尾行
日曜日、午後12時30分を過ぎた頃である。天気はあいにくの雨、駅前の喫茶店に対し逆方向で張り込みを行っていた。服装はバレぬようサングラスと帽子を付けている。たぶん大丈夫だろう。しかし困ったことにベルトの金具が歪んでしまい、少し不格好になっている点だ。無理に入れてしまったのが良くなかったのだろう。終わったら新しいのを買おう。
金髪の依頼人らしき影は見えず、傘をさしながらこの街の広報雑誌でも読みながら待っていた。ここ最近の雑誌は、当たる占い師や展望台破壊の謎などオカルトチックな胡散臭いものがトレンドらしい。もっと街の魅力みたいなのがないのか。そういう愚痴を心の中で吐露しながら13時に差し掛かろうとしていた。喫茶店に目をやると、たしかにいた。黒いスーツをまとった金髪の男と、対称に白いスーツで髭を生やしたロン毛の男が窓際で座っていた。金髪はキッチリとした姿でロン毛はなんというかだらしない。逆に目立ちすぎて二度見してしまった。二人はなにか話しているようだった。傍からだと完全にヤクザの会話のように見えるのは、僕がおかしいのだろうか。しかし、見栄えの観葉植物やコーヒーを飲んでいる姿は、なにかシュールな状況である。
仕事の始まりとしては、二人が解散した後からである。ロン毛の男を約六時間ほど見張るこの仕事。ちょっとは楽かもしれない。そんなことを考えてる内に、向こうでは動きがあったようで金髪の依頼人の男が立ち上がって訴えるようなふりをしている。ロン毛はそれをコーヒーを飲みながら冷静にしゃべっていた。喧嘩でも起きたのだろうか、流石にほかの客からも視線が向けられているようだ。すぐさま金髪は、ムスッとした顔で店を飛び出した。それと同時に仕事も開始した。
依頼人が店を飛び出してから20分後、対象者も店を後にして逆方向へ歩き出す。僕も後をつけた。雨のおかげか足音は聞こえにくく10m近くの距離を保っていた。最初の二時間は散歩のようなことをしていた。白いスーツで散歩じみたことをしているので違和感は感じるが、今のところ怪しい行動は特にない。その後路地裏の方へ行き、BARのようなお店入った。流石にすぐ続けて入るのは、怪しまれるため五分経った後に入店。しかし事件は起きた。やつがいないのである。あそこまで目立つ姿の男が消えるなんてことはありえない、まさかバレたか。僕は、このBARを一望できる席に座り、適当にジュースを頼み、変にバレぬよう色んな客の顔を観察する。客は計十人いたが特に似ていたのが一人。マスクをしていた髪の長い人で、服も全く違う。たぶんあいつだ。一応他に気になったと言えば、カウンターの方で男女間の揉め事があったくらいか。まあよくあることだ。
対象者がまた移動したので、お金を払いすぐに追う。雨は止んだようで、人一倍気を引き締めて尾行する。さっきの駅前まで戻ってきたが、まだ報告するようなことは起きてない。うーん困ったものだな。すると突然、男は最初の喫茶店に入ったのである。思わず目を丸くした。あいつはこの店のリピーターなのだろうか。そんな考察を巡らせて10分、全くの別人だと理解した。なぜなら、彼はそこで働き始めたからだ。瓜二つなんてあるのだろうか。仕事をミスるなんて久々だ、暗殺する相手を間違えた以来だろうか。それに比べるとちっぽけなミスだが、逆にこんなちっぽけなミスをしてしまうことに落ち込みを隠し切れない。
改めて対象者を探すが一時間かけても見つからず、暑さで座り込んでいた時だった。
「どうかしましたか?」と渋く紳士的な声で話しかけられる。
仕事の女神はまだこっちについてたらしく、目の前には白いスーツの見覚えしかない男が立っていた。
「あ、いえ大丈夫です。」
「そうですか、それは良かった。そうそうベルトはもっと軽く締めないとね。」
「あーお気遣いいただきありがとうございます。って…え!」
そういってベルトを見ると歪んでいたはずの金具はしっかり元の形へ戻っていた。ただの勘違いだったのだろうか。顔を見上げると、既に姿は無く、同時に時計は六時を指していた。
その後の夜は、依頼人に報告。あまり活躍できなかったので、金額を半分にしてもらった。しかしあいつは一体何だったのだろうか。僕には少し優しそうで、人を殺すような人間には見えなかった。そんなことを言ってると、皮肉を感じる。久々の仕事でなまったのか、次に響かないければよいが。