最強は準備を始める⑮
ながらくお待たせしました。
サモンの卵を期待したカリエンテだったけど、大変残念なことにサモンの卵は出なかった。
揉め事の大元が出なければ特に問題もなく分配が終わる。
微々たる分配をもらいハウスへ帰還した途端、キヨシからの借金の申し入れががががっ。
「無理」
「頼むよぉぉぉぉ」
「宮ネェとさゆたんに許可もらってから出直して」
縋り付くキヨシを払い除け、絶対に許可を出さないであろう二人の名前を告げる。
絶望に染まるキヨシの顔が…………笑える。
子犬のようなぴえん型の眼、耳はヘナって、極太のまろ眉が八の字。
口は今にも泣きだしそうな、何とも言いようのない顔に。
どこで覚えてきたその顔! とつい突っ込みを入れそうになるのを我慢する。
目を逸らすだけでは無理だと判断した私は敢えて顔を見ないように顔を逸らす。なのに……面白いの顔がドアップだった。
「い、いい加減にして……」
ツボにハマったせいで声も震え、肩も笑いを堪えきれていない。わかってはいるけど、この顔はダメだ。もう無理だと諦めようか……。
それを見越しているらしいキヨシは、更にその表情で私を追い詰めてくる。
「頼むよぉぉ〜、ren」
「ぶふっ、あはははははは、もう無理! その顔卑怯ー!」
「笑ったなぁー。俺の勝ちだぜー!」
キヨシを指さして笑う私に、キヨシはなぜか勝ち誇った顔で胸を張っていた。
確かに私は今、笑った。けどさ、一言たりとも貸すとは言ってないよ、キヨシくん。
「……それで、なんでお金が必要なの?」
「renならきっとわかってくれると思って話すけど、さ……」
突如として至極真面目な顔で語り始めたキヨシに私もゴクリと喉を鳴らした。
そうして、出た答えが以下の文である。
「……無いわー」
話を真剣に聞いた私が馬鹿だった。真面目に後悔しかないキヨシの話を二時間も聞いた私の時間を返して欲しい。
その時間があれば、キヨシの借金分ぐらいボス回れば稼げていたはずだ。
沸々と湧く怒りにキヨシにジト目を向けるも、向こうも真剣な様子で私に両手を合わせている。
「そこを何とか頼むよぉぉ」
「気持ちはわかるよ。けど、借金の理由が、ブログのユーザーが更新してないから減ってるからってのはどうなの? 仕方ない事じゃないの? ハッキリ言うけど、まず、強化ギャンブルでブログのユーザーを獲得しようとするキヨシが間違ってるよね? もういっそ、そんなブログ消してしまえ!」
「だってー、俺の趣味、生きがいだしさ……」
「それはブログが? それとも強化ギャンブルが?」
「どっちも!」
「シネ。死んで地獄に落ちてやり直してから来い!」
「酷い! renの悪魔ー」
「何とでも言って。お金は貸さない。欲しいものが出品されてて、どうしても足りないとかなら貸すけど、強化ギャンブルのために貸すお金は一ゼルたりともない!」
言い切った私を前にキヨシはしょんぼりと肩を落とす。
その姿に言い過ぎたかなーなんて、私は思わないし、どうでもいいので放置する。
「……じゃぁ、欲しい物あるから貸してください」
「何が、欲しいの?」
「+7のジュピターズリング」
ジュピターズリングって、俊敏性をあげる前衛用の指輪だったはず。キヨシの職だと使えないじゃないか! こいつは、本当に、どうしてくれよう?
「キヨシ」
「はい!」
「自分の職業で使えないリングがどうして欲しいの?」
「それは……あのー」
「要は強化ギャンブル用の装備が欲しいってことだよね? 馬鹿なの? 今まさに私は、貸さないって言ったよね? 二回も同じ事言わせる馬鹿がどこにいるのかな?」
「ここにい……すいましぇん」
キヨシは、続くはずの言葉を飲み込んだ。真っ青な顔のまま視線は自分の首元にあるX状に交差された刀身に向かう。
彷徨うキヨシの眼と眼が合い私はにっこり笑う。手には二刀が、握られていた。
「もう一度聞くから、よーく考えてから答えてね? ブログのユーザーが減ってるからって、借金してまで強化ギャンブルする馬鹿はいないよね?」
「はひ」
「ならこの話は終わりでいいよね?」
壊れたおもちゃの如く首を縦に振り続けるキヨシ。
哀れに思うけれど、ここで甘やかせばまた次があるだろうから心を鬼にする。
ブログにしても生中継? にしても自分でできる範囲でやらなきゃ先がないのは一緒だ。
まぁ、協力することは出来るから、お金貯めるために狩りに連れて行くことにしよう。
「よし、じゃぁ、とりあえず、今日はもう遅いから明日、ログインしたら即狩りに行こう。少ないけど、稼げないよりいいでしょう?」
「ふぇ?」
「借金はダメだけど、一緒に狩りにいけば少しは貯まるでしょ?」
「ren〜!!」
縋り付いてきたキヨシを避けた私は、明日狩りに行くため明日の分の経験値スクロール作りに精を出すことにした。
翌日、キヨシがログインしてきたのを機にクラチャで狩りに行こうと声をかけた。
集まったメンツは、大和、源次、聖劉、ミツルギ、キヨシ、私の六人だ。正直に言おう、大和以外このPTのメンバーは、私を含め誰一人耐久がない。なのに、回復も居ないと言う、鬼畜なPT構成だ。
回復? 何それ美味しいの? と言う会話を繰り広げながら、私たちは、真新しいダンジョンへ行く事にした。
まぁ、まともなPTなら絶対出発しないだろうけれど、うちはこれでいい。と言うか、キヨシのためにお金とアイテムを捨てて経験値だけを取得するPTによくこんなにも集まったと思いながら、殺られる前に殺れ精神で頑張るつもりだ。
今回選んだ狩場は、経験値もお金が美味しいと噂の鍾乳洞。
場所はアテナの最西端にある岬から、崖伝いに道を降りて入る深海とプレイヤーに呼ばれているところだ。
道なりに降りて、見上げた入口はただの洞窟のような見た目で、潮風が……かなりうざいほど吹いている。
髪の毛どころか服までもがバッサバッサとはためき、いちいち治すのも面倒なほどだった。
私が恋愛脳だったならば、きゃっきゃ、うふふな展開になるだろう。が、私はそれに熨斗と多少の肉をつけて拒否したい。
「この狩場って、金うまいからかなり人多いって聞いたぞ?」
「経験値も美味いらしいよ?」
「まずは、水中で溺死しないためのアイテム買いに行こうか」
「だなー」
「キヨシ、アイテム買えるお金あるの?」
心配と言うか、ただ思いついたまま声に出して聞けば、キヨシは清々しいほどに「無い」と言い切った。
それに呆れたのは私だけではなかったと信じたい……。




