第23話 荒城の残火(2)
コミックマーケットに向けての新刊が脱稿しました。
これをもちまして、縮退運転を終了し、通常の執筆体制に復帰します。
「召喚状」を発して、一週間。
これが不発に終わるのは、もちろん想定内。
女王ディアナ十四世は次の手を考えていた。
ユスティティアが送ってきた、新たな情報。
これをもとに発した、次なる勅書。
機動甲冑『エールザイレン』捜索差押許可状――。
これも、女王の親署が入っている。
重要なのは、イメルダに対する書状ではないこと。
権限を女王から委譲された、「監察御史」に与えられる。
「資格者」への統帥権の発動と、その執行者の証明書だ。
この令状を提示した者に、捜索、差押えを拒否すれば、どうなるか。
それは、女王大権の執行妨害、すなわち「叛逆」と見做される。
女王、法務卿、そして法務府の実務者たち。
皆が導き出したこれこそ、「鬼札」というべき切り札であった。
この「監察御史」に任命された人物。
カルディツァ都督、アントーニア・ペレッツ城伯は身震いを覚えた。
軍権発動であり、軍務府から人材を出すべき。こう主張した、第一軍務卿メガイラの上奏が採り入れられたからだ。
カルディツァの軍務官僚は、二つの派閥に別れる。
その領袖が、第二軍務卿ユスティティアと、第一軍務卿メガイラの「腰巾着」ペレッツの二人。
カロルス・アントニウスが領主となる前、勅命でカルディツァ郡に派遣されたのがユスティティアだった。
政治空白を収めるため、自分に近い立場の官僚を集め、暫定的な軍政を整えた後、実の妹ラエティティアを領主との調整役として、連絡将校に任じている。
その後、カルディツァ郡の重要性が高まると、都督府の創設を口実に、メガイラが人事に介入した。
メガイラが送り込んだペレッツが、虎の威を借りて都督府の人事を一方的に決定、前任者たちを閑職に追い込んだ。
昨今、ユスティティアが勅命を受けて、カルディツァに常駐し始めた。
以来、後者が勢いを取り戻しつつある。
監察御史までが後者に渡れば、前者の立場が無くなっていたかもしれない。
しかし、ユスティティアは国家の要職に就きながら、女王から勅命を受けている。この上、監察御史の役目は手に余った。
その配下を選んでも、位階が低すぎては、イメルダに舐められる。
結果、イメルダと同一位階である城伯の爵位を持ち、年齢もイメルダから十歳も若くない、ペレッツに白羽の矢が立った。
(女王陛下は、この私に大任を与えてくださった! なんという僥倖!)
王都に召還されたペレッツ。
第一軍務卿ら貴族が勢揃い。
その中で、捜索差押許可状を押し戴いた。
感動に身を震わせ、女王の御前でこう誓う。
「この大任、必ずや、必ずや果たして、御覧に入れまする」
そして、急ぎカルディツァへ戻り、都督府の再編を行った。
都督府から選抜した、最も信用のおける者たち。
その数、四〇余名。彼女らを、監察御史に帯同する監察官に任命した。
さらに、護衛となる武官を八〇名確保した。
すべてペレッツ派の人選だが、彼女たちは都督府の要職も占めていた。
ペレッツ派で独占された関係で、少人数の幹部で重要な決定を行う体質が抜けず、意思決定が特定の個人に依存していたのだ。
これがもとで、後に都督府は機能不全に陥る。
一方で、能力がありながら、「蚊帳の外」に置かれていた者たち。
これを見かねたユスティティアは、配置転換で閑職に追いやられていた官僚たちを都督府に異動させ、政務を正常化するように働きかけている。
ユスティティア派の官僚たちが、旧来の人脈を駆使して混乱を収拾した結果、そのまま、なし崩し的に都督府の官職に収まった。
カルディツァの政務に返り咲いていく彼女たちだが、それはまた別の話。
そんな混乱など知らず、「監察御史」アントーニア・ペレッツは家名を示す紋章と監察官旗を掲揚して、イメルダ・マルキウスの本拠地であるラリサ郡に入った。
その規模は一二〇名、一個中隊に及んだ。正規軍の精鋭一人でテッサリア兵の十人に相当すると考えると、これは二個大隊にも匹敵する。
イメルダ・マルキウスには、先の「召喚状」を届けに来た使者よりはるかに脅威に映ったが、その監察御史が握っている書状の深刻さにまだ気付いていなかった。
