日記の2ページ目(7/8、7/9)
●7月8日●
不意に喫茶店のピザトーストが食べたくなって、彼に一緒に行かないかと連絡を入れた。すぐに来てくれた。
以前の僕なら、一人で喫茶店に行っただろう。思い立ったときに気軽に誘えるような友人がいなかったし、いたとしても、付き合ってくれることに対して恐縮してしまい、友人が帰った後に色々考えすぎて落ち込んでしまうことが予想できた。
僕は突然の誘いに応じてくれたことに礼を言い、彼は誘ってくれて嬉しいと答えた。
「気軽に友人を誘ってご飯に行くの、夢だったんだ。漫画とかドラマの中の出来事だと思っていたから」
ザクザクとピザトーストを切り分けながら僕は言った。他の人に言えば引かれるであろうことも、彼になら言えた。
「じゃあ、ボクが『れい君がご飯に誘った初めての人』なんだね…」
彼は声を震わせながら言った。震えているのは感動しているからだということを、もう知っている。
僕はピザトーストを一切れ口に入れた。この店のピザトーストには辛子マヨネーズで和えた茹で卵がたっぷり挟まれていて、とても美味しい。何度も食べているのに、しばらくするとまた食べに来たくなってしまう。
「なんだかすごく大層な言い方。まるで自分が人気俳優かスポーツ選手になったみたい」
「ボクにとって、れい君はそれくらい価値があるんだよ」
この台詞を何度も聞いているけど、自分にそこまでの価値があるとは思えない。でも、そうだといいなと思っている。
それに、こんなに真剣に言ってくれているのに、「そんなことないよ」と返すなんて申し訳ないから、僕はいつも曖昧な返事をして話題を変える。
今日もそうやって他の話をして、楽しく過ごした。
●7月9日●
写真集を見ていた。九龍城砦。
大昔に香港にあった巨大スラム街だ。太陽の光が届かないくらい建て増しされて入り組んだ街は混沌としていて、廃工場や廃屋などにロマンを感じる人間にとっては堪らない場所だろう。
実際、当時は海外からの観光客向けに九龍城砦ツアーまで組まれたりしていたらしい。
僕のいる街も宇宙にまで届きそうな高層ビルが複雑に繋がりあって街を形成しているけれど、そこには「混沌」の欠片もない。
すべてが清潔で整然と管理されている。
興味が出てきたので、九龍城砦がモデルになった映画を見ていたら中華料理が食べたくなってきた。
C9区のプラザに有名な肉まんの店がオープンしたのを思い出して買いに行く。予想通り行列ができていた。
僕は行列は好きだ。とても人間的なものだから。人とほとんど関わることのない僕は、この整理された街ですれ違うだけの人々が実は意志のない人形なのではと疑ってしまうことがある。
ゲームのNPCみたいに、ただ一定の区間を歩くだけの役割を持った存在なのでは、と。
勿論その理論で言えば、行列の人々だって人形の可能性があるのだけど、並びながら、めいめいに会話をする人々からは温かみが感じられて、「ああ、やっぱり人間はいるんだ」という気持ちにさせられた。
彼と出会ってから、僕は「人間の世界」に足を踏み入れた気がしている。
彼と話さない日が続くと、また「人形の世界」に戻る。どちらも僕は好きだ。片方だけではバランスが取れない。
肉まんは美味しかった。皮は甘くてしっとりしていて、脂が乗っていて蕩けそうな餡が、たっぷり入ってる。
「この前話してたC9区の肉まん、美味しかったよ。今度一緒に買いに行こう」
そう彼に送るメッセージを送ると、いつも通りの優しいメッセージが返ってきた。