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第19話 波瀾来たる(3)

テッサリア平原に吹き荒れる風は王都をも巻き込もうとしていたのでした。

 一揆に加担した村々からの掠奪(りゃくだつ)で士気を高めたトリカラ軍に対して、テッサリア軍は及び腰にも思われる消極的作戦に終始していた。虐殺を免れた一揆勢を保護したり頻繁に斥候を送り出してはいるが、追えばすぐに逃げるなど積極的にトリカラ軍を攻撃しようという構えを一向に見せない。

 結果的に荒廃した村で数日間拘束された末、痺れを切らしたトリカラ軍閥の将軍は次の日の早朝にテッサリア軍の本陣へ突撃する決意を固めた。


 朝霧立ち込めた寒い夜明け前。廃村を発った五〇〇の精鋭が馬上で吐く息は白い。テッサリア軍の篝火を目指して原野を進む味方の兵士の中に咳をする者が出始めた。味方の体力の消耗が予想以上に激しい――そう悟った将軍の頭の片隅に、この戦いが終わったら一度郡都に引き上げるべきか、そんな考えが()ぎった矢先。


「敵襲!」


 テッサリア軍の篝火まで半マイルを切ったところで敵の斥候と鉢合わせた。


「気づかれたかッ!? 構うな、全軍突撃ィィィ!」

「「「ウオオオオオオオッ!!」」」


 平原最強のトリカラ騎馬隊が一気に速度を上げる。

 大地を轟かす勢いで砂塵を巻き上げ、篝火めがけて吶喊(とっかん)した。

 篝火で浮き上がった人影に向けて馬上から毒矢を射掛けると、たちまち蜘蛛の子を散らしたように逃げ惑うではないか。


「フハハハハハッ! 腑抜けのテッサリア軍など烏合の衆よ!」


 人影は陣地を捨てて逃げ去る構えだ。追撃の時は来た。将軍の剣が翻る。

 陣地を蹴飛ばして騎馬隊が再び加速した。眼前には背中を見せる一揆勢。


「逃げる者はすべて皆殺しだ! ()(ころ)せ!」

「「「ウオオオオオオオッ!!」」」


 その時、思いもよらぬ絶叫を聞いた。

 一斉に突き立てた槍衾(やりぶすま)に串刺しになった軍馬。

 苦痛に(いなな)く馬から転げ落ちて胴を刺された兵士。

 前と側面から相次いだ叫びは意気軒昂(いきけんこう)(とき)(こえ)

 トリカラ騎馬隊が(すく)んだ瞬間始まったテッサリア槍兵の逆襲。


「待ち伏せかッ! クソがッ!」


 陣地を抜けた裏側に伏兵がいた事実に脂汗が垂れる。

 最初から全部巧妙に仕組まれていたのではないかと。

 勝利が(てのひら)をすり抜けて転げ落ちる儚さを思い知った。


退()けーッ! 退()けーッ!」


 正面を塞がれた騎馬隊の三分の一が落馬。

 側面からも挟まれてまともに抜け出せた馬は半数に満たず。

 原野に放り出されたトリカラ兵を、テッサリア兵に混ざった一揆勢が寄ってたかり撲殺してゆく。褐色の肌が辛うじてトリカラ兵であることを物語る以外は、顔も形もわからないほど潰された惨めな死体を晒す。

 一時間余り後、白い霧が晴れた原野は一変していた。この世の地獄かもわからない血染めの中、テッサリア軍と返り血を浴びた一揆勢がともに快哉(かいさい)を叫んだ。


 マレシナ郡で勃発した大叛乱は隣接するテッサリアからの介入を招いた。将軍自ら鎮圧に向かったが、結果は精鋭の半数を喪った敗北である。この知らせはたちまち全域に広がり、郡内に駐留するトリカラ軍の士気を大きく削ぎ落とした。

 撤退の判断が早かったため将軍とその直属の兵士たちは難を逃れて郡都に戻ったが軍馬は(ことごと)く息絶えて腐臭を漂わせる有様だった。最大の強みと言える騎馬隊が運用できない窮地に加えて味方の兵士たちも次々と奇病に倒れる中、一揆勢を巻き込んだテッサリア軍が郡都を包囲せんと進軍中との急報が飛び込んできた。


 屈辱に(ほぞ)()んだ将軍は郡都ジルトゥニオンの放棄を決断し、軍閥の根拠地であるヴィオティア郡へ向けて撤退していった。

 その二日後、郡都ジルトゥニオンは無血開城に至る。

 歓呼する市民に一揆勢とともに迎え入れられたテッサリア軍は、およそ十年ぶりにペネウス河中流域のマレシナ郡全域とラリサに次ぐ大都市ジルトゥニオンをトリカラの手から奪い返した。この作戦の裏でとある召喚術師が暗躍していたのだが、作戦の根幹にかかわる最高機密として軍の内部でも伏せられていた。


 マレシナ郡で疫病が発生したこと、それに伴って近年稀に見る大規模叛乱が起きた知らせはテッサリア平原全域に瞬く間に広がった。

 マレシナ郡に近いトリカラ占領下のアグラファ郡、ヴィオティア郡でも軍閥の支配に不満を漏らす民草の声が上がり始めていた。いずれもテッサリア領に接しており、テッサリアから武力介入を招くおそれがあった。