「御屋形様、カルディツァのアントーニア・ペレッツ城伯から、面会の申し入れが来ております」
「アイタタタ……忙しいから今日は会えない、とお伝えしな」
痛風の発作が悪化して、その日の公務を取りやめていたイメルダは、ペレッツの申し入れに応じなかった。
これが不幸にも、両者の行き違いを生む。
「公務が忙しく、今日は会うことができないと? では、明日お伺いするのでお時間をいただきたい。こう返事を書いて送りなさい」
監察官旗を掲揚し、堂々と主都ラリサを訪れたぺレッツは一晩待つ。
そうして、ラリサ太守に対する礼儀を示そうとした。
その日は、ラリサの迎賓館で宴が開かれる、との情報を掴んでいる。
しかし、イメルダは「今日は体調が悪いので、会うことができない」とはぐらかし、またも面会を拒んだ。
ぺレッツは激怒した。
礼儀を非礼で返された以上、断固たる対応で臨んだ。
迎賓館に主力の警備兵が集まる。それに乗じて、ラリサ全域の大型建造物を片っ端から家宅捜索していった。
「おい、待てッ。誰の許しを得た!?」
「監察御史である」
捜索差押許可状を堂々と示す。
「これより、機動甲冑の捜索を行う。抵抗する者は叛逆者と見做し、斬り捨てる!」
怖じることなく、ぺレッツは踏み込んだ。
施設群の中には、工廠もあった。
イメルダ配下の私兵の軍需物資を取り扱っている。
当然、護衛が黙って見逃すわけがない。
「侵入者を入れるな!」
「止まれッ、そこで止まらなければ殺す!」
止めようと剣を抜いた私兵たち。
細身の剣で遠慮なく斬り伏せる護衛武官たち。
メガイラが贔屓にする精鋭だ。
剣術の腕前は、雑兵たちを軽く凌駕していた。
それでも隙を見て、ペレッツへと襲い掛かる。
同時に斬りかかろうとした三つの剣先。それが傷をつけることはない。
それらは尽く、見えざる壁に阻まれてしまった。
「無礼者!」
剣を抜き、薙ぎ払った瞬間。
彼女を守っていた見えざる壁が凶器と化す。
首筋を払い、頸動脈を切って、脈を断つ。
瞬く間に、無礼討ちを済ませてしまった。
「まったく。命を粗末にしおって」
返り血すら浴びず、冷ややかな眼差しを向ける。
そんな監察御史に、生き残った私兵たちは震え上がった。
難を逃れた一人が迎賓館に駆けこむ。
その知らせが、美酒に酔っていたイメルダの肝を潰した。
「なんだってェ! ガサ入れが入ったァ!?」
一気に酔いが醒めた。
護衛を引き連れ、倉庫群に向かった。
すでに半数近くに、強制捜査の手が及んでいる。
ペレッツが留まる倉庫に馬車で乗り付けるや否や、倉庫を取り囲んだ。
その数、百余名。皆、鎧兜を身につけ、槍を手にした重装歩兵である。
「ネズミどもを焼き殺しちまいなッ!」
手勢二〇名もろとも、親玉を焼き殺せ!
その指示に火が放たれ、倉庫が炎上する。
ラリサの黒い空、それを赤々と照らす、篝火の如く。
しかし、立ち上る黒い煙が雲を呼び集めていく。
ザっと叩きつける篠突く雨。
煤で顔が汚れ、一部焼けただれた武官たちが、ずぶ濡れになって、次々現れた。
「ごきげんよう、イメルダ・マルキウス殿。お加減はもう、よろしいのです?」
「アントーニア・ペレッツってアンタかい……良くもやってくれたじゃないか」
水を滴らせ、皮肉たっぷりの笑みを浮かべたペレッツ。
真っ赤な顔を引き攣らせ、イメルダがこう吐き捨てる。
「こんなことやらかしてッ、無傷で帰れると思うんじゃないよッ」
「ええ、少し火傷をいたしました。傷が残らないとよいのですが」
「ふざけんな! アタシの許可も得ず、勝手なことしやがって!」
「許可を得ようとしましたよ。忙しいだの、具合が悪いだの、会ってもらえなかったではありませんか。なので、勝手に上がらせていただきました」
悪びれず、飄々とした態度。やりづらい相手だ。
苦々しい顔で言葉に詰まる『テッサリアの駿馬』。
「改めましてご挨拶を。カルディツァ都督、アントーニア・ペレッツです」
そんなイメルダを尻目に、ペレッツは書簡を取り出した。
燃やされないよう、大事にしまっていた「捜索差押許可状」である。
「なんと、御公儀がわざわざ何の用だい?」
「勅命にて栄えある『監察御史』のお役目をいただき、機動甲冑『エールザイレン』を捜しております」
ピクリとイメルダの眉が動く。
「エール……ザイレン? なんだいそりゃ」
「ああ、失礼。そうでした。『召喚状』を受け取られた折、名前も知らない資格者や機動甲冑など、ご自分には捜しようがない。そのようにお答えになったと聞き及んでいます」
「今さら、それがどうしたね?」
「イメルダ殿の代わりに、私奴が捜すように、との勅命です。もちろん、御領内での捜査権限込みで」
ラリサを訪ねてきた、監察御史。
彼女がなぜ、ここへやってきたのか。
ここに至って、イメルダ・マルキウスは思い知った。
「こちらの工廠なんですけども。先ほど、興味深いものが見つかりまして」
監察官が持ってきた、いくつもの金属片。
それをシルクの手袋で掴んで、見せびらかすペレッツ。
「ご覧ください。ウーツ鋼の破片です。これがいくつもありましてね。何か、ご存じありませんか?」
「この国にゃ、千年前の大戦争の古戦場がそこら中にあるんだ。そんなもん、大きな穴でも掘りゃ、亜人どもの骨に混ざっていっぱい出てくるさね」
「つまり、機動甲冑由来のモノではないとおっしゃる?」
「そんなこたァ言ってない。そいつが何に由来してるかなんて、アタシにはちーっともわからない。そういうコトさ」
「やましいことは何一つないと?」
「あったりまえさ! しつこいねェ、何度も言わせんじゃないよ!」
「わかりました。では、もう少しこちらで調べさせていただきます」
「……ッ!?」
「別段、お困りではないのでしょう? やましいことは何もないのでしたら」
余裕綽々といったペレッツに、苦虫を噛み潰したイメルダが吐き捨てる。
「痛くもない腹を探られるのはねェ、不愉快なんだよ……」
「勅命ゆえ手心は加えられませんが、ご心中はお察し申し上げます」
疲れ切った顔をしたイメルダ。
そんな彼女から言質を取り、ペレッツは調査継続を指示した。
眠いからと居館に引き上げたイメルダに代わり、工廠の技術者たちが立ち会う中、捜索が夜通し続く。
見つかったウーツ鋼の破片。そこには、真新しい工作の痕跡があった。
だが、ウーツ鋼の研究自体は禁忌でもなんでもない。仮に、真に迫るものが作れているならば、学術的な発展で国家に対する奉仕にもなるではないか。
技術者たちは、こう弁明を繰り返すばかり。
ラリサの大型建造物をすべて当たったが、結局、機動甲冑『エールザイレン』そのものは発見に至らず、一連の捜索活動は空振りに終わった。
調査を終えた、翌日。
居館のイメルダの許を、ペレッツが訪ねた。
別れの挨拶を告げるためだ。
「ごきげんよう、イメルダ殿」
「お望みのものは、見つかったかい?」
「一昼夜かけて捜索しましたが、特に目立ったものはありませんでした。イメルダ殿のご協力に感謝申し上げます」
「寝ずの番かい。ご苦労なこった。お互いもう若くないんだ。お肌に気を付けな」
「そちらも災難でしたね。マレシナ郡の最前線にある要害が、たった一晩で地図から消えてしまったとか」
そのことか――とイメルダはうんざりな顔をする。
「山火事がいまだ収まっていないそうではないですか」
「ふんッ! 人の心配をしている暇があるのかい? 自分らのお役目の心配をしたらどうなんだいッ」
「これは失礼。何も成果を持ち帰らないわけにはまいりませんので、調査用に施設の土を採取させてもらいました」
「あァ、好きにすりゃいい。アタシゃ、アンタの顔は見飽きたんだ。用が済んだら、とっとと帰っておくれ」
「此度は、どうもお世話になりました」
恭しく頭を下げたペレッツ。
謁見の間で対面したイメルダは、心底迷惑そうな表情を崩さなかった。
「……あ、そうでした」
「まだ何かあンのかいッ!?」
「引き続き、テッサリア御領内を捜索させていただきますが、どうぞよしなに」
「わかった! わかったから、早く帰りなッ」
シッシッ、と追い払う仕草を隠さない。
この期に及んで、イメルダからの拒絶は無かった。
テッサリアの支配者に、領内での捜索活動をしぶしぶ認めさせた。
この戦果を挙げた監察御史一行は、すぐにラリサを引き揚げていく。
だが、少なからず面子を潰されたイメルダ・マルキウスが、いくら何でも、そんな大胆な反撃に打って出ようとは、さすがのペレッツも思っていなかった。
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