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第5話:引きこもりじゃない

 背丈の半分ほどもある巨大なキノコだった。


 ここは、本当に異世界なのだろうか。いや、僕が知らないだけで、こんなキノコは地球にあるものかもしれない。それに、作り物の可能性だってある。


 恐る恐る、キノコのカサをつついてみる。感触はシイタケのようだ。この見た目と感触は間違いなくキノコの一種だ。


 さらに少し削り取ってみようと、キノコを強くつまんだ。


 その時、キノコが目を開けた。ただのキノコの軸の部分に、ぱっちりと二つの巨大な目玉があわわれる。


「うわぁあああ!!」

 情けない声をあげて、尻餅をつく。キノコの目玉がぎょろりと動いて見下ろしてくる。


 それきり、キノコは作り物であるかのように動かなかった。落ち着きを取り戻し、キノコの周りをまわってじっくりと観察する。


 すると、キノコがぼよんと弾み、向きを変えて僕を正面に見据えた。


「やっぱりこれ、生きてるよな……」

 しょうこりもなく、キノコを再びつつく。すると、次の瞬間、キノコから激しく胞子が噴霧された。


「うわっ」

 もろに胞子を顔にかぶってのけぞる。痛みはなく、甘い香りが漂う。


 胞子をあわてて払い落として、そこで小さくめまいを感じた。やばい、これって毒キノコってやつなんじゃ……。


 キノコはぼよんと弾んでから、ぎゅっと縮み、勢いよく飛び出した。


「ぐっ」

 みぞおちに体当たりを受けて呻き声を漏らす。それから体勢を崩して再び尻餅をついた。


 激しい痛みはなかったが、なにか違和感を感じる。まるで、自分の何十分のいくつかが、削られるかのような……。


 これ、ヒットポイントか。思い当たって呆然とする。RPGの体力のようなものだ。ゼロになると、ゲームオーバー。


 なにかが表示されているわけではないし、毒を浴びたことによる錯覚かもしれない。それか僕の妄想かなにかであればいいのだが、自身の感覚が、ヒットポイントを削られたのだと告げている。


「ヤバいヤバいヤバい」

 呟くように言って立ち上がる。キノコが再び体当たりしてくるが、今度は両腕で受け止める。衝撃で、よろめいて数歩後ろに下がる。


 キノコに背を向けてユウトは走り出す。とにかく一度逃げなければ。しかし逃げても逃げても、キノコはボヨンボヨンと追ってくる。


 くそっ。どうすれば。焦りは募るばかりだった。


 そうだ、これがRPGなら……。僕は思いつき、振り返って手のひらをかざすと、渾身の力を込めて叫んだ


「ファイア!!」


 僕の声が森に響く。キノコがビクリと動きを止めて、僕の様子をうかがう。それからしばしの沈黙が流れた。


「魔法でないのかよっ!!」


 半泣きになりながら再び逃げ出す。キノコもそれに合わせてボヨンボヨンと追ってくる。


「だからもっと説明しろって言っただろうが、あの女はーっ」

 転生課の女にやつ当たりするが、応える者は誰もいない。


 めまいは次第に激しくなり、ついにその場に倒れ伏した。上半身を起こしてキノコを見つめながら、死を覚悟して目を閉じる。


 走馬灯がかけめぐる。短い転生ライフだった……。


 ぎゅっと目をつぶり、身をこわばらせるが、いつまで待っても衝撃は襲ってこない。僕は、恐る恐る目を開けた。


 キノコが宙を浮き、ジタバタと暴れていた。そのてっぺんが、誰かの手でつまみ上げられている。一人の女が、キノコを片手で持ち上げたまま、僕を見下ろしていた。


「お前、なにをやっているんだ?」

 女がたずねてくる。


 艶のある綺麗な銀髪が、腰まで流れている。金の刺繍の施された、露出の多い純白の服の間から、手足や腹がのぞいている。色白の肌は、これまで見たことがないほどきめ細やかだ。


「なにをジロジロと見てるんだよ」

 声をかけられ、慌てて視線を上に向けると、女と目があった。緑の瞳が見つめてくる。次に、鋭く尖った鋭い耳が、僕の目をひいた。


「あ、エルフ……」


「それがどうしたよ。そりゃあ人間とは違うさ。失礼なやつだな」


「いや、ついビックリして」


「じゃあなんだ、私もお前を見て、あ、人間……ってバカみたいに驚けばいいのかよ」

 美しい顔に似合わず、口の悪い女だった。


「すみません、はじめて見たもので」


「エルフをか? 確かに数は多くないが、そんな珍しいもんでもないだろ。どんな田舎で育ってきたんだよ」

 呆れたように女は言う。


「それで、その田舎者は、なんだってこんなところでビッグマッシュと遊んでるんだ」


「ビッグマッシュ?」


「あ? なんだ、そんなことも知らねえのか。こいつだよ」

 女は暴れるキノコを顎で示す。


「遊んでたんじゃなくて襲われてたんですよ。殺されかけてたんですっ」


「ビッグマッシュにか? バカ言え、ビッグマッシュに殺されるやつがこの世界のどこにいるってんだ。こどもだって一人で退治できるぞ」

 おかしそうに女は笑った。しかし、呆然としているユウトを見て、笑顔を引っ込めた。


「お前マジで言ってんのか? これまでどうやって生きてきたんだ。魔物と一度も戦ったことがないってのか。田舎者の上に引きこもりかよ」

 女は、哀れむような目つきで僕をしげしげと眺める。

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