最強は夢想する②
ハウスに戻り自室に入ると、そこには既にシロがソファーに座り寛いでいた。
さっきのチャットで非常に言い難そうにしていたから何かあったのかと心配していたのに……騙された気分だ。
「おけーり」
「ただ」
挨拶を交わして、シロと対面になるようソファーに座り話を聞く態勢を整えた。
「で? 何?」
「あーあのさ、俺の知り合いか? ちょっと微妙な奴を一人加入させたいと思ってなw」
「職は?」
「えっとな……三次職のカンストで、盾なんだけど……」
「宮ネェと先生呼ぶから待ってw 一存じゃ決められないと思う」
「わかった」
クラン加入に関しては全て、先生と宮ネェに丸投げ状態である私が、微妙な知り合いだと言うシロ相手を独断で加入させる訳にはいかないって言う建前の元二人をクラチャで呼び出した。
自室に居たらしい二人が私の部屋に到着し席に着くと同時に、飲み物は何がいいかと聞けば全員が揃って「ミックスジュース以外」と言った。
もう二度と出すつもりの無かったミックスジュースを取り出し、笑顔で目の前に置いてやる。
無言で視線が絡み見つめ合い、そっと三人がミックスジュースを手に取るとアイテムボックスに仕舞った。
「チッ」
舌打ちした私に、溜息をついた先生が四人分のコーヒーを取り出しテーブルに置く。宮ネェは宮ネェでつまみになりそうなバームロールと言うお菓子をテーブルに置いた。
「ここの美味しいのよ」
「へ~。そうなんだw」
「やっぱ、ヒガキの入れたコーヒー美味いw」
なかった事にされたミックスジュースが可哀そうだ。まぁ、私も飲まないけど……。
宮ネェが美味しいと言うバームロールを摘み口にすれば、甘酸っぱいベリージャムがふんわりとした甘めのスポンジに挟まり、サイドがチョコでコーティングされている為、良く合っていて本当に美味しかった。
少しだけ喉が渇く感覚を覚え、先生が出したコーヒーにミルクを入れカフェオレにして飲んだ。先生が言うようにヒガキさんの入れたコーヒーは本当に美味しい。引きたての豆の豊潤な香りに、焙煎でついたであろう苦みとコクが最高だ。
自然と一息ついたような心地になるほど、ほっと息を吐き出し落ち着いたところで話の続きを促した。
「で、さっきの話の続きだけど、加入希望してきた三次職カンストの盾について話して」
「うん。そのな……そいつ、空気読めないんだよ。
なんつったらいいかなぁ~。良い奴なんだけど、正義感がやたら強くて……
”だぞ”とか”だろ”って語尾に必ずつく奴で……さ」
「その人、ってあの人?」
「あー。もしかして、テオドガルラ?」
「あぁ、居たわねぇ~w さゆたんの天敵w」
名前が出てこない私の代わりに、先生が名前を言えば宮ネェがさゆたんの天敵と笑った。それに苦笑いを浮かべ頷いたシロの様子を見る限りテオドガルラで間違いないと判断する。
テオドガルラさんは、以前のクランで仮加入していた人で、ひと月もしないうちに脱退の理由すら言わず抜けた人だ。
さゆたんが良く絡んでいたし、一緒に狩りに行き戦い方などを教えていた分非常に優秀で即戦力としては優良物件ではある。
けれども、空気が読めないのに正義感だけは強く……何も言わず勝手にクランを抜けた。さゆたん的には、あれだけ面倒を見たのに恩を仇で返された気分だっただろう。
彼が抜けた後、さゆたんがマジクソだと本気でチャットに打ち込んでいた事から二人の間に何かあったのだろうと私は考えていたが、今考えればさゆたんに何も言わず抜けたのかもしれない。
「本人が俺に密談送って来たんだけど、入りたいらしいよ?」
「さゆたんに世話になってたのに、何にも言わず抜けた子でしょ?」
「ん~。難しいわねぇ~?」
「そこなんだよ……とりあえず、先生、宮ネェ、renに相談するつって、今待って貰ってるから回答して欲しいんだけどw」
正直な話をすれば、ここでさゆたんにまた話を振って決めて貰うのもありだろう。だが再び嫌な思いをさせてしまう可能性もある。ならば今回は話をせず、私達の責任で即決するべきだ。
「無理。断って」
「そうね。今回は断りましょう。さゆとテオドガルラを天秤にかければさゆの方が大事だもの」
「だね。正直クラン内でもめる可能性ある人間を入れるのはパスだね」
「だよなー。そう言うとは思ったけどさ……はぁ、メンドクサイ」
さゆたんが良いと言ったとしても、以前理由も告げず抜けたと言う過去がある。運営する側としてはやはり抜けるなら抜けるで、それなりに理由は伝えて貰いたい。少なからず理由を伝えて貰えれば改善することもできるし……運営の仕方を変えることも可能なのだ。
ま、今更言われたところで、何の意味は無いけど……。
「じゃぁ、話しは終わりでいい?」
「あぁ、いいぞーw」
よし、話しは終わった。さくっとヘパイストスの火山に行ってこよう。いそいそと部屋を後にする私を先生たちは不思議そうな顔で見送る。
まぁ、何かあったらクラチャで知らせてくれるだろうとクラチャのタブを開いたまま、ポータルを使い、ドワーフの生まれ故郷であるヘパイストスへとやって来た。
流石ドワーフの生まれ故郷と言うべきか、少しだけ他の街より低いと感じる煉瓦造りの街並みに、煙突から上がる煙の柱。
街の至る所に、炭の元となる薪が積み重なり置かれている。そんな街から見える火山が今回私が目指すイフリートと呼ばれる火山だ。
イフリート火山は勿論狩り場として設定されている山で、常時デバフに火傷がつく。
出てくるモブは火属性攻撃が得意なゴーレムやサラマンダーで、中ボス的存在と言えばクルアーン。
全身に炎を纏った人型ではあるものの、手足が異常に長く尻尾を持つ魔人だと言われている。
実際に見たのは、数回で周期で沸く訳ではないため出会ったら狩る程度のボスだ。毎回食べたいと思うほど強くも無いし、ドロップも美味しく無い。
山に向かいながら、イフリート火山についての復讐を終えて足を踏み入れた。
火山と言う事で、耐火のバフであるプロテクト オブ カリエンテーードラマス専用のバフ。その身をカリエンテの鱗が包みこみ炎に関する全てのデバフを無効化する――を入れておく。
杖を片手に、博士に見せて貰った石のSSを元にその石を探す。石を見つけたらそれをヘパイストスの街中にいるNPCに持って行って何かを確認すれば正解が分かると言う仕組みだ。
地面を見ながら似通った石を探し始めて20分。
この狩り場は人気が無いのか、モブが良く湧くし良く釣れる……面倒に思いながらも、それを魔法で処理しながら気長に探していた私をティタがクラチャで呼ぶ。
[[宮様] そう言えば、ミツルギと鉄男部屋の内装終わったの?]
[[大次郎先生] そうだった。部屋で思い出したけど
代行出来る人はそのマークの看板下げておいてね?]
[[ミツルギ] はい。内装おわったっすよ~]
[[鉄男] 無事終わった~。さんきゅ~w]
[[ティタ] ren~。いる~?]
[[ヒガキ] 看板って、あのハンキングサインでいいんですか?]
[[ミツルギ] 代行っすか? 俺も投具は持ってるっすよw]
[[ren] ?]
[[宮様] ハンキングサインってどんなのなの?]
[[大次郎先生] ミツルギも代行やれるなら、道具揃えようw]
[[ゼン] 僕も何かしたいけど……うーん]
[[ティタ] 双剣制作図って、ヘパイストスだよね?]
[[キヨシ] ハンキングサインってヨーロッパ風の看板だぜw]
[[†元親†] 俺は薬局やる~w]
[[ren] 双剣は、NPCが違う。ドドイル探してみて]
[[ヒガキ] キヨシさんの言うものですね]
どうやら、強化に成功したらしく双剣の制作図を探していたようだった。二刀はドルアスさんだが、双剣はドドイルさんで名前が似ているその二人を間違えるプレイヤーも多い。
その事に思い至り一応間違えているのではないかと名前を打ち込んだ。流石鍛冶の神であるヘパイストスと言うべきだろうか、ここには武器の種類、防具の部類ごとに制作図を売ってくれるNPCがいる。
看板か……クラチャで上がっていた看板の話に少しだけ足を止め思考する。
正直な話、製本の代行をクラメンに対してしたいかと言われれば否だ。良いように使われた挙句、ただ同然の格安料金もしくは借金でと言う嵌めになりかねない。
自分の稼ぎ以外の代行をするつもりはないけれど、ヒガキさんの言うハンギングサインと言う看板が非常に気になった。
キヨシ曰くヨーロッパ風の看板らしいが、私はそれを知らない。もし気に入れば看板だけはつけてもいいかもしれない。
そう考えて、思考を止めクエストを完了させるべく石探しに戻った――。
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バンキングサインについての補足を少し。
読んで字のごとくなのですが、吊り下げ式の看板のことです。
ヨーロッパなどに良くある店先の壁に付けられたもののことを指します。
 




