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第17話 コンクエスタ・シエロ(1)

機動甲冑の操縦者としてオクタウィアが初めて愛機「サイフィリオン」と挑む戦闘を描いています。


2020/12/26 第17話~のサブタイトルを「コンクエスタ・シエロ」に変更しました。

 機動甲冑『サイフィリオン』が数艘の(はしけ)を牽引してパラマス川を遡上していた。

 河口から一〇マイル(一六キロメートル)進むと郡都カルディツァへ向かう本流と、キエリオン郡南部に向かう支流にわかれる。ここから支流に向かって二五マイル(四〇キロメートル)進んだ先が目的地だ。

 ここから十五マイル(二四キロメートル)ほどは領地の外――イメルダ・マルキウスが直接治めるラリサ郡を通過する。アルス・マグナ総裁の肩書で王太子ベアトリクスが郡伯カロルスとの連名でイメルダに書簡を送り、事前に根回しを行ったことで大きな混乱はなかった。評判を聞きつけて様子を見に来た地元の農民やラリサ郡の私兵たちが呆然と見送る様を尻目に、数艘の艀を曳いたサイフィリオンは悠々とラリサ郡を抜けていった。

 駿馬に騎乗して堂々と背筋を伸ばし、サイフィリオンとともに川に沿った曳舟道(ひきふねみち)()くシャルルは遠くからこちらを見つめている者たちの表情に気づいていた。

 竜の血が染み込んで養分が豊かになった土をキエリオン郡に運ぶため、機動甲冑の力を借りたい――そんなシャルルの申し入れに対して、ベアトリクスが口にした言葉を思い出す。


 ――エールセルジーが王都で修復中で動かせない今だからこそ、健在な機動甲冑が他にあるのだと。我らはそれを世に知らしめる必要があるのです。


 民草の農地へばら撒く土を運ぶこと自体にベアトリクスは価値を見出していない。彼と妹のソフィア王女からの要請以上の意味を持たないであろう。それにもかかわらず王太子が協力を惜しまなかったのには理由があった。

(これも王太子殿下の思惑か……)

 女王直轄領の六倍もの兵力を擁するイメルダ・マルキウスの直轄領内を機動甲冑で通過する――こんなことを『ただの土運びであり、曳舟道以外を通ることはないのでお許し願いたい』と事前に申し入れたうえでしれっとやってのけたのだ。外交的には波風を立てない配慮を示しつつ、そのような事情を知らない大衆には機動甲冑の畏怖を植え付ける。これが狙いだ。

 どうして民草の土運びなんてつまらない目的に機動甲冑を使わねばならないのかと言い放ったアルス・マグナの魔術師たちでさえ、王太子ベアトリクスの真意を理解していたか疑わしい。そのような者たちに向けては総裁として振る舞い、実戦に即した運用を試す目的でサイフィリオンを派遣するのだと説得している。

 シャルルに明らかにすることはなかったが内外の脅威、おそらく身内たる貴族たちに対しても牽制する狙いがあっただろう。アルス・マグナに懐疑的な眼差しを向ける者、あるいは資格者――もっと言えば彼を快く思わない者たちに対しても――。

(大した御仁でいらっしゃる。ただ魔術がわかるだけではないようだ)

 今回の出来事を通じて、シャルルは王太子ベアトリクスの政治手腕を認めていた。ただ、その考えを理解し、支持する者が彼女の身内で決して多くはないという事実を察するところもあった。

 そこで彼はベアトリクスが交換条件に提示したある提案に乗った。

(土運びをやるつもりが、とんでもない「お祭り」をやらされる羽目になるとは思いもよらなかったがな。まあいい、俺も利用させてもらうとしよう)


 ラリサ郡を抜けて一〇マイル(一六キロメートル)――キエリオン郡の小さな桟橋で郡司代行フリッカが彼らを待っていた。別の街道を使って馬車で先回りしていたのだ。

「待たせたな、フリッカ」

「いえ。無事にお着きになって良かったです。閣下」

『お疲れ様です、フリッカさん。鎖を固定したら接岸作業をお願いいたします』

「かしこまりました、オクタウィア様」

 サイフィリオンが艀を牽引してきた鎖を川沿いの大きな杭に引っ掛ける。桟橋に寄ってきた艀を縄で岸に固定して接岸作業が完了した。フリッカが手配していた農民たちがせっせと土を運び出していく。

 その様子を見届けたシャルルは作業の指揮をフリッカに一任して、サイフィリオンを休耕地となっている広い空地へと連れて行った。

「その機体にはだいぶ慣れたようですね、オクタウィア」

『はい、師範。王都を離れて活動するのはこれが初めてですが、日々身体が馴染んでいる気がします』

 オクタウィア曰く、サイフィリオンに搭乗する感覚は巨人に乗っているというより自分が巨人になった感覚が強く、最初は戸惑ったそうだ。初めて馬に乗った時以上に視野が変わるため、その困惑は彼にも理解できる。

