白いワンピースの女
「あっつ~。」
パタパタと手で仰いでも風が起こるわけでもなく、耳には突き刺さるような蝉の声が聞こえる。
「おーい。クーラーつけたから、窓閉めろー。」
先生が扉を開けると同時に大声で指示を出す。
私より窓の側に座っていた親友のマキが窓を閉めてくれた。
「あっついねぇ。夏期講習なんか申し込まなきゃよかったかも。」
「んー。でもさすがに受験生だよ。家にいてもぜったいしたサボる自信があるもん。」
「だよねー。」
だらだらと話をしていると、もう一人の親友のあゆみが駆け寄ってきた。
「ねぇねぇ、面白い話聞いたんだ!」
「へー。どんな?」
「あゆみが仕入れてくる話なんて大抵怖い話でしょ?」
「夏だし!!」
「冬だって話しているじゃん。」
三人でそりゃそうだ、と笑いあう。
そして、頼んでもないのにあゆみは怖い話を始める。
「ともだちのともだちが体験した話らしいんだけどね……」
ともだちのともだち。
怖い話をするときの常套句である。
誰かの体験話として語られているが、相手は特定出来ないのである。
F.O.A.F(friend of a friend)とも呼ばれている。
おっと。脱線しまくりだった。
改めて、あゆみの話に耳を傾ける事にした。
――――――――――――
これはね、ともだちのともだちが体験した話らしいんだけどね。
その子は、仮にA子とするね。
A子は、いつも電車に乗って数駅先の塾に通っていた。
その日は、生憎の雨模様だった。吹く風も湿り気を帯びて肌にねっとりと絡み付く感じだった。
こんな雨が降るなか、塾になんか行きたくないなぁ、なんて思いながら、改札をくぐる。
いつものように電車に乗って、空いている席を探そうとして、ふと違和感を感じる。
あれ?いつもなら、もっと混んでるよね?
それに、なんかみんな疲れた顔をしてる?
席に座っている人は、みんなうつむき加減で青い顔をして座っている。
ちょっと気持ち悪いな、とA子は思いながらも、金曜日で疲れているんだろうと自分に言い聞かせる。
空いている席が見つからず、扉のすぐ側に立っていく事にした。
タタン、トトーン、タタン、トトーン。
電車に揺られながら窓の外を眺めていると、通りすぎた駅に立っていた人が目に入った。
いつもだったら気にならないのだが、なんだか今日は、やけに気になった。
しかし、なぜ気になったかすら分からず、電車に揺られる。
タタン、トトーン、タタン、トトーン。
しばらくして、A子さんは、あることに気付いた。
あれ?ずっと駅に止まらない。
前の駅を出発して10分以上たっている。
乗ったのは、急行列車。もう、駅にはとっくについているはずだ。
もし、間違えて特別快速に乗っていたとしても、もう駅についてもいいはずだ。
それに、乗客は誰も駅に止まらない事を不思議に思っていないようだ。
乗ったときと同じようにうつむいて座っている。
急に不安になり、窓に顔を張り付けるようにして外の様子をみる。
風景はいたって普通だった。
家が並んでいて、公園が見えたり、ビルがたっているのも見える。
次に踏切がある。
そして。
駅だ!!
スピードを下げないので、停車駅ではないのだろうが、なんとか駅名が見えないかと目を凝らす。
駅を通りすぎた瞬間、A子は、駅名よりも駅で待っている人に釘付けとなった。
そこには、白いワンピースを着た女の人が立っていた。
その姿がやけにはっきりと見えていた。
駅名を見る暇もなく、あっという間に駅は遠ざかっていく。
まだまだ止まる気配がないので、次の駅の駅名を見ようと、もう一度窓に張り付く。
家が、公園が、ビルが、踏切が。
そして駅。
駅には、白いワンピースの女の人。
「えっ。」
さっきの駅にいた女の人だよね?
それになんだか、さっきよりはっきりと姿が見えたような気がする。
そしてまた、家、公園、ビル、踏切。
駅。
白いワンピースの女。
女は、やはり電車に近づいてきていた。
女の黒くて長い髪の毛が雨に濡れてしっとりとしているのも、電車の風圧で振り乱れているのも、髪の毛の隙間から真っ赤な口紅が塗られているのも見てとれた。
どんどん近づいてくる女は、もう白線の内側ギリギリまできていた。
次の駅でどこまで近づくのだろうか。
背中は冷たい汗が流れ、しかし、窓の外から視線を外すことができない。
心臓がばくばくと大きな音を立てる。
家、公園、ビル……
次に踏切が見えたら……
「ねぇ」
急に背後に気配を感じたと思ったら、か細い声が聞こえる。
「ねぇ」
先ほどと同じ言葉をかれられる。
まるで温度の感じない、機械音声を聞いているようだった。
「ねぇ」
三度目の呼び掛けにA子は、油の切れたロボットのように振り返る。
そこには、びしょ濡れになった白いワンピースの女が髪の毛から水をポタポタと落としながら立っていた。
「っっ!!」
悲鳴にならない悲鳴かA子の口からこぼれる。
そして、女は紅い口紅が引かれた唇をにたり、と歪ませるとA子を突き飛ばした。
そのまま扉にぶつかるかと思ったが、なぜかA子は車外に放り出された。
A子は、駅のホームに叩きつけられた。
「!!」
はっ、と驚き、辺りを見回すと、A子は電車に揺られていた。
自分の体を確認しても、特に怪我はない。
スマホで時間を確認すれば、電車が発車してから数分しかたっていなかった。
なんだ。夢か。
A子は、胸を撫で下ろしながら、塾へと向かった。
―――――――――
「え、夢オチ?」
「なんだ、ドキドキして損したぁ!」
「そう思うでしょ?」
「え、なに?まだなんかあんの?」
「それがね。この話、どの電車か特定されてるの。」
「特定されてるって、まさか」
「そう、そのまさか。条件をクリアしてると同じことが起こるらしいんだ。」
「うそだぁ。」
「嘘だと思うならさ、私たちもその電車のってみようよ。」
そう言って、あゆみが真っ赤な唇をにたり、と歪めた。
さっきまで晴れ渡っていた空には、真っ黒な雨雲が広がり、雨粒がポツポツと音をたてて、窓に叩きつけられていた。
三題噺
「雨」「口紅」「背後に気配を感じる(た)」
で書きました。