 ***


 このようなテッサリアの政情は次々と王都にも伝わってきた。

 しかし、地理的にテッサリアとは高地と大河とで隔絶されている王都では断片的な情報が時間差で届くため、刻々と変化する状況に混乱をきたす有り様だった。

 見かねた女王ディアナ十四世は関係する高官らを王城に招集、速やかに御前会議を開いてこの件を(はか)りたいとの勅書(ちょくしょ)を発した。

 集められたのは大蔵府、軍務府、法務府の長官たる大蔵卿、第一軍務卿と第二軍務卿、法務卿。それに加えて対応する各官庁の実務者たち。さらに王太子ベアトリクス第一王女とその政務の一部を代行しているソフィア第二王女である。


「皆、忙しいところよく来てくれました。各官庁より懸案を挙げてもらいましたが、官庁間の連携が滞っていると聞き及んでいます。これは国の大事であり一刻の猶予もありません。よってこの場で官庁間の懸案を解決したいのです」


 女王はそう口にしているが実のところ、大蔵府と軍務府の間で齟齬(そご)をきたしているという。法務府を巻き込んだのは、王制下で過去に行われた政策の前例を確かめる意図があった。


「畏れながら申し上げます。過日マレシナ郡で疫病に端を発した叛乱が起こり、テッサリア軍が武力介入に踏み切りました。緒戦で勝利を収め、ジルトゥニオンに向けて進軍を続けている模様です」


 第一軍務卿メガイラの口から状況説明があった。それが一区切りした後、大蔵府の見解が述べられた。


「大蔵府として本件への介入は好ましくないと考えます。徴税権をはじめテッサリアの施政権はラリサ太守イメルダ・マルキウス殿の手にございます。トリカラ軍閥との衝突は別に今に始まったことでなく、当事者間で解決すればよい問題です」


 大蔵卿コンスタンティアはテッサリアとトリカラの係争に王国が関わるべきでないと主張した。なお、コンスタンティアが当主であるユリアヌス侯爵家は山岳地帯に鉄鉱山を所有し、テッサリア産小麦の取引にも深く関わっている立場である。


「法務府の見解は大蔵府の立場に近いものです。ともに地方の大領主として王国から認められた正当性を有しています。両者から調停の申し入れがあるまで事態を見守るのが前例に照らし合わせても違えず、また現実的判断と考えます」

「事態を見守るとおっしゃったな、法務卿。全くその通り。我々軍務府は女王陛下の御楯(みたて)である以前に目であり、耳である。剣を振るうだけが我らではない」

「間諜を送り込むだけでどうしてあのような法外な予算請求になるのですか、殿下。国家財政が厳しいのは殿下もよくおわかりのはず。にもかかわらず二個大隊もの派遣経費を請求なさるとは、よもや戦争でも始めるおつもりか?」

「戦争なんてとんでもない。我らの新しい目となり耳となるカルディツァ都督府拡充の経費だ。日々移ろう状況を分析するためにあの関所を越えてゆかねばならぬ」

「いいえ、あのようないい加減な概算要求を出されては、我々大蔵府も疑ってかかるしかありません。我々が見たところ正規軍にはまだまだ削れる経費がある。それらを削りきってから改めておいでください」


 第一軍務卿メガイラと大蔵卿コンスタンティアは縁戚関係にある。にもかかわらず険悪な雰囲気を隠しきれないほど軍務府と大蔵府の対立は先鋭化していた。


「だいたいアルス・マグナを巻き込み『機動甲冑』なる発掘兵器までカルディツァに持ち込むなど何をお考えです? この点、アルス・マグナ総裁として王太子殿下にもご見解をお伺いしたいのですが、いかがでございましょう?」


 大蔵卿がもう一人の縁戚である王太子ベアトリクス第一王女に話を向けた。当然、これを予想していたのだろう。王太子は言い淀むことなく口を開いた。


「カルディツァへの機動甲冑、ならびに資格者オクタウィアの派遣要請。軍務府よりこの申し入れがあった当初、アルス・マグナは前向きでありませんでした」


 それ見たことか、と得意顔になった大蔵卿。

 ところが――と、王太子が続ける。


「そうも言っていられない事態に至ったのです。機動甲冑と資格者オクタウィアが、キエリオン郡での哨戒任務中に、所属不明の機動甲冑と鉢合わせたことで」


 ピクリと聞き耳を立てた者が一人。第二軍務卿ユスティティアであった。


「アルス・マグナ以外に機動甲冑を動かすことに成功した組織はありませんでした。何百年も研究して動かせなかったのです。そのはずでした……でも、どうもそうではないらしい。こう認めざるを得ない事態に至っています。現に資格者オクタウィアは当該機体との戦闘で、風の禁呪を行使せざるを得ないほど追い込まれました」