『これまでは建物の中ばかりしか見られず、どうしても窮屈な感覚がいたしました。こうして広い景色を眺めていられると、とてもいい気分です』

 牧歌的なキエリオン郡の景色をオクタウィアに披露している間にアルス・マグナの研究者たちが馬車で到着した。

「遠路はるばるようこそお越しくださいました、皆様」

「しばらくぶりですね。アントニウス卿」

 郡伯カロルスとして儀礼的な挨拶を交わしたシャルルとカリス・ラグランシアたち機動甲冑の研究者一行。カリスが白い機体を仰いで声を掛けた。

「オクタウィア様、機体に気になる違和感などありますか?」

『いいえ、特にありません。今のところ、すこぶる快調です』

 サイフィリオン初めての本格的な行軍だっただけに、アルス・マグナの研究者たちの中には気が気でなかった者もいた。オクタウィアの報告はその不安を払拭した。

 今回の演習を取り仕切るアルス・マグナの上席研究員がシャルルに声をかけた。

「機動甲冑に大きな問題が認められないため、明日は予定通り試運転と予行演習を実施します。明後日は総裁とご来賓をお迎えして本番演習を実施する予定です。アントニウス卿にはご来賓対応の準備をお願いいたします」

「承知した。すでに手は打っている」


 現地の下調べを行いたいオクタウィアやアルス・マグナの研究者たちと別れたシャルルは単騎で郡都キエリオンの屋敷に戻った。屋敷ではカルディツァから呼び寄せた使用人たちがあわただしく動いている。銀髪の家政婦長もまたその一人である。

「おかえりなさいませ、シャルル様」

「ただいま、エレーヌ。他の使用人たちも着いたようだな」

「はい。もう準備に取り掛かっております。ベアトリクス・ソフィア両殿下、軍務卿ユスティティア・クラウディア様、ラリサ領主イメルダ・マルキウス様のご名代イレーネ様、そして郡内の各村の代表……お迎えする来賓の方々が多いので、ほぼ総力を挙げて対応いたします」

「急な仕事を引き受ける羽目になって苦労を掛ける。よろしく頼むよ」

 家政婦長を務めるヘレナもカルディツァからキエリオンの屋敷に来ていた。

 カルディツァの屋敷には最小限の使用人だけを残し、その他の使用人をすべて動員して「お祭り」の準備に取り掛かってもらっている状況だ。

 そこまでして開催する「お祭り」とは何か。それは――。


 ***


 その二日後。

 舞台はキエリオン郡の南部、土が痩せて休耕地となっている広大な土地。

 いつもはその辺りに放牧されている羊たちが今日は一頭もいない。ここでこれから始まる騒ぎから遠ざけておくためだ。

 休耕地のはずれに機動甲冑『サイフィリオン』が待機している。そこに乗り込んだオクタウィアの表情は引き締まっていた。良すぎる視力を屋内で抑えるための眼鏡はつけていない。

 もう一方には体高約二三フィート(七メートル)、そしてそれに近しい長さの牙を持つ巨大な象がいた。何人かの召喚術師が共同で召喚した物である。肩を怒らせた象は時折機動甲冑に向けて両前脚を掲げ、近づくものなら踏みつぶすという勢いだ。

 その様を遠く離れた場所から固唾(かたず)をのんで見守るのは近くの農民や町民たち。

 そして、やや小高い丘の上にはそれぞれ日傘を差す貴人たち――王太子ベアトリクス第一王女、ソフィア第二王女、第二軍務卿ユスティティア、イレーネ・マルキウスの四名であった。

 このような衆人環視の中、郡伯カロルスによって一本の投げ槍が投げ込まれたのを合図に決闘の火ぶたが切られた。

 解かれた拘束。

 雄叫びを轟かせて突進する体躯。

 大地を踏みしめて巨象が草原を突き進んでゆく。

 消し飛ぶ正気。

 息を呑み身を竦ませる民草たち。

 太く長い象牙が鋼鉄の白い巨人に迫っていった。

「まだまだ……今よ!」

 ああ、ぶつかる!

 悲鳴が上がるや否や、風で舞い上がるように鋼鉄の巨人が翻った。

 衝突直前に跳躍した軽快な身のこなしに方々(ほうぼう)から上がるどよめき。

「あんな巨大な鉄の塊が、まるで人のように飛び跳ねるなんて……」

 オクタウィアがサイフィリオンに乗っている縁もあって来賓として演習に招かれたユスティティアは目を見張った。

 王太子ベアトリクスから、まだ士官候補生だった娘をアルス・マグナ直属の資格者に登用したい旨を聞いた時は、果たして今のオクタウィアにそんな大任が務まるのか内心案じていた。

