厳しい取り締まりがあったり、難民受け入れという体制が無かったりするかもしれないが、少なくとも自らの命を樹海に投げ捨てるよりは幾分かはマシだと思い、樹海とは反対側への道を進む事にした。


-5-

昼。限りない空。坦々たる道。

気温16度。湿度6割。


 距離が長い。歩きづらい。きっと本来なら馬車や荷車が走るために作られた道のためか、歩道に類する道幅が無い。よって現在長くに渡って同じ風景しか無い殺風景な道を申し訳ないが徒歩で歩く羽目になっている。

 変化があったのは歩き続けてかれこれ2時間、道の左側、恐らくは馬車を走らせる運転手に向けて設置された道路標識と思われる。

 元の世界とは文化が違うので、当然異世界の標識が何を示しているのかは分からないので無視して先に進んだ。そもそも運転手に向けて書かれている標識だと思われるので、気にする必要は無い。そう思っていた。

 進む度に全く変わらない風景は自らの進行感覚を狂わせる。一直線の道であるのにも関わらず、何故か自分がまるで迷路の中心から一歩も外に出られないような状況に陥る。また更に数分歩みを進めた地点である事に気付いた。

 地平線が見えるのだ。

 ここは地球では無い。全く別の惑星である。地平線が見えない程に巨大なこの惑星に今こうして見えている地平線の理由を証明出来る術は無い。

 きっと今まで目撃してきた異常な光景を目にしなければ、自分はこの道をただの非常用道路だと錯覚していた事だろう。少なくとも、このまま何の手を打たずにただ前進し続けるだけでは何の解決にもならない事を知った自分はすぐさまあらゆる可能性を試行する事にした。

 まず第一に気付いた事は前述の通り地平線が見える事にあり、これは即ち一切の障害物の邪魔が入らずに惑星の円曲部分が視認出来ている事になる。そこまでの長さを誇りながら、何故か道中で燃料や食料等の補給地点が確認出来ない事を理由にやはりこの道の用途は不明であり、非異常性にあるまじき矛盾である。

 次いでこの道に足を踏み入れた時から全く景色が変わっていないと言及したのもそのはず、太陽の位置が全く変化していないのだ。長時間経過しているにも関わらず一切微動だにしない太陽とそれを浴び続ける周囲の植物はまるで絵に描いたような容貌であり、元より自分の様な生命が立ち入る場所では無かった事を口無しに伝えている様にも感じた。

 ここは異常である。そう知るのがあまりにも遅すぎたのか、既に体力は限界に達しており、万が一のために貯めておいた水分は底を尽きそうである。砂漠の様に緑溢れるこの場所で、自分は乾き力尽きるのか。そう思った時である。

 遠方。今となっては遥か遠方。こちらに向かって走ってくる馬車らしき物が目に映る。遂に幻覚まで見え始めたか。そう諦観した自分は静かに目を閉じ、後すぐに来たる死への覚悟を決めた。


続。

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