第14話 嵐の勇者《アドヴァサリー》(1)
ここから数話かけて機動甲冑「サイフィリオン」が活躍します!
郡都カルディツァと湊町パラマスの中間にある小さな宿場町カンボス。
中街道と浜街道の二つのバルティカ街道が分岐する要衝で、カルディツァ郡の中で南東端にあって「テッサリア辺境伯」イメルダの本拠地ラリサ郡と隣り合っている。次の宿場町はイメルダの旗本が駐屯するアンフィラキアという重要な町である。
ここにはもともと正規軍の中でも遠目が利く異能を持つ者や鳥類を操れる召喚術師など、索敵に長けた者を組み込んだ一個中隊約一二〇名が配置されていた。数の上で圧倒的に上回るアンフィラキア側のイメルダの旗本二〇〇〇の動きを観察し、これが動きを見せたときは早馬で郡都カルディツァに知らせることになっている。
その境界線の町で緊張感をもって見張りを続けていた者たちが異変を察知したのは十日前。二〇〇〇のうち一五〇〇の部隊がアンフィラキアを離れていったきり、まったく戻ってくるそぶりを見せていない。
そんな状況下、王都で新しい大隊が編成されてテッサリアの政情不安を理由に郡都カルディツァに派遣された。その第一報とともに中隊長を郡都まで呼び戻す命令書が「カルディツァ都督」アントーニア・ぺレッツの名義で届けられた。
中隊長がカンボスから郡都に戻ってみると、同様に他の中隊長も集められていた。第一軍務卿メガイラにより都督府の長官に任命されたという城伯ペレッツが命令書を読み上げた後、皆にこう言い渡した。
「メガイラ殿下はテッサリア情勢を憂慮して増派を決定なさいました。カルディツァは王都へつながる街道の要衝であり、守りを固めよとのご命令です。一方でイメルダが何を考えているか、情報収集にも努めなければなりません。そこでこれまでカルディツァの守りについていた諸君には二郡の各地に展開してもらい、索敵や監視活動に従事してもらいます。カルディツァ防衛は今後我が大隊が担うこととします」
「ちょっと待ってください。それは配置転換という意味ですか?」
ある中隊長が質問する。郡都カルディツァの防衛に就いていた者だった。
「その通りですけど、何か異論でも?」
「これまで二カ月の間、私たちは他の官僚たちや地域の有力者の方々とも信頼関係の醸造に努めてきました。それがようやく実を結んできたのです。いよいよこれからという時に……私たちに事前に何の相談もなく、突然言い渡されても困ります」
「上官、それもメガイラ様のご命令に逆らうっての? アンタ何様のつもり!?」
言葉遣いを荒げた城伯が眼を鋭く尖らせて睨みつけるとその中隊長は青ざめたまま黙ってしまった。軽く咳払いをして、元の口調に戻った城伯が続ける。
「これまでカンボスに索敵要員を集め、郡都の守りを固めてきましたが、イメルダの精鋭がアーベル川上流、キエリオン郡に隣接するムザキ郡に入った情報もあります。よって今まで以上に哨戒の網を広げる必要があると判断しました。これはそのための増派であり、配置転換です」
「誠に畏れながら、アントニウス卿の領地が広すぎて哨戒の目が行き届くかどうか、懸念があります」
「あなたはカンボスの中隊長よね。懸念とは何かしら?」
中隊長は臆することなく淡々と事実を述べることにした。
「カンボスとアンフィラキアの間は湿地帯が広がって見通しがよく、侵入経路も石畳で舗装された街道に限られます。対してキエリオン郡は丘陵が多くて見通しが悪い。農地や牧草地の間には数多くの畦道がありますし、果たして手が回るか……」
中隊長が述べた言葉に対して、意外にも城伯は微笑んで応じる。
「心配無用。哨戒に従事するのは我々だけではないのだから」
***
郡都カルディツァ郊外の工廠前に聳える鋼鉄の巨人が一騎。
アルス・マグナ所蔵の機動甲冑「サイフィリオン」である。
カルディツァ郡とキエリオン郡での哨戒任務に機動甲冑を活用したい――アルス・マグナ総裁を兼ねる王太子ベアトリクスに宛てて第一軍務卿メガイラからこのような申し入れがあった。
整備の問題を危惧したアルス・マグナの関係者は当初この要請に難色を示し、軍務府との会談でも理事の一人は学術研究の独立という原則論を掲げたが、軍務府は「北テッサリア二郡での機動甲冑の運用にかかる経費全額をこちらが用立ててもよい」と申し入れて理事たちの心変わりを誘った。
機動甲冑にかかる経費はアルス・マグナだけで負担するには大きく、王都から出て王都に戻るまでの経費全額を軍務府側に負担してもらう条件付きでサイフィリオンのカルディツァ派遣が決定した経緯がある。
こうしてサイフィリオンは王都から郡都カルディツァに移され、本来はエールセルジーを迎えるために新設された工廠の主となった。格納庫の大きな扉がけたたましい音を立てて開いていき、新しい主を迎え入れた。