 それが今はどうか。鋼鉄製の巨体を翻らせて、恐ろしい体躯と質量を誇る巨大な象を翻弄しているではないか。

「オクタウィアの素質は我らアルス・マグナの想像以上だったようです」

 ユスティティアの隣でアルス・マグナ総裁でもあるベアトリクスがこう述べた。妹の王女ソフィアもまた驚きを隠さないでいる。

「シャルルがエールセルジーに乗った姿を目にしたことはありますけれど、機動甲冑があのように素早く動けるものだとは知りませんでした」

 ソフィアはエールセルジーと氷嵐竜(トルメンタドラゴン)の戦いを直接目にしていない。

 対して、オクタウィアは竜との戦いで驚くべき回避機動を取ったエールセルジーの姿を目に焼き付けていた。それが念頭にあった分、鋼鉄の機体がどのように動くのか脳裏に思い描けていたのだが――。

(エールセルジーに比べて動きが遅い。師範があの竜と戦ったときはこんなものじゃなかったはず)

 オクタウィアにはサイフィリオンの動きが鈍いように感じられた。巨象はそれ以上に鈍重に思われたゆえ、回避自体は難しくない。

 しかし、もっさりとした違和感がある。どこか「重たい」感覚がするのだ。なぜかわからないのだが、なんとなくそう思われてならない。

 あの命を懸けた死闘と今回の演習がまったく比較にならないとは承知している。竜殺しが身命を賭した真剣勝負であったなら、象殺しは結果の見えた茶番に過ぎない。それはオクタウィア自身が一番わかっていた。それだけに歯がゆい。

(かりそめにもこれは「演習」なのだから――この一戦を通じて何も掴めなかったらそれこそただの茶番劇で終わってしまう。それは嫌だ!)

 剣術師範である『竜殺し』カロルスの決死の戦いを息が詰まる思いで見守っていたオクタウィアには軍人の矜持(きょうじ)がある。せめてこの一戦で何かを掴み取りたかった。

 咆哮とともに長く太い牙を押し出して迫る巨体。

 それを目の当たりにして、オクタウィアが叫ぶ。

「サイフィリオン、あなたの力量はこんなものなの!?」

『――敵性対象の推定攻勢手段を確認。提唱。魔力増幅炉の稼働効率の上昇不許可。パイロット魔力が規定値未満』

「……力不足って言いたいの!? 一瞬でも良い。本気を見せて!」

『――了解。三十秒に限定してのリミッター解除。ニュートロン・エンジン、ハーフドライブ。魔力増幅炉、レベルスリー開放。カウントスタート』

 白い影が揺らぐ。

 風と共に消えてしまう。

 残ったのは疾風。立ち止まる巨獣。

 見失った敵に真横から痛打された堅牢な胴体。

 怒りを露わに象が翻って、しなる強靭な鼻が虚空を斬る。

 苦悶する象が泣き叫ぶ様に歓呼する民草の熱狂は最高潮を迎えていった。

「サイフィリオン……あの象を楽に死なせてやるにはどうすればよくて?」

『仮称“ネゲブ・オリファント”。フェイタル・ポイント――マーク、セット』

 少女の胸で(ざわ)めく良心。

 巨獣を甚振(いたぶ)っていれば、場は盛り上がる。

 だが、それが由緒ある家の名を穢しはしないだろうか。

 彼女は「宮廷道化師」ではない、一廉(ひとかど)の軍人だ。

 しばし逡巡したオクタウィアはやがて決心した。

「急所を狙って一気に仕留めましょう。できるかしら? サイフィリオン」

『肯定。ターゲット、インサイト。必要条件、射撃兵装。貫通ないし突破性能を重視』

「私の魔術で石の投げ槍を作ります。それを使える?」

『了解。ハーモニクス・アジャスター感度、係数調整』

 足を止めたサイフィリオンの姿が現れる。

 憎き敵を見つけた象が再び大地を奔った。

 迫る質量を感じながら、オクタウィアは目を瞑り詠唱する。

「セット――ゲット・レディ――」

 彼女の手の中に土塊(つちくれ)を固めるのと同じように呪文を唱えた。

 サイフィリオンの右手には長さ九フィートほどの鋭利な槍。

『ストーン・ピアス、確認』

 肉薄した象の牙が虚空を突き刺す。

 原野を浮き上がって疾走する機体。

 野を駆ける馬とは比較にならない速さ。見たことない光景。

 歯を食いしばり、拳を軽く握りしめて、相棒に身を預けた。

「恐怖に打ち勝つ――信頼する。サイフィリオンが本当の性能(ちから)を出せるように、私は打ち勝ってみせるっ!」

『――射出』

 言葉となって迸った混じり気のない純粋な決意。

 投げ槍を発射するとともに軌道をわずかに左へと変えた。

 爆音と同時に糸が切れた如く、大地に沈んだ象。

 脂汗を流して身を震わせた彼女。無機質な言葉が流れる。


『ストーン・ピアス、――敵性対象"ネゲブ・オリファント"、沈黙を確認』

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