「なっ……!?」


 絶大な威力を発揮するゆえ、国家の法で禁じられた魔術の一つ。

 それが使われたという報告に法務府の実務者を除いて絶句する。


「所属不明機は逃げ去りましたが、戦闘中に装甲片が脱落したようです。これを王都に持ち込んで調査した結果、機動甲冑に元来備わった装甲板と比較して遜色ない水準の精度を保ったウーツ鋼だとわかりました。よって、当該機体は機動甲冑である――こう判断して間違いないでしょう」

「アルス・マグナ以外にあのような巨像を動かす輩がいる……まさか王太子殿下まで軍務府の空言(そらごと)に耳を貸すとおっしゃるのですか?」


 呆れかえった顔をする大蔵卿だが、王太子は微塵も表情を変えなかった。


「所属不明機が確認されたのはラリサ郡の近くでした。アルス・マグナが機動甲冑を保有していることをイメルダ・マルキウスは知っています。所属不明の機体が根拠地周辺で活動していたらアルス・マグナに対して何かしら抗議があるはず……ですが、今に至るまでそのような報告は一切受けておりません。いったいなぜでしょう」


 沈黙が流れる。それを凛として破った一声。


「――テッサリアが機動甲冑を保有している、あるいは存在を知りつつ黙認している可能性があり得る。そういうことでしょうか?」


 声の主――ソフィア第二王女に集まる視線。

 すかさず言葉を発する王太子ベアトリクス。それは単に一魔術師の見解に留まらず女王に代わって一部の政務を司る立場から発せられたものであった。


「ソフィアの言うとおり、当該機体がテッサリアの手にあると考えるのが自然です。機動甲冑は発掘兵器ですから未発見の機体が発掘される可能性は十分にあり得ます。それを実際に動かしていることが重大……ですよね、法務卿」

「王国の律法によれば資格者はバルティカ皇帝、その代行者たるルナティア女王以外の何人たりとも不可侵の権能を有す、とございます。つまりこの王国内での資格者に対する統帥権は女王陛下以外の何物にも存在しないと言えます」

「つまり、女王陛下の御名(ぎょめい)で資格者の召喚状をお出しになれば、その所属不明機体とやらの資格者が出てこざるを得ないと?」

「少なくとも法理の上では、ということです。大蔵卿」

「ではイメルダにそれを問い質したとしましょう。そのようなモノは知らぬ存ぜぬと言われたらどうするのです?」

「それこそ我ら正規軍の間諜が必要になるのではないか、大蔵卿。女王陛下の勅命が発せられたら身命を賭してこれを果たすが我らの使命!」

「無謀です、下手をすれば戦争になる。王国が火の海になりますぞ!」

「――もしも、余が(いたずら)に座して待つ間に――」


 その一言に、皆がぴんと背筋を伸ばす。


「テッサリアが機動甲冑を思うがまま動かしたならば、どうなるでしょうか。貴殿はどう思いますか、ユスティティア」


 女王ディアナ十四世の自らの発言であった。

 問いかけられた第二軍務卿は居住まいを正し、こう答えた。


「畏れながら申し上げます。あらゆる戦いの常識が覆る結果となるでしょう」


 凍りつく空気。

 女王の発言を遮ってはならない。しかし、ひとたび女王から意見を求められれば、他の誰にも遮られることはない。

 そうして得た発言権を彼女は惜しみなく行使する。


「機動甲冑の模擬戦闘を目にした限り、恐るべき速度、跳躍、投擲能力を有する兵器と感じました。あのようなものを城攻めに使えば、それこそ砂の城を壊すように容易(たやす)く要塞を破壊できるかもしれません。それこそ竜ですら討伐してしまうのです。このような強力すぎる兵器が女王陛下の目の届かないところにある。これがどれほど恐ろしい結果を招くか、私が口にするまでもないでしょう」


 機動甲冑という伝説上の存在。

 それが動く光景を目の当たりにした、唯一の閣僚の発言に息を呑む。ひとことすら発せずにいる臣下一同の顔を見渡して、女王は再び口を開いた。


「では、座して待つのは止めにしましょう。第二軍務卿ユスティティアに命じます。最小限の人員に絞ってカルディツァに赴き、貴殿が直接情報分析に当たるように」

「――はっ! 承知仕(しょうちつかまつ)りました」

「第一軍務卿メガイラは間諜となる精鋭を選抜し、テッサリア全土に派遣できるよう準備を始めなさい。予算には限りがあります。報告はすべてカルディツァのユスティティアに集約し、大掛かりすぎない体制を組むように努力なさい」

「――御意でございますッ!」

「大蔵卿はテッサリア産小麦をはじめ、穀物の備蓄状況を速やかに確認するように。これは国家の一大事です。農務卿、商務卿とも縦割りを排して連携し、向こう半年間直轄領内で必要な穀物の確保に努めなさい。それも、可及的速(かきゅうてきすみ)やかに」

「――かしこまりました、陛下」

「法務卿はこの会を解散した後、私の許へ書記官とともに来るように」

「――承知いたしました、陛下」


 同日、女王ディアナ十四世はもう一つの勅書を発した。

 機動甲冑の所在を尋ね、その操縦者を「資格者」として王都に召喚する旨の令状に女王(みずか)ら署名を行い、ラリサ太守イメルダ・マルキウスに宛てて送付された。

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