機体を定位置に収めたオクタウィアが操縦席の傍らから瑠璃色の鍵剣を引き抜く。背中の扉が開き、格納庫内の薄明かりに目が慣れるのを待って縄梯子を下った。
縄梯子を掴んで待っていた郡伯カロルス・アントニウスが自慢気に問う。
「どうだ、お嬢。この格納庫に入ってみた感想は?」
「アルス・マグナの格納庫よりは天井が近く感じましたが、出入りはそれほど難しくありませんでした」
鍵剣を腰の鞘に差したオクタウィアが地面に降りてきたのを待って、機動甲冑専属調律者とやり手の大蔵官僚が歩み寄ってきた。機動甲冑向け格納庫を設計させられたカリス・ラグランシアが大して大きくもない胸を張る。
「どうです、お二方。私の設計は完璧だったでしょう?」
「まぁあたしが口を出す前は相当大掛かりになっちゃうところでしたけど」
横から茶々を入れたユーティミア・デュカキスをカリスがジト目で睨むが、相手は慣れたものでどこ吹く風といった体である。
湯水のように予算を使われちゃ困ると渋ったユーティミアと侃々諤々の議論を重ねた結果、カルディツァの格納庫はアルス・マグナの格納庫よりもだいぶ小ぢんまりとした作りに落ち着いた。よってアルス・マグナの格納庫よりできることは少ないが簡易な点検は現状でも可能である。
整備に有用だが優先度が低いと見送った設備は、軍務府が経費負担する取り決めを逆手に取って追加調達を決めたばかりだ。この予算化作業はユーティミアが率先して進めているあたり、実に抜け目がない。
「軍務府が機動甲冑の経費を持つと聞いてびっくりしましたけど、大蔵府のお偉方とやり合ってカネを持ってきてくれるなら心強いですね。この機会に請求できるモノはやってしまいましょう」
「おいおい、ユーティミア。あんまり無茶するんじゃねーぞ」
「大丈夫です、アントニウス卿。勘所は役人なのでわかってます」
眼鏡をキラリと光らせたユーティミアが一転、背筋を伸ばして一礼した。格納庫の入り口から華やかな軍服を着用したカルディツァ都督一行が現れたからである。
カルディツァ都督には郡伯カロルス・アントニウスと正規軍との連絡将校を務めるアグネアことラエティティア・クラウディアが同行していた。
「オクタウィア、カルディツァ都督ペレッツ城伯がご挨拶したいそうだ」
「かしこまりました。叔母様」
「閣下、ご紹介いたします。こちらがわが姪、オクタウィアです」
アグネアの紹介を受けてペレッツの前にオクタウィアが進み出て敬礼すると城伯も微笑を湛えて答礼を返した。
「ご協力に感謝します。ご令嬢」
「いえ、女王陛下と王太子殿下の御意志でもありますので。ペレッツ卿」
握手を交わす城伯と伯爵令嬢。
表向き協力的な態度を見せつつ、城伯はこのような提案を申し入れた。
「ご令嬢の哨戒に私の指揮下の精鋭を同行させたいのです。よろしいでしょうか」
「それはなぜでしょう。よもや監視なさるおつもりで?」
明らかに冗談めいた顔でオクタウィアが問うと、滑稽そうに目元に笑みを浮かべて城伯はかぶりを振る。
「ご冗談を! 機動甲冑なるものをどのようにお使いになられるのか、我々正規軍もかねがね関心を抱いております。私にもメガイラ様への報告義務がありましてね」
「ふふふ、ただの戯れですよ。かまいません。何もやましいことはございませんし、ついてこられるのでしたらどうぞお好きになさって」
すると傍らで二人のやり取りを見守っていたアグネアが申し出た。
「よろしければ私も随行させていただきたいのですが、よろしいでしょうか」
「おや、アグネア殿も機動甲冑に興味があるのですか?」
「それもありますが、私も姉上に姪の成長を報告する責任がございますので」
「なるほど、それは責任重大。アグネア殿が加わって下さるのは心強いですし、第二軍務卿閣下のご意向を無下にする理由が私にございましょうか」
***
簡単な整備を済ませ、翌日哨戒に向けて郡都を発ったサイフィリオン。
精鋭二個分隊二〇名とアグネアが騎馬で同行することになったのだが――。
「あんなにでかい図体してるくせに、なんであんなに軽快に動くワケェ!?」
馬上で毒づいた士官を尻目に軽やかに野を駆ける鋼の騎士。
――否、それは正確な表現ではない。浮き上がっている、あるいは風の絨毯の上を滑っていると言うべきか。
小麦畑に足跡をつけることなく滑っているのだ。舗装されていない、しかも起伏のある畦道を縫うように追いかける騎兵たちがついてこられるわけがない。
「ついてこられるなら……ふふふっ、少し気の毒な思いをさせてしまったわね」
地平線すれすれにはためく味方の軍旗。
背中越しに見る少女の顔に零れる笑み。
オクタウィアにはもともと驚異的に優れた視力という異能がある。それを最大限に生かすため彼女の叔母「アグネア」ことラエティティアは彼女を斥候として育成し、必要な技能を身につけさせた。
彼女の真価を発揮させるのが機動甲冑。人馬には到底持続できない速力を発揮して縦横無尽に道なき道を駆け巡ることができる。
しかも機動甲冑の視野はヒトの視野よりはるかに広く、それが直接オクタウィアの脳裏に映し出される。常人であれば頭痛を催し、目をつぶらずにいられない情報量を彼女は平然と受け止めていた。
このサイフィリオン一騎で広大なキエリオン郡を見渡すことができる。実に優秀な斥候であるといってよい。
「これならカルディツァからメネライダ村まで二時間もかからないかしら」
一方の郡都カルディツァからもう一つの郡都キエリオンを経由し、ラリサ郡に近い最南端の町ソファデスを通って最東端の村メネライダまで四〇マイルの道のり。この一帯の農村に石畳の街道など無く、家畜が往来するような未舗装の小道が続く。
「人の足なら夜通し歩いて丸二日の距離を二時間以内で行ってしまうなんてとんでもない存在よね」
オクタウィアの剣術師範にして、もう一人の「資格者」カロルス・アントニウスが口にした言葉を思い出した。
『コイツは歴史を変えちまうほどの代物さぁ。戦争の歴史が変わる。あるゆるモノが時代遅れになっちまう。それほどの力を秘めているはずだぜ』
「こんなモノが当たり前のように動き回る世の中になれば……きっと時代そのものが変わってしまうのでしょうね。恐ろしいわ」
この時代、この世界の外側の異界――。
そこから召喚された類稀なる戦士たち――。
彼らとともに機動甲冑に乗って亜人と戦った皇帝アルトリウス――。
その血脈を間違いなく受け継いだ「光の皇子」カロルス・アントニウスは、魔術の知識こそ未だアルス・マグナを志す学徒に及ばないが、軍事の見識は正規軍の士官ですら到底敵わないほど豊富な実戦経験に裏打ちされている。
機動甲冑の性能はあったにせよ、あの恐ろしい氷嵐竜を討伐してみせたのは、魔術が操れない絶対的不利を長年研ぎ澄まされてきた戦士としての才覚が補ったため――オクタウィアはそう理解していた。
「アルトリウス皇帝陛下は師範を安全な場所でなく過酷な戦場に連れてゆかれた、と師範は言っていた」
それは何のためだったんだろうか。
もし、その類稀なる才覚こそ死を目前にした皇帝が師範に身につけさせた技能であったなら。
皇帝は師範をどのように育て、何をやらせるつもりだったのか。
「戦乱のない治世でなく、乱世を生き抜いてゆけと……まるでこの時代、この世界に来ることがわかっていたみたいに……そんな、まさかね」
『警告――高熱源体接近』
瞬間、オクタウィアは直感する。同時に違和感も伴った。
それは人間としてではない。
騎士としてでもない。魔術を扱う者としてでもない。
サイフィリオンは多くを語らない。だが、言わずとも知れる。明らかにどこかが、何かが違う。
視界の彼方。彼女が感知出来ない先から何かが迫ってくる。
「これは……敵、なの?」
その違和感はまもなく理解出来る。
それは敵意だ。生身での訓練のそれとは訳が違う殺意が迷うこと無く自らに向けられていると言う感覚。
『――ネットワーク・チェック――チェック完了』
「あれは……」
漆黒の巨人を見た。
だが、纏う気配はより濃く、昏い。
『接近物体、帝国所属機動甲冑エールザイレン、確認。友軍』
違う。
「この感じ……間違いない、あの時の」
あの日感じた、首を射抜かれる殺気。
思わず息を呑む。全身の毛が逆立つ。
「あれは、敵だ」
緑と紫の色違いの瞳孔が窄まる瞬間。
確信が事実に変わる。猛烈な速度で接近してきた黒い巨人は一切の躊躇なく手にした剣を振りかぶる。
刃金と刃金の激突で起こった鉄の悲鳴が耳を貫く。
『――緊急、緊急。ディス・イズ・ノット・ドリル。エールザイレン、応答せず。推定――該当機は敵対勢力により鹵獲された可能性大』
「サイフィリオン。これは……敵よ」
機動甲冑の操者としての本能がこの瞬間に初めて叩き起こされた。
あまりにも唐突に起きた出来事に、無数の疑問と疑念と混乱が湧いて出たが、たった一つだけ明確な物を向こうから提示してきた。故に断言する。
「この黒い機動甲冑は、敵なんだッ」
『肯定』
切り結んだままでいた刃を全力で弾き、互いに距離を取る。
『目標に接近して攻撃せよ。
貴官の本当の戦いはここから始まる。
覚悟はよろしいですか?』
その声は、これまで聞いてきたサイフィリオンのどの言葉よりも明白にオクタウィアに伝わった。
機動甲冑VS機動甲冑!?
千年来の発掘兵器同士が対峙する次回を待